2011年08月09日

英語で「mosquito」と書きます。

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「夏によく見る虫」といえば、蝶や蝉、カブトムシにクワガタムシという「人間に親しまれる昆虫」もいれば、蛾や蝿、コガネムシにムカデといった「人間に嫌われる害虫」もたくさんいます。
今回取り上げる「蚊」は後者の代表的な生き物です。

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熱帯夜のためにただでさえ寝苦しい寝床に、蚊が高周波の羽音を響かせながら近寄ってくる時ほど鬱陶しいものはありません。わざわざ起き上がって蚊取り線香をつけるのも億劫ですが、さりとて放置しておいても何度も高周波の羽音を響かせて近寄ってきます。手で握りつぶそうとしてもいたずらに虚空をつかむだけで、明け方になってみると何箇所も刺されて血を吸われていた・・・なんてことはよくあることです。

蚊は吸血昆虫として知られていますが、血を吸うのはもっぱら産卵を控えた雌だけで、雄は吸血しないそうです。蚊に刺されて痒いのは、吸血時に血液の凝固を防ぐための唾液を注入するからで、この唾液は蚊が吸血を終了したあとに蚊の体内に戻されるそうなので、どうせ血を吸われるなら途中で叩き殺すよりも、むしろ蚊の思う存分に吸わせてあげたほうが痒くないそうです(=蚊の媒介する伝染病を考えると、そもそも刺されないに越したことはないのですが)。

蚊のような害虫でも、俳句の世界では夏の季語として使っています。芭蕉の句に
「わが宿は蚊の小さきを馳走かな」
という作があります。「蚊の小さいことだけが取柄の住まいである」と言う句意の、日本人らしい謙遜を表した秀句です。

蚊の羽音の高周波音は、一定の年齢を超えた中高年には可聴域を超えてしまうため聞き取れなくなるのだそうです。
最近、夜中にたむろする若者を追い払うのに、若者にしか聞こえない領域の高周波音を流して「駆除」するというやり方が効果を上げているそうですが、「人間を害虫扱いしている」と反対の声が上がっているとか。害虫は人間の都合でそうなっているだけで、虫に悪意はありませんから、夜中に悪ふざけをしている人間と害虫を一緒にするのは、確かに虫に対して失礼かもしれません。

中国四川省には、「蚊の目玉スープ」というメニューがあるそうです。小さな蚊の、そのまた小さな眼球だけをどうやって取り出すのかというと、下記のようなやり方なのだそうです。即ち
・コウモリは空中を飛び回って蚊を食べる
・コウモリの体内で消化された蚊のうち、眼球だけはゼラチン質で出来ているため消化されずに糞になる
・そのようなコウモリの糞を集め、そこから蚊の眼球を取り出してスープの具にする
ということだそうです。
ただしこれは話半分であって、実際に出てくる料理の「蚊の目玉」は、小エビの目玉を使っているようです。昔の宮廷料理などで本当に蚊の目玉が料理として供せられたかどうかは、寡聞にして知りません。

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ヒグラシの鳴く頃の夕方は、蚊の活動時間です。ヒグラシも鳴かなくなり、夏が終わりを告げる頃には蚊も少なくなります。こういった頃の蚊のことを「哀れ蚊」と呼び、生命力もほとんどないので無益な殺生はせず、蚊に血を吸わせてあげればよい、という考えが昔の日本人にはあったそうです。
しかし、地球温暖化の影響か、昨年のようになかなか夏が終わらない昨今、9月になっても元気に飛び回る、さして哀れでもない「哀れ蚊」が増えているようです。

(本文と写真は関係ありません)

posted by シモン at 18:00| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
昨日は「火」曜日だったので「蚊」の話題・・・
ですか?
Posted by 無名X at 2011年08月10日 04:09
私たちは毎日毎日、地べたをはいつくばって真面目に生きていても、一生報われることのない蟻のようなものです。
どんなに嫌われても汚くても自由に飛びまわれる蝿や蚊が羨ましいと思うことがあります
Posted by デハ at 2011年08月10日 19:32
デハさま、
蚊を愛する人はあまりいませんが
蟻の生きざまに共感する人間は多くいます。

蚊=菅
と言ってませんかシモンさま?
Posted by A2Z at 2011年08月10日 20:10
虫偏に文と書きます。
案外、「文藝的な、あまりに文藝的な」虫なのかもしれません。
Posted by ラー at 2011年08月10日 21:24
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