2014年07月26日

余部鉄橋列車転落事故

1986年12月28日に起きた列車転落事故です。

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♪今は山中 今は浜〜
の歌い出しで知られる唱歌「汽車」には、鉄橋を渡る列車のスリリングな様子が活写されています。

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80年代に起きた鉄橋での痛ましい事故といえば、国鉄時代の末期に起きた「余部鉄橋列車転落事故」を思い出します。
山陰線の香住駅から浜坂駅へ回送中の、DD51形のディーゼル機関車に牽引された7両のお座敷列車「みやび」は、兵庫県美方郡香住町にある余部鉄橋(餘部橋梁)に差し掛かります。
「みやび」はその年の4月1日から運行を開始されたばかりのお座敷車両で、日本で初めて「掘り炬燵方式」が採用され、座卓には14インチのテレビが設置された新鋭の宴会用車両でした。

橋の真ん中に差し掛かる頃、突如として日本海から33m/sの突風が吹きます。この風にあおられ、客車の全車両が橋から下に転落していきます。不幸中の幸い、回送中の出来事だったので客車に乗客は誰も乗っていませんでしたが、橋の真下には水産加工会社と民家があり、工場は全壊し民家も半壊します。
この事故で、水産加工会社で働いていたパートの主婦5名と、客車に乗務中だった車掌1名の計6名が亡くなりました。
鉄橋からの転落により死傷者が出た事故は、明治時代の1899年以来実に87年ぶりの出来事でした。

いつの時代でも、頭上から何が降ってくるかわからない恐怖は誰にでもあります。
建設中の高層ビルから、作業用のクレーンや鉄骨が落ちてこないかどうか。
高架上の高速道路から、運転を誤った自動車が落ちてこないかどうか。
去年のチェリヤビンスクのように、隕石が燃えながら落ちてこないかどうか。
通常、人間はそんなことまで心配することなく日常生活を過ごしているはずです。ですので、この時下敷きになって犠牲になった主婦の人たちは、一体何が起こったのか考える暇もなかったことでしょう。

この事故の原因は、直前に風速25m/sの警報が出ていたにもかかわらず、列車を止めるのが間に合わないからということで進入を許してしまった指令室にあるとされました。しかし、本来風速33m/sの風でも転覆は起こるわけではなく、フラッター現象を起こして振動していた橋に侵入した機関車が蛇行によりレールの歪を発生させ、脱線してしまった、という別の見方もあるそうです。
いずれにせよこの事故で余部鉄橋の運行基準は見直され、20m/s以上の風の日は、バスによる代行運転が行われるようになりました。

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余部鉄橋は、新たにコンクリート橋が2007年に着工され、2010年8月に開通しています。
これにより強度が増した橋では、風速の規制値が30m/sに緩和されました。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☁| Comment(19) | TrackBack(0) | 事件 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
おはようございます。自然に人間が敗北したと認識させられた出来事でした。一方、重量のある機関車は踏みとどまったことも特筆されます。
 我が国の鉄道は動力分散式が主流で中間車の床下や台車にモーターやエンジンが架装されていますが、海外では両端に機関車を置く方式が主流です。
 我が国は路盤が脆弱なため、編成全体の重量を分散させるのも動力分散の理由となっていますが、海外ではそうではないので、重い車両が存在していてもかまわないのです。

 我が国でも、京急と阪急は8両編成の両端の2両づつにモーターを架装し、中韓4両は何もついていない編成になっています。
 相互乗り入れの際京成は、台車を入れ替えて対応したそうですが、京急は、先頭車が重量のある動力車であれば、衝突した際のショックが軽減され、脱線もしにくい、と豪語しています。
 昨年、逗子で京急が土砂に乗り上げる事故がありましたが、先頭車が重量級があったため横転を免れ、その説が正しかったことを証明しました。

阪急の最新特急車9300系は動力車が3両だけになり、5両の中間車はただの客車になりました。阪急・京急はヨーロッパ的なのですね。



亡くなった方は蟹の缶詰を造っていた方だったそうです。合掌。

 鉄橋から列車が落ちる事故と言えば5年ぐらい前に羽越本線で特急いなほが落ちる事故もありましたこちらも犠牲者が出ています。

 一方鉄橋ではありませんが、長崎で特急かもめが脱線転覆した事故では、水田に転落したため、奇跡的に死者は出ませんでした。
Posted by デハ at 2014年07月26日 06:04
日本の鉄道のレール幅は、新幹線と一部の私鉄を除き狭軌を採用したので在来線での高速走行が難しいのです。おまけに国土が山がちでカーブが多く、無理に高速で走らせると脱線します。
高速鉄道の落下事故をやらかした中国でも標準軌で、機関車が客車を引く列車も時速160qでスムーズに走ります。車内は大声で話す人が多く、飲み食いするので雑然としていますが。
Posted by HB at 2014年07月26日 08:03
デハさん
暑いですね。

重量のある機関車が踏みとどまったわけですね。京急線は安全度が高そうですね。
一方JRは、先頭車は付随車のことが多い理由は負荷分散の意味もあったんですね。

かもめの脱線転覆事故は記憶に新しいですね。死者が出なくて良かったです。

いろいろ勉強になります。


Posted by シモン at 2014年07月26日 18:06
HBさん

中国には、行列の概念がないので割り込み乗車普通ですよね。

日本も夏休みに入ったので、出張で新幹線の自由席に乗ると、少数で席を向かい合わせにしている家族連れが目立ちます。
Posted by シモン at 2014年07月26日 18:08
シモン様。
本日は暑すぎたので午前10時〜午後3時までプールに入っていました。4時まで粘ろうと思いましたが、さすがにふやけてしまいました。

機関車と言えば、東日本大震災の時、常磐線の貨物列車に津波が直撃し、20両の貨車が全て流失したのに機関車だけ線路に踏みとどまり、機関士は機関車の中で1夜明かして引くのを待ったそうです。

 近くで流された電車(最新型だった…)は流されて新聞紙のようになってしまいましたが、たまたま研修に向かう新人警官が乗っていて誘導に成功し、死者は出ませんでした。

 仙石線ではすれ違った電車どうしで明暗が分かれ、揺れたとき坂の上だった方は助かりました。

 震災と列車と言えば、関東大震災では根府川駅そのものが海底に沈み、停車中の列車と駅にいた全員が死亡し、実はこれが我が国最大の鉄道事故でもあるそうです。
 ただし、正確に人数がわかっている事故では安治川口駅気動車炎上事故(今のユニバーサルの近く)が死者189+負傷69名で空前絶後でした。
 ポイント通過中にバカな駅員がポイントを切り替えたため横転、ガソリンに火が付き丸焼けになったのです。
窓が小さく脱出困難なのと満員だったため、阿鼻叫喚になりました。
 これをきっかけに西成線が電化され、ガソリンカーの使用が制限されるようになりました。
 しかし、今ユニバーサルに通っている人たちはこの事故がなければ西成線は単なる貨物列車と工場通勤者だけ輸送する路線だったのが近代的電化路線になったのですから、安治川口駅の片隅にひっそり立っている慰霊碑に心で手を合わせても罰が当たらないと思います。
 なお、当初死者190人と思われたところ、一番下の人が生き返り、189人になったとのことです。
 真っ先に気絶して上に折り重なり、一酸化炭素を吸わず、焼けなかったためですが、同じ状況で圧死した人もいたので強運の持ち主です。
Posted by デハ at 2014年07月26日 18:21
今ウィキで調べたら、下から生還した人は二人だったそうです。車掌は窓から客を引き出しているうちにやけどをして殉職しました。余部でも車掌が殉職しています。
 一方、韓国の地下鉄では放火された電車に施錠して自分だけ車掌が逃げ(ドアの開閉は車掌室にスイッチがある)たため、客はみんな焼け死にました。
 責任者が自分だけ真っ先に逃げるのは何もあの短パン船長に始まったことではなく、この地下鉄車掌のほか、金日成にソウルが占領された時、李承晩は自分だけ真っ先に逃げたので、あの国では当たり前のことなのでしょう。
Posted by デハ at 2014年07月26日 18:29
デハさん

という訳で、私も「安治川口駅気動車炎上事故」を調べてきました。
救命活動で命を落とされた車掌さんは、大味彦太郎さんという方なんですね。

合掌。
Posted by シモン at 2014年07月26日 18:37
料理漫画の主人公のような名前ですが、この人のような責任感或る職業人により我が国は支えられてきたことを私たちは忘れてはならないと思います。重ねて合掌。

それにしても慰霊碑があまりにも粗末ですね。残念です。
Posted by デハ at 2014年07月26日 18:43
デハ様
成程、ディーゼル気動車はあってもガソリン気動車がない理由は燃料費のためだとばかり思っていましたが、ガソリンが引火点の低いため火災の危険があったことを見落としていました。
戦前のこの事故の教訓で、廃止されたんでしょうね。
Posted by 無名X at 2014年07月26日 19:21
この事故は、よく覚えています。
私も、郷里は島根県。山陰線だからです。

今は、新しいコンクリートの橋が架けられたそうですが、新しくなってからまだ通ったことがありません。

鉄橋通過中は、私の詩を、心の中で読むのが、いいでしょう。
ふにゃぺー ほがらぴっ。
Posted by 藤原 at 2014年07月26日 20:56
デハさん

確かに、名前だけ見るとビッグ錠前の漫画の主人公のようですね。

重ねて、合掌。
Posted by シモン at 2014年07月27日 06:13
無名Xさん

デハさんも示唆されている通り、人間の歴史というものは、こういう悲劇を重ねて改善に改善を重ねて現在があるんですよね。

責任者が真っ先に逃げ出したり、壊れた車両を埋めたりする国には教訓とか進歩とかはなさそうです。

Posted by シモン at 2014年07月27日 06:15
藤原さん

山陰地方ということで共感を持たれているんでしょうね。
山間の寒村で、何の落ち度もなく働くパートの主婦さんたちを襲った悲劇でした。
Posted by シモン at 2014年07月27日 06:16
http://bookstore.yahoo.co.jp/shoshi-313130/
「男一匹ガキ大将」

タイトルが「止めろ」になっていますが、実際は「壊れた鉄橋を無事に通過させろ」の展開です。
いくらなんでもムチャだろうとは思いますが、押し切ってしまうのが当時の少年ジャンプのアツさだったのかも。
海外ではスーパーマンが、線路の欠損箇所に身を横たえて列車を通過させています。
鉄橋は、怪獣映画や爆破系シーンで壊される標的に選ばれる事が多いようです。
Posted by ヨット at 2014年07月27日 11:17
ヨットさん

本宮ひろしの頃から、危険な鉄橋という認識はあったんですね、ご教示多謝です。

>スーパーマンが、線路の欠損箇所に身を横たえて列車を通過させています

そうでした。あれ背中のツボを刺激されて、スーパーマン的には気持ちよかったんでしょうね。

日本版一種のスーパーマンである8マンは、毎回新幹線と競争していました。鉄道はスーパーヒーローにとって目の上のたんこぶ的存在だったのかもしれません。
Posted by シモン at 2014年07月27日 12:09
82年ころ、東海道線のどこかの橋が台風で流されて通行止めになったことがありました。
Posted by 菅原 at 2014年07月27日 18:09
菅原さん

鉄橋が流される災害は、いつでもどこでも起きていますね。
Posted by シモン at 2014年07月28日 04:46
この事故で脳裏をかすめたのが映画「カサンドラクロス」のラストシーンでした。
トレッスル橋の余部と鉄骨アーチ橋のカサンドラ鉄橋とは構造が違いますが。
前者は強風であおられてですが、カサンドラクロスは米軍が細菌兵器に侵されている客が居る列車を老朽化していていつ崩れるかも知れないカサンドラ鉄橋のある旧線に追い込んで鉄橋が崩れて関係ない客もろとも列車ごと突き落としてしまおうというとんでもない計画でしたからねえ。
Posted by 広江X at 2014年08月07日 13:25
広江Xさん

おお、カサンドラクロスありましたね。
私にとっての橋梁崩壊映画というと「戦場にかける橋」も古典的名作です。
Posted by シモン at 2014年08月08日 06:06
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