2014年09月12日

ミュンヘン

バイエルンの都です。

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「ミュンヘン」という都市名を聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。
巨匠・ヴィスコンティによる映画作品「ルートヴィヒ」の主人公:ルートヴィヒ2世の住んだノイシュヴァンシュタイン城やワーグナーの音楽、あるいは1923年のヒトラーによるミュンヘン一揆、あるいは1972年のオリンピックでのイスラエル選手人質殺害事件を思い出される人も多いことでしょう。

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世界史の授業ではとかく世紀末や第二次大戦前の不穏な雰囲気、あるいは悲劇的事件などで語られることの多い都市ミュンヘンですが、ドイツの中では金融、出版の中心都市であると同時に、マーサー・ヒューマン・リソース・コンサルティングによる「世界で最も居住に適した都市」では世界第四位(2012年)でした。犯罪率はドイツの他都市に比べて低く、物価は犯罪率に反比例して高い水準です。近年、羽田空港からの直行便のルフトハンザが飛ぶようになり、一段と身近になりました。

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市の中心であるマリエン広場の周囲には新旧二つの市庁舎が建ち、双頭のドームを持つフラウエン教会やアルプス北側で最大のルネサンス様式の教会である聖ミカエル教会、イタリア後期バロック様式のテアティーナ教会をはじめ、数々の建築物が観光客の目を引きます。

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しかしミュンヘンは、古くから日本でも「ミュンヘン・札幌・ミルウォーキー」と称されたように、ビールの都です。
そしてこの街最大のお祭りである「オクトーパーフェスト」は9月20日に始まります(〜10月5日)。ビールを飲むのには、少しでも暖かいシーズンの方が良いので「オクトーパー(10月)」よりフライングして9月に始まるんですね。
場内では、「ディアンドル」という民族衣装を着た売り子さんが何本ものジョッキを忙しそうに運んでいます。腕の筋肉が痛くならないのでしょうか。

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ミュンヘンのビールは、レーベンブロイをはじめ6つの醸造所があり、オクトーパーフェストで飲めるのはこの6銘柄だけです。
ビールのスタイルは、ヘレス(淡色、モルト風味)、ドゥンケルス(暗褐色、カラメル風味)、トゥリュベス(濁ったビール、酵母風味)、ヴァイツェン(小麦を使用、焙煎風味)、ピルス(おなじみ)、ボック(アルコールド高め)に加え、「オクトーバーフェストビア」という期間限定ビールが飲めます。これはヘレスより色もアルコールも濃度がやや高めで、観光客はすぐにホロ酔い加減になれるのです。

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オクトーパーフェストに欠かせない食べ物は、ドイツなのでソーセージ類やアイスバイン(豚のすね肉煮込み)などは有名ですが、「め」の字をした大型のブレッツェルというパンが名物です。表面に岩塩をまぶしてあるため塩味で、ビールによく合いますが高血圧の人は食べ過ぎに注意しましょう。

ちなみに、日本では私の勤務地にほど近い日比谷公園で今日から「日比谷オクトーバーフェスト2014」が開催されるそうです。大丈夫だとは思いますが、公園にお出かけの方はくれぐれも蚊には気をつけて。
posted by シモン at 05:00| 東京 ☁| Comment(22) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんだブルマ画像ないのかよ
それ目当てできてやってるのによ。
立ち位置を考えろボケ
Posted by 通りがかり at 2014年09月12日 08:00
ミュンヘンと言えばヒトラーのミュンヘン一揆です。ドイツにも一揆があることを初めて知りました。黒いナイフの夜とかいろいろ知りました。
Posted by デハ at 2014年09月12日 11:17
デハ様

ミュンヘン一揆は、私が世界史の授業で習った時は「ミュンヘン蜂起」という呼び名でした。

蜂起だと、表現上不味いのですね。きっと。 差別を助長するとか、あるのかも知れません。

私の詩は、既存の言語に拘束されることなく、自由に魂を表出出来るのです。

ほげらっ ほげらっ。
Posted by 藤原 at 2014年09月12日 11:25
藤原さん

蜂起=放棄に繋がりますので、忌避されたかも知れません。
一揆なら、一揆=一気飲み なので、問題ないかと思います。

ところで、最初にコメントされた方。ユーミンの「昨晩お会いしましょう」というアルバムをご存知ですか。

「一昨日お会いしましょう」
Posted by 菅原 at 2014年09月12日 11:43
このサイトの楽しみ方を、理解できないバカが一匹紛れ込んだようですね。
Posted by 燈台森 at 2014年09月12日 11:55
天気晴朗、蒼空に我が人生の残り少なきを思う今日の甲府市内。
けさの「花子とアン」。醍醐さんは、シンガポールからの帰途、僚船が撃沈されて、ふさぎがちな日々を、送っていた。
助かったことに、感謝すべきであろう。

サテ言いがかりさんとやら。
貴殿の欲望を満たすために、このホームページが存在するのではない。退去せよ。

サテシモンさん。これを機会に、以前より爺が口を酸っぱくして示唆しているように、このホームページの名前を、一部不心得者に誤解されないよう、リニュアールされませんかナ?
「信玄公を語り合うホームページ」
でも、一向に、構いませんゾ。
Posted by 百足衆 at 2014年09月12日 12:55
お久しぶりです。

 ・・・例によって公序良俗を適用しようか、うーんそれとも、一般社会通念ということで・・・ってようは目に見えないものを強引に法律用語に置き換えて・・・不法行為というものを立証しては・・・と脳漿を搾る毎日です。まあ管理注意義務怠慢でいこうかと思えばいやいや不可抗力予期不能で不法行為不成立、ところがどっこい、わかっているじゃないこれこれこういうことになったらこうなるって言うことが・・・いやいや予期は出来なかったから不成立とか・・・。(苦笑)



 私もミュンヘンに行きました。中央駅近くに宿を取りました。懐かしいですね。
でも一番ミュンヘンがきれいに見えたのはミュンヘンに行く前、ヴィンコンティの狂王ルードリヒなどを見て憧れていたころでしょう。ミュンヘンにはバイエルン放送交響楽団という名門オーケストラもあり、リヒャルトワグナーのタンホイザーなどを聴きながらバイエルン銘菓ババロアなんかを食べてはドイツワインを飲んでいたあのころです。バイエリッシュブリューというチーズはラインワインに合うんですね。ラインワインはアンゼリカという薬草を使うことでマスカットの風味を出すのでは・・・といわれています。
かつての日本人は実際にオーヴァーシーしてドイツなんかに行く機会なんてまずなかったから、ヘッセやゲーテ、それにワグナーなどで仮想ドイツしていました。というと仮想ドイツ大使館的なところというとたとえば本郷独文科でしょう。ドイツはこうだああだと現実とはこち駆る理想のドイツをイメージしていた。本郷の独文科だけじゃなくてかつてのお医者さんはドイツ語でカルテ書いていたから、お医者さんたちも本郷独文科からこぼれてくる「アルトハイデルベルク」というドイツ語教材にやはり憧れの理想のドイツを見ていたみたいです。
 ・・・ああかつての本郷独文科に流れていたあの空気、あの輝きは今はない・・・その気持ちもわかりますが、しかしだからといって自宅を強引にかつての本郷独文科にしたてしまうえば絶対にカミサンと娘たちに家を追い出されます、家庭内イスラム国だとなんて決めつけられて・・・。


ところでバイエルン王国国王ルードリヒ二世、ああいう人が実務家のトップである国王になってはダメですね。
私もとある会社の取締役をさせられて散々な目に合いましたから・・・。(会社を存続するためにすべてを捧げる。)
取締役させられた感想は「疲れた・・・。」としかいいようがありません。
Posted by らら at 2014年09月12日 13:21
ミュンヘンといえば、僕はサッカーのバイエルン・ミュンヘンを思い浮かべます。
尤も、バイエルン・ミュンヘンは市名のミュンヘンではなく、州名であるバイエルンと云われることが多いですけどね(笑)。

さて、ミュンヘンにはバイエルン・ミュンヘンの他に、1860ミュンヘンというサッカークラブもあります。
実は1860の方がバイエルンよりも歴史が長く、1963年にブンデスリーガが発足した頃は1860はドイツの強豪クラブで、バイエルンは中堅クラブに甘んじていました。
その上、ブンデスリーガの1部は1都市1クラブからスタートしたため、1部には1860が選ばれ、バイエルンは1部メンバーから落選したのです。
そして、1960年代は1860ミュンヘンはブンデスリーガの強豪として鳴らす一方で、バイエルンは1965年にブンデス1部に昇格したものの、中堅クラブであることは変わらず。
当然地元ミュンヘンでも、1860の方が圧倒的人気で、バイエルンのファンは変わり者扱いされる始末。
このまま「ミュンヘンのサッカー=1860」が決まったかに見えました…。

ところが、ミュンヘン市内の別の小クラブのユースチームに所属していた、将来有望株のある少年に対し、1860のトップチームの選手がなんとビンタ!
これに激怒した少年は、元々ファンだった1860に入団せず、当時中堅クラブだったバイエルンに入団しました。
そして、この少年が入団したバイエルンは1970年代にブンデスリーガ3連覇、UEFAチャンピオンズカップ(現・UEFAチャンピオンズリーグ)でも3連覇を達成し、その後もブンデスリーガNo.1の強豪としての地位を獲得しました。
また、チャンピオンズリーグでも通算5回の優勝と、レアル・マドリードやFCバルセロナ、マンチェスター・ユナイテッド、ユヴェントス等とともに、欧州を代表するサッカーチームといわれるようになりました。

一方、その少年を取り逃した1860は、1970年代に入り成績が低迷、降格と昇格を繰り返すエレベーターチームに成り下がり、2004年を最後にブンデス1部から姿を消してしまいます。

