2009年08月22日

EC/IC

ヨーロッパを鉄道で周遊することは休暇でも仕事でも楽しみでした。

DB103.jpg

80年代後半、出張で欧州に何度か足を運びました。
主な玄関口は西ドイツ(当時)のフランクフルトで、そこを起点に移動することになります。
ヨーロッパの都市間を移動する手段として飛行機もありましたが、景観の良さや比較的空いていて快適に移動できる国際列車を利用しました。

国際列車には、EC/ICという看板がかかっていました。
EC = Euro City (欧州都市間特急)
IC = Inter City (都市間特急)
の意味で、電気機関車によって牽引された列車が平均時速150km前後で走っていました。

tachikawa.jpg

ヨーロッパの客車の特徴は、コンパートメントです。車内の片側に沿って通路があり、反対側に一室6人〜8人の小部屋に分かれていることです。
時間帯にもよりますが、このコンパートメントが一杯になることは滅多になく、一等車の6人用一室を二人で占有することができました。人の数が少ないヨーロッパならではのゆとりが感じられる車内でした。

牽引しているドイツ国鉄(DB)の機関車は、BR103形というタイプで、日本で言えばEF58形に相当するでしょうか。上3/4がクリーム色で下1/4がワインレッドのツートンカラーのこの機関車はドイツを通過するEC/ICの代名詞的な存在でした。

フランクフルトからマインツを通り、ライン河に沿ってコブレンツ・ケルンに抜けるルートの景観は圧巻です。飛行機だと雲海しか味わえない「景観の愉しみ」が存分に味わえるこのルートは、ライン河沿いや中洲に浮かぶ数々の古城を巡る旅でもあります。このルートを通過している間、コンパートメントを出て通路の窓から何枚も写真を撮影しました。当時はデジタルカメラがありませんでしたので、何枚も失敗したプリントが残っています。
東海道新幹線では美しい景観の場所というと新富士付近か浜名湖付近ぐらいで、あとは平凡な都市や田園風景だけしか広がっていないのに比較して、割と長い間景観を楽しむことが出来ました。

meisei.jpg

また、フランクフルトからマンハイムを経由してハイデルベルグにも約1時間ほどで到達しました。赤レンガで統一されたこの街の景観は、古い城壁の佇まいと学生達の新しい文化という二面性が際立っています。ドイツ国内を周遊すると、必ずその土地の地ビールとソーセージを味わうことができます。ソーセージの方は食傷しましたが、一般に黒ビールの多い数々の地ビールはどれも美味で、ここハイデルベルグの地ビール「ハイデルベルガー」(=そのまんまの名前)も良かったです。

まだ社会主義だった頃のプラハにも行きました。フランクフルトを朝6時頃の早朝に出る列車、乗車前にホーム脇のカフェで朝からビールとソーセージを食べ、自分の乗る客車がちゃんとプラハ行きであることを確かめ(=これを怠るとエライことになります)、十数時間の移動です。国境でのパスポートコントロールでは珍しい日本人ということで愛想よく応対されました。チェコ国内の駅を列車が通過するたび、直立不動の姿勢でホームに立ち通過を見届ける駅員の姿が印象的でした。社会主義国では女性の車掌や駅員も多く、最近は新幹線の女性乗務員も珍しくなくなりましたが、80年代当時の自分にはかなり珍しく映りました。

uchi3002.jpg

近年は欧州はTGVに代表される高速鉄道化が進み、ドイツもICE(=Inter City Express)という新幹線がくまなく国内を網羅しています。ユーロスター、タリス、AVE、と国際列車の高速化が進む一方で、コンパートメントは廃止され新幹線同様オープンサルーン形式の客車が一般的になりました。客層も景観を楽しむ旅行者よりも携帯やPC片手のビジネス客中心で結構車内も混んでいるようです。
冒頭の写真にあげたドイツの名機関車BR103も2000年以降殆どの路線で引退し、現在は動態保存されている数両が稼動するのみだそうです。

