2011年10月14日

モーツァルトの手紙

「天上の音楽」を700曲以上も作曲し、35歳の若さで没した楽聖・モーツァルトはどんな手紙を遺したのでしょうか。

mozart_letter.jpg

私は高校時代にある書店でかかっていたBGMの「アイネ・クライネ・ナハトムジーク(K525)」を耳にして以来のモ−ツァルティアン(=モーツァルトおたく)で、イントロでケッヘル番号(=モーツァルトの曲の分類番号)を当てるクイズ番組があれば、地区予選ぐらいは勝ち抜ける自信があります。

marason001.jpg

そんな私の大学時代の愛読書は、岩波文庫から発刊されていた「モーツアルトの手紙 ―その生涯のロマン(上下巻)」(柴田治三郎訳)でした。
なにゆえモーツァルトの書簡が今に残されているかというと、モーツァルトの未亡人コンスタンツェと再婚したニッセン(=彼自身は超級のモーツァルトファンだったので)が整理して出版したおかげです。いろいろ内容的に公表するのは不味いとニッセンが判断した箇所は抹消されていますが、この貴重な遺産を今でも見ることが出来るのはニッセンのおかげでしょう。

ここには、人間・モーツァルトの赤裸々な生活の姿がありのままに書かれています。
上巻にはモーツァルトの早期(〜20代前後まで)の手紙が収められていますが、
「親愛なる最愛のお父様!」
で始まる書き出しの文章には、旅先での出来事・パトロンに冷遇されたとか、興行主に曲を値切られたとか、オーケストラが下手糞だったとかいう話が、下品な表現も交えながら書かれています。
ベーズレという従妹に当てた手紙では、スカトロとセクハラの入り混じった卑猥な内容を絵入りで書き送っています。今風の顔文字メールの下品版といえば想像がつくでしょうか。

上巻の中で特に面白いのは、母親と一緒に旅行したマンハイム・パリ旅行の間のものです。
この旅行中、マンハイムでモーツァルトはアロイージア・ウェーバーという女性と真剣に結婚を前提とした恋愛を始めます。そんなことしてないでさっさとパリに行けという父親の指示を無視して、マンハイムに長逗留してしまいます。パリに同行してくれるという貴族の誘いをドタキャンしたり、いろいろ問題行動を起こした挙句、やっとパリに行くと、そこでは期待した成果は挙げられず、さらに同行した母親が病死してしまうという苦難に遭遇します。
この時のモーツァルトの手紙は、父親にショックをを与えないために、まず「母が危篤です」という手紙を送り(=実はこの時既に亡くなっていた)、その次の便で母の死を伝えたのでした。
パリからの帰路立ち寄ったマンハイムでは、既にアロイージアの心はモーツァルトを離れていました(そして後年、その妹のコンスタンツェと結婚するのですが)。
とにかく散々な旅行でした。

下巻になると、ウィーンで生活を始めたモーツァルトの生々しい生活が手紙に映し出されます。
とにかく殆どは、プフベルグという商人に宛てた借金申し込みの手紙ばかりで、読んでいる方まで息苦しくなってしまいます。
ですがそんな借金生活でもモーツァルトは明るさを失わなかったようです。基本的に楽天的で天衣無縫な性格が、あの澄み切った天上の音楽を作曲させたことは間違いないようです。

そんなモーツァルトが、遺作「レクイエム」に言及した手紙というものが残っています。
「この曲は、僕にとっての白鳥の歌です。完成させないわけには行きません」
ちなみに「白鳥の歌」というのは、普段鳴かない白鳥が死ぬ間際に歌を歌うという欧州の伝説から来ていて、「葬送の歌」のことです(サン・サーンスの「動物の謝肉祭」で実質最後の曲が「白鳥」なのはそういう理由です)。
イタリア語で書かれているというこの手紙、モーツァルトの人生のその後を「本人以上に」あまりにもよく知っている人(未来人?)が書いたような内容と、文の雰囲気が深刻すぎて、おそらく偽作だと考えられています。
実際、モーツァルトは死の数ヶ月前まで、当時バーデンに保養に行っていたコンスタンツェに宛てて
「君がいないと寂しいよ」
という明るい内容の手紙を書き送っています(原文に書かれていたゑろい部分はニッセンが抹消しました)。

marason002.jpg

現代の通信手段(=電話やメール文化)は、先進技術を利用していながら記録性には欠けますので、その内容を後世に残すことは至難の技なのです。
18世紀が紙文化だったおかげで、現代人の我々が今もモーツァルトの自筆の手紙が読めることは幸運だと思います。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 18:00| 東京 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大変面白い記事でした。
私は音楽には明るくないのですが、それでも教務深く思ったのはシモンさんの文才のなせる技なのでしょうか(^^。

あと、死ぬ間際を白鳥と形容するのは、北欧神話の影響でしょうかね?
白鳥の乙女とかそういうあたりで聞いたことがあります。
Posted by 国重 at 2011年10月15日 11:45
国重さん
コメント有難うございます。

私のような浅はかな文章を喜んで読んでいただいて、私こそ光栄です。
音楽でも数学でも、どんなことも人間の営みに違いはないので、その美しい成果の裏には興味深い人間ドラマが必ずありますね。

白鳥は、ヨーロッパ人にとってある種神聖なものなんでしょうね。
日本だと、・・・鶴が該当しますね。
Posted by シモン at 2011年10月15日 19:18
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック