2015年03月08日

日産シルビア

1988年に発売された5代目がバブル時代のデートカーとして大ヒットしました。

silvia_s13.jpg

80年代のデートカーは、ホンダ・プレリュードの一人勝ち状態でした。
低いボンネットのシャープなスタイリングに加え、運転席側からも助手席のリクライニングシートを倒すことができるという心配りの行き届いた設計に、彼女のいる男性もいない男性も、こぞってプレリュードを愛車に選んだのでした。

mar303.jpg

プレリュードがデートカーとして街を席巻していた頃。4代目の日産シルビアは、トヨタスプリンタートレノそっくりの顔つきで、街でなく山道を走行する「走り屋の車」でした。サファリラリーでクラス1位という輝かしい称号も、多くの妙齢の女性の関知しないことでした。

そんなシルビアが、88年になって突如変貌を遂げます。
曲面を多用した低いボンネットにプロジェクターヘッドランプを搭載した未来的なデザインに加え、室内はちょうど風呂桶のような曲面に囲まれたスペースで、温泉気分なゆったりした内装に多くの若い女性も心を奪われました。
さらに、当時の日産の技術では低いボンネットに対応したFFの構造が実現できなかったため必然的にFRの構造となり、1.8リッター4気筒のCA18エンジンは135馬力を発揮して、従来の「走り屋」系のシルビアユーザーのニーズも両立したのです。

この車は、当時プレリュードに飽きていた層を皮切りに、爆発的に売れました。「もう前奏曲は終わった」というプレリュード(=前奏曲)を意識したコピーも、決して単なるフカシではなかったのです。
シルビアの成功に気を良くした日産自動車は、リトラクタブルライトを持つ3ドアハッチバッククーペ版の兄弟車の「180X」を発売します。しかし外見がちょっとスポーツカーテイストになっただけで、こちらはシルビアほどヒットはしませんでした。

mar304.jpg

大ヒットした5代目の後を受けた6代目シルビアは1993年に登場しましたが、ボディサイズが増して3ナンバーになり、デザインも至って平凡なスタイリングに成り下がり、シャープさは失われました。
デザインの不評に驚いた日産は、フロントマスクのデザインをシャープにフェイスリフトした後期型を発売しますが、既にバブルは崩壊し、デートカーというセグメントもRVに押されて縮小していきます。
そして2002年、日産シルビアは7代目の生産終了を以ってその歴史に幕を閉じました。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☔| Comment(41) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
曇り空で明けた、甲府市内の朝。
今朝の「5分でわかるマツサン」一馬が出征するので、エリー(フォックス演)とエマーソンは、日本語でなく、英語で蛍の光を歌う。

という、一週間でした。
サテ、日産自動車というと、私の同僚の若い先生が乗っていました。学校の先生は、教職員組合(日教組ではありません。)の互助制度もあり、先生仲間で結婚する人が、多い。
その先生も、同僚の女先生を助手席に乗せて、ドライブをしていたが、運転が下手糞で、車輪を側溝に落としてしまい、女先生にも愛想を尽かされてしまつた。

かくも、自動車をデートの道具に使うのは、難しい。山がちの山梨県では、特に運転の技術がないと、失恋してしまうことが多かつたやうです。
Posted by 百足衆 at 2015年03月08日 06:39
勝手に顔を挿げ替えたシルエイテイというリトラクタブルでノッチバックのを作って乗っている奴もいました
Posted by デハ at 2015年03月08日 06:41
車高の低いフォルムがこの頃の流行でしたね。
キャビンは、ゆったりリクライニングした姿勢でハンドルを握るような感じ。

今の車は「背筋ピン!」ですね。
Posted by ラー at 2015年03月08日 08:37
1990年代の日産車は、10年足らずでルノー傘下に入る会社状態で、迷走した車が多かったです。

