2011年09月22日

小野田さん

1974年にフィリピンのルバング島で発見された「最後の日本兵」です。

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先日「ゴルゴ13の仕事術」という本を手にしました。
究極の禁欲生活(=性欲を除く)を強い、狙撃という仕事を完璧にやりとげるゴルゴ13は、究極のサバイバル生活をしているとも言えます。
しかしそんな存在は理想化された漫画の世界でのみ存在しうるものの、現実社会にこれほどの緊張を強いられた毎日を平然と送ることのできる人はそう滅多にいません。

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その数少ない実例の一人が、小野田寛郎さんです。
小野田寛郎さんは、陸軍少尉。陸軍中野学校という、諜報活動を専門とするスペシャリスト養成学校を卒業して、44年12月にフィリピンのルバング島に配属されました。
ちょうど反攻するマッカーサー軍と山下奉文方面軍との間で戦われたフィリピンの戦いの最中で、小野田少尉は長期持久戦の方針の元山岳地帯でゲリラ戦に入ります。
そして翌年8月、日本はポツダム宣言を受諾しますが、小野田少尉の元には任務解除の命令が届かなかったため、ゲリラ戦を継続します。
3名の部下のうち一人は1950年に投降、一人は54年に射殺されますが、残りの一名の部下とゲリラ戦を継続し、アメリカ軍のレーダー基地を襲ったりしています。72年、最後に残った部下が射殺されると、遂に一人となります。
そして74年、小野田少尉の存在に興味を抱いた冒険家・鈴木紀夫さんによって接触が試みられ、かつての上司から任務解除・帰国命令を受け取る形で、帰還を果たします。
終戦の日から29年の歳月が流れていました。

小野田さんは、ゲリラ生活の間日本の情報を全く知らなかったために戦闘を継続していたと思われていましたが、実はアメリカ軍から奪って手に入れたラジオで日本の放送を聴いており、日本が繁栄しているのでてっきり日本軍がまだ負けていないと信じてしまった、ということです。まだ一人部下が残っていた頃には、ラジオで日本の競馬中継を聴きながら賭けをしたという話も伝わっています。

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それにしても、会社生活に例えれば徹夜作業で会社に泊まりこむ生活が何十年も続くようなもので、それも命懸けの仕事(=ゲリラ戦)ですから、そう思うとつくづくサラリーマンとは気楽な職業だと思います。少々のことでへこたれるゆとり世代は、小野田さんの人生を見習って「ゲリラ戦」のつもりで日々の生活をしていくぐらいの気構えが欲しいところです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 18:00| 東京 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
でも小野田少尉は今では○長の家の広告塔なんですよね。
何年か前、小野田少尉に会わせるといわれてついていったらセミナーでした。
 そんなにおかしなこととか、腹が立つことを言う宗教ではありませんでしたし、特に前教祖夫人のお話はよかったのですが、現教祖が、息子を青山学院に通わせていると自慢したので、とたんに腹が立ちました。卑しくも教祖自らが、自分と異なるキリシタン伴天連の教義の学校に子息を通わせるなど、とんでもないことだと思いました。信者には自分を信じろと言っておいて、息子は伴天連に通わせる。おかしいと思いませんか?
Posted by デハ at 2011年09月22日 19:02
海外赴任と言うと最初外交官やマスコミの特派員みたいな優雅な仕事だと思っていましたが、実際自分が駐在で赴任すると毎日がゲリラ戦です。赴任した翌月には大震災による部品ストップや風評被害、今度は円高で海外移転と、大変な時期に赴任したなと思いますが昔小野田さんの様に海外で生死を掛けた本物の戦争をした方には敵いませんね…。
Posted by HB at 2011年09月22日 21:21
みなさんコメントありがとうございます。

小野田さんと宗教団体の話は存じませんでした。
教祖さんが、ミッション系の学校に通わせていても、今日日のミッション系大学は別にキリスト教の布教活動やってるわけではないので、困らないんでしょうね。

HBさん
海外赴任お疲れ様です
特に今年は天変地異が多く、艱難辛苦ひとしおとお察しします。
戦争中は何百万単位の日本人が海外赴任者だったわけですからねえ。小野田さんは例外的としても、すごい時代でした。
Posted by シモン at 2011年09月23日 05:52
未だに戦時中の日本人の過ごし方を美徳とする話をする老害いますよ。
俺が前いた会社の老いぼれ社長なんか朝礼で「神の国発言」してた元総理某みたいなこと言ってましたよ。
自分は当時満足して過ごしていたわけでもないのに、あの頃の日本人のやってたことが美徳のように思い込んで下の世代にまで押し付けようと…
当時の日本軍も地方軍閥みたいなもんだから、大本営とは別に私物化された軍閥が幾つかあって、関東軍がその筆頭になっていたんですよ。
政府を無視して勝手に戦争始めるわ、満州国を勝手に作るわ、正規軍としてまともに機能してなかったのです。
敵対するアメリカには日本の情報がすべて筒抜けになっていたというのに、英語をタブーにして敵国を敬遠するなんて、「敵に勝つには敵を知れ」の兵法の欠片すら無かったんですからね。
原爆まで落とされて敗戦という悪い結果になったモノから何を参考にしろというのでしょうか?

もう1人は親戚の嫌いな伯父さんで、戦時中生まれだからといって自分が「戦時中に苦労した」と思わせるようにまるで若い世代を悪く言うために説教するネタに持ち込んで、大ボラ吹いて自分が昔の人の代表みたいに偉ぶって話してきます。
「贅沢は敵」だの「欲しがりません勝つまでは」のキャッチコピーが印象に残っているのか知らないけど、当時の日本中の国民学校(現在の小学校・中学1〜2年に相当)では「精神と体力を鍛える」とか叩き込んで、在校時間を真冬でも、上半身裸で過ごさせたりしてました。(しかも男子だけじゃなく女子も)
それで風邪でも引けば「精神がたるんどる」とか、女子が恥ずかしさで胸を隠せば「そんな事で銃後の守りが務まると思ってるのか」と鉄拳制裁の体罰までも容赦なく…
こんなことばかりやってては戦争に負けて当然でしょう?
我慢や苦労を堪える忍耐といった何の戦略も方法もない単発的なモノを美徳だと思い込んで下の世代にまで押し付けようといるんでしょうね。(物心のついたときは戦後で育ち、団塊世代と同じように高度成長期やバブル期を我が物顔で過ごしてきた分際で何が「昔は苦労した」ですかね)
どっちも歴史から何も学んでおらず、内面的な具体制もなくて表面上の上っ面で語っています。

兵役に携わった人は戦争の悲惨さを身を持って知っているからそんな話し方はしてこないと思います。(小野田元少尉にしても、シベリアで拘置されて無事に帰還して来た人も)
現在、小野田元少尉は戦中とは別に、現代社会で未来に向けて希望を与えるように、現代の子供の生活について考えているようです。感心です。
http://www.onodashizenjuku.or.jp/index.html
今の若い世代に伝えきれるまでは生きてて欲しいですよ。
そしていい意味で、「喜んで死ねる」と思えるように。
Posted by 天声人語 at 2011年09月23日 23:20
天声人語さん
コメントありがとうございます

全く同意です。

私の会社にも精神論の上司がいます
部下を恫喝して動かそうとする
→部下は恫喝されたらいいことしか言わない(反論できない)
→案の定、隠れていた問題のおかげでうまくいかない
この繰り返し、精神論で敗戦した旧軍そのものです。

そもそも日本の会社組織自体、旧日本軍の構造を再利用したもので、さらに江戸時代の村社会も組み込まれていたりします
私は先週上半期の締めの宴会とやらを業務多忙でさぼったら、えらく怒られましたよ。目先の仕事より和の精神が大切だとかなんとか言われ・・

小野田さんは、本当に「生きるための戦い」を戦い抜いた人なので、現代社会でも「希望を持って生きる」ことを真剣に考えることができる稀有な人なんでしょう。
精神論をぶってる人は、アドレナリン上昇の高揚感で自己陶酔に陥ってるだけであり、そこには成功の種はありません。
Posted by シモン at 2011年09月24日 04:53
いかにも【失敗から学ばない】という日本の悪習慣の表れですね。
そして連中は今まで築きあげた自分の立場を守りたいという既得権益で、フタ空けたら中身のないショボイ器の自分の弱点を発見されるのを恐れて偉そうに見せるために空威張りしているんですよ。
偉ぶったって誰も尊敬しないのに…
大人しく控えめな態度で自分を押し殺して意思表示しない引っ込み思案で、権威のある相手に服従しひれ伏せすることが美徳だと叩き込まれたから、想像力が乏しくなっていい名案やいいアイディアが思い浮かばなないのでしょうね。
創意工夫や試行錯誤をしていくことを疎かにしちゃったんでしょう。
おかげでオカシナこと(奴等の基準では浮き上がることらしいが、情報化の進んだ現代では理に適ってないこと)を、オカシイと言えないのです。

それこそ、社畜老害の常識は世間の非常識
時代錯誤な生きた化石の常識は現代社会の非常識
ではないでしょうか? 
Posted by 天声人語 at 2011年09月24日 15:21
天声人語さん

いやはや、普段私が会社に対して考えてることと全く同じですね。ひょっとして私と同じ会社に勤めてますか?

と思うくらい、日本の会社は普遍的に同じような構造の組織なんでしょうねえ。さらに方言や特異な風習があり、合併するとその違いが露呈してうまくいかない、という・・・

日本にアップルのジョブスのような経営者を期待するのは無理なんでしょうね、やはり。
Posted by シモン at 2011年09月25日 04:25
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