そして、1860ミュンヘンではなくバイエルン・ミュンヘンを選んだこの少年は、後にクラブチームだけでなく、西ドイツ代表でも活躍し、1974年の地元西ドイツ大会でのワールドカップ優勝に貢献。
引退後も、1990年のイタリアW杯でも監督として優勝を経験しました。
ファーストネームから「カイザー(皇帝)」と呼ばれた彼の名は、フランツ・ベッケンバウアーです。
Posted by サニー23 at 2014年09月12日 14:03
通りがかりさん

普段は、「なんでブルマ画像あるんだよボケ」と書かれるのが普通なので、むしろマシなご意見、承りました。
Posted by シモン at 2014年09月12日 20:07
デハさん

私それを、「黒いサイフの夜」と読み間違えていました。
Posted by シモン at 2014年09月12日 20:08
藤原さん

言葉の使い方に一喜一憂する会社員って窮屈ですね。
というより、逆さめがねをかけた世界に放り込まれたような感じです。

自由な詩の方がおおらかなことは間違いなさそうです。
Posted by シモン at 2014年09月12日 20:10
菅原さん

「昨晩お会いしましょう」懐かしいです。ポートピアの頃のアルバムでしたよね確か。
Posted by シモン at 2014年09月12日 20:11
燈台森さん

楽しみ方は人それぞれですね。他人に強制するものではなさそうです。
Posted by シモン at 2014年09月12日 20:12
百足衆さん

今年は富士山世界遺産のボランティア、お疲れ様です。
なんでも静岡県側より山梨県側の方が、富士山が山開きしている期間が長いそうですね。
Posted by シモン at 2014年09月12日 20:13
ららさん
お久しぶりです。相変わらず法曹界はお忙しそうで・・・

ミュンヘンとかニュルンベルクとかは、南ドイツのちょっとベルリンとは遠い感じのある町ですね。
日本で言えば大阪に近いでしょうか。私はICでウィーンからミュンヘンに着いたのが最初でした。
Posted by シモン at 2014年09月12日 20:16
サニー23さん

おお、TSV1860ミュンヘン!日本から大迫が移籍したことで最近知られるようになりましたが、やはり普通はバイエルンミュンヘンですね。
「皇帝」ベッケンバウアーといえば74年の西ドイツ大会の印象が強く残っています。
Posted by シモン at 2014年09月12日 20:19
今のバイエルンミュンヘンの陣容は、主力選手がドイツ代表、監督がFCバルセロナから来たスペイン人とくれば、実質世界最強です。
香川が復帰したドルトムントは、ミュンヘンと対照的にルール工業地帯のクラブで、香川在籍当時バイエルンを倒し優勝しましたが、選手を引き抜かれてからバイエルンの独り勝ち状態です。

最近スコットランド独立運動に始まり、バルセロナのあるカタルーニャ地方も独立の動きが出ていますが、ドイツはどうなんでしょうね。
Posted by HB at 2014年09月13日 14:55
HBさん

香川はドルトムントに戻りましたが、かつての輝きは失ってしまいそうですね。

スコットランド独立運動には仰天ですね。イングランドの人はスコッチウイスキーに関税を払わなければならなくなるんでしょうか。
ドイツはまた東西に分かれた方がいい、と思っている人も何人か知っています。
Posted by シモン at 2014年09月13日 17:29
スコットランドの独立ねぇ…怖いのは其を根拠みたいにしてアッチコッチでそういう運動が興ることやね。さしづめ中国が沖縄や北海道辺りで金ばら蒔いて騒ぐのが怖い。沖縄じゃ実際にいるからね。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2014年09月13日 20:19
総帥さん

沖縄も北海道も、独立しても、いいことはひとつも無さそうですね。
自活出来ない一地方が独立しても!隷属か餓死かの二択です。
Posted by シモン at 2014年09月13日 20:59
管理人殿


スコットランドも其でね、彼処は北海油田有るから強気だけど販売はBPとかのメジャーが握ってるしあのジョンブルが素通しするワケが無い。仮にその辺をクリアしても彼処は枯渇は時間の問題だって言うしね。大体あの独立党とでも言うべき政党も本当は条件闘争のつもりだったのが民衆を煽り過ぎて収拾が付かなくなったてのが現状だとか?党首が鳩山並に無能でそうなったとか…
しかし複雑な気持ちなのがスコットランドの象徴みたいになってるショーン・コネリーが
「独立したら帰る」
とか言うてるけど引退してから殆どバハマに居るそうな。そりゃ年寄りやけど戦の時は暖かい所にいて成功してから帰ってきてドヤ顔するってのはなんだかなぁ…嘗てノ・ムヒョンが
「在日の連中は仲間じゃない。彼奴等は朝鮮戦争の時は弾の届かない所にいた」
と言ってますが(バカのわりに意外とまともな発言やね)、当にそれやもん。ファンとしてはなぁ…
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2014年09月13日 22:51
総帥さん

世界広しといえども、鳩山並の無能党首はいないでしょう。
と思いながら読み進んだらノムヒョンがいた。

前言撤回します。
Posted by シモン at 2014年09月14日 00:40
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