2011年12月04日

赤坂プリンスホテル

かつてはクリスマスのデートのメッカでした。

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赤坂プリンスホテルは、40階建ての高層ホテルで、ホテルニューオータニと並び赤坂見附のランドマークとして君臨していました。
「赤坂」といっても、港区赤坂にあったわけではなく千代田区でした。ちょうどJR品川駅が品川区にない(港区)のと同じです。

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バブル時代のデートスポットとして知られたこのホテルは、私にとってほとんど無縁の存在でした。
当時、「赤プリ」と呼ばれていたこのホテルのほか、苗場プリンスホテルのような高級リゾートスキー場のホテルをはじめ、堤会長率いるセゾングループの経営する「プリンスホテル」はクリスマスの予約が9月には完売してしまうという盛況ぶりでした。

赤坂プリンスホテルは、代々木第一体育館や東京都庁の設計で知られる建築界の重鎮・丹下健三の手になるものです。
そもそも何ゆえ「プリンスホテル」の名称を持つかと言うと、赤坂プリンスホテルは李王家の、高輪プリンスホテルは旧竹田宮家の、新高輪プリンスホテルは旧北白川宮家のそれぞれ敷地の跡地に建設されたからで、やんごとなき方々の土地をホテルとしたからです。
当然、利用料金も一般庶民の目が飛び出るほど高かったわけですが、バブル時代はそんなことをものともせずに多くの一般庶民のカップルが利用していたそうです。

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バブル崩壊後、以前のように一般庶民が宿泊に訪れる機会は激減し、海外からのビジネス客もウェスティンのような、もっと新しい欧米系のホテルチェーンを利用するようになりました。
既に老朽化した赤坂プリンスホテルは、2007年に「グランドプリンスホテル赤坂」と改名されましたが、2011年3月をもって営業を終了しました。
赤坂プリンスホテルの最後の仕事は、東北大震災の被災者受け入れ施設としての役割でしたが、予想に反し満室になることはなかったそうです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ゴルバチョフ政権の頃、当時ソ連の外相だったシェワルナゼが宿泊してましたね。
Posted by A2Z at 2011年12月04日 11:52
丹下健三さんの建築は都庁が有名ですね。
ちなみに私は建築家では磯崎新さんが好きです。
Posted by 無名X at 2011年12月04日 22:22
いずれにしても、私には無縁の場所でした。貧乏人以下の境遇ですからね。

建築家で好きなのは一柳米来留でしたが彼の作品が震災で多数倒壊してしまい悲しいです
Posted by デハ at 2011年12月04日 22:55
A2Zさん

そういえばあの時の首都高は厳戒態勢だったことを思い出しました。
Posted by シモン at 2011年12月06日 20:33
無名Xさん

ラーさんのお住まいである水戸芸術館も、磯崎先生の作品ですね。
Posted by シモン at 2011年12月06日 20:35
デハさん

あの頃クリスマスイブにだけ赤プリに行く人達は、マルビだったと思いますよ

一柳米来留ことウィリアム・メレル・ヴォーリズ。メンソレータムの創立者としても知られる建築家兼実業家ですね。
Posted by シモン at 2011年12月06日 20:39
近江兄弟社の設立者でもあります。
教育・建築・医療・伝道の4つの分野で偉大な功績と足跡を残した上、アメリカ人でありながら日本に対する愛国者でもあった偉大な人物でした。
Posted by デハ at 2011年12月06日 22:11
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