2009年05月13日

紙芝居

ニコニコ動画の過去を手繰ると、紙芝居というメディアに辿りつきます。

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私が子供の頃見た紙芝居というと、小学校の道徳の授業です。先生が教室で上演した紙芝居は、学校教材の一種でしたので概して退屈な話が多かったようです。例えば、「こうつうあんぜん」のような話に、ウサギの男の子と女の子が出てきます。迂闊に道路に飛び出すのは、決まって男の子のウサギです(=こういった性に対するステロタイプを是正するためにジェンダーフリー支持者の人たちには戦って欲しいものです(?))。案の定、すんでのところで九死に一生を得て、「ぼくもう飛び出しはしないよ」という言葉で終わります(=果たしていつまでその約束が履行されるかは謎ですが)。

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私達の年代と違い、私達の父親の世代にとって、紙芝居というものは大変にエキサイティングな娯楽メディアでした。それは学校の先生などの手によるものではなく、空き地の一角で自転車に乗った業者によって行われたものだからです(ちなみに、その自転車は油が足りないのかブレーキをかけると「キキー」と大きな音がしたそうです)。そこでは「黄金バット」や「赤胴鈴之助」といった話が、言葉巧みに演じる話者によって語られ、テレビがあまり普及していなかった時代に一種の双方向的なメディアとして多くの子供たちの娯楽になりました。
紙芝居で培われた文化が、後に漫画やアニメの文化につながっていくのですが、この時代の紙芝居という商売は、実に画期的なビジネスモデルを運用していました。

紙芝居を見ること自体は、基本的に無料です。紙芝居を製作した画家の努力や、それを語る語り手としての紙芝居師に対する直接的な対価の支払いはされませんでした。その代わり、紙芝居を始める時、集まってきた子供達に水飴を売ったのです。当時水飴を買わずに紙芝居を見る子供は殆ど皆無か、少数いたとしても仲間はずれにされましたから、紙芝居屋は一日の稼ぎを売った水飴で回収できたのです。重要な点は、紙芝居そのものや語り手のパフォーマンスが、それ自体がお金にならないからと言って手抜きをしたり安直なものになっていなかった、という点です。絵師は渾身の力でストーリーを練り、絵を描き、語り手は最高に面白おかしく子供達を惹きつける語りをしたのです。

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2009年の現代、紙芝居に相当するメディアはパソコンの動画配信でしょうか。youtube、ニコニコ動画といった無料系動画配信サイトが隆盛を極める中にあって、NHKが「NHKオンデマンド」というサービスを立ち上げました。これは、NHKが過去に放送した番組を有償で配信するというものです。
私の想像ですが、このNHKの有償動画配信サービスは予定通りの収益を確保できていないのではないかと思います。

動画一つ一つに対価を設定し、お金を払って番組を見る。サービスの回収モデルとしては実に単純明快ですが、最近の無償動画サービスがこれだけ流行する中、世の中の実態に合っていないのです。
0円携帯の価格モデルもありますが、機器とか製品とか動画とか、対象そのものに対してお金を払うのではなく、サービス全体として回収する仕掛けを考えなければ顧客がついて来ない時代なのです。
youtubeやニコニコ動画では、それを「広告料」という形で回収しています。

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ではNHKオンデマンドのような有償の動画配信サービスは成り立たないのか、というとそんなことはないと思います。ただ、「もっと見たい」と思わせる工夫が足りないのです。紙芝居の世界では、必ず黄金バットが危機に見舞われ、「果たして次回は!?」とハラハラさせる場面でおしまい、また明日。になりました。絶妙な引きがるからこそ、次の日も商売を継続できたのです。
NHKも、もっと配信する番組を増やして、「5分だけ無料視聴」させれば良いのです。通常、30分ぐらいで構成される番組を5分だけ見させられたら、「お金を払うから最後まで見たい」人はたくさんいるはずです。過去の放送番組の再配布は、映っている人たちの権利処理のハードルが高かったのですが、最近は放送に関する法律の改正の動きが活発で、その方面の障壁は徐々に緩和されつつあります。むしろ問題は「有償による動画配信」というサービス自体の採算性の可否の方が大きくなってきました。

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思えば、「紙芝居」という一見ローテクな文化は、実に巧妙で知的な仕掛けで構成されたビジネスモデルだったと思えます。モノだけに対する対価が過当競争でどんどん下がる中、現代の企業も終戦直後の紙芝居に見られる逞しい商魂に学ぶところが多いと思います。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 21:30| 東京 ☁| Comment(17) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
紙芝居の稼業も、テレビの普及とともに苦しくなり水飴代では生計を立てる事もままならず廃業して行きました。あれは一般家庭の所得ではテレビも買えず、子供が漫画本を買えるだけの小遣いも貰えない時代の、娯楽を求める子供達の欲求の妥協点だったと考えます。

世はテレビ時代となり、60年代の手塚作品に始まり、70年代の特撮・アニメのヒーロー物やヤマト・ガンダム等SF作品を経て、紙芝居のビジネスモデルは80年代、漫画本の「週刊少年ジャンプ」がヒットさせます。

「ジャンプ」は他競合雑誌と同様雑誌そのものに課金するため特別な課金形態を採っていません。ただ当時の編集者が掲載作品に徹底したポリシーとコンセプトを持っており、これが当時の子供達=団塊ジュニア世代に受け販売部数が当時の株価の様に新記録を更新し続けました。

「ジャンプ」は「努力・友情・勝利」のコンセプトにそぐわない作品は一部の例外を除き排除する、無名の若手作家を起用する、読者アンケート下位が続くと10週足らずで打ち切る、編集者の強権でテコ入れと称し作風を刷新する(ギャグ漫画だったキン肉マンが格闘漫画へ転換、等)、この作業を延々と続けました。結果人気の出た作品は格闘物かスポーツ物で、必殺パンチが当たるのに一週間、サッカーでシュートを打つのに一週間、と黄金バットのよろしくハラハラ感を読者に持たせて次週に続いて行きました。そして強敵(世界最強とか宇宙最強の)を倒して最終回か、と思わせて置きながら次週から更なる最強の敵が登場、と当時の経済情勢ばりのインフレーションとブームが10年続きました。

こうして人気作品のマンネリ化を指摘されても、読者は毎週雑誌を買い続け、これら作品が夜7時のゴールデンタイムにアニメ化され、旧来の戦隊物はより低い年齢層向けの日曜早朝に放送枠を追いやられ、タイムボカンの竜の子作品もいつの間にか終了していました。

バブルが弾け、少子化時代になると「ジャンプ」の発行部数が激減、一漫画雑誌となり現在に至っています。この頃からゴールデンタイムからアニメ番組が外され、芸能人を起用したバラエティ番組全盛となりますが、ネット普及と不況でテレビ局が芸能人にギャラを払う余裕も無くなると一日中「ニュース+ワイドショーを使いまわす」番組編成となっています。私はこの新たなマンネリが視聴者に受け入れられるか大いに疑問です。観る側にドキドキ感もなく日常を日夜使い回されてもそこには娯楽などありませんから。
Posted by HB at 2009年05月14日 00:09
HBさん 詳細なご説明ありがとうございます。特に「少年ジャンプ」のランキングシステム等による管理・統制の解説は勉強になりました。ジャンプが「努力・友情・勝利」(=結局「闘争」に行き着くためか、毎週毎週漫画の中で発生した怪我人の数が少年誌の中でトップだったとか)というコンセプトを打ち出していたのに比べ、サンデーは「ラブコメ・良い子」、マガジンが「子供が大人の仕事をする」(=ゴルフ、シェフ、ビリヤード)とそれぞれカラーがありましたが、あそこまで徹底した管理は「ジャンプだけ!」という感じだった訳ですね。
「ハラハラ感」で読者を継続させるコミックというと、最近ではサンデーに長期連載の「コナン」でしょう。日常的な殺人事件とその解決というルーチンと平行して、「黒の組織」とのチェイスを非日常的なストーリーの筋として、こちらで黄金バット的手法で次回の展開に読者を吸引しています。他の長期連載漫画、たとえば「こち亀」(=これはジャンプというよりサンデーに連載されるべき境地に達しています)や「ゴルゴ13」がサザエさん的マンネリズムで安定した地位を確保しているのと異なる点ですね。もっとも、「黒の組織」もあまりに展開を小出しにするので読者がどこまで飽きずについていけるかは別問題ですが・・・
単行本の売れ行きは知りませんが、アニメの視聴率は年々下降線を辿る一方で、毎回新作の「コナン映画」はいつも売り上げトップだそうですね。してみれば、漫画の連載も映画を作り続けてそっちから回収するという「ビジネスモデル」なのかもしれません。

話変わって、「NHKオンデマンドサービス」はまだまだ死蔵されたまま配信されない過去番組が多すぎて、お金を払ってまで利用するほどでもない現状だと思います。やはり情報の海の中で泳ぐほどでないと「アーカイブ」とは言えないのでは・・・
私が見たい番組は、以前管理人さんが「80年代のテレビ欄」の記事で書かれていた「体育教室」という番組です。「泥にまみれた学生時代」にも検索結果画像を貼っておきましたが、こういう「保存はされているが、公開されていない番組」が殆どなんでしょうね。
Posted by 無名X at 2009年05月14日 05:14
高橋よしひろは、犬好きと思われるかもしれませんがおそらく人類の歴史上もっとも沢山の犬を殺した描写を行なった人物です。
闘犬から始まり、熊との無謀な死闘で数百の犬を殺しました。負傷を入れるとさらに10倍ぐらいになるのではないでしょうか。
努力・友情・勝利」を人間のみならず犬にまで強制したジャンプ恐るべし。
Posted by デハ at 2009年05月14日 06:16
女の子がこうもりさんたすけてというとブキミな笑い声とともに現われる・・・・。
一見、バットこそ悪者に見えますが・・・。
悪者に見えるヒーローや不気味な造型のヒーローといえば、ダイアモンドアイ、突撃ヒューマン、グリーンマン(主題歌は軍艦行進曲、見た目は仏像)、メガロマンなどがありました。私はメガロマンの白い長髪と隈取から西軍の獅子頭(板垣退助とかの)を連想し大嫌いでしたが。
また、レッドタイガーは単にアメフトのヘルメットを被っただけでララーシュタインの戦闘員とほとんど同じでした。ターパンと風邪ひきマスクの月光仮面と並ぶ手抜きヒーローです。
Posted by デハ at 2009年05月14日 06:22
>無名Xさん
ジャンプは怪我人の数だけでなく死者の数もトップだったはずです。但し主要人物が何回死んでも生き返るシステムも人気作品が長く連載された要因の一つです。80年代の学生時代は世の中落ち着いた時代ながら、子沢山で闘争時代だったと言えます。
NHKオンデマンドはあの局だからこそ豊富な映像データを持っている訳なので、現行のラインナップは非常に勿体ないと感じています。個人的に世の戦国ブームを地で行った「天地人」と、台湾も反日だった、欧米の植民地統治は優れていたと喧伝する「JAPANデビュー」が掲載されている事に憤りを感じる程です。
Posted by HB at 2009年05月14日 22:49
管理人様、申し訳ないのですが
率直な自分の感想というと、紙芝居全盛期に生きていないので、そのビジネスモデルがその時の最適なソリューションだったか判断がつかないのです(HBさんの解説で、ある程度動向は推察できますが)。
複雑な現在、どのようなビジネスモデルを組立てたら収益が保障されるのか、は実は当たるも八卦の世界かもしれません。
逆に言えば、私達は数年前までの経済動向を「結果を知った上での予定調和」的な解でしか捉えられないのかな、と・・・
ご気分を害されたらすいません。
Posted by ラー at 2009年05月14日 23:04
ラーさん、
その通りで、ビジネスモデルとは「当たるも八卦」の世界です。
確実に言えるのは、「2匹目のどじょうはいない」ことです。
真珠湾の後のミッドウェーや、ガダルカナル二回目の戦艦の砲撃作戦がそうだったように。
企業で、新機軸より過去の成功事例を重用するのは、旧軍の失敗をトレースしているようにしか私には思えません。
Posted by シモン at 2009年05月14日 23:35
デハ様
>高橋よしひろは、犬好きと思われるかもしれませんがおそらく人類の歴史上もっとも沢山の犬を殺した描写を行なった人物です

そうですね。その中でも「甲冑の戦士雅武」が最高傑作です。戦国時代に生きた、犬の戦いの足跡を描く巨編で、私のような戦国時代ファンには「天地人」より遥かに面白かったです。
なにより、犬が馬に乗って「ハァー!!!」とか野を駆けるシーンとかを見てると、「別に犬じゃなくて普通に人で良くないか?」と一瞬思ってしまうのですが、高橋よしひろ先生はやはり犬しか描けないんでしょうねえ。

>突撃ヒューマン

伝説の、観客参加型のヒーロー実写版ドラマだそうですね。なんか色のついた円盤を鉛筆をさしてぐるぐる回すと、ヒューマンが突撃してくるとか・・・見てみたかったです。
Posted by 歴史ファン at 2009年05月15日 06:23
歴史ファンさま。もちろん、冷やかしでおっしゃっているのですね?
 私は犬が言葉を喋る、人間以外の動物が人間を超える知能を持つということを許すことが出来ません。100歩譲って、知能の低い人間より知能の高いチンパンジーのほうが、知能が高い例があり、またそうしたチンパンジーは人語を解することが出来ますが、話すことは出来ません。4つ脚の動物はその骨格上、言葉を話すことは出来ません。カラスや九官鳥などの鳥が話せるのは、首の骨が真直ぐだからです。
まして、犬や牛・馬などは、手を使うことが出来ない下等生物ではないですか。
まだ猫や熊、あらいぐまのほうが、手を使うことができるため高等な生物だと私は思っています。
「銀牙」などでも、犬同士は熱い会話をしますが、人間とは話せなかったはずです。
 その一線を越えてしまったため高橋はジャンプを追われたのです。
動物のみの漫画であれば、別に犬同士がしゃべっても問題は無いのですが、人間を犬の下に置くという暴挙は神に対する挑戦だと思います。

 また、動物のみの漫画の場合でも、同種の動物のみなら問題は無いのですが、ドンチャック物語のように、ビーバーが狼や狐より強いとか、違う種類の動物が結婚するなども神に対する冒涜です。
人間のみが英知と知能を有し、他の動物と一線を画しているのです。
 鯨が知能が高いから食べてはダメだという外人にも憤りを感じます。鯨は人間と喋ることは出来ないし、手を使うことが出来ないのでモノを創造できません。
 「喋る」「手が使える」の条件が揃って初めて高等生物と言えるのです。唯一の高等生物は人間で、それに次ぐ者はサル、やや近いのが熊、あらいぐま、パンダ、限定的に猫あたりではないでしょうか。
 猫や熊は手でモノを掴んで食べることが出来ますが犬には出来ません。犬が自ら甲冑をつけるとかも絶対不可能です。高橋の漫画でも、熊は石を組んで砦を築きましたが、現実にはありえませんが肉体の構造上は不可能ではありません。犬はセイゼイ穴を掘るだけです。熊のほうが犬よりすぐれた生き物だと私は思っています。
熊は手が使え2本足で歩けるため人間に近いからです。
高橋よしひろは動物を虐待する絵を描くのが大好きな残忍な最悪の漫画家だと私は信じています。
奴に動物を語る資格なんて無いんです。

>ヒューマン
ほんと、あれをカッコイイと思う子供いるのでしょうか?スペクトルマンにしても、茶色くて細かい毛がたくさん生えていてカブトムシのメスのようで好きじゃなかったし、私は蒲生氏郷も嫌いなので(要は、伊達家の東北支配を邪魔したものは皆嫌い。伊達家は、陸奥守で奥州探題で陸奥守護だから、朝廷と幕府より東北地方を支配する権限を正式に与えられた家なので、東北地方に住む者は全て伊達家の命令に従わなくてはならないのです。伊達家に挑戦するということは、即ち謀反です)戊辰戦争で東軍が勝てば、どのみち徳川の世は終わり、伊達慶邦が将軍になるはずでした。
Posted by デハ at 2009年05月15日 20:05
デハ様。
>もちろん、冷やかしでおっしゃっているのですね?
もちろんであります。ですが皮肉ばっか言ってると、本当にほめているときと区別がつかなくなるのでやめます。

犬よりカラスの方が頭がいいらしいですからねえ。あの漫画では、犬が信長に桶狭間の戦い方をアドバイスする、という暴挙をやってました。
でも今NHKの日曜夜8時から放送している、創作時代劇?もひどいです。先週は本能寺が爆発していました。だいたいあの髪型はなんなんでしょうか。石田三成の落ち武者ヘアーとか、戦国時代にはヘアデザイナーがいた、と脚本家は主張しているようです。だいたい、あの脚本家は絶対「信長公記」なんて読んでなさそうですね。その代わり、変な戦国風ゲームが教科書だったりして。
デハ様が「ミニスカート風甲冑」とかおっしゃられていたので、何のことかわかりませんでしたが、先日戦国ゲームのサイトでそんなへっぽこデザインが使われているのを知りました。たいがいにしてほしいですね。

>ヒューマン
>ほんと、あれをカッコイイと思う子供いるのでしょうか?

いません(きっぱり)。
あれは、ウルトラマンに出てくる「ザラブ星人」の目ですね。少なくとも味方にはしたくないタイプです。

Posted by 歴史ファン at 2009年05月15日 21:38
紙芝居もよいけど人形劇も好きでした。
プリンセスプリンプリンとか三国志ひげよさらば、笛吹き童子などです。
Posted by デハ at 2009年05月15日 22:19
ゲームが教科書なのは何もドラマに限りません。架空戦記でも、某ゲームで空母⇔戦艦、軽空母⇔巡洋艦(鑑形関係なし)なので5,500tが空母に化けたり、空母が戦艦に化けたりします。おかしいです。
以来ゲームもやらなくなりました。まああの作者も消えましたが。
第一、コーエーが悪いんですよ。姫武将とか言うのをつくりやがって。
今川氏真がどんなに武力が無くとも女よりは強いはずです。もっとも、テニスのウイリアム姉妹とか、ゴルフの宮里とか、ジャガー横田のようなグラフィックの女なら、氏真どころか信長より強そうですが。

 女を無理矢理男の世界に登場させたり、犬のような下等生物を買いかぶるのは辞めて欲しいです。
もっとも、その犬もビーバーよりは高等なはずです。ビーバーの分際でやたらと生意気なドンチャックが憎くて憎くて仕方ありませんでした。
わたしはそれでなくても、実在の人物なら石田三成、架空の人物ならあばれはっちゃくシリーズの○彦、出来杉みたいなガキのくせにませていて目上の奴に説教したり、力が無いのを頭脳で補う者が大嫌いなのです。
ところで、姫武将の存在そのものを完全否定するわけではありません。ただ、一般的でなかったものをさも一般的に存在したかに喧伝するのが許せなかったのです。実在の姫武将、成田甲斐姫は、石田三成を見事撃退しました。そのことにより、三成は女より弱いことが確定したのです。
 武将というのはあくまで本業は武ですから、三成のような奴は失格、役に立たないクソ野郎なのです。そんなやつを友達に選んだ直江兼続や佐竹義宣や大谷刑部が気の毒でなりません。
特に佐竹の場合、父や叔父たちは政宗に味方するよう説得したのに、味方せず、その結果秋田に飛ばされ徳川と伊達を逆恨みです。

