2011年06月16日

お風呂

梅雨時は、お風呂でさっぱりしたいですね。

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日本人は、世界一かどうかはともかく、世界的にお風呂の好きな民族であることは間違いありません。
ヨーロッパの人は基本的に風呂嫌いです。風呂に入らずに発生する体臭を誤魔化すために香水文化が発達しましたし、結構な高級ホテルに行ってもシャワーだけでバスタブのない客室などごろごろあります。
それに比べれば、日本の旅館やホテルで、共同だとしても風呂桶のないところはどんな木賃宿を探してもないでしょう。

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そんな日本のお風呂の歴史をwikipediaから引用してみます。

==引用ここから

もともと日本では神道の風習で、川や滝で行われた沐浴の一種と思われる禊(みそぎ)の慣習が古くより行われていたと考えられている。
仏教が伝来した時、建立された寺院には湯堂、浴堂とよばれる沐浴のための施設が作られた。もともとは僧尼のための施設であったが、仏教においては病を退けて福を招来するものとして入浴が奨励され、『仏説温室洗浴衆僧経』と呼ばれる経典も存在し、施浴によって一般民衆への開放も進んだといわれている。特に光明皇后が建設を指示し、貧困層への入浴治療を目的としていたといわれる法華寺の浴堂は有名である。当時の入浴は湯につかるわけではなく、薬草などを入れた湯を沸かしその蒸気を浴堂内に取り込んだ蒸し風呂形式であった。風呂は元来、蒸し風呂を指す言葉と考えられており、現在の浴槽に身体を浸からせるような構造物は、湯屋・湯殿などといって区別されていた。
平安時代、鎌倉時代になると寺院にあった蒸し風呂様式の浴堂の施設を上級の公家や武家の屋敷内に取り込む様式が現れる。『枕草子』などにも、蒸し風呂の様子が記述されている。次第に宗教的意味が薄れ、衛生面や遊興面での色彩が強くなったと考えられている。
浴槽にお湯を張り、そこに体を浸かるというスタイルがいつ頃発生したかは不明である。古くから桶に水を入れて体を洗う行水というスタイルと、蒸し風呂が融合してできたと考えられている。この入浴方法が、一般化したのは江戸時代に入ってからと考えられている。戸棚風呂と呼ばれる下半身のみを浴槽に浸からせる風呂が登場。慶長年間の終わり頃に、すえ風呂、または水(すい)風呂と呼ばれる全身を浴槽に浸からせる風呂が登場した。


==引用ここまで

つまり、元々は神聖な儀式が転じて一種の「リラックスタイム」になったというわけです。

日本の公衆浴場が外国のそれと大きく違う点は、「基本的に、裸で入浴すること」です。この点、外国の公衆浴場では水着を着用して入るところが殆どです。
「裸と裸のつきあい」は、古来日本人が人前で裸になることに対して抵抗がなかったことによるもので、これは男同士・女性同士だけでなく、江戸時代は銭湯での男女混浴はかなり当たり前だったそうです。寛政年間、松平定信が風紀を取締るために銭湯は男湯と女湯に分かれましたが、女性は家事の都合上、銭湯に行ける時間帯が限られており、かつ女性ばかりだと気が詰まるので、しばしば女性の方から男湯の方に出かけていったそうです。結局混浴禁止令を出しても実質何度も混浴に戻ってしまったそうです。

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10年程前、オーストラリアはメルボルンに、「ザ・ジャパニーズ・バス・ハウス」という、日本の銭湯と寸分たがわぬスタイルの公衆浴場がオープンしました。当初は「全裸で入浴するのがいかがわしい」と抵抗感が大きかったそうですが、最近では日本式のスタイルに慣れ、入浴後に腰に手をあててコーヒー牛乳を飲んだりとくつろぐオーストラリア人で人気なのだそうです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 18:00| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
微ゑろのオフ会を混浴風呂でやりましょう。
Posted by デハ at 2011年06月16日 20:29
なるほど、オフ会ならぬお風呂会ですね。
Posted by ラー at 2011年06月16日 21:14
おはようございます!
明日は箱根のユネッサンに行ってきます(^_^)
Posted by Captured at 2011年06月17日 06:16
みなさんコメントありがとうございます。

そうですね、”オフ”ロ会やりましょうか!
箱根温泉「ユネッサン」で。
Posted by シモン at 2011年06月18日 07:14
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