特に90年代前半は、人気車種のデザインを中途半端に丸みを持たせる、尻下がりなセダンを出す、売れ筋のミニバンとSUVに関しては完全に出遅れ、と散々でした。ようやく90年代後半になって、エルグランド、プレサージュ、ステージア、テラノ、プリメーラと良い車を出すのですが、このあたりもゴーンさんになって廃盤か、欧州調の車に変えてしまいました。
Posted by HB at 2015年03月08日 09:52
ブルーバードBとレパードJフェリーが最悪でした。
Posted by デハ at 2015年03月08日 10:07
百足衆さん

いつもマッサンのレポート有難うございます。
デートカーは、街や海岸を流すのに向いてますが、なまじシルビアのようなFR車だと山道に行ってしまい脱輪・・・なんてこともあったでしょうね。
Posted by シモン at 2015年03月08日 12:05
デハさん

シルエイティ、「五式戦の水冷版」みたいな存在ですね。
180Xのリトラクタブルライトは重いので、シルビアの顔の方が走り屋にとっても都合よかったことでしょう。
Posted by シモン at 2015年03月08日 12:09
ラーさん

私自身はずっと背筋ピンな車にしか乗ったことがないです(現在は丸目のpolo 9Nです)。
湯船に浸かるような感じで運転すると、見切りが悪いので・・・
Posted by シモン at 2015年03月08日 12:11
HBさん

90年代前半の日産車というと、「フィガロ」ですね。あれも尻下がりだったかも?まだ街で時々見かけます。
レパードJフリーはアメリカンな尻下がりセダンでしたね。独特といえば独特なスタイリングでした。
Posted by シモン at 2015年03月08日 12:13
デハさん

ブルーバード・シルフィは私の会社の某支社で営業車として使っていましたので、割と同乗させてもらった機会が多くありました。
Posted by シモン at 2015年03月08日 12:15
シルーン ビア!ビア!
ビアホール。 プハー!

日産シルビアを見て思ったのは、
ドアが二枚しか、ありません。
ドアが二回しか、開きません。

これでは、二人しか、座れません。
やはりドアーは、後ろにも、あったほうが便利です。
菅原君は、トランクの中に、乗りましょう。
Posted by 藤原 at 2015年03月08日 15:03
藤原さん
免許お持ちですか。
Posted by 菅原 at 2015年03月08日 18:53
菅原君。
だらくそなことを、聞くな!
藤原流詩の、免許皆伝だ。自動車免許も、ある。

今日の夕食は、オージービーフのステーキだった。
うほっうまかった、馬勝った。
Posted by 藤原 at 2015年03月08日 19:06
夜となった、甲府市内。
さっきの「花燃える」
伊藤博文が、似ていない。昔、森繁久彌が演じたのが、そっくりだった。

という、回でした。
サテ藤原さん。いくらなんでも、菅原さんをトランクに乗せる。
というのは、可哀想では、ないでしょうかナ。
むしろ大型トラックの荷台にのったほうが、広々して気持ちが良い。
最近はめっきり見掛けなくなりましたが、昔はよくトラックの荷台に乗車して移動したものです。
Posted by 百足衆 at 2015年03月08日 20:52
バカボンのパパが引っ越しの時にトラックの荷台に載って演説してましたな。懐かしい…
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2015年03月08日 21:01
バカーン ボンボン
盆踊り。徳島!

付けましたもあったしよなイメージするシーンを差し入れて下さるとのこと、可哀想ではなかった、昔はよく似たものもあったし、生まれながらのステーキだった。

(この文章は、自動生成プログラムで作られています。)
Posted by 藤原 at 2015年03月08日 21:07
デハさん
ブルーバードは、80年代のSSSとか角ばったワイルドなデザインが好きでしたが、あの尻下がりでイメージがぶち壊しです。あと、プレセアと言う派生の4ドアハードトップがありデザインや内装は良かったですが、術用のセダンとして人を乗せるには天井高が低すぎました。

