2014年09月16日

29インチテレビ

90年代初頭のヒット家電商品です。

29inch.jpg

日本で「大型テレビブーム」が巻き起こったのは、90年代初頭でした。
この頃勃発した湾岸戦争を観ようと、多くの人がBSチューナー付きのテレビ購入に走ったのです。

SF60-p7.jpg

日本で衛星放送が開始されたのは、1984年5月、NHKが一般視聴者向けの衛星放送サービスのために試験放送を始めたのです。放送の目的は、独自番組の配信というよりも難視聴地域(山間部)へのテレビ電波伝達という、どちらかというとCATV事業に近いものでした。放送コンテンツも、地上波と同じ番組が放送されたため、対象地域の人を除いて衛星放送に加入したいと思った人はあまりいなかったようです。

衛星放送がブレークしたのは、91年、日本衛星放送(WOWOW)が初めての民間放送局による衛星放送の配信を始めた時期からです。
WOWOWはスクランブル放送で、暗号を解除するための特別なチューナーが必要でしたが、これまでの既存テレビメディアで観ることのできなかった良質なコンテンツが(有償という形であるにせよ)お茶の間まで配信された、ということは大きな意義がありました。
この年から、家電各社は「BSチューナー付き」であることを謳った製品を一気に市場に売り出します。映像が鮮明になったため大画面での視聴に耐えられるようになり、4:3の縦横比で29インチのサイズのテレビが多く店頭に並びました。

WOWOWに刺激され、NHKもBSで独自コンテンツを放送するようになります。
BS-7(現:NHK BS-1)は「NHK衛星第1テレビジョン」として、ニュースやスポーツ番組を配信し、BS-11(現:
NHK BSプレミアム)は「NHK衛星第2テレビジョン」として、教養番組や芸術番組を配信したのです。
折りしも、アラビア半島は風雲急を告げ、イラクのクウェート侵攻に端を発した湾岸戦争の模様がBS-7で配信されていたのです。米軍攻撃機によるピンポイント爆撃の映像をNHKのアナウンサーが「百発百中ですね」と言ったのに対して解説者の江端謙介さんが「まあ、当たった映像しか公開しませんから」と苦笑したのもこの頃です。BS-7のニュース映像には、同時通訳者がリアルタイムで同時通訳音声を伝えており、外国ドラマの吹き替えとは違った緊迫感を伝えていました。

思えば、テレビが家電製品としての「輝き」を放ったのは、90年代前半が最後だったのかもしれません。
BSに続くCS(通信衛星)放送による「スカイパーフェクトテレビジョン」の出現は、多チャンネルがあっても結局のところ多くの視聴者にとって、テレビを視聴できる時間自体には変わりはないことを認識しただけでした。横長テレビ、ブラウン管からプラズマ/液晶への移行は、技術的イノベーションの進化であったにせよ、買い替え需要を促進させる巨大なムーブメントには至りませんでした。さらに最近の地上波アナログ放送の停波も、それ自体というよりはエコポイントの期限に合わせて「駆け込み需要」があったに過ぎません。

SF60-p12.jpg

そしてyoutubeが世界中に映像配信のデファクトとなった現在、コンテンツ配信の道具としてのテレビジョンはほぼその役割を終えました。
テレビ局を含む既成の大手メディアが、嘘と捏造で視聴者・読者を「洗脳」する組織であることも、先日朝日新聞社が証明した通りです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☁| Comment(10) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ところで総帥さん。来週月曜日午後に富士宮に行きますので、もし非番なら夕食如何でしょうか?
世間は平日ですが、休暇を取って父の病院の見舞いに行きますので。
Posted by シモン at 2014年09月16日 18:47
90年代後半からはネット時代で、ワンセグで携帯やスマホからテレビ視聴出来ると言っても、テレビ自体がHPの一部みたくなった以上多チャンネル化も焼け石に水です。
中国赴任で知り合った日本人に元家電業界の技術者がいて、ブラウン管時代のテレビは自動車や白物家電と同じ部品点数が多くかつ精密な成形技術の塊で新興国に対する技術の優位性で国内生産を維持していたのに今の液晶は、とぼやいていたのを思い出します。
Posted by HB at 2014年09月16日 19:58
HBさん

そうです、今の液晶は技術のカタマリというよりはガジェットの集成でして、自然の色の再現よりもビビッドな過剰色彩の方が訴求力になっているようです。

そして4Kテレビも投売りになるんですね。
Posted by シモン at 2014年09月16日 20:10
シモンさん、お父上、いかがですか?

