2011年07月12日

駄菓子屋さん

小学校からの帰り道、必ずここに寄ったものです。

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小学生の頃、買い物をする場所といえば、学校の購買と、下校の帰り道に道草しながら立ち寄る駄菓子屋さんと相場は決まっていました。

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駄菓子屋さんは、小学生の社交場でした。
経営者は何故かタバコ屋同様、おばあさんであることが多く、その家庭的な雰囲気の店頭には、ややくすんではいたものの色鮮やかでキッチュな商品が数多く並んでいて、毎日通っても飽きることはありませんでした。

駄菓子屋さんで売っていた商品を列記してみます。
・うまい棒:ご存知、ドラえもんによく似たキャラクター(実は他人の空似)が印刷されている、棒状のスナック菓子。
・さくら棒:これは父の実家・静岡にあった麩菓子。大きな棒状で、ピンク色をしており、表面に砂糖がまぶしてある。
・クッピーラムネ:ラムネ菓子。ウサギとリスが食事をしているパッケージ。
・春日井シトロンソーダ:粉末のソーダ。これを水に溶かしてソーダとして飲むより、粉のまま舐める方が美味しい。
・ベビースターラーメン:チキンラーメンによく似た、20円のラーメン。これもお湯で温めてラーメンとして食べるより、そのまま食べた方が美味しい。
・よっちゃんスルメイカ:スルメ。何故か、海なし県の山梨県で生産されている海産物のお菓子。
・チロルチョコ:スイスのチロル地方で生産されている、高級チョコレート。会社のバレンタインデーでも重宝されている。
・ヨーグル:ヨーグルト風味のお菓子。蓋には「当たり」「ハズレ」が印刷されており、殆どがハズレだった。
・ビッグカツ:文字通り、ビッグなカツレツ。オーストリアの首都ウィーンでは、これを真似て「ウィンナー・シュニッツェル」という名物料理が作られた。

他にもいろいろありますが、この辺にしておきます。

駄菓子屋さんは、経営者であるおばあさんの趣味で経営されています。そこには、ドラッカー風の経営哲学はもちろん、売上げ予算だとか、事業拡張計画などは一切ありません。
小売業のグローバル化に加え、少子化・経営者のおばあさんの高齢化という波の中、駄菓子屋さんは凄いスピードで姿を消していきます。私が80年代に辛うじて最後に見た駄菓子屋さんは、国分寺駅北口から少し細い路地を入ったところに一軒、細々と経営している駄菓子屋さんの姿でした。現在はどうなのか、最近中央線沿線から足が遠のいてしまった私は確認する術もありません。

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駄菓子屋さんは、40代以上の日本人のノスタルジーの源泉です。
いろいろなサイト(たとえばココ)で、日本全国の駄菓子屋さんの生息情報が伝わってきます。

(本文と写真は関係ありません)
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posted by シモン at 18:00| 東京 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ほかに、リスカ(立心堂スナック菓子)や菓道の「太郎シリーズ」(10円の餅太郎を嚆矢とし、キャベツ太郎、玉葱さん太郎、もろこし輪太郎など)、それからパレード(50円の清涼飲料水)、日本一長いチョコ、スーパービックチョコ、すもも、サイリウムに似た飲むゼリー、UFOカステラ、チョコフォー(UFOカステラにチョコレートガコーティング)、カットよっちゃんいか、蒲焼太郎、ハートチップルなども売っていました。
 また、「日本シリーズ」という大きな玉のパチンコとか、10円玉そのものを打ち出すパチンコ、ピンボールなども設置されており、溜まり場になっていました。
さらに、食い物以外では、アマダ&ツバメの「よく飛ぶソフトグライダー」を忘れてはなりません。
ラインナップは両者で異なっていましたが、零戦、メッサーシュミットは両方あった気がします。
 どちらのメーカーかは忘れましたが、記憶によると、以下のラインナップがありました。
日本・・零式戦闘機52型、三式戦闘機飛燕、局地戦闘機紫電改、4式戦闘機疾風、夜間戦闘機月光
米国・・グラマンF6Fヘルキャット、ノースアメリカンP51ムスタング、カーチスP40ウォーホーク、夜間戦闘機ボストン、ロッキードP38ライトニング
英国・・スーパーマリンスピットファイヤ、ソッピーズ。キャメル
独逸・・メッサーシュミットMe109、フォッケウルフFw190

私はこのシリーズで飛行機を覚えました。
上記のうち、月光、ボストン、ライトニングは同じ値段でプロペラが2つ入っているので得でした。
また、何故かWW1機であるキャメルが選ばれていました。
なお、カーチスとヘルキャットには顔が描かれており、そのため米軍機は全て顔が書いてあると誤認していました。実際には、アマダのヘルキャットのモデルになったのは、比島海戦で沈没した軽空母プリンストンの搭載機であり、他の母艦機には顔が描いてなかったようです。
 一方、カーチスは大半の機体に顔が描かれていましたが、グライターは何故か機体色が青で、のちに違和感を覚えました。
メッサーシュミットは、片方のメーカーのは、鯖のような色だった記憶があります。
同じシリーズでゴムのパチンコで飛ばすジェット機もありました。
Posted by デハ at 2011年07月12日 19:05
駄菓子屋さんで忘れてはいけないのは、
「スピードくじ」です。
三角形のクジを開くと、特等・一等・二等・残念賞などがありました。
私は一度一等を当て、商船の小さなプラモデルをもらって模型の世界にはまりました。
Posted by 無名X at 2011年07月12日 20:04
いろんな意味で、昔の大河ドラマは歴史ファンにとって駄菓子屋さんでした。
すべてが史実そのものではないまがい物だったにせよ、
あらゆる引き出しで、ワクワクさせてくれました。
そして大河ドラマ(=駄菓子屋さん)には、「越えてはいけない一線のルール」があったと思います。
駄菓子屋さんの場合、子供から暴利をむさぼってはいけない。駄菓子屋さんを訪れる客から言えば、万引きしてはいけない。
そういったルールが崩壊し、(といって、崩壊しただけで、少しも新たな地平が開けてこない)そんなドラマもどきが、今放送している「シエ」だと思います。

こんなドラマもどき、関が原の前で打ち切りにしていいです。
そして、トレンディドラマ勘違い女優のホナミンに、
「そして。」
とか言わせて、そのまま終了で結構です。
Posted by ラー at 2011年07月12日 20:54
うちの近所の駄菓子屋は10円ジュース(粉末)と
麩菓子が人気でしたね。

麩菓子はばら売りなのですが、大きいためにかなり
人気があるようでした。
Posted by 国重 at 2011年07月14日 00:13
みなさんコメントありがとうございます。

デハさん
「よく飛ぶソフトグライダー」
ご紹介ありがとうございます。50円ぐらいでしたね。駄菓子屋さんは、お菓子だけでなく子供の小遣いで買える玩具も売ってました。

無名Xさん
「スピードくじ」
これも駄菓子屋さんの必須アイテムですね。

ラーさん
今年の大河ドラマは、賞味期限が切れて腐ったものを並べる商店のようなもので、どんどん客足が遠のいているそうです。

国重さん
麩菓子が人気なんですね。どうしても「うまい棒」を連想してしまいますが、もっとマイナーなブランドも数多くありました。
Posted by シモン at 2011年07月14日 04:51
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