2008年11月29日

90年代の大河ドラマ

90年代の大河ドラマを振り返ります。

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前回「大河ドラマ」の記事では、80年代までの作品を振り返りました。NHKが最も力を入れる大河ドラマ、90年代はどのように変遷したかを振り返ってみます。

翔ぶが如く(1990年):
薩摩藩を中心に、明治維新を描いた司馬遼太郎原作のドラマ化です。ちょうど今年放送中の「篤姫」と時代が被りますね。「篤姫」が大奥からの視点で明治維新を描いたのに対し、こちらは薩摩藩側からの視点でドラマになっています。他に「篤姫」との大きな違いは、
・篤姫役が富司純子…やはりこのぐらいの貫禄がないと大奥は仕切れません。
・小松帯刀がいまいち影が薄い…というか、この人物自体「篤姫」で脚光を浴びるようになりました。
・「篤姫」で島津斉彬を演じた高橋英樹が島津久光役…斉彬役は加山雄三でした。

太平記(1991年):
南北朝時代という、乱れに乱れた「異色の時代」を、さらに従来悪役視されていた足利尊氏視点から描いた異色作です。
尊氏役の真田広之は、挙兵までに北条氏にいじめられる場面や朝敵となった後に苦悩する場面を好演しています。高師直を演じた柄本明、容姿が実物の肖像画(=従来「尊氏像」として伝えられた兜なしの騎馬武者像)に似ているかもしれません。片岡孝夫の後醍醐天皇、近藤正臣の北畠親房等天皇方も風格と智謀を備えた人物が演じていましたが、北畠親房の息子顕家を後藤久美子が演じたのは大失敗でした。

信長 KING OF ZIPANGU(1992年):
大河ドラマは、この作品あたりから迷走を始めていきます。
緒方拳の息子直人による信長は、現代人が抱いているイメージとも史実ともかけ離れた容姿でした。異色のキャスティングは、仲村トオルによる「猿」秀吉、マイケル富岡による光秀など枚挙にいとまがありません。
さらに輪をかけたのが平幹二朗演じる架空の人物「随天」という怪僧で、この「大河ドラマきっての名優」の演技が熱を帯びれば帯びるほど空回りに見えてしまったのは何故でしょうか。田中健演じる佐久間信盛が上機嫌で笛ふいたら突然信長の逆鱗に触れたシーンも何故か記憶に残っています。
毎回毎回、放送の最後に「アデブレーデ オブリガード」と言うのもかすかなお笑いポイントでした。

琉球の風(1993年/半年):
戦国時代の琉球王国を描いたドラマ。主人公啓泰(けいたい)を東山紀之が演じた。主題曲も谷村新司の歌でN響が出てこない軽めの作品。よく見ていませんでしたが、毎回毎回「兄者!薩摩が攻めて来る!」と叫んでいた記憶しかなく、気がついたら終わっていました(残念)。

炎立つ(1993年-94年):
渡辺謙主演、藤原三代を描いた作品。だったら正月からスタートさせてやりたかったのですが、「琉球の風」が6月で終わってしまったために7月スタートとなってしまい、視聴率もそれなりでした。
作品は三部に分かれ、一部と二部は良かったのですが三部は原作がドラマに追いつかず、独自の脚本でドラマ化したためかあまり評判がよくありませんでした。

花の乱(1994年(4-12月)):
「琉球の風」でズレた放映期間の時間調整のような作品。応仁の乱という、これまた過去に例のない難しい時代を取り上げたため、視聴率は最低の大河ドラマだそうです。このドラマの唯一の救いは、松たか子が本格デビューしたことぐらいでしょうか。

八代将軍吉宗(1995年):
オープニングのCGが凝りに凝った作品。江守徹が(=本当は自分が吉宗を演じたかったかもしれませんが)ナレーターとなり、後の「世界遺産」のナレーションの仕事の礎になりました。
包帯を解くと、吉宗の顔が西田敏行に変わっていた、というお笑いシーンがあります。これは「スケバン刑事II 少女鉄火面伝説」で、鉄仮面を脱ぐと南野陽子だったという場面を参考にしたのでしょう。吉宗の息子家重役を演じた中村梅雀は、迫真の演技で知恵遅れだった家重を好演していました。

秀吉(1996年):
竹中直人主演。と聞いただけで、「悪乗りドラマ」を想像しますが、それは正しいです。一説によると、裸踊りをした秀吉が放送禁止部分を披露したと言われており、そのせいか未だにDVD化されていません(2008年11月現在)。
このドラマでも、秀吉がした悪事はすべて石田三成のせいにされており、三成を演じた真田広之は尊氏役で得をした分、このドラマで損をさせられました。

毛利元就(1997年):
「三本の矢」の家訓で知られる中国地方の雄:毛利元就です。中村橋之助の元就と絡む尼子経久の緒方拳、いい味を出しています。ラストシーン、元就は過去に出会った人達と共に仲良く雲の船に乗って天へ昇るというシュールな終わり方でした。

徳川慶喜(1998年):
「篤姫」では何かと評判の悪い、15代将軍慶喜のドラマです。原作は司馬遼太郎の短編小説ですが、この時は既に司馬遼太郎は逝去(1996年)していたためか、あまり司馬ドラマの躍動が感じられません。
慶喜が長い隠居生活を過ごした静岡で、大河ドラマにあやかって観光キャンペーンを打ったのにドラマの方では静岡隠居時代は全く描かれずあてが外れたそうです。

元禄繚乱(1999年):
「花の生涯」以来、大河ドラマお得意の赤穂浪士モノ。これもオープニングのCGがきらびやかでした。
印象は…すいません、殆ど見ていなかったのでよくわかりません。

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次回は、さらに混迷の度を深めつつある「2000年代大河ドラマ」について考察してみることにします。
アデブレーデ オブリガード。
posted by シモン at 00:00| 東京 🌁| Comment(15) | TrackBack(0) | TVと映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私はこれらの中で一番好きだったのは毛利元就で、不満が殆どなかったです。どうも、ストーリーや時代考証よりも、配役があっているかいないかが重要なんですね、私の場合。
太平記もゴクミ以外は本当によかったです。後醍醐天皇も素晴らしかったけど、鶴太郎やフランキー境、江守徹らの悪者たちも素晴らしい演技でした。
炎立つは1-2-3の順でしたが、不満があった3部よりも2部の印象を全く記憶しておらず、その原因は渡辺謙さんが主役ではなかったためと思われます。3部では、北の国からの蛍ちゃんの成長した姿が幸薄い姫を演じていました。この人は「東京エレベーターガール」でも、冬彦さんに捨てられた薄幸の人を演じていて、私の中では不幸な人を演じる人になっています。この作品のガンは紺野美紗子でした。
秀吉は、本物の秀吉(私は歴史上の英雄と呼ばれる人物の中で最も嫌いなのが実は秀吉です)の下品さ、卑しさをよくあらわしていた点を評価しています。まんが日本昔話のおばさんが母親でしたね。
私はサルやねずみが生理的に受け付けないので、(本物のサルよりも、サルに似た人が非常に苦手で、恐怖感と嫌悪感を示します)、また秩序を破壊したり、成りあがったりするのも嫌いますし、このサルのせいで多くの大名が滅ぼされていったことが許せませんでした。まだ信長に滅ぼされるなら、仕方ない部分もあるのですが、武力ではなく汚い陰謀や権力を振りかざしてのおとりつぶしには納得がいきませんでした。家康の場合、首の皮一枚は残してやるので本当に滅ぼしたのは豊臣だけです。
 逆に、伝統を重んじる、繊細な愛妻家であった明智光秀にはシンパシーを感じます。
 その他、伊達晴宗、輝宗、毛利三兄弟など側室を置かなかった武将はみな好きです。
 (ちなみに私が最も生理的に受け付けない容貌をしている人物は99の岡村)
 徳川慶喜は、モックンの毛深い姿から、今では慶喜も毛深かったと誤解するきっかけになってしまいました。
余談ですが、私の職場のひとまわり若い子達は、もっくんとヤックンを知っているのに、フックンと仙八先生を知りません。
いや、さとう宗幸は知っていても仙八先生は知らないのですがフックン、布川敏和のことをまったく知らないのです。
 パキスタン人に見えるモックン、ベトナム人に見えるヤックンに比べ、最も日本人らしい顔をしているフックンが忘れられている、妹がおにゃん子クラブだった、スーパーガッツの副隊長でロッキー刑事の隊長にどやされていたフックンが忘れられているのは悲しいです。
吉宗は、私の知っている吉宗で最悪でしたが、家重の怪演だけが印象に残っています。
ただ西田敏行さんは中学の先輩で、家康・秀忠・吉宗と3人の将軍(+秀吉)を演じた凄い人でした。イメージ的には秀忠が一番あっていたかもしれません。太っているので絶対秀吉ではありません。秀吉は、木梨憲武が演じるべきです。
山口崇こそ、真の吉宗です。
花の乱と元禄は勘九郎なので混同していました。私が思うに、長男の勘太郎ばかり競演させたり優遇するので次男の七之助はぐれてリアル義尚になってしまったのだと思います。一方で、勘太郎のほうは、「さすが勘九郎の息子」と、リアル主税になったのでした。
Posted by デハ at 2008年11月29日 00:32
デハさんおはようございます。
詳細なコメントいただき有難うございます。大河ドラマはエンターテイメントですから、妙なといころで史実にこだわっても外すだけですよね。教育テレビか歴史考証番組でやる方がいいかもしれません。
太平記と毛利元就が良かったんですね。配役もバランスが取れてましたね。
基本的に猿顔が嫌いとのことで、私自身は猿にも鼠にも似ていないのでちょっとほっとしました(笑)
元禄繚乱、考えてみれば「四十七士」という歌舞伎の演目を、歌舞伎役者が主人公で、現代劇で演るわけですから変?ですよね。
モッくん=パキスタン人、ヤッくん=ベトナム人は笑えました。ふっくんが一番日本人顔なんですね。今の若い人たちは、仙八先生も貫八先生も新八先生も知らないのは無理ないと思います。
「炎立つ」に紺野美紗子が出てましたっけ。どうもあの頃の「変則三部作」はあまり正しく記憶していなくて、面目ありません。

Posted by シモン at 2008年11月29日 06:52
デハさまシモンさまおはようございます。
私は「琉球の風」、滅多にスポットを浴びないテーマで健闘したと思います。谷村新二(別名:ちん平)の主題歌も、かっと目を見開いたタイトルバックも良かったです。
「花の乱」は日野富子が「実は悪い人でなかった」という設定で、これも視聴率以上に面白いドラマだったと思います。あまり大河ドラマになっていない時代として室町時代(戦国時代は除く)、平安時代などがあり、こういった時代を上手く描ければ名作になると思いました。とは言ってもさすがに縄文時代はやめた方がよさそうですが。
下品な演技をさせたら、竹中直人は上手いですね。いまだにDVDが発売されていないのは残念ですが、あの振り切れた演技を見てみたいです。朝の連ドラでは、仙台を舞台にした「天花」に出ていて、こちらも名演でした。
Posted by 歴史ファン at 2008年11月29日 10:16
島津斉彬を演じた高橋英樹が島津久光役…斉彬役は加山雄三でした。
→大河の樅の木は残ったで極悪人の伊達宗勝だった佐藤慶が、日テレ版では正義の忠臣・伊達宗重だったのと似ていますね。

琉球〜はたしか工藤夕貴が出ていた記憶があります。

わたしはもう一度伊達騒動を、今度は森村誠一の虹の刺客原作でやってほしいですね。

室町時代だと、細川頼之あたりを主役にしたものや、関東の、足利持氏を主役にしたもの(結城合戦)もよいかもしれません。
結城合戦をやるならいっそ、八犬伝を大河で・・・というのが夢なんですが。
,大・・・渡辺謙
信乃・・堂本光一
荘助・・名前わすれたけどのだめの黒木だった人
現八・・押尾学
小文吾・・花田勝
道節・・阿部寛
毛野・・黒木メイサ
大角・・上川隆也
親兵衛・・適当な子役
伏姫・・仲間由紀恵
船虫・・中澤裕子
浜路・・石川梨華
上杉定正(悪役)・・江守徹
Posted by デハ at 2008年11月29日 12:44
伊達騒動も八犬伝も、わくわくするテーマですね。
江守徹はやはり悪役が似合いますね。
主人公はやはり渡辺謙ですか。渡部篤郎が赤マフラー巻いて犬役はダメですね。
女優陣は、やはりごくせんは外せないんですね。浜路を堀北ではどうでしょう。宮崎あおいを「語り」で。
伊達騒動をやるなら、「天花」の仙台俳優陣に出演してもらいましょう。でもあのドラマ、竹中直人の他には財津一郎(きびし〜い!)、片平なぎさ(主人公の母親)。主人公は誰だったか忘れてしまいました(確か新人さん)。
Posted by 歴史ファン at 2008年11月29日 16:06
浜路の堀北はいいですね。
謙さんは保険です。謙さんが出ればそれだけでその大河はヒットとなりますから。
信乃の叔母夫婦は金田明夫と深浦加奈子がよかったのですが深浦さんが亡くなってしまいました・・・合掌。
そのほか、里見の大殿が長塚京三さん、尺八・力二が工藤兄弟、ひとよ・ゆくてがマナカナ、竹中直人が蟇田素藤(山賊)、妙椿(狸の化けた尼僧)が杉本彩(玉梓も)、北乃きいがぬい、箙御前が岩下志麻、蟹目御前が川島なお美、横堀在村が財津一郎、千葉自胤が伊東四朗、長尾景春が佐野史郎、足利成氏が中村勘九郎、雛衣が渡辺杏
Posted by デハ at 2008年11月29日 17:32
デハさま
佐野史郎、「独眼流政宗」以外に大河ドラマに出演したことないんじゃなかったでしたっけ。是非あのキャラクターを長尾景春に起用して欲しいです。

あと、私の大河ドラマの夢は「壬申の乱」。さすがに、天皇家のタブーに触れそうなこのテーマを取り上げるのは難しいでしょうか。
大海人皇子を勘九郎、大津皇子を小栗旬あたりでどうでしょう。
Posted by 歴史ファン at 2008年11月29日 22:08
歴史ファン 様
冬彦さんは、足利義視をやっておりますよ
Posted by デハ at 2008年11月29日 23:03
デハさま、ご教示誠にありがとう御座いました。「花の乱」ですね。
Posted by 歴史ファン at 2008年11月29日 23:21
壬申の乱ですか。少し古過ぎて、登場人物が天智天皇と天武天皇と大津皇子(天智天皇の子供)ぐらいしか思い浮かびません。