(写真と本文は関係ありません)
posted by シモン at 11:00| 東京 ☁| Comment(8) | TrackBack(0) | 乗り物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
日本の鉄道車両ではコンパートメント採用例が非常に少なく、確かJR九州在来線のつばめが登場したとき一部屋だけ設定されていたという記憶しかなく、個室についてはシモンさんの過去記事での新幹線100系と、東武の日光鬼怒川行き特急車くらいのはずです。
欧州の高速鉄道の救いは半車両分だけビュッフェが残っているのと、1等車には食事が付く事です。最近の新幹線など車内販売を利用するかホームの売店で買いなさいと言わんばかりのサービス内容で、昔のL特急と変わりません。
Posted by HB at 2009年08月22日 15:32
欧州の車輌が長い間コンパートメントだったのは、乗り合い馬車の客車の構造だったことと、プライベートを重んじる欧州の気風が背景にあったと思います。
ICE,TGV他最近の欧州新幹線はHB様のご指摘の通りビュッフェや食堂車が健在で、日本の新幹線より遥かに上質なサービスを誇っています。利用率の低いグリーン車を3両連結(=東海道新幹線の場合)するなら1両はサロンカーにしても良いと思っていますが。。
Posted by A2Z at 2009年08月22日 18:12
十数年前、新婚旅行でヨーロッパ列車の旅をしました。
ユーレイルパスという乗り放題の周遊券を利用してミュンヘンからウィーンまでの「ヨハンシュトラウス号」に乗車しました。
途中、ザルツブルクで途中下車してザルツカンマーグートに行き渓谷美を楽しみました。
今では夢のような旅の思い出です。
Posted by FYI at 2009年08月22日 22:00
HBさん
日本の人口の多さを考えると、床面積あたりの収容人数に乏しいコンパートメント方式の車輌は不採算だったんでしょうね。
私は新幹線100系の記事にも書きましたが個室が好きです。
新幹線の車内販売で売ってる崎陽軒のシューマイは真空パックでそのままでは食べられないんですよね。あれはガク!です。
A2Zさん
新幹線のグリーン車に座ってる人の多くは、実は「自由席が一杯なので追加料金で座ってる人」のように見受けられます。
3両全部をグリーンにするのは勿体無いですよね。でもおそらく何か理由があるはずです。海外の賓客を受け入れるために3両分必要、とか。
FYIさん
オーストリアの渓谷と湖を堪能されたんですね。よき思い出だったことと存じます。
機会があれば、今後も海外を訪れてください。私はプライベートに旅行することだけを楽しみに働いているようなものです。
思えば、BR103という機関車が牽引したIC全盛の頃が私自身の仕事の絶頂期と重なりました。今は過去になってしまった自分自身の思い出とICの記憶が重なるんです。
Posted by シモン at 2009年08月23日 17:56
機関車が好きな私にとって、独逸までもが電車方式の新幹線に移行したのは残念です。
欧州の機関車はあまり格好のよいものは少ないのですが、独逸のものは格好いいものが多かったです。特に表題の103型は、客車に合わせた塗装といい、世界の模範になる旅客用機関車でした。またディーゼル機関車も優れた性能と外観を持っていましたが、これを国産化したDD54は三菱が作ったせいか、プロペラシャフトが脱落するなどの故障が続出し10年持たずに全廃されてしまいました。
蒸気機関車なら01型です。
一方、蒸気機関車は格好の良い物が多かった英国のディーゼル機関車はカッコワルイものが多く、電気機関車はあまり発達していません。
仏蘭西の「Σ」の形をした機関車も思い出です。
なお、近鉄のアーバンライナーや、九州の特急かもめは、独逸の新幹線と良く似ています
Posted by デハ at 2009年08月23日 19:05
デハさん
専門家の立場からコメントありがとうございます。
やはりドイツのメカというのは良いですよね。
三菱のDD54の話は、どこかダイムラーベンツエンジンと「飛燕」の話を思い出してしまいます。

>なお、近鉄のアーバンライナーや、九州の特急かもめは、独逸の新幹線と良く似ています
これって、案外デザインは同じドイツ人なのかもしれません。確か500系新幹線はICEと同じドイツ人のデザインです。
Posted by シモン at 2009年08月23日 19:20
若き頃(になってしまいましたね。)、一人でヨーロッパ旅しました。

 黄昏の駅舎のなか、旅愁に心をまかせるわたしがいる・・・そんな旅です。

 そしてようやく宿にたどり着く・・・。家庭というぬくもりに子供の頃を思い出す・・・。

 わたしが子供の頃、「花嫁」というフォークをお兄さんお姉さんたちが歌っていました。花嫁は夜汽車に乗って・・・。♪

 夜汽車の旅・・・子供の頃の私に帰る旅ですね。男はいつまでたってもマザコン、年とともにそう感じます。
 ユングの言うプレートマザー、宇宙の母なる神を求める旅でしたね。



Posted by らら at 2009年08月30日 20:36
らら様の文章は、いつも浪漫的で素敵です。
Posted by A2Z at 2009年08月30日 21:00
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