2011年11月14日

なめ猫

なめたらいかんぜよ。

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以前「トムとジェリー」の記事にも書きましたが、私はネズミよりは猫が好きな人間です。
20年近くも黒猫を飼っていたことがあって、私の本章は猫の気ままな性格そのものなのですが、会社員生活では犬として生きることを余儀なくされ(さらに家庭内でも)、時々ガス抜きに一人旅に出たりします。

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私のことはどうでも良いのですが、古来猫は多くの猫好き人間たちに愛され、猫社会というよりは人間社会の一部に組み込まれることで生存を保っています。
幸福を呼び寄せる生き物が、招き猫であって犬では決してないことは自明の理です。
猫に対しては猫撫で声を出して慎重に扱わなければならないのに比べ、犬に対しては毅然と命令口調で臨まないといけない点、前者は自由人であり、後者は兵隊なのです。

70年代に勃興した「暴走族」(=もっとも、その前からカミナリ族とかあったそうですが)に代表される、反抗的な「突っ張り」たちは、80年代になって軟化しファッション化され、「ツッパリ」というカタカナになりました。70年代の「宇崎竜童とダウン・タウン・ブギウギ・バンド」という本当に危なさそうな人たちは、80年代に「横浜銀蝿」という大学出のグループにとって代わられました。
80年代、暴走族やツッパリは一種の「ファッション」になっていました。

そんな時代に登場したのが「なめ猫」です。
なめ猫と言っても、やたらに皿をピチャピチャ舐める猫ではなく、
「他人に舐められることを嫌う猫」
のことです。口癖は「舐めんなよ」でした。

子猫に学生服(学ランとも言う)を着せ、本来猫背の猫の背中に物差しを入れて無理矢理直立させて撮影した写真が、一世を風靡しました。猫のあどけない容姿と、暴走族風のスタイルのギャップが受け入れられたのは、あたかも
「暴走族の子達だって、本当は猫のような可愛い子たちなんだよ」
というメッセージを内包していたからなのかもしれません。

本当は(猫のように)可愛い子供たちが非行に走るのは、管理教育が悪い、坊主刈り強制が悪い、制服が悪い、体罰が悪い、日の丸君が代が悪い・・・と日夜新聞やテレビで報道されていた時代でした。こんな時代に、管理教育に従う犬のような真面目な学生よりも、なめ猫のような中高生の方が「時代のトレンドに合っていた」のかもしれません。

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管理教育は、確かにその極端な軍隊的教育に問題がありますが、一方で「本当は可愛い子供たち」が、器物損壊罪やったり窃盗罪やったり道路交通法違反やったりするのは、いくら現実への不満の発散とは言えやりすぎという感じがします。
どうも教育界は、管理教育がダメならゆとり教育、個性重視の教育と両極端に振れ、「中庸」というレベルがないように思えるのは私だけでしょうか。

ちなみに、中高時代ツッパリだった同級生たちの多くは、今は自営業者として成功し、過日の「負の体験」を見事に「果実」に変えているようです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 18:00| 東京 ☀| Comment(10) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ガクランの子は「矢沢又吉」、セーラー服の子は「猫井かおり」という名前でした。
Posted by デハ at 2011年11月14日 22:32
私は、暴走族や不良たちが猫のように可愛いと思ったことは一度もありません。また、犬のような生き方も出来ませんでした。
 私の場合、立場的に「売られている猫」に近く、自由がなく、かといって不自由もなく、限られた範囲での自由というか、そういう感じでした。
 有力者や年寄りからの受けがいいのですが、彼らが死んだり失脚すると、中間層の犬たちに虐められることを繰り返して大きくなってきました。
 ブリーディングに失敗したため、殺処分を待つ身です。
 「ノラ猫」のような自由な恋愛は許されず、同種の者としか許されません。
 そして自分自身も、そういう嗜好でした。
 売れなかったり、ブリーディングに失敗されると処分される、売られている猫たちの姿は、自分と重なるので猫屋には近づかないようにしています。
Posted by デハ at 2011年11月14日 22:45
学校から会社まで一生我慢して競争すれば収入も地位も上がる事が確約された世代が生んだ子供の数が余りにも多くラインからはみ出る事が特別ではなくなった時代ですね。この頃はなめ猫や竹の子族の影響で小学生でヤンキーに目覚める同級生がいて、中学高校とひたすらヤンキーでしたが多くは就職して普通の会社員だったりします。ごく一部現役続行中とか親子三代ヤンキーがいますが・・・。
ゆとりは子沢山が収まった頃急に言われ出しました。クラスの人数が45人から35人になった時点でゆとりと感じますが、学習内容もゆとり、子供の権利も極端に腫れ物に触る様な教育になっています。
Posted by HB at 2011年11月14日 22:57
前も話したことがありますが、私は「行儀よく真面目」に生きてきたので、盗んだバイクで走り出し、校舎のガラスを割るような人間は裁かれ、消されるべきだと思っています。
同じ学校でも、雨の日の図書館で勉強し、蔦の絡まるチャペルに祈りを捧げた先輩がいるのに、あの学校にとっては不名誉なことだと思います。
Posted by デハ at 2011年11月15日 20:39
デハさまと直接面識のない私ですが、震災後にはぐれた猫ちゃんと遭遇した話は涙が出てきました
Posted by A2Z at 2011年11月15日 20:57
デハさん
江戸時代の武家階級は、恋愛結婚していた町人たちと異なり、家柄の釣合で結婚していたので、結婚当日まで相手を見たことがないことが多かったそうですね。
前者を野良猫、後者を血統書つき猫に類比することができそうですね。
盗んだバイクで走る人は私も嫌いなんですが、そのバイクは鍵をつけっぱなしにしてたんでしょうね。無用心にもほどがあります。
Posted by シモン at 2011年11月16日 16:02
HBさん
いまやモンスターは生徒でなく親の時代。
腫れ物に触るように扱わないと、暴力団まがいの親が飛んでくるという厄介な時代になってしまいましたね。
管理教育の反動と言え、極端に振れ過ぎです。
日本がゆとり教育をしている間に、中国やシンガポールのエリート教育に学力レベルが抜かれてしまいました。
Posted by シモン at 2011年11月16日 16:05
A2Zさん
私も同感です。
Posted by シモン at 2011年11月16日 16:05
A2Z さんありがとうございます。
震災後、やせ劣ってかわいそうだと甘やかしたため、太ってしまい困っています。
生まれながらに阪神のユニフォームを纏って生まれた可愛い子です。
Posted by デハ at 2011年11月17日 21:12
栄養過多は猫ちゃんにとっても毒ですよ。
でもお気持ちは理解できます。

私の実家で飼ってるのは、中日ドラ猫です。
Posted by A2Z at 2011年11月17日 21:44
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