2011年09月28日

糸車の聖母

2007年に英国で「発見」された、レオナルド・ダ・ヴィンチの作品です。

Madonna-with-the-Yarnwinder.jpg

レオナルド・ダ・ヴィンチの画集を買ったことのある人なら誰でも気付くことですが、素描やスケッチは大量に残されているのに比べ、完成された油絵作品は非常に少ないです。
それは元々彼が(完成された作品は)寡作だったことに加え、「レダ」や「アンギアリの戦い」のように、現存せず紛失・散逸してしまった作品も何点かあるからです。これらの作品は、同時代の他の画家によって模写された絵が現存しており、それによってレオナルドの真筆が存在したであろうことが想像できるのみです。英語の画集ではこれらの作品を「Attributed to Leonardo」として分類しています。

Yarnwinder.jpg
さて、2007年に「レオナルドの真筆になる作品で、2003年に盗難にあった「糸車の聖母」が再発見された」というニュースが流れました。その作品がこれです。

幼いキリストが、糸車と戯れていて、聖母マリアが心配そうな面持ちでそれを制止しようとする姿です。何故マリアが不安そうなのか?それは糸車の形状が十字架を連想させるため、キリストの未来を暗示しているからなのです。
このような「未来の磔刑を暗示するものに興味を持つキリストと、それを心配する聖母マリア」という構図を、レオナルドは何枚か作品にしています。例えば「カーネーションの聖母」(カーネーションは十字架にかけられたキリストを見送る聖母マリアの涙から咲いたという伝説があります)や「聖アンナと聖母子」で子羊に興味を持ったキリストを不安げに抱き上げようとする聖母(=羊は犠牲のシンボル)がそれに該当します。

Study_Madonna_Yarnwinder.jpg
「糸車の聖母」という主題でレオナルドが(一人でか、工房との共同作品かは別にして)作品を描いたらしいことは、ほぼ確かなようです。
この作品と同じ構図のバリエーションが10点ほど現存していること、および上の図のように、「糸車の聖母」の習作デッサンがレオナルド自身の筆によって残っていることが理由です。

なので問題は、果たして「2007年に発見されたこの作品が、レオナルドの真筆になるものか?」という点です。

St._Anne_cartoon.jpg
これは「聖アンナと聖母子」のデッサンです。
このデッサンの「キリストを見守る聖母の眼差し」や、以前紹介した「岩窟の聖母」でかざした聖母の手などが、この「糸車の聖母」とほぼ同じように描かれ、共通しています。

ではそれゆえ「レオナルドの真筆」と結論すべきなのでしょうか?私個人の考えですが、それは全く逆で、「師匠のレオナルドの作品をお手本にした弟子達の作品」ではないかと想像するのです。実際、私が最初にこの絵を見た時の印象は、「レオナルドの有名作品を元にしたパスティーシュ」でした。
この絵が真筆かどうかの議論は、まだ決着がついていません。美術専門家でもない私の意見なので、単なる参考として聞き流してください。

salvator_mundi.jpg
今年の7月、レオナルドの幻の作品「サルバドール・ムンディ(救世主)」が発見された、というニュースが話題になりました。
レオナルドにしてはキリストの表情が生硬で、魂の躍動感に欠けるように思われるのですが、みなさんのご意見は如何でしょうか。
posted by シモン at 18:00| 東京 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | アート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
背景の山河の描き方も、いつものレオナルドと異なり、描き込みが少ないような印象です。

「伝・レオナルド作」に分類されるべき作品なのでしょう。
オリジナルは散逸してしまったか、どこかの名家が封印して門外不出なのかも知れません。
Posted by A2Z at 2011年09月28日 20:34
あまりダ・ヴィンチの絵画としては馴染みのない絵ですね。
それゆえ謎めいて面白いと思います。
Posted by 無名X at 2011年09月30日 08:29
お久しぶりです。
偽作(疑作)を通じて知るレオナルド・ダ・ヴィンチ、興味深く読ませて頂きました。
Posted by FYI at 2011年09月30日 17:38
レオナルド・ダ・ヴィンチ
ミステリアスな人物ですね。

数少ない作品のなかでも、「受胎告知」のように
不出来な箇所は(笑)師匠、同僚、弟子による筆では?
となります。

「糸車の聖母」の評価はどこに落ち着くのでしょうか?
「モナリザ」の微笑みの様に
大きな謎のひとつなるかもしれませんね。
Posted by メンコ屋六文堂店主  at 2011年09月30日 18:35
みなさんコメントありがとうございます。

A2Zさん
「背景の山河」
これはレオナルドを特徴付ける、重要なモティーフですよね。
真筆とも言えますし、そうでないとも言えます。微妙なところです。

無名Xさん
80年代のレオナルドの画集には、ほぼ収録されていない絵です。
90年代になって、Taschenの画集に入り、広く知られるようになったかと思います。

FYIさん
お久しぶりです
レオナルドの疑作は、モーツァルトのそれと同じぐらい多く、またミステリアス(=真贋がわかりにくいという意味で)です。

メンコ屋六文堂店主
本物のアーティストのご意見、多謝です。
不出来な箇所が他人の筆になると推定する、ということは、逆に言えばレオナルドに超人的な筆致を期待していることの裏返しですよね。
完璧主義者だったというレオナルド像が、果たして本当に彼の実相だったでしょうか。はてさて。
Posted by シモン at 2011年09月30日 19:05
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