シモンさん
現行車は、今やブルーバードの名も消え、ただシルフィとだけ名乗っています。北米地区や台湾ではセントラの名前で生産販売されています。
Posted by HB at 2015年03月08日 23:54
ブルーバードシルフィは、日産版コロナマークIIです。
Posted by M.P. at 2015年03月09日 01:08
総帥さん

バカボンのパパの時代も、トラックの荷台には輸送目的で乗車することは違法だったはずですが、割と緩かったのかもしれません。
Posted by シモン at 2015年03月09日 04:29
HBさん

M.P.さんのコメントを見て思ったのですが、
コロナ・マークIIのコロナが消えたのと同じようなものですね>シルフィ

マークIIも既にありませんが・・
Posted by シモン at 2015年03月09日 04:31
曇り空となつた、甲府市内の朝。
今朝の「マツサン」マツサン(玉山演)は、出征した一馬を思い、独りグラスを傾ける。

という、回でした。
サテ総帥さん。貴殿の父上も、トラックの荷台に乗ってましたか。
昭和30年代では、ごく当たり前の事でした。
Posted by 百足衆 at 2015年03月09日 08:03
シルビアの後席に座るよりも、トラックの荷台の方がゆったりと座れそう。
Posted by 燈台森 at 2015年03月09日 08:43
今はトラックの荷台に乗ると逮捕されます。貨車に乗ったり電車の連結器に乗った場合もです。殺人や窃盗と異なり、昔や外国では認められていたこと。自己責任で認めるべきです。機関車のデッキや貨車の屋根で旅行するのが私の夢なのです。また、私が小学生の頃までは消防車にはドアとシートベルトがありませんでしたが、今はシートベルトをしないで出動すると逮捕されます。いつの間にか変わりました。
Posted by デハ at 2015年03月09日 10:01
デハ様

いくら自己責任と言っても、ISに渡航されても尻拭いが大変なのと同様、転落死者の後始末が大変なので禁止してるのだと思います。
Posted by ラー at 2015年03月09日 11:20
菅原君

貴殿がこれまで購入した車のリストを、大至急、報告の事!

さもないと君は、だらくそだらずの、かわずやまと、なる。
Posted by 藤原 at 2015年03月09日 12:19
藤原さん

トミカの救急車と、マッチボックスのカウンタックです。
Posted by 菅原 at 2015年03月09日 16:06
菅原君
この、だらくそ!だらくそ!ぱげ!ぱげ!かわずやまの、淡路島殺人犯!

誰ひとりとして、玩具の話は、していない!
それとも何か!
菅原家は、まずしかったので、

車は、買って貰えませんでした。
車は、ミニカーしかないのです。

という、ことか!

私は、カローラに始まり、日産ガゼール、リベルタビラと、華麗に乗り継いで、来た!

貧しい貧しい貧しい貧しい菅原家。貧しすぎ!

ほえっ ほえっ。
Posted by 藤原 at 2015年03月09日 16:58
…宗匠は菅原さんをストーカー扱いしとるが、相手をして欲しいんじゃろ?www
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2015年03月09日 17:08
しかしなんだな、やはりこの歳になるとやはり3台目くらいになるんだな。私は大して車好きでもないし、結構物持ちの良い方(ケチ)な積もりだが私3台だ(今のやつは結構もっているが)。
日産マーチ、トヨタカローラU、ホンダオルティアだ。因みに全部中古だwww
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2015年03月09日 17:23
総帥さん

入社前後の頃に始まって、ほぼ10年周期で買い換えている私も今3台目です。

いすゞジェミニFF→シトロエンZX→VWポロ丸目

ですね。
Posted by シモン at 2015年03月09日 17:43
春雨を越えて、驟雨となつた、甲府市内の夕べ。
昨日の「花燃える」これは、学園ドラマである。
松下村塾の塾生たちは、学級崩壊の生徒達のやうである。

サテ、総帥さん。私の自動車歴を、語ると長い。
スバル360、
スバルR2、
コロナ、
日産ブルーバード、
クラウン、
クラウン。
です。

Posted by 百足衆 at 2015年03月09日 18:08
百足衆さんとやら。
花燃ゆを、disらないで!!disらないで!!爺のくせに!