ブルマ画像復活しましたね・・・。

 しもんあの大きなテレビですね。最晩年に父が買いました。LDで映画見るとかいって・・・。遠山アッコが大臣になったのは父が退官後だったからまあよかったですね。

そうそう湾岸戦争の頃、あの頃、私も駆け出しでとある親族会社の役員の顧問していたんです。実態は自分よりも年下のご主人様(♀)に遣えていました。正直いってアホらしかったです。さらに経営者一族の親族内の確執にもろに巻き込まれてどうしようもなかったんですが、そんなときにふらっとタオルと石鹸もって見知らぬ銭湯に入ると、つかの間の安らぎを感じましたね。そして見ず知らずのおっちゃんと話をすると心が和んだものでした。

さて今日は某人物に会ったんです、セコイ野暮用があってその人がきたんです。
かつてこの人がとんでもない窮地に追い込まれて突然夜中泣きつかれ、私は徹夜休日返上でいろいろやってあげたんですが・・・ね。
 しかし今日あったらなんだかそっけなく横柄なんですね。もっともそういうことって珍しくないですけどそういう人間だからとんでもない窮地に追い込まれるんじゃないかと思いましたがね・・・。そしてまた何かあると泣きついてくるんですよね。こういう人は・・・。




Posted by らら at 2014年09月16日 22:16
私は、今のテレビの使用方法を知りません。録画機能や予約機能もさっぱりわかりません・・・。困った。
Posted by デハ at 2014年09月16日 23:55
あ”〜っ!あっか〜ん!仕事やがな…月曜日に休み多いの気付いておられましたね?そうなんですがその月曜日は仕事やがな。地獄大使と首領、ベルク・カッツェと総裁Xの会食みたいなシーン出来たのに…
今回は無理ポです。しかし富士宮近辺にお寄りの予定のある節は今回みたいに連絡して戴けると可能な限りお迎えします。其が早めの連絡ならお土産を準備出来ます。以前話題にした持ち帰れば無理心中寸前の家庭ですら笑いの渦間違い無し、管理人殿の家庭なら娘さんもお父上への視線が変わるの間違い無しの
「山吹色のお菓子」
を準備します。
嫌ね、大人になると友達って出来んでね…特にサービス業だから“仮面”被るから余計社内の人間は信じ難い。
「お客様の幸せは私の幸せ」
みたいな事を“抜け抜け”と言えない人間が言わんならん業界でね(だから私は禿げないのかなwww)、“笑顔の訓練”なんかやらされてね。で、やったら
「目が笑ってない」
て、言われたりね…
「可笑しくも無いのに笑えるか!」
なんて言えんしね(三船敏郎はニューフェイスの面接で此を言って反って認められたみたいやけど私みたいな小心者は言えませんがな)…
と、途中から愚痴になっちゃったね…
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2014年09月17日 01:50
で、本題だけどね以前書きましたが(その時に気付いたんですが)ほんまに社会人になると同時に20年以上まともにテレビ見てないんやワ。野球のタイガース戦とローリング・ストーンズの初来日ライブと大河ドラマそれも「信長」の桶狭間戦迄と4年前にメーテレ(テレ朝の名古屋局)の早朝で時代劇の必殺シリーズの初期の物ぐらいです。特に地デジ化してからテレビは完全にDVD受像機になってしまいました。
まぁ、実際本文にある通り情報メディアとしてはテレビと新聞はオワコン一直線(まぁ自分で寿命縮めたね読売系とテレ東以外は…別にコイツらは良いて意味じゃないよ)やしね。映画もなぁ昔みたいな大画面の映画館て少ないし此を今の大きなテレビで観るにしても淀長さんや春郎さんや荻昌彦(私はこの人が一番好き)みたいな優れた解説者は居ないから…ヤッパ受像機だなwwwで、裕次郎が折角五社協定壊して自由に役者使えるようにしたのに今は特定のダクションが好き放題やろ?(邦画には期待出来ん)案外ラジオが最後まで残るかもな。紳助もたけしも全盛期はラジオが面白かったしいまだに、さんまなんかは生き生きしてるからね。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2014年09月17日 02:32
ららさん
コメントをありがとうございます。

LDというメディアもありましたね。遠山ゆとり大臣、・・・

お仕事で会う人は、こちらから選べるわけではないケースが多いので、私は自分のレトリックが理解してもらえないことが多くて疲れるのですが、ららさんが羨ましいです。
Posted by シモン at 2014年09月17日 04:12
デハさん

私も、現在のテレビの録画再生は家族任せです。
Posted by シモン at 2014年09月17日 04:13
総帥さん

今回は残念でした。でもまだ機会があると思います。一度是非お会いしましょう。山吹色のお気遣いはどうか無理なさらず。

「ラジオ時代が全盛期」は事実ですね。たけしのオールナイトニッポンは楽しかったです。ラジオは防災用という意味でも残る・・・かな?
Posted by シモン at 2014年09月17日 04:16
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/405304098
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック