2009年06月19日

新幹線100系

80〜90年代に最も多く乗車した新幹線でした。

100series.jpg

特に鉄道に造詣が深いわけでもなく、行動範囲も限られた私にとって、よく乗る電車というと山手線・京浜東北線・東京メトロの他は新幹線ぐらいです。
新幹線にも、JR東日本が管轄する東北・上越・長野・秋田・山形新幹線、JR東海の東海道新幹線、JR西日本の山陽新幹線、さらにはJR九州の九州新幹線と、各社それぞれの個性的な車両とデザインでバリエーション豊かです。

60年代を象徴するような、独特の丸みを帯びた「0系」という新幹線がすでに全線から引退したことは大々的に取り上げられました。高度経済成長のいわばシンボルだったこの車両には、様々な思いを持った人が多かったことでしょう。私も小学校に上がる前に0系新幹線の玩具を持ってました。

その影で、100系と呼ばれる2階建て新幹線が東海道新幹線のレール上で消えたことはひっそりと報道されたのみでした。山陽新幹線の区間では、現在も編成を短くしたこだま号として運行されているそうですが、2階建て部分の車両は姿を消してしまいました。

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私は'85年にデビューしたこの型の新幹線が大好きでした。レトロな0系とは一味違ったモダンな雰囲気、普通車でも足置きまで常設されたシートのすわり心地は快適でした。何より個性的だったのは、二階建ての下側にあるグリーン車個室でした。
90年代後半、まだ子供が小さかった頃、夏休みに家族旅行で遠出をしたときに奮発して使ってみました。カードキーで開閉する空間は驚くほど静かな室内で、移動の間にも家族の団欒を楽しむのにもってこいの場所でした。乗車経験はほんの数回ですが、その記憶は今でも明瞭に残っています。
2階建ての2階部分は、編成によっては「グランドひかり」として食堂車が連結されていました。高い場所からの眺めは好天の時は最高で、この車両で昼間から飲むビールの味は格別でした。

東海道新幹線のダイヤは、ますます過密化・高効率化を進めていきます。100系の後にデビューした「300系」は、時速275kmの営業運転を可能とする「のぞみ号」用車両として開発されました。鉄仮面と仇名される無骨な人相と、空気抵抗を抑えるために2階部分を廃したデザインが、私はあまり好きになれませんでした。線路上を275kmで走れない車両は淘汰され、0系、次いで100系も東海道のレールから姿を消すことになったのです。

starting-2.jpg

日本の新幹線システムは、在来線が狭軌という日本の国内事情もあいまって、諸外国とは独自の「ガラパゴス」的発展を遂げました。時速300kmを目標に開発されたジェット戦闘機のようなスタイルの「500系」は、コストがネックになり早々に生産が打ち切られ、東京-博多間ののぞみ号として運航される他は早くも山陽新幹線区間の短編成のこだま号になっています。今最も多く見かける車両は「700系」ですが、これは窓側の席がちょっと窮屈です。最新型の「N700系」は実はまだ乗車したことがありません。

「700系」新幹線は、台湾の高速鉄道に輸出されましたが、運行システムが欧州標準の技術と混在する形になったため、運行開始が遅れました。
また、鉄道発祥の国:英国での高速鉄道計画を日立が落札し、新幹線が英国に上陸することになりましたが、現地の労働者の反発は相当に激しいようです。
鉄道というシステムの技術は、単に高速で快適な車両の製造だけでは完結しません。保守運用まで揃って初めてトータルシステムになるわけです。日本独自方式の「新幹線システム」が、今後国際標準の海外の鉄道にどこまで進出して行けるのか、少しだけ注目しています。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 18:00| 東京 ☁| Comment(15) | TrackBack(0) | 乗り物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
残念ながら、私は実は100系に乗車したことがないまま東日本地区から消えてしまいました。
東京以西に行く時はのぞみかブルトレだったからです。
100系が登場したとき、「キツネ」と渾名をつけました。友達の彼女がそっくりな顔をしていました。この100系は、実は先頭車がモーターなしで、それまでの000系、東北の200系とは異なっていました。
 これのモドキものの200系2000番台にはお世話になりましたが、こちらは200系を改造したものでした。1階が個室で、利用客が少ないためマッサージ師が常駐して個室を利用して営業していましたが・・・。2階はグリーン車でした。
 いつのまにかこちらも消えてなくなってしまいました。