前にも話しましたが、武田や今川や足利を再興するならともかく、豊臣など初めから存在しなかったものを元に戻すだけなので神君は全く間違ったことをしていないのです。
神君が主筋であるおだけ今川家に弓を引いたことなどなく、没落後も今川・織田を大切に扱いました。しかしサルは、留守・国分・大崎・葛西・石川・結城などの東北地方の名家を無実の罪で滅ぼしました。もっとも、伊達政宗公の温情で大崎以外は皆伊達の重臣として大名並みの家格を維持できましたが。このことからも、徳川・伊達が正義で、豊臣・石田が悪であることは明らかなのです。気の毒に馬鹿な息子や馬鹿な家来がいたため景勝と義重は損したのです。
私にとっての正義とは、皇室を頂点に、血統を重んじる考え方ですので、血統の悪い豊臣は悪で、血統の良い今川・武田・伊達・島津などは善なのです。
 祖先からの血筋を絶やさず祖先の祭礼を維持継続することこそが最大の善行なのです。ですから、高家を設けたり一門制を設けた徳川と伊達は善で、武田信清を救い重用した上杉景勝も善なのです。謙信公など没落した管領を匿い、村上・小笠原・畠山の当主や遺児を助けたので善なのです。成り上がりのサルの家来の出来杉君の友達になり、犬を可愛がる善の本間さんを殺してがまがる似た悪の本間と摩り替えて佐渡を侵略するのは上杉家の家風に悖る行為で、直江が唆したに違いないのです。佐渡は上杉家が越後国主になる前からずっと本間さんのものだったのです。侵略はあってはならないことです。
 謙信公が信濃に出兵したのは村上・小笠原に助けを求められたからで、関東に進出したのは管領になったからです。管領になった以上、関東甲信越にすむ武士は皆謙信公に従わなくてはならなかったのです。しかし・・・後北条家には切り札があったのです。管領より上位の「公方」を手中に納め、上杉こそ公方に背く反逆者としたのでした。
一方、東北地方では伊達家は探題で陸奥守護ですから、伊達家が他の大名を従えるのは当然で、茨城県の佐竹に従うのは謀反なのです。
 茨城県は関東で、福島県は東北地方なので越境してきた佐竹こそが侵略者で、これを迎えうち、またこれに乗っ取られた芦名二階堂を滅ぼしてもかまわないのです。佐竹は、岩城家に正統な跡継ぎ・政隆がいるのに、サルと三成の後押しで政隆とその母(二階堂氏出身)を追い出し、佐竹の三男に継がせたのです。
 しかし天罰が下り4代で絶え、政隆の子孫が再び岩城家を継いだのです。これは実に痛快な出来事でした。
 伊達政宗は第二の藤原清衡になろうとした人物でした。
Posted by デハ at 2009年05月15日 22:47
おはようございます。
デハさん、私は歴史の教科書で「戦国時代、武将たちは天下統一のために京都を目指した」というような記述がありますが、実際のところ「日本を統一する」というような妄想を抱いて実行に移したのは信長、光秀、秀吉ぐらいで、あとの武将は自国の経営にしか興味がなかったように思えます。
小田原包囲の際に遅参した政宗は、秀吉の天下構想など全然興味なかったに相違ありません。しかし(ちょうどこの20年ぐらい経済の世界で起きているグローバル化と同じく)秀吉による統一派の圧力に従わざるを得ませんでした。
思うに、戦国時代後期〜末期は「天下統一派対旧秩序維持派」の戦いに他ならないのではないかと思います。
「新秩序」を要求する人たちは、古今東西を問わずいわば「旧秩序では満たされない階層の人たち」なので、当然血統などのブランドはあまりありません。江戸時代に御用史家たちに史記が書き換えられてしまったので確たる証拠はありませんが、家康の松平家だって秀吉のような土豪だったのではないかと思います。
グローバル化の現代、いわゆる伝統を重んじる人達が臍を噛む思いをしているのも同じ理屈です。創業以来何百年、昔の暖簾を守ってきた商家が新興の安さを売りにするサービス業に追われて廃業してしまう現実を見ていると、グローバル化後の世界の唯一の価値観とは所詮「金」しかないのか、と悲しくなってしまいます。
Posted by シモン at 2009年05月16日 07:28
そうです。
島津義久は、「九州の完全制圧・日本からの独立」、伊達政宗は「東北地方の完全制圧・日本からの独立」、長曽我部は「四国の完全制圧・日本からの独立」、後北条氏は「関東の完全制圧・日本からの独立」を目指しており、毛利氏は「中国地方の完全支配」を試みていたものの、日本からの独立までは考えていなかったようです。
 信長、秀吉、光秀のほかに、天下統一を志向していた者、可能性があったものは、今川義元、黒田官兵衛、そして足利義昭ぐらいです。
 武田信玄は単にどこでもよいから領土を広げて生産量を上げたかった、徳川家康は当初はとにかく今川からの独立を志向していて、信長・秀吉についてからその長所・短所に加え足利幕府鎌倉幕府の長短も熟慮した上で幕府を開きました。
上杉謙信は、武田と北条の野望を阻止しようと(現状維持を志向)していただけでした。佐竹あたりの事情は祖先を同じくする武田と似ていました。
 伊達政宗の東北制覇は、彼自身が第二の藤原清衡、ないしはアテルイになろうとしたものと考えられます。皮肉なことに、その夫人は田村麻呂の子孫でしたが、その縁組みの隠れた目的の一つに、「蝦夷と田村麻呂の融合」「田村麻呂子孫の併合」という野心があったのかもしれないと私は見ています。
 
いろいろな成り上がり武将がいましたが、最も出自が怪しいのはやはりサルです。加藤清正、福島正則あたりもかなり怪しいです。ウソくさい。
ほかに嘘丸出しの出自なのが津軽家と浅井家。もっともれっきとした武家ではありましたが。泊をつけるためでっち上げて帰って怪しまれる家も多いですね。
後北条は以外と由緒正しく、伊勢氏の後裔で今川の姻族ですから、通説の素浪人は100%ありえません。第一、江戸幕府で言う御三家に匹敵する今川家の正室の兄が氏素性不明ということじたいありえません。

血統的にみるとやはり武田・佐竹・上杉・毛利・島津・伊達・今川・細川あたりは疑う余地のないほどしっかりした家系です。もっとも、伊達の場合初代朝宗以前が怪しいのですが、そこから連綿、政宗の曾孫の代まで男系直系で続いたというのは恐るべきことです。綱村→吉村ではじめて従弟が相続しました。武田と佐竹が、どちらが新羅三郎の嫡流かで争ったとき、ある人(たしか太田道灌の子孫の人)が、佐竹の祖の方が兄だが、義光の後を継いだのは武田なので武田が嫡流。しかし、佐竹の祖は、義光の兄で義家の弟の義綱の跡を継いだので、家柄は佐竹のほうが上」と判定して両者とも納得したとのことでした。
上杉謙信の父親の長尾為景は守護と管領を殺害するなど、新体制派のテロリストでしたがその息子が180度転向して旧体制の最大の庇護者になるとは皮肉でした。その後上杉家が迷走したのは直江のせいだと私は決め付けています。
Posted by デハ at 2009年05月16日 10:49
こんにちわシモンさん皆さん。

いよいよ裁判員スタートですね・・・いろいろあるでしょうけど・・・。こういうこともいいんじゃないかと・・・裁判官は官舎と法廷しか知らないわけだから・・・。

季節は「麦秋」ですね。ウチの小麦も穂がたなびいています。といってもプランターに植えた小麦でパン一つ分もありませんが・・・。
 
 シモンさんのお父様同様私の父も紙芝居世代なんですが、よく言えば育ちのいい、悪く言えば窮屈な家庭環境だったので『別世界』だったようです。

 ちょうどヘルマンヘッセの「デミアン」の冒頭章「二つの世界」みたいな感じだったかもしれませんね。その代わり父の心に強く残ったのは「十五少年漂流記」などの児童文学なんですが・・・。父は当時G習院初等科教諭を務める(父にとっての)小母の家に預けられて育ったようです。(父の小母には子供が居なかったので・・・。)

 父は自分を心理的に支配していたのは小母だということを知らずに生涯に幕を下ろしました。小母のことを
「背筋に一本鉄心の入った戦前の教育者」
と父は評価していましたが、姉や私は彼女のことをクソ嫌いでした。姉が家の中で短パンで居たら彼女にひどく叱られて泣きべそかいていましたね。(arn1.JPGの写真に姉に良く似ている子がうつっているのでびっくりしました。)

Posted by らら at 2009年05月16日 17:24
ららさま
右列2番目でしょうか?

ヘッセ、ようやく私も読んだことのある作者になりました。
Posted by デハ at 2009年05月16日 17:40
ららさんこんにちは。
「麦秋」というと、小津安二郎のモノクロ時代の映画ですね。ヒロインはいつもの原節子ですが、いつもは父親役の笠智衆さんが珍しくヒロインの兄(=短気)の役をやっています。代わりに父親役は菅井一郎、いい味です。杉村春子はいつもの安定した庶民性を演じてます。佐野周二(=関口宏の父親)の「君も変態か!」の台詞が印象的なこの作品、実は私の好きな小津作品のベスト3です。
話が逸れました(すいません)。ヘッセは、若い頃悪魔祓いをやってますね。デミアンに出てくるシンクレールは彼の少年時代そのものだったようです。私は「車輪の下」を読みました。今も会社という車輪の下におります。ロシア的倒置法「アメリカでは、あなたが電車に乗る。ソビエトロシアと私の会社では、電車があなたに乗る」という感じです。

デハさんは右列2番目ですか。私は左列3番目としておきましょう。
Posted by シモン at 2009年05月16日 19:05
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