2011年05月23日

竹の子族

80年代、原宿の歩行者天国で踊る集団がいました。

takenokozoku.JPG


80年代前半。若者文化の中心地が新宿から渋谷に移動した頃を境に、渋谷に程近い原宿では、週末の歩行者天国のたびに、原色の異様な着衣をまとった中高生たちがラジカセで音楽を流し、集団で踊っていました。
彼らは「竹の子族」と呼ばれていました。

folk_dance003.jpg

何故「竹の子族」と呼ばれていたかについては、当時の中高年の人たちは「雨後のタケノコのように突然出てきたからだろう」と誤解していましたが、実はそうではありませんでした。
原宿・竹下通りのブティック「竹の子」が、彼らに衣装を提供していたからです。

週末に原宿で踊っていた中高生の多くは、都心に住んでいたのではなく23区外か近隣の他県(栃木県・茨城県・群馬県等)からやってきた人たちです。
彼らは、平日はごく普通の大人しい中高生たちでしたが、週末になると竹の子族に変身し、奇抜なファッションに着替えてディスコサウンドに合わせて踊り明かしたのです。

当初は30人ぐらいだった竹の子族は、その後マスコミが大きく取り上げたことで2,000人程度にも膨れ上がり、さらに多くの見物人を集めて一種の社会現象になりました。
踊りを踊る集団も、チーム名を「楊貴妃」だの「卑弥呼」だの「可愛娘不理子(かわいこぶりっこ)」だの、てんでに勝手な名前をつけていました。そのネーミングセンスは当時の日本人では暴走族とかそういった類の人たちの命名基準に近いものがありました。

日本の路上では、いくら歩行者天国だと言え多くの面積を占有して踊るという行為をすると他人との摩擦が発生します。暴力団が「踊り代」と称してミカジメ料を竹の子族から脅し取った、などという事件も起きました。

竹の子族出身の有名人は、目が釣りあがった芸能人の沖田浩之さんです。「ひろ君」の愛称で知られる沖田さんは、竹の子族での活躍を認められ、「3年B組金八先生」の第二シリーズに生徒役で出演します。そして「E気持ち」という曲でデビューします。
ちなみに、この「E気持ち」は、曲名だけ見ると老人が温泉に浸かって「は〜 ええ気持ち〜」と感嘆しているように見えますが、そうではなく、A=キス、B=お触り、・・・といった類の隠語だったそうです。
沖田さんは、青山学院大学の経済学部まで入学しましたが、途中で退学し、1999年に自殺が死因で亡くなられました。

folk_dance004.jpg

竹の子族は、その後勃興してきたローラー族(=歩行者天国をローラー車で平坦にする集団)等の新興勢力に追われ、衰退していきました。
当時竹の子族で踊り狂っていた世代も、今は40代半ばを迎えている頃のはずです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 18:00| 東京 ☀| Comment(9) | TrackBack(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たしかまろん嬢はたけのこ族出身だと以前白状していましたね。
中高生のとき、これらに対する嫌悪感から原宿には近づきませんでしたが、その後東郷会に入りほぼ毎日学校帰りに竹下通りを闊歩するようになるとは思いませんでした。一時ネクタイ、カフス、ピンなど全て水行舎でそろえていました。それが私流の「原宿ファッション」だったのです。
筑土宮司(海自潜水艦隊司令)が亡くなってからは、疎遠になってしまいました。
Posted by デハ at 2011年05月23日 21:13
デハさん、
私の黒歴史は、闇に葬りました…(^_^;)
Posted by まろん at 2011年05月24日 12:20
まろんさん
今年は無理ですが、来年の5月27日、東郷の例大祭にでも行きませんか。直会は外国武官も交えての豪華パーティですよ。
 ちょっとほかでは味わえない雰囲気です。
英国・米国・フィンランドなどの武官が夫人同伴で勢ぞろいです。
 帰りにマリオンクレープ本店でデザートに一本食べるというのも乙。
Posted by デハ at 2011年05月24日 19:48
デハさんと一緒なら、いつでもOKですよ(^o^)
Posted by まろん at 2011年05月24日 20:01
では、もう少し落ち着いたら場所と時間を指定します。
がっかりしないでくださいね・・・。
Posted by デハ at 2011年05月24日 20:41
おはようございます!
「Aまで逝ったと〜」
確かに高齢者の歌ですね。(Aさんも亡くなりましたか老衰ですか、みたいな)

今日も頑張りましょう^^
Posted by Captured at 2011年05月25日 06:19
当時は原宿に行かなくても地方都市で竹の子風の私服を着て街に出てたむろっているヤンキー又はヤンキー風は大勢いました。実は私も中学生限定でファッションにヤンキー傾向をさりげなく採用していました。
現代の竹の子は秋葉原のコスプレ又はビジュアル系と言ったところでしょうか。踊りだけで言えば90年代にストリートダンスが一時流行って当時20代前半の人がEXILEの中心になっていますね。
Posted by HB at 2011年05月25日 20:57
まろん嬢
次の日記にもあるとおり、私はパタリロか、もしくは肖像画に描かれた京極高次のような容姿をしています。まちがっても高次役の斉藤工のように長身のイケメンではありません。
 貴女は「初」になれますか?
別に水川あさみになれという意味ではありません。
Posted by デハ at 2011年05月25日 21:37
デハさん、まろんさん
節度のある情報交換をお願いしますね。

HBさん
>実は私も中学生限定でファッションに
>ヤンキー傾向をさりげなく採用していました
それは意外でした!
竹の子族のルーツは、阿国歌舞伎でしょうね多分。
Posted by シモン at 2011年05月27日 18:55
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