2009年06月20日

父の日

明日6/21(日)は父の日です。

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「日本のお父さん」というと、どんな人を思い浮かべるでしょうか。星一徹のようなタイプは、既に日本からいなくなって久しいです。TSUTAYAの「お父さんになって欲しい男性有名人」のランキングでは、1位が近藤真彦、2位が木村拓哉、3位が阿部寛、(以下略)という順位になっています。

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私の中での「日本の父親像」は、笠智衆さんです。
晩年は、平成5年に他界されるまで「男はつらいよ」シリーズで寺の住職を演じておられましたが、私が笠さんの演技で特に好きなのは、小津安二郎の映画に出演されていた頃のものです。
朴訥で優しく、不器用なセリフ回し。決して器用な役者さんではなかったのですが、それがかえって「様式の美」と言える小津作品の中で欠かせない存在でした。

例えば、「晩春」のシーン。娘(原節子)の結婚が決まり、最後の旅行ということで、父娘で京都に遊びに行く。旅の終わりの夜、娘が涙ながらに「結婚なんかしたくない。ずっとお父さんのそばにいたい」と言い出します。それを説得する笠さん演じる父親が、朴訥な言葉で「それは間違ってる。お父さんの人生は終わりに近づいている。若い二人が新しい人生を切り開くのが人間生活の歴史の順序だ」と諭すのです。そして何度も「幸せに、なるんだよ」と語りかけるシーンは、見ている方も本当はお父さんも娘と別れたくないことを知っているので、涙が出てきます。

東京物語」では、尾道から上京してきたものの、忙しい子供達に厄介払いで熱海に旅行に行かされる老夫婦を演じています。妻(東山千栄子)と二人で佇む熱海の海岸のシーン、背中には哀愁が漂っています。この直後、体調を崩した妻が尾道に帰ってすぐに死去し、…(続きはDVDなどでご覧下さい)。この小津の代表作となった映画の中で、老父の孤独を見事に演じています。

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笠さんが小津作品で父親役を演じたのは、戦争中(昭和17年)の作品である「父ありき」が最初でした。この当時まだ30代の笠さんは、老け役として、父一人子一人、しかもお互いの気持ちとは裏腹に、仕事や学業の事情で離れて暮らさなければならない父親役を演じています。息子の役を演じたのは笠さんと殆ど年の変わらない佐野周二(関口宏のお父さん、関口知宏のお祖父さん)でした。

この「父ありき」という映画では、二度、川で親子が釣りをするシーンが出てきます。一度目は旧制中学に合格した息子が寄宿舎に入るので別離をする前日の場面。そして二度目は、息子が学校の教師として一人前に成長し、長く離れ離れだった父親と久しぶりに面会して川に釣りに行く場面です。この2回の釣りの場面で、大きな時間の流れが経っているにもかかわらず、川上から川下に向かって竿を動かし、また川上に竿を戻す…という父子の動作が、寸分たがわずに繰り返されるのです。

「父ありき」は、「親子は離れていても心が通い合う」「男は天職を全うすべきである」というテーマが色濃く描かれた傑作です。産業社会の中、家族で一緒に暮らす自由もままならないという状況は、戦時中も全く今と変わらなかったことがわかります。

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「父親不在」と言われて久しい日本の家族環境ですが、自分も既に父親となって10数年を経た今、「父ありき」の笠さんの姿に自分の父親との思い出を重ね合わせてみたいと思います。

(本文と写真は関係ありません)

posted by シモン at 15:00| 東京 🌁| Comment(13) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
マッチと阿部はともかく・・・キムタクが親父になったらいやだなぁ・・・。むしろ最も父親になって欲しくない人物の1人です。
 ここに挙げた3人の中では阿部ですね。マッチは兄貴なら。小学生の時憧れのお兄ちゃんはマッチでした。トシちゃんはおじちゃんに見え、よっちゃんは怖くて近づきがたいものがあったためです。
 

私の場合父親像は、実在の人物ではなく、アニメで「柴田秀勝」氏の演じた父親が理想でした。
「燃えろアーサー円卓の騎士」の主人公、アーサー王子の父、ユーゼル王、「リトル・エル・シドの冒険」の主人公、ルイ=ディアス=ディ=ヴィバール(のちのエルシド)の父(成長後のエルシドも同じ)、惑星ロボ・ダンガードAの主人公一文字タクマの父、キャプテンダンこと一文字断鉄、アニメンタリー決断の「加藤隼戦闘隊」の加藤少将などです。
 父親は威厳があって、息子には厳しくて、(娘、特に長女には甘くて)、自己犠牲精神があるのが理想像です。柴田氏の演じた数多くの父親はみなそうでした。
彼を悪役専門の声優と思っている人が多く残念です。
 ちなみに「兄」なら田中秀幸氏、「姉」なら吉田理保子さんですね。


アニメで田中秀幸氏が演じるキャラは、実写では概ね上川隆也が似合います。

実在の人物でもやはり理想の父親像は「加藤少将」ですね。
 タレントなら北大路欣也、片岡仁左衛門(元の孝夫)、政治家なら石原慎太郎ですね。
Posted by デハ at 2009年06月20日 16:14
先ほどの書き込みにもありましたが、どうして父親というのは息子には厳しいのに娘には甘いのでしょうね。
 最も、統計的にも長女の顔はほぼ父親似、長男の顔は母親似になる傾向がありますが。

