2012年01月09日

原詩と無関係な訳詞

日本の唱歌として親しまれている歌曲の原詩は、しばしば日本語の詩とかけ離れた内容です。

republic_music.jpg

♪夕空晴れて 秋風吹き 月影落ちて 鈴虫鳴く
 思えば遠し 故郷の空 ああ我が父母 いかにおはす

遠い故郷への思いを、秋の情感とともに歌った「故郷の空」は、明治以降文部省唱歌として広く歌い継がれてきました。

ところが、1970年にお笑いグループのザ・ドリフターズが、この曲を別の歌詞で歌いました:

♪誰かさんと誰かさんが 麦畑 チュッチュチュッチュしている いいじゃないか
 僕には恋人 ないけれど いつかは誰かさんと 麦畑
 
当時、「八時だヨ!全員集合」を俗悪番組と決め付けて糾弾していたPTAという組織は、たちまち
「こんな名曲に卑猥な歌詞をつけて歌うなんて、不届きにも程がある!」
と怒り出しましたが、実はこのドリフの訳詞の方が、「故郷の空」の原曲であるスコットランド民謡「Comin' through the Rye」(=ライ麦畑でご一緒に)の、忠実な日本語訳だったのです。

sports05.jpg

外国の歌を輸入して日本語に訳すとき、原曲とは全然別の美化された訳詩がつけられることがあります。それを知らずに、外国で(唱歌のつもりで)歌ったりすると、実はとんでもなく卑猥な歌として笑われかねません。
そんな曲をいくつかご紹介しましょう。

おお牧場はみどり
日本語訳は、青々と茂る牧場の牧草を讃えた健全な歌ですが、チェコスロバキアの原詩では、見ている対象が牧場の牧草ではなく、牧草を刈っている乙女なのだそうです。
即ち、好色な領主が卑猥な目で牧場の乙女を見つめているという歌詞だそうで、
♪よく茂ったものだ ホイ!
という歌詞は、どうやら牧草などのことではなく(中略)なのだそうです。

アルプス一万尺
♪アルプス一万尺 小槍の上で アルペン踊りを さあ踊りましょ
という爽やかな登山家の歌と思われていますが、原題は「ヤンキードゥードゥル」と言って、英国人がアメリカ人を馬鹿にした歌です(=アメ公の間抜け、ぐらいの訳でしょうか)。

線路は続くよ
♪線路は続くよ どこまでも〜
と、日本語では列車による修学旅行のようなのんきな歌ですが、元々は
「俺達鉄道会社でこきつかわれて仕事がずっと続くよ どこまでも」
という労働歌です。当時アメリカ横断鉄道は低賃金の労働者が過酷な労働を強いられていました。原詩の中には、過酷な労働を卑猥な妄想で紛らわすような一節もあり、下品な歌として知られています。

むすんでひらいて
小学校就学前に、両手の指の準備運動を兼ねて歌われるこの唱歌の作曲者は、18世紀フランスの哲学者・ルソーでした。ルソーは作詞までしなかったようですが、20年後の英国で作られた詩は賛美歌で
♪主よ 我々がここを去る時 ご加護をお授けください
という歌い出しだったそうです。
日本語に訳された時も、当初は「戦闘歌」として
♪見渡せば 寄せて来る 敵の大軍 面白や。
という、かけ離れた内容の詩がつけられていました。要するに、どんな内容にもフィットする平易な曲想ということでしょうか。

ごんべさんの赤ちゃん
日本語でも、
♪ごんべさんの赤ちゃんが 風邪ひいた
の他にも、
♪おたまじゃくしは 蛙の子
や、
♪丸い緑の 山手線
などのバリエーションを持つポピュラーなこの曲、原曲は「リパブリック賛歌」といい、南北戦争で戦死した戦士を讃える歌だったそうです。
♪眼(まなこ)に浮かびし 主の栄光
 怒りの葡萄 主に踏み潰されん
 神速の剣は 稲妻を放ち
 主の真理は 行進する
が正しい訳なのだそうです。

sports06.jpg

海外でうっかり間違った場面で歌わないように気をつけましょう。
(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
♪キッスは目にしてぇ〜というのがベートーベンの「エリーゼのために」の曲でした。
あと、原詩を見て腹が立ったのが、シナトラの娘が歌っていた「ネービーブルー」です。日本語訳は浅田美代子が歌っていて、趣旨は大体同じで、徴兵されて海軍に入隊した碧眼の男を女が見送る内容ですが、原詩のほうで「東京でチャイナドールを買ってきて」とねだるものがあり、白人が我々とシナ人を混同していることを知り愕然としました。東京はシナではありません
Posted by デハ at 2012年01月09日 12:37
「ある愛の詩」も、アンディウイリアムズの原曲は、男→女への愛なのに、越路吹雪の日本語訳は女→男でした。
「結んで開いて」は、そもそも、仏蘭西陸軍の準備体操だったと聞いたことがあります。
Posted by デハ at 2012年01月09日 12:42
デハさん
>「東京でチャイナドールを買ってきて」とねだるものがあり
当時満州国を経営していた日本の帝都・東京には、チャイナドールの一つや二つあったことでしょう(辮髪だったかもしれませんが)。

ある愛の詩に限らず、世界の名曲をカバーバージョンで歌う歌手は、しばしば自分の性別に合わせて歌詞を改変していますね。

「結んで開いて」
見渡せば 寄せて来る 敵の大軍 面白や
スハヤ戦闘(たたかい)始まるぞ イデヤ人々攻め崩せ 
弾丸込めて 撃ち倒せ 敵の大軍 撃ち崩せ。

だそうです。
Posted by シモン at 2012年01月09日 13:58
しかし、満州国があった頃、アメリカ艦隊が日本近海にいた事実はなく、戦後としか思えないのです。英国は香港に艦隊があり、毎月のように旗艦の「ドーセットシャー」が呉に来ていたそです。ですから、艦上の隅々まで日本海軍軍人は同艦を熟知しており、飛龍艦爆隊員は、攻撃時、どこに爆弾を当てたか全部知っており、乗組員の大半も知っていたそうです。
Posted by デハ at 2012年01月09日 15:55
多分、45年9月に東京港に入港した戦艦ミズーリに乗艦してたのではないでしょうか
東京空襲で焼け残った玩具店で、中国人形を買い求めたのでしょう。
インド洋でドーセットシャーと一緒に沈んだコーンウォールは左に傾斜して沈没寸前の写真がおなじみですね。
Posted by シモン at 2012年01月09日 16:55
♪丸い緑の 山手線〜
の歌は英語版もありますね。
最後は
♪Then you'll find Yodobashi Camera.
でした。
Posted by ラー at 2012年01月09日 20:52
ラーさん

ヨドバシカメラはかつては新宿西口しか店舗がありませんでしたが、今はむしろアキバの方が大きいですね
Posted by シモン at 2012年01月11日 04:51
今さらながら……
チャイナは「中国」ではなく「陶器」のことです。
なので「チャイナドール」は「中国の人形」ではなく「陶器の人形」。
「中国の人形」なら「チャイニーズドール」ですよね。
ちなみに「漆器」は英語で「ジャパン」といいます。
Posted by 今さらですが at 2015年03月16日 15:22
今さらですがさん

ご指摘の通りです。陶器の日本人形としてのチャイナドールは存在しますね。
3年前とはいえ、お恥ずかしい限りです。
Posted by シモン at 2015年03月16日 17:53
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/242532315
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック