2012年01月13日

D−51

日本でもっとも有名な蒸気機関車です。

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1950年代以前の日本の鉄道において、もっともポピュラーな機関車は蒸気機関車でした。
古い世代の人が「列車に乗る」と言わずに「汽車に乗る」というのは、列車といえば普通蒸気機関車のことを意味していたことの裏書です。

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既に蒸気機関車が殆どの路線で廃止されていた頃に小学生だった私でさえ知っている蒸気機関車の型名は「D−51」と「C−62」です。
後者は特急「つばめ」「富士」等の高速優等列車を牽引していたということで知っていましたが、前者は「デゴイチ」の愛称で知られ、日本の蒸気機関車の代名詞と言ってよい位有名な機関車です。

機関車にあまり詳しくない私の記事ですので、デハさんに是非補完していただきたいのですが、型名の「C」と「D]の違いは、動輪の数が3対であるのが「C」型、4対あるのが「D」型ということです。全く関係ありませんが、第二次世界大戦中のドイツ陸軍の戦車にも、転輪の少ない「三号戦車」と、転輪が沢山ついてる「四号戦車」というのがあります。どちらが果たして乗り心地がいいのかよくわかりませんが、小学生当時の私は「C型機関車」と「D型機関車」の関係を、三号戦車と四号戦車の関係と相似に考えていました。推測ですが、より大きなトルクを必要とする貨物列車牽引用が「D型」で、それ程必要でない旅客者牽引用が「C型」ではないでしょうか。この辺はデハさんはじめ、どなたかご教示いただけると助かります。

D−51という機関車の牽引する列車に乗ったことはありませんが、多くの写真を目にしてその男性的な力強さに心惹かれたものです。特に雪国の銀世界を、モクモクと煙を吐いて疾走する姿は一つの美学を表現していると言って過言ではないでしょう。どういうわけか、私は海外の蒸気機関車にはそれ程の美を感じないのは、日本の国産蒸気機関車、特にD−51の日本美に小学生の頃からどっぷり遣っていたからかもしれません。

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ただ、私の中学時代の友人で鉄道写真を趣味とする友人(=いわゆる「撮り鉄」)は、「D−51は製造台数が多いので、写真を撮りに行ってD−51だと撮らずに帰る」というようなことを言っておられました。
コアなマニアほど、私のような庶民でも知ってるD−51など有名過ぎて有難味がなかったんでしょう。一種の贅沢かもしれませんが、ともあれ私は蒸気機関車の趣味にそれ以上はまることもなく、かと言って電気機関車の趣味に走るわけでもなく、今日に至っています。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 18:00| 東京 ☀| Comment(14) | TrackBack(0) | 乗り物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして、最近このブログを知り、最初から読ませていただきました。早速ですが、蒸気機関車の「D型」と「C型」の違いは、ズバリ「動輪の数」です。C型は、動輪(車体の下にある、大きな車輪)の数が三つで、D型が四つです。元々C型が旅客用で、D型が貨物用というのは、その通りです。蒸気機関車は、この他に「B型」や「E型」もあり、B型は入れ換え用で、E型は貨物用として作られました。因みに、D51は、1,115両製造され、日本以外に朝鮮半島や台湾・樺太で走ったものもあります。D51は、設計上の牽引限界は無く、時速1キロ以上での牽引が可能だそうです。
Posted by 鉄道公安官 at 2012年01月13日 21:04
補足いたしますと、C型であっても、中型以下の場合は客貨両用になります。軸配置2-C-1または2-C-2(数字は無動力軸)の、大型及び超大型機関車の場合は、日本及び欧羅巴では、旅客用で、前者を「パシフイック」、後者を「ハドソン」型といいます。欧州ではかなりの大型機でもパシフイック型で、満州の「あじあ号」もパシフイック型でしたが、日本では線路が弱いため、超大型機は従軸を1つ増やしたハドソン型になりました。C62がハドソン型です。ちなみにゲームソフトメーカーのハドソンは、C62に由来します。
 アメリカでは、より大型なのでパシフイックよりもハドソンが作られ、さらに、日本では旅客用がC型、貨物用がD型ですが、アメリカでは1つずつ多く、旅客が4軸、貨物が5軸もありました。貨物にはなんと8軸もありました。(そのほかに無動力の軸もある)
 独逸では旅客はC型、貨物はE型が多く、D型は中型機に多かったです。
 英国ではB型の旅客用が初期の頃たくさん作られ日本でも活躍しました。

D51の「ミカド」型は、1-D-1の軸配置で、9700型という機関車がアメリカで作られたとき、日本が初めて採用したので天皇陛下にちなんでミカドと名づけられたのです。
アメリカでは、軸配置別のコードネームがあり、ミカド、ハドソン、パシフイック、プレーリー、バークシャーなどがありました。
ミカド(貨物用)は日本ではD50・51・52と9700の4形式。
パシフイック(旅客用)はC51〜57・59、ハドソン(大型旅館用)はC60・61・62、プレーリー(中型)はC58、モーガル(中型、1-C)は8620型、バークシャー(大型貨物)はD60〜62、テキサス(5軸急勾配用)はE10、コンソリデーション(貨物用)は9200型などがありました。
ちなみに、9200型は、大型コンソリデーション、略して「大根」と呼ばれていましたが、その姿も黒い大根そのものでした。このコンソリデーション型に従軸を1つ追加して安定性を増したのが、D51に代表されるミカド型です。
 
ちなみに、D51がありふれすぎているため敬遠する例は多々あったと聞きますが、そんな中、今も現役で走っている498号機や梅小路機関区にいる200号機のような標準型、あるいは1号機など初期の「なめくじ」型ではなく、1000番台の「戦時型」の写真を使うシモン様は只者ではありません。
Posted by デハ at 2012年01月14日 00:32
台湾では、日本の主力であったD51、C57、9600が揃って活躍していました。C55とC57は台湾では同一形式扱いでした。牛避けが突いていること以外日本のものとまったく同じです。
Posted by デハ at 2012年01月14日 00:34
鉄道公安官さん

拙blogにお越しいただきありがとうございます

やはりC,Dは転輪の数だったんですね。小学生の時の記憶でしたので、曖昧でした。補完してくださりありがとうございます。

樺太では日本の蒸気機関車がいまだ現役だと聞きました。一度行ってみたいところです。
Posted by シモン at 2012年01月14日 07:07
デハさん

詳細なご説明をありがとうございます。
台湾のC55/57は「牛よけ」ですか。

中国語で汽車と書けば自動車のことなので、「火車」が蒸気機関車を表していますね
Posted by シモン at 2012年01月14日 07:10
ナメクジ仕様のデゴイチを見てみたいです。
Posted by ラー at 2012年01月14日 20:11
ナメクジタイプのD51は、どこかに保存されてなかったかな?と思います。記憶違いだったらごめんなさい。私は横浜に住んでいますが、子供の頃、山下公園の高架線(現在は撤去)をD51が走ったのを見た記憶があります。因みに、戦時型は、機関士から、「爆弾に乗っているようなもの」と評されたようです。
Posted by 鉄道公安官 at 2012年01月14日 20:52
ラーさん。
なめくじではありませんが、水戸の偕楽園にD51515号機が保存されています。
ラーさんの一番近いところだと、http://nesq.heteml.jp/jb_trainbox/d5114p.htm
流山に14号機があり、これがなめくじです。
D51には、製造区分で@初期型(なめくじ型)1号機〜100号機、ただし86〜90号機を除くA標準型(量産型)86〜90号機及び101号機以降B戦時型1001号機以降に大別され、さらに、長野地区用と北海道用は重装備に改造されていました。他にも細かい改造や、標準型後期に、準戦時型(ドームが輪切り)がいます。準戦時型と本物の戦時型は、テンダーが違うので識別できます。
 私が見たD51の中で最も重装備なのは、厚木市で保存されている1119号機で、http://nesq.heteml.jp/jb_trainbox/d511119p.htm戦時型ベースに北海道仕様に改造してあるため、原型の部分が動輪だけというすごい機関車です。
Posted by デハ at 2012年01月14日 21:50
ラーさん
つくばの70号機もなめくじですよ
Posted by デハ at 2012年01月14日 22:17
ラーさん

デハさんも書かれていますが、標準型は千波湖の付近に一両保存されているD51は私も出張した時に見たことがあります。

なめくじにも「普通のなめくじ」と、煙突から運転席までの「大なめくじ」がいるそうです。
Posted by シモン at 2012年01月15日 13:53
鉄道公安官さん

「戦時型」は、資材節約と工期短縮を図っていろいろ無理な造りをしているそうですね。

山下公園には高架の貨物線が走ってましたね。廃止になったのが80年代中頃のことだったと記憶しています。
Posted by シモン at 2012年01月15日 13:56
デハさん

詳細にわたるご説明有難うございます。

正月に父の実家に行った折、身延線の「入山瀬」という駅で途中下車し、その駅前に置いてあるD51を見たことが今回の記事のきっかけになりました。

客車とともに置かれたD51は、運転席まで乗ることができました。
Posted by シモン at 2012年01月15日 14:05
折角、流山とつくばになめくじがいることを知らせたのに、ラーさんはつれません
Posted by デハ at 2012年01月22日 18:58
デハさますいません。
実は今日はじめてつくば市にあるD-51を見に行ったんですよ。
お礼が遅くなって、申し訳ありませんでした。
Posted by ラー at 2012年01月22日 20:49
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