その歴史の薄暗さを利用して、創作上の人物を登場させる手法が考えられますね。
「うつぼ」こと上戸綾が、天武天皇を影で支える女忍者。一方、死んだまずの大津皇子が、首に赤マフラーを巻いた亡霊の姿で現れて、都に雷を落とす。などなど、創作意欲が涌いてきます。
それにしても、来年の大河ドラマはどんな展開になるんでしょうね。「愛に生きた武将:直江兼続の人生を女流脚本家が描く」とNHKの公式ページに書いてありました。直江というと、死んだ人を返せと言った遺族を、「それなら地獄に言って頼んできてください」と切り殺したという、愛の逸話もドラマで再現してくれるのでしょうか。楽しみです。
Posted by 無名X at 2008年11月30日 10:26
来年の大河は、「スイーツ大河」になりそうな予感がします。
戦国武将の「元カノ」や「メル友」(=矢文で文通)が活躍することでしょう。
Posted by 歴史ファン at 2008年11月30日 13:47
私は実は上杉贔屓なのですが、他の上杉贔屓の人のほとんどが直江ファンで、アンチ直江の立場を採る私は他の上杉ファンと交流できず残念です。
私が直江が嫌いな理由は、
1、私が大嫌いな石田三成と親しいこと
2、時として景勝公を差し置いた、臣下としての身分をわきまえない傲慢な態度があったこと、
3、結果的に、徳川に敵対したため領地を減らされる原因になったこと
4、私が好きな、上条政繁と仲が悪かったこと
5、無名x様の挙げた残虐なエピソード
6、私が嫌いな、本多正信の子を養子にしたこと
が挙げられます。
4については、上条政繁のほか、水原親忠も同様の批判を浴びせています。
2については、立場がよく似ている伊達家の片倉小十郎と比較するとなおさらマイナスになります。
 1、6ですが、私はなんというか、本多正信とか、石田三成のような、謀臣というか、肉体的強さがないくせに陰謀で勝つ人間が心の底から大嫌いなので、そういう人間に与した者も好きになれないんです。大久保彦左衛門や福島正則は好きですが。
 逆に、京極高次や今川氏真のような弱い人も好きです。弱い人は弱いなりに、誰かに護られたり文化的に活躍すればいいのに卑怯な企みで人の上に立とうとするのが気に入りません。しかし、そういうずるい奴らの子孫は没落しても、弱いなりにつつましくしていた今川家・京極家はみんなから大事にされて繁栄しました。
一方で、福島家は改易され、大久保彦左衛門も大名になれず淋しいです。私はどうも、両極端な、力任せに武勇を誇る闘士と、育ちがよく弱弱しいタイプが好みのようです。
三河物語、読めば読むほど共感できます。
 大久保家や井伊を除く四天王、水野家が冷遇されたのに、四天王の酒井の庶流に過ぎない雅楽頭系酒井家や、四天王の中で一番新参の井伊家、裏切ったことのある本多正信、清康公を殺害した者と同族の阿部などが栄えたのはおかしいと思います。
 特に水野家は、足利家にとっての上杉家、源氏にとっての北条家のポジションなのに、水野忠邦が老中になるまで冷遇されました。しかも、遠山の金さんで悪役に描かれています。
 大久保家も一度も裏切らなかったのに濡れ衣で一時没落(のち復活)しましたし、酒井家も四天王筆頭なのにあんなへんぴなところに飛ばされました。彦左衛門のいうとおり、武勇や忠誠よりも狡賢い奴らのほうが出世するのです。実に嘆かわしいことです。
Posted by デハ at 2008年11月30日 15:47
デハさんのコメントを通読しているだけでも、相当な日本史の勉強になります。有難うございます。
私も、狡猾な人間ほど出世するという歴史は見たくありません。でも私の会社でも似たようなことが起きてます。上に行くためには、企画力や実務能力、お客さんに喜んでもらえる力よりも社内会議で顔を売ったりゴルフに励んだりする方が有効のようです。
直江は、というか来年の大河の原作になった「天地人」という本は、私も好きではありません。本来狡猾な部類に入るかもしれない人物を「愛と仁義に生きた」と全面肯定しているからです。いくら主人公礼賛の大河ドラマでも、越えてはいけない一線があります。なんでも脚本家は「戦国時代は、女性が男と対等に物が言えた時代」などと主張しているそうで、歴史ファンさんのおっしゃる通り「元カノ」なんてのが登場して武将に指図しかねません。