 それよりも、フェアレディZこと300系が早くもこだま専用になってしまったことに驚きを隠せません。大学生の時「のぞみに乗ったんだ!」というあの鮮烈なCMが忘れられません。
 
また、当初京都・名古屋すら通過で東京-新大阪をノンストップで結んでいたのに、新横浜と品川に全部(3駅連続で)止めるのは辞めてほしかったです。正直、品川停車のメリットがあるのは京急沿線の人だけではないでしょうか。
 こちらは1秒でも早くやまびこに乗り継ぎたい・・のにと思っています。
せめて品川と新横浜のどちらかに絞って欲しかった。湘南電車ですら東京ー新橋ー品川ー川崎ー横浜ですから、2駅しかかわらないのです。

 新幹線は、下2桁で用途を示しています。在来線なら、「クモハ」(運転台付電動普通車)「モハ」(中間電動普通車)「サロ」(グリーン車)ですが、新幹線の場合、末尾1〜4が先頭車、5〜が中間車で、2桁目が1がグリーン車、2が普通車、3が食堂車で、新大阪よりが奇数形式、東京よりが偶数形式でした。
000系ならば、新大阪から22-25-26-25-26-35-16-15・・・・21、
100系ならば
124-125-126-・・・125となります。
 22がパンタグラフのついた先頭車、21がない先頭車、25がパンタなし中間車、26がパンタつき中間車、15がパンタなしグリーン車、16がパンタ付グリーン車、35がビュッフェ車、37が食堂車です。100系、200系はそれぞれ+100又は200で対応します。
Posted by デハ at 2009年06月19日 19:14
台湾や英国よりも、中国本土の新幹線が挫折するのではないかと心配です。たしか「のぞみ」タイプと「こだま」タイプは日本製、「ひかり」タイプは独逸製の混在になるとか・・・。システムの異なるものを同一視するのは模型じゃあるまいし・・と思いたくもなります。

それでなくとも、最近の架空戦記などでは、歴史に無知な作者が、ゲームや玩具のデータを鵜呑みにして作っている感があります。
(軍艦や戦車のスペックが間違っており、見るとゲームのデータだったり、男性と女性が格闘して女性が(それも、普通の体型の)常に勝つとかはゲームの影響だとしか考えられません。(中国人女性がキックだけで力士や独逸軍人を倒すなど)それが原因でわたしは一切のゲームをやめました)
Posted by デハ at 2009年06月19日 19:21
訂正
100系の東京より先頭車は123型でした。
なお、000系とおなじ121・122にしなかったのはモーターがないためと思われます。4両に短縮したものはモーターが取り付けられたはずです。
東北新幹線は東京寄りから222-225-226・・・・
237-216-221(仙台寄り2両目がグリーン車)でした。
Posted by デハ at 2009年06月19日 19:24
やはり新幹線も、お詳しいですね。
自分が最近気に入っているのは、東北新幹線MAXの1階の方です(すいているので)。
東海道も東北も、折り返し運転が多くて車内整備の間ホームで待たされるのは閉口しますね(黙々と働くおばさんたちには感謝していますが)。
車両の速度を上げなくても、停車駅を減らせば高速化できるんですよね。逆に言えば、リニアも各県停車となるとあまり高速化できないかも…

私も極力、歴史に無知な者が書いている駄作に触れないようにしています。今年の大河ドラマの時間帯に放映されている電波は見なくなって久しいです。

中国新幹線は、そのうち大事故を起こすんじゃないかと心配です。日本の責任にされたりして…
Posted by シモン at 2009年06月19日 19:40
300系以降の東海道新幹線の車両は東名阪の都市間輸送が優先されハイペースで量産される一方で、デザインが没個性化して車両に乗ることに対する付加価値が下がっている様に感じます。100系は私が実家を離れ京都の大学へ通う時乗った車両で明らかに0系とのデザイン内装に差を感じました。2階建てグリーン車には乗りませんでしたが、ビュッフェ・売店は健在でした。当時100系の内装の質感は走行性能が格段に向上した300系以降と大差ないレベルでした。
最近は700系の大量配備を機にダイヤ編成において「のぞみ」が大多数を占め、本数激減の「ひかり」と各停「こだま」しか停車しない静岡県内各駅の利便性については微妙なところです。東京名古屋どちらへ向かうにもマイカー圏であり、第二東名開通以降の動向が注目されます。
Posted by HB at 2009年06月19日 19:49
それです。
何でも悪いことは日本のせいにするんですよ。全く・・困った国だ。
停車駅を増やされるとお手上げです。
実ははやて登場で、郡山ー東京間はそれまでの80分から84分に伸びてしまいました。速達タイプがはやてに統一され、大宮ー仙台ノンストップになったからです。
それまでは、福島・大宮停車(郡山・宇都宮通過)、福島・宇都宮停車(郡山・大宮通過)、郡山・大宮停車(福島・宇都宮停車)があり、この宇都宮通貨列車が80分でした。ちなみに各駅停車だと2時間近くかかりメリットが薄いです。

 新幹線、昔は大嫌いでした。大好きな東北特急を淘汰し、またローカル線から急行が姿を消し逆に不便になったからです。また、大好きだった上野駅を大変不便な宇宙戦艦大和の地下本部のようにしてしまいとてもじゃないが上野駅を利用しようとは思えなくなってしまいました。地上に出るだけで10分近くかかり、上手く乗り継げは大宮で快速に乗り換えたほうが早く山手線に乗り継げるほどです。
「本庄早稲田」とか、新駅はもう辞めて欲しい。滋賀県で中止になったのも当然です。
 特に東海道なら平行在来線も本数が多く早いので、いいじゃないかと思うんです。
それと、東北新幹線に多い傾向なのですが、在来線と連絡していない新○○駅も勘弁して欲しい存在です。その駅に着いてから、目的地まで陸の孤島に投げ出されたのと同様です。
 都会でも新神戸がこれに近く、一応地下鉄とは連絡しているものの在来線や阪急と接続していないため、結局新大阪で降りて梅田乗換えのほうが早かった、という結果になりました。

 ちなみに、「本庄早稲田」駅も、ちゃんと皇居から見て西北にあるため、OKです。所沢も同様です。
(神奈川県や茨城県は西北ではないので、早稲田と名乗ることは許されません)
Posted by デハ at 2009年06月19日 19:58
茨城県には早稲田も新幹線もありませんが、荒川沖はあります。東京の荒川とは別ですが。
上野駅もずっと工事やってましたね。
新○○駅が、在来線と交差するところに作られない理由は何か政治的な背景がいろいろありそうです。
Posted by ラー at 2009年06月19日 20:07
海外の新幹線事情ですが、中国は欧米同様在来線の線路に日欧技術の車両を導入し走らせており、しかも日本を意識したのか五輪と万博に合わせ急ピッチで路線を拡充させています。この急拡大がいつか大事故にならないか心配です。
台湾は在来線が日本式の狭軌でありしかも山岳区間が多い為日本同様全線が高速新線で建設されました。ここの問題は欧州式の信号システムの為運転手を欧州から呼んで雇った為、輸送実績が伸びても人件費が経営を圧迫し赤字経営と言う事です。駅の設置も台北と隣の板橋以外市街地から離れた新駅ばかりで、各駅へのアクセスにはバスか自家用車しか無い駅が目立ちます。台湾新幹線は既に台北⇔高雄・台南・台中間の国内航空路線を駆逐しており、長距離交通手段として確立されたと言えます。
Posted by HB at 2009年06月19日 20:17
私は0系世代です。昔は「新幹線に乗る愉しみ」がありましたね。今では単なる移動の手段になってしまいました。国内線飛行機との競争が招いた結果とも言えますが。

台湾と大河で思い出しましたが、日曜夜の8時台・9時台の放送協会番組はかなり歪んでいますね。昔の「NHK特集」や「特派員報告」の時代が懐かしいです。
Posted by バカボンのパパ at 2009年06月19日 20:31
バカボンのパパさん
今では新幹線も国内航空も大差なくどちらも乗る愉しみが薄れてしまいました。なので旅行か出張で海外へ行く際の国際線と現地の鉄道に乗る事が趣味の一つとなっています。
今年の放送協会は大河ドラマも台湾も酷い出来ですね。特に公共放送機関があそこまで台湾人と日本統治を貶めジャパンデビューとは呆れます。統治と同化の過程で差別や圧政があった事実は事実ですが、欧米式のえげつない分割統治や、現地人を搾取し愚民化する統治方法が正しく平等だったとは到底思えません。
Posted by HB at 2009年06月19日 22:55
おはようございます。
私は最近は海外出張の機会がめっきり減りましたが、鉄道に乗るのは楽しみの一つです。TGVとかタリスとかICEとかの高速鉄道系は日本の通勤時間の新幹線と変わらないので、IC/ECのような在来線特急の方が情緒があって好きです。

