2011年05月09日

行進

上を向いて、歩いていきましょう。

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社会人になってまったく無縁になったものに、「団体行進」があります。デモなどに参加される方はそうでもないかもしれませんが、ノンポリの私は、町内会の体育祭に出場する機会(=それも、その年班長の当番が回ってきた年だけ)以外は、全く行進なるものをしたことがありません。

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こんな私ですが、中高生の時代、運動会や体育祭での「行進」には、血沸き肉踊る思いを抱いたものでした。
行進曲には古関裕而作曲「オリンピックマーチ」や、高田信一作曲「若い力」を演奏するブラスバンドをバックに、隣の奴らと足並みを揃えるのに汲々とした挙句、同じ側の足と手が同時に前に出ていたものです。
余談ですが、「若い力」の「♪歓喜あふれるユニホーム」のくだりを、ずっと長い間「換気〜あふ〜れる ユニホーム〜」と、「通気性の良い体操服」のことと誤解していました。そのような方は、私の他にいらっしゃいませんでしょうか。

「行進曲」という概念は、前回「トルコ料理」の記事でも触れましたが、オスマントルコ帝国軍が始めたもののようです。太鼓、シンバル、鈴といった鳴り物を鳴らして行進するオスマン軍の様子は、当時の西欧世界に大きな影響を与え、例えばモーツァルトのピアノソナタK331「トルコ行進曲」にそのあとをとどめています。
これも余談ですが、モーツァルトの「トルコ行進曲」に合わせて行進しようとすると、相当早歩きをしなければならないので、行進せずに鑑賞だけすることをお勧め致します。

昭和の歴史に於ける最も悲壮な「行進」は、1943年10月21日に挙行された「学徒出陣壮行会」でしょう。
明治以来の陸軍の行進曲「抜刀隊」のやや哀調を帯びた音楽をバックに、東京帝大、商科大学(一橋)、慶応、早稲田、・・・の順に雨の明治神宮外苑競技場を行進する姿は涙なくして見ることができません。
ちなみに私の父(東京農大)もこの場にいて、「駒沢の後ろだった」と述懐していました。「それ以来、今の箱根駅伝も、東京農大は駒沢の後ろ」と嘆いていました。

陸軍の行進曲「抜刀隊」は、2011年の現在も、陸上自衛隊・警察(機動隊等)の行進曲として使われています。
一方海軍の「軍艦マーチ」は、海上自衛隊のみならずパチンコ屋の景気づけ音楽にも使われたりと、幅広く演奏され現在に至っています。

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「行進」は、戦後の教育の中では軍靴を響かせながら「行軍」するという軍国的なイメージで忌避されてきたように思います。
軍事的に他国に侵攻する意図など、いまどきの日本人にはさらさら無いと確信しています。震災後、落ち込みがちな気持ちを鼓舞し、胸を張って前に進んでいくためにも、日本再生の「行進曲」は必要なのではないでしょうか。
ちなみに、私が一番好きな行進曲のひとつはコレです。
posted by シモン at 18:00| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | スポーツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私が好きなのはhttp://www.youtube.com/watch?v=NvBIIMGDusU&feature=relatedです。
一般に知られているよりずっと長いです。郷土の英雄古関裕而が作りました。
Posted by デハ at 2011年05月09日 18:28
行進曲にはバトントワラーがいると華やかですね。
正式には儀杖隊と言いましたっけ。
Posted by ラー at 2011年05月09日 21:27
大昔「365歩のマーチ」という曲がありました。
「3歩進んで2歩下がる」
一気に3歩も4歩も進んでしまってはいけないことを再び知るべき時代のような気がします。
Posted by A2Z at 2011年05月10日 19:37
デハさま
古関さんの音楽は、今聴いても躍動感が伝わります。
昭和を代表する名作曲家ですね。
Posted by 無名X at 2011年05月10日 21:37
みなさんコメントありがとうございます。
返信が遅くなってしまいました。

デハさん
プロ野球中継や、テレビスポーツ教室が始まるときの音楽ですね。
無名Xさんのおっしゃるように、古関さんは多くの印象に残る名曲を残してくれました。

ラーさん
「儀杖隊」で正解ですね。台湾では「儀隊」というそうです。

A2Zさん
今の日本、「3歩下がって、2歩下がる」ような世の中になってしまいました。
Posted by シモン at 2011年05月14日 07:51
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