さて、壬申の乱の大河化のお話で盛り上がっておられますが、私としては平賀源内の人生を大河にするのも面白いと思ってたりします。
Posted by シモン at 2008年11月30日 16:09
戦国時代に男女が対等であれば、お市の方や築山殿は死ななかったはずです。絶対にありえません。そういうことを主張する人間の精神鑑定をしてやりたいです。
大体において、コーエーのゲームの姫武将とかいうのが許せません。ガイドブックにまで今川氏真を廃して姫に変えろとかはあんまりです。氏真公は武はさっぱりでしたが現在の静岡の統治の原形を作り上げ、政治と文化面では大変優れた人物で、かつ長生きし、東照神君に晩年意見できた数少ない人だったのに・・・。
 肉体の構造的にも、ある特殊な一部の限られた女性を例外とすれば、平均的な女性は平均的な男性を上回るということは科学的にもありえないことです。歴史的にも、むしろ戦国時代は女性が最も酷い扱いを受けていた時代ではないでしょうか。鎌倉時代中期がむしろ女性の権威が高かった時代だと思います。戦国時代にも女城主などはいましたが、それは他になる人がいないためやむを得ずであり、男子を差し置いてという例は無かったはずです。(鎌倉時代には、女性の城主がいたり、弟がいても長女が婿を取り、その婿が親の跡を継ぐケースが多かったのです)
 私は配役にも不満があるため天地人は見ません。
Posted by デハ at 2008年11月30日 16:24
来年の大河については、こちらにとてもよい紹介をしておられる方がいらっしゃいます。私も全く同感です。
http://hatarakitakunai.blog93.fc2.com/blog-entry-274.html
Posted by 歴史ファン at 2008年11月30日 17:56
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