「Japanデビュー」私は放送を見なかったので最初は知りませんでしたが、あれは酷い。単なる情報操作を超えた「メディアを利用した暴力」だと思います。
NHKの中枢に、この手の番組制作を指示する人物・団体が入り込んでいることは確実でしょう。
しかし、日曜8時のドラマは「女性が全て偉く、男性は馬鹿」という学芸会、9時からは「日本の歴史は全て馬鹿」という紙芝居。あまりにも見え透いた手口にかえって余計に腹を立てている視聴者がさぞ多いことでしょう。
Posted by シモン at 2009年06月20日 07:44
実は100系から色合いも変っています。
000系は、白い部分がクリーム10号という黄みのかかったというかアイボリー色で、窓回りは青20号という、新ブルートレイン(14系、24系)と同じ色でした。しかし100系では白3号という純白に近いものに変更されています。
ちなみに似た配色の寝台電車583系は、クリーム1号と青15号で塗られており、塗りわけは異なりますが、横須賀線や電気機関車と同一の色を使用しています。他の特急電車のクリーム色はクリーム4号で、より濃いものです。
 100系、300系新幹線の白が一番白く、新快速や阪和線快速の地色は灰色9号という灰色で、(千代田線の国鉄車もかつてはその色)、000系新幹線の車体及びブルートレインの帯はクリーム10号、横須賀線や寝台特急のクリーム色は1号、特急電車のクリーム色は4号です。10号と1号の中間の色合いは薄い順に京王電車のアイボリー、東武のカステラ色のクリーム色があり、4号よりもっと濃いクリーム色となると東武DRCの地色になります。
 小田急の車体色は事実上クリーム10号です。
模型を作っていると微妙な色調の差が目立ち、苦心するところです
Posted by デハ at 2009年06月21日 14:49
やはり色合いは変っていますか。
昔の新幹線がクリーム色を帯びて見えたのは、経年変化かとも思ってました。
時代の好みがクリームとか生成りのような曖昧な色から、鮮明な白の方に傾いてきたのかもしれません。
Posted by シモン at 2009年06月21日 14:56
湘南電車の色もだんだんと明るくなっています。
横須賀線の色も明るくなりました。
京浜東北線と総武線の水色と黄色も、帯になってから若干ですが明るくなっています。
どことなく重厚さがなくなって行く気がします。
私鉄の色も一時は白か銀に帯1本、そののちは複雑なラインが入るようになりました。
Posted by デハ at 2009年06月21日 15:32
100系新幹線をはじめとする80年代後半、国鉄末期に登場した車両は不遇なものが多すぎます。103系に代わる201系も103系より先に全滅しましたし、50系客車など10年ほどで全廃、185系電車も不評・・。これらの時代の電車は、1に軽量化、2に内装の強化、3に外観のデラックス化が重視され、走行性能は重視されなかったのです。
そのため、JRになってから出来た車両はステンレス採用によるさらなる軽量化と頑丈さの両立(その代わりそとめは簡素で没個性に)、インバーターの普及による交流電動機の台頭、高速車両においてはアルミ車体による軽量化とスタイルの両立(ステンレスの場合、細かい造作には限界があり、流線型部分のみ普通の鉄や強化プラスチックを使っています)により、新型車両と伍して現行ダイヤを走るのが困難になってしまったのです。
 また、頑丈一点張りに作られていたそれまでの国電と違い、軽量化により痛みも早かったのです。
100系新幹線は、普通鋼のままの軽量化、東京-博多間を中心にする長距離運用、2階建て車両の連結や先頭車のモーターを省略したことによる加速の悪さ、また、先頭車にモーターがないため編成を短くする時改造を要する(000系の場合は単に不要な車両を抜き取ることができる)、300系以降より遅い、などの悪条件が重なり、引退が早かったのです。
Posted by デハ at 2009年06月22日 21:22
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