末っ子が可愛がられる傾向とともに、跡継ぎである長男が大事にされるケースもありますが、長女というのが意外と大切に扱われているようなきがします。
それも、上に兄が複数いる長女ではなく、第一子の長女、又は第2子で下に複数の弟妹がいる長女が特に父親に可愛がられるような気がします。
 戦国時代の東北地方でもこの傾向は強く、伊達稙宗は長女の夫、相馬盛胤に所領を譲ろうとしたため、息子の晴宗と対立し、輝宗、政宗の代に至るまでこのことによって苦しめられました。
また、弱小大名は、息子がいるにもかかわらず、長女に婿を取って継がせるケースも多かったようです。留守氏、石川氏がその例です。
 伊達政宗の母義子も第2子ですが長女で、兄の義光や弟たちより父に大事にされ、実家での発言力も大きかったといいます。
 長女のプライドというものも大変強く、そのために滅んでしまった家も数知れません。(豊臣家、須賀川二階堂家など)また、徳川家康の長女(奥平家に嫁ぐ)も、孫の左遷に反対して甥である家光に直訴して撤回させ、左遷を策略した老中を左遷することに成功するなどの力を発揮しました。
 次女、三女以下でこうした力、威勢を発揮した人物は再来年の大河に決定した江与の方以外には思いつきません。当時の女性、特に次女以下はモノとして扱われていたとしかいいようがないのですが、それなのに最近の脚本家は当時も男女同権であったかの如く主張するので参ってしまいます。
その一方で私が挙げたように、当時から「長女」の発言力だけは大変強かったという事実もあります。
 私の祖母や伯母もそうでした。
大変偉くて恐れられていた祖父も、家では婿としておとなしかったですし、祖父母は伯母と父(長女と跡取り)だけを可愛がったとして叔母達は未だに愚痴をこぼします。
 長女が跡取りと同等に扱われるのは、やはり長女というものが父親に似る傾向が強いからなのでしょうか。
 こうしてみると、次男三男、次女三女というのはぞんざいに扱われ、長男、長女と末っ子は大事に扱われるという傾向があったように見受けられます。
Posted by デハ at 2009年06月20日 16:30
笠さんの小津作品での父親役(大概は妻を亡くしている)、絶品ですね。
小津の遺作となった「秋刀魚の味」のラストシーンもしみじみ心に迫ってくるものがありました。

「父ありき」はまだ見たことがありません。今度じっくり鑑賞してみます。

Posted by バカボンのパパ at 2009年06月20日 16:36
ここ十数年、父と子のテーマというと対立・反発・家庭崩壊ばかり描かれているような気がします。
本来仲の良い親子が、一緒に暮らしたくても暮らせない。最後は呆気なく父が逝ってしまう(=でしたよね?)というこの映画、今観るとかえって新鮮だと思います。
昔は本当によい作品があったんですね。それに比べて、最近の脚本家はどうなんでしょう(笑
Posted by ラー at 2009年06月20日 18:42
私の父も転勤族でしたので、同居していた期間は短かったです。
Posted by 無名X at 2009年06月20日 20:48
おはようございます!
私は子供に、父の日のプレゼントを買ってもらいました。
ささやかなものでしたが、うれしかったですよ。
今日は雨で体休めています(^^)/
Posted by Captured at 2009年06月21日 08:12
私も、まだまだ父親の境地に達しません。修行が足りませぬ。。。。
Posted by A2Z at 2009年06月21日 10:57
私の父は転勤もなく同居している時間は長かったのですが、当の私が大学進学で下宿して以降、就職してからも転勤族(転職もあり)の為成人してから別居しています。同居時代は単に煩く厳しい父親像しか抱きませんでしたが、今では人生の良き先輩として尊敬の念を抱いています。
Posted by HB at 2009年06月21日 11:27
今年は部屋着でした
Posted by デハ at 2009年06月21日 14:50
>同居時代は単に煩く厳しい父親像しか抱きませんでした

私も全くその通りです。
「遠くにありて思うもの」
なのかもしれません。
Posted by シモン at 2009年06月21日 14:57
それこそ父親が少しでも暴力を振るえばDVとされてしまう時代になってしまいました
Posted by デハ at 2009年06月21日 15:33
「叱ること」(怒ること、ではなく)の意味を理解する大人がいなくなってしまったんでしょうね。
Posted by バカボンのパパ at 2009年06月21日 18:24
デハさんは部屋着を買ってあげたんですか。
親孝行ですね。育ちが良いこと、改めて感じました。
>長女に婿を取って継がせるケース
男系が絶えると、長女の女系が家を継ぐケースは洋の東西を問わず結構あります。ロマノフ朝もピョートル2世が戴冠後2年で早世したあとは、確かそうしたんじゃなかったかと記憶しています(曖昧で失礼)

改めて思うんですが、デハさんが大河の脚本を書いていたら、今の1,000倍面白く、1,000倍史実に忠実な作品が出来たのに、つくづく惜しいです。
Posted by シモン at 2009年06月21日 19:41
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