2015年02月14日

マツダ・ファミリア

東洋工業(現:マツダ)の小型自動車です。

familia.jpg

広島県に本拠地を持つ東洋工業は、かつてはT2000などのオート三輪が主力でした。
商用以外の用途で自動車を購入する層が増え、東洋工業も家族向けの自動車に主軸をシフトしていきました。まず最初に発売されたのが、軽自動車の「マツダ・キャロル」でした。この市場に手ごたえを感じた東洋工業が満を持して本格的に開発した最初の小型自動車が「マツダ・ファミリア」だったのです。

race001.jpg

私が最初にその名前を知ったのは、5代目のBD型といわれるタイプです。赤の塗装の5ドアハッチバックは、当時の日本国内で大ヒットし、栄えある「第一回日本カー・オブ・ザ・イヤー」を受賞することとなりました。語感が、バルセロナにあるガウディの建築「サクラダ・ファミリア」と似ていますが、エクステリアもインテリアも決してアール・ヌーヴォー様式ではなく「日本版バウハウス」とでも呼ぶべき機能美を有していました。

ちょうど80年代前半というと、日本の自動車はフェンダー・ミラーという、フェンダー前部の上に突き出して取り付けるタイプの車外バックミラーを装備することが定められていました。
しかしマツダ・ファミリアの輸出版はドアミラーを装着しており、国内仕様車にもその部分が目隠しされて実装されていたため、「ドアミラーの方がカッコいい」という若者が勝手に改造してドアミラーにして警察に摘発されたりしていました。

同じ時代のトヨタ車は、ハッチバックというスタイルは人間と荷物が同じ空間を共用する邪道な乗り物で、ちゃんと客室と荷物室は分離されていなければならないというポリシーでセダンスタイルの車が多かったのです。「品行方正なトヨタ車、若者向けのマツダ車」という図式の中、ハッチバックの実用性もあって30代前半ぐらいまでの若い家族に受け入れられた、まさしく「ファミリーな車」でした。

tsunahiki001.jpg

「ファミリア」のモデルチェンジは9代目・BJ型まで続けられ、2004年に生産終了となりました。が、そのファミリーカーとしての後継車「マツダ・デミオ」4代目・DJ型は、2014-15 日本カー・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☁| Comment(23) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
マツダ車は、よい車が多いのですが塗装が劣化しやすいのが弱点です。
Posted by 無名X at 2015年02月14日 05:04
ホンダ、特に黒の方がもっとひどい。まるでフライパン
Posted by デハ at 2015年02月14日 07:27
当時から輸入車はドアミラーのまま走っていて、欧州車のVWゴルフやアウディ80、プジョー205が格好いいと思いました。
国産車だと、当時のトヨタ車の大部分と、日産車の一部はフェンダーミラー+角ばったセダンのイメージで、早くドアミラーに替えて欲しいと思ったのはホンダとマツダの車でした。
Posted by HB at 2015年02月14日 10:13
無名Xさん

塗装のことは私も聞いたことがあります(事実かどうかは不明ですが)
コーティングすれば大丈夫でしょうきっと。
Posted by シモン at 2015年02月14日 10:30
デハさん

ホンダ車は塗装はともかくエンジン音は最高です。
Posted by シモン at 2015年02月14日 10:32
HBさん

80年代、ドアミラー車がカッコいいと感じた過渡期の時代でしたね。

今は寧ろフェンダーミラー車の方がカッコいい・・・とは全然思いませんw
Posted by シモン at 2015年02月14日 10:34
マツダは安かろう悪かろうでは生き残れない会社なので、最近ガラリと変わってきています。下手に海外シフトで劣化して販売不振になるより賢明だと思いますw
Posted by HB at 2015年02月14日 11:56
フォードの傘下でしたよね。

広島を代表する企業ですね。
Posted by A2Z at 2015年02月14日 13:27
子供の頃に、”広島カープの選手はマツダ車に乗らなければいけない”という話を聞きましたが、本当だったのでしょうか。
Posted by ヨット at 2015年02月15日 07:22
ヨットさん

それは多分本当ですね。守っていなかった選手も多かったかもしれませんが。

中日ドラゴンズの選手がトヨタ車指定だったかどうかは不明です。
Posted by シモン at 2015年02月15日 07:56
カーブにとってマツダは“スポンサー"であって子会社じゃないから其処までの拘束力有るかな?松田一族をマツダから切る為に手切れ金代わりに“松田一族"が貰ったもんやからね。
「外車はOK」
て聞いた事ある。マツダは中南米では強いそうやね?数年前にエクアドルだけドミニカだかから来た外人選手がマツダの子会社て知って(厳密に上記の通りで微妙に違う)、
「工場見学させろ。活躍したら一台ほしい」
とウキウキになってオーナーだか工場が気を効かせて
「何が良いのだ?」
と聞いた上でミニチュアを二台あげたら大喜びしたという話が有ります。活躍したら人気出たやろうにな…

嘗てマツダは別名“住友自動車"の異名も有りました。私のオヤジは現役時に住友に勤めてたのですが、社用車はマツダとトヨタの二本立てだったそうです。まぁエスタブリッシュメントのせるのがマツダには無かったて事ですね。クラウンとかセンチュリーみたいな。まさかサバンナに乗せる分けにもイカンやろうしwww

Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2015年02月15日 13:05
総帥さん

住友の御用達だったとは存じませんでした。
マツダのアッパーミドルサルーンは、バブルの頃にアンフィニブランドでいろいろ出てましたね。すべて車種統合でなくなりました。
Posted by シモン at 2015年02月15日 14:06
マツダのアッパーミドルセダンは昔ルーチェ、今アテンザですが、その上はないですね。アテンザに装備を追加して高級車は作れるでしょうが、多チャンネル化で失敗したし、出しても本田レジェンドみたくなりそうなので無理でしょう。
あと、三菱グループは三菱自工が実質役員車のデボネアを作っていましたが経営再建で打ち切り、最近日産がシーマとフーガをOEM供給しています。
Posted by HB at 2015年02月15日 15:00
HBさん

してみると、国内では現在役員クラスが乗れる日本の高級車というと、レクサスだけなんですね。

海外向けに日産がインフィニティ・本田がアキュラと、ラインはありますが国内には導入されてないですね。
Posted by シモン at 2015年02月15日 15:40
おばんです。

又、脇道に逸れますが…マツダはオイルショックの頃に一度経営不振になったんやね。その時に住友銀行がテコ入れして松田一族を追い出したのよ(この頃に私のオヤジが住友化学に転職したので詳しい)。評論家や学者の中にはそれ以来マツダを“住友グループ"に区分けする人も居るぐらいです。住友グループの会社は半強制的にマツダを社用車にしとります。で、バブル崩壊辺りで2度目のピンチに陥って、フォード介入です。今はフォードもほぼ手切れかな?
余談ですが(非常に“余談"の多い男やなwww)、その住友銀行は今は“三井住友"銀行やね。対等のようで実は住友が三井を飲み込んだのよ。で、マツダは住友と関係深いんやけど、三井はトヨタと関係深いんやね。で、トヨタは住友が大嫌いで合併した後もトヨタとの窓口は旧三井の人間が指名されとるんやワ。戦後にトヨタが経営危機に陥った時にメインバンクの一つやったのに融資を断った上にトヨタと云うより東海財界人にとって非常に“侮辱的"な暴言を吐き(そのせいで未だに名古屋周辺では住友は弱い)、さらに債権の回収までやりおった。オマケにその辺の心労が元で豊田章一郎さんは急死したから…そりゃ怒ると言うか憎むワナ。この辺の事は百足衆さんがリアルタイムで知っとるんちゃう?
話を戻すと、カーブの株式をマツダは35%くらい握っとるけど、松田家はマツダの株式は2%くらいやから今のカーブは車の“マツダ縛り"は殆ど無いんちゃうかな?2%て云うのは其なりに大株主やから工場見学くらいなら融通効くやろけど、経営にはタッチ出来んやろね。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2015年02月15日 19:30
どみゃーん みゃっ みゃっ
ファミリアでゴー。総帥様。

牛乳、拉麺、筋肉マン。
牛乳、拉麺、筋肉マン。
牛乳、拉麺、筋肉マン。
牛丼、拉麺、きんどーさん。

昔の東洋工業の車のロゴマークは、フォークみたいでした。
みょげらっ みょげらっ。
Posted by 藤原 at 2015年02月15日 19:58
チャー。

ミュージックパトロール、チェキラ!を、聞いている。
NHK 第一放送だ。
今日の夕食は、豚肉、ネギ、人参、しめじの鍋だ。ご飯も、つく。
うほっ うまそうじゃ、うまそうじゃ。
Posted by 藤原 at 2015年02月15日 20:10
超人機メタルダーは表題にあるような、赤い5代目ファミリアに乗ってました。ドアが地面方向に開くと翼になり、飛べます。
帝国海軍の、古賀博士が作りました。
海軍だから、呉に近い広島にあるマツダを選んだのだと思います。
人間に変身でき、自立して行動し、ファミリアに乗るメタルダーのほうが、陸軍の開発したリモコン操作の鉄人より、優れています。
Posted by デハ at 2015年02月15日 22:25
ごめん、エライ書き間違いに気づいた。豊田章一郎さんは今の当主やね。心労で倒れたのは喜一郎さんですワ。ああいう処は似たような名前やから、ウッカリ書き間違っても気付かずスルーしてしまいましたワ。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2015年02月15日 23:05
デハさん

なるほど。
ファミリアの赤は、艦底色だったのですね。
Posted by シモン at 2015年02月16日 05:13
総帥さん

私は、豊田商事と混同してました・・
Posted by シモン at 2015年02月16日 05:13
後期から末期は1600ccクラスでも馬力競争になってこのクラスはホンダ・三菱とやりあっていた。
三菱はミラージュサイボーグ
ホンダはシビックSIR(TIPE-Rの礎に)
皮切りがマツダの160馬力だったんだけど直ぐ三菱が175馬力出され、マツダが1800ccにあげて180を出したらホンダがVTECで185馬力まで出されてという構図でした。
トヨタもカローラFXが165出していたし。この戦いは最終的には200馬力まで激化したはず。
そこに本来まだこの競争に加わっていなかった日産まで2000cc230馬力という化け物ハッチまで出す始末。
Posted by ムルラ at 2015年02月20日 11:13
ムルラさん
コメントありがとうございます。

馬力競争のホットハッチブームがありましたね。
友人でシビックのSIR乗ってた人がいます。
Posted by シモン at 2015年02月21日 16:10
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/413708323
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック