2012年02月23日

麒麟麦酒

80年代半ばまで、日本のビールといえばキリンビールのことでした。

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冬場、仕事を終えて職場の同僚と軽く一杯飲みに行く。こんな時、日本ではどんなに寒くても最初はビールから、という人が多いのではないでしょうか(私もそうです)。
諸外国と比べても、日本人はビール好きな国民と言えそうです。戦後の日本のビール文化を牽引したのは、キリンビールです。

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70年代まで、ビールと言えば瓶ビールでした。缶ビールは1950年代後半に登場していましたが、当初のビールは缶切りで穴を開けて飲むもので、金属の味が染み付いて味が劣化していたり、缶に穴を開けると一気に吹き零れたりしてあまり評判は良くなかったそうです。
今でも、料亭で出されるビールは瓶ビールを小さめのグラスで飲むことがフォーマルで、ジョッキで飲む生ビールはカジュアル(または庶民的)なものに分類されます。

日本のビールメーカーには、キリンビールの他、サッポロビール・アサヒビール・サントリービールの4大ブランドがあります。このうち、サッポロ・アサヒ・サントリーのビール瓶には、ブランド名が刻印されていません。これは3社で互換性のある瓶を使用することで、空き瓶を回収したあと自社製のビールを注いで新品として売り出す際の分別の手間を省くためでした。
一方、キリンビールだけは独自のなで肩の瓶を使い、「KIRIN BEER」と刻印されたビール瓶を使っていました。キリンビールだけは分別回収に手間をかける必要があったかというと、そんな心配は全く必要ありませんでした。何故なら、当時の瓶ビールの殆どがキリンビールだったからです。

キリンビールは、70年代までは夏場に中年男性が風呂上りにプロ野球巨人戦をTVで見ながら飲む飲み物でした。その当時の最も大衆的な娯楽が「TVでのプロ野球観戦」であり、会社や自営業で働く働き盛りの男性もプロ野球の放映時間には自宅に帰宅できた時代だったのです。高度経済成長期からオイルショックを経て安定成長期の日本を象徴するブランドとして、キリンビールは君臨し続けました。

87年、アサヒビールから「アサヒ・スーパードライ」が発売されると、瞬く間にキリンビールのシェアを奪っていきました。ビールの容器も瓶から缶が主流になっていきます。中年男性たちは、自宅でプロ野球を見ながらビールを飲む代わりに、リゲインを飲まされて夜遅くまで会社で残業しなければならない生活を強いられるようになります。ビールの保存手段・輸送手段の向上で、ラガービールは敬遠され生ビール全盛の時代となり、「キリンビール」で通用していた普通のキリンビールは「キリン・ラガービール」と名前を変えました。

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先日、久しぶりに「キリン・クラシックラガー」の瓶ビールを飲んで、その強い苦味に70年代以前の日本の堅実なエネルギーを感じました。80年代後半、泡ばかりのビールを飲みながらバブル時代に突入していった日本人とは別種の力強さを少しだけ感じることができました。

(本文と写真は関係ありません)
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posted by シモン at 18:00| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 飲食物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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