「花燃ゆ」が、どんどん面白くなっていく。今週など熱い展開に心が踊りました。来週も楽しみです(^^)

Posted by まあクンのまま at 2015年03月09日 18:45
マー君のママさん江。
花燃湯は、

面白いです!
最高傑作です!

マー君と、一刻も早く、
和解したいです!
若い死体です!!

ほげらっ ほげらっ。

人生、いろいろ様々。あえて、貴殿に伝える言葉と言えば・・・

一緒に、デートいたしましょう。
一緒に、焼き鳥食べましょう。

女子率の少ないこのビログ、私であれば、

信頼、できます、保証します。
ゆったりした、人生が、送れます!

ほげたっ ほげたっ。
Posted by 藤原 at 2015年03月09日 18:56
ミニカーだと1000台ぐらい買いましたよ、菅原さん。
私は2台乗り継ぎ、2台ともフォード・ムスタングです。他の車種に乗るつもりはありません。

藤原さんがリベルタビラに載っていたのはショックです。
なぜなら私は、「糜爛」や「ビラ星人」を思い出すのと、
「バイオレット」→「バイオレットリベルタ」→「リベルタビラ」と何度も改名したのが気に入らなくて、好きでない車種だったからです。ごめんなさい。
ブルーバードやセドリックの名が消されたことも無念でなりません。

その点、日本には、昔から高級セダンとして売られているクラウンがあり、アメリカには昔から大出力クーペとしてムスタングがあります。私は、この二車種が日米を代表する自動車だと思っています。
Posted by デハ at 2015年03月09日 18:59
おおっ!久しぶりやなぁ、“まあクソのまま"。字を変えて登場かwwwまあ座れや。
で、私からの質問に対する答えは考えてきたか?
1859年にアメリカ渡航と間部老中暗殺計画の露見で死刑になった吉田松陰がどうやって1860年に桜田門外の変で井伊大老を暗殺して、暗殺された井伊さんがどうやって1859年に松陰先生を処刑出来たのか?
小卒なら当たり前の知識やろ?🌠関西ローカル私大卒の私には理解出来ん。教えて下さいよwww“超時空太閤"さんみたいに時間を越えてチョーセンを破壊した分けでもないやろに。学の無い私に教えて下さいよwww
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2015年03月09日 20:59
御大

その両車種は本質は違いますよね?マスタング(飛行機も車もこの発音に妙に拘ってるのは勘弁)は自分で運転する車で、クラウンは後ろに乗るべき車と私は理解してるのですが、間違ってはおりませんよね?
で、その辺のセレクトはワザとですか?
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2015年03月09日 21:06
総帥
同列ではありませんが、日本とアメリカで、初代のコンセプトを変えずに長い間代替わりしてきたという点で共通しています。
それゆえ、歴史と伝統と血統を重視する私にとっては、理想的な自動車なのです。
Posted by デハ at 2015年03月09日 21:13
藤原さん
貴方は既婚者です。
マーくんのママは、もしかすると独身かもしれませんが、マー君という息子がいます。一度は結婚しているはずです。
貴方は、マーくんのママを中川郁子にするつもりですか?
私は反対です。毎日おいしい晩御飯を作ってくださる奥様に失礼ですよ。
Posted by デハ at 2015年03月09日 21:16
御大

成る程。信頼は伝統の死守ですからね。万事御大よりは緩い私でも理解は出来る。

さて、ソレではこの私が“まークソのまま"のお相手をしようwww語り合いましわょう。で、先ずは私からの質問に答えてくれませんか?答えないの?だからブサヨは馬鹿で恥知らずのアンポンタンだて言われるんですよ。違うでしょ?だったら答えてチョーよwww
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2015年03月09日 21:28
デハ様、デハ様
エリエリラマサバクダニ。
