2013年01月27日

有楽町

80年代も今も、「大人が集う街」です。

yurakucho.jpg


有楽町は、東京銀座に接する繁華街です。
大阪の道頓堀と並んで、「有楽町で逢いましょう」という歌謡曲にも歌われています。
銀座や道頓堀の名前の由来は、それぞれ江戸城・大阪城に由来してよく知られていますが、「有楽町」の名前の由来はそれほど知られているわけではありません。
広辞苑によれば、「織田信長の弟で茶人の織田有楽斎の屋敷があったことに因む」と書いてあります。ところが、しかし、織田有楽斎は、生涯のほとんどを上方で過ごしており、江戸に屋敷を拝領したという記録も現存していないそうで、本当にその説が正しいかは疑わしいそうです。

sumo11.jpg

有楽町のかつての「顔」は、朝日新聞社ビルと日劇の建物でした。しかし81年にそれらの建物は解体され、新たに84年にオープンした「有楽町マリオン」がその中心的な役割となりました。
有楽町マリオンは通称で、「有楽町センタービル」が正式名です。この建物には有楽町西武百貨店と有楽町阪急百貨店がテナントとして入っており、カラーの変わった二つの大型百貨店が一大商業施設を形成していました。

80年代後半に、私が有楽町で友人と待ち合わせに使った場所は、有楽町西武のB1Fにあった「酒蔵」です。ここは文字通りお酒屋さんなのですが、数々の輸入ワインやウォッカ・テキーラといった酒瓶が並ぶ中、中央のスペースはバーになっていて実際にお酒を愉しむことができました。「ワニの冷凍肉」のような珍しい食材も置いてあったと記憶しています。
何よりこのスペースは、人通りも少なく落ち着いて待ち合わせができる空間でした。

sumo02.jpg

90年代以降、有楽町は様変わりを見せます。まず2000年に有楽町そごうが閉店し、マリオンの一角を占めた有楽町西武も2010年に閉店します。マリオンに変わって有楽町の顔となったのは2007年にオープンした「有楽町イトシア」で、私は時々そこに入っているベトナム料理を楽しんでいます。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 10:15| 東京 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ご挨拶が遅れましたが、本年もよろしくお願いいたします。

しかし酒蔵…比較的近場にいながら、一度も行ったことないのが悔やまれますね…。惜しいことをしました。
Posted by 国重 at 2013年01月27日 23:03
国重さん

本年もよろしくお願いします。

お酒は百貨店で買う時代ではなくなってしまったかもしれませんね。
Posted by シモン at 2013年01月28日 04:28
有楽町といえば、高級寿司食い放題の雛鮨を利用します。銀座の天銀堂、じゃなくて天賞堂へも有楽町から歩きます。
昔赤尾敏総裁が駅前の数寄屋橋交差点で辻説法をしていました。これらのことから、最も南側の改札ばかり利用していることになります。

 まんなかの改札だと駅の下に寿司屋がありひつまぶしを出していますが、ひまつぶしだと思っていました。
Posted by デハ at 2013年01月31日 20:57
デハさん

赤尾の豆単は敏さんの弟だそうです。

ひまつぶしは名古屋の食べ物ですね。私は蒲焼きの方が好きです。
Posted by シモン at 2013年01月31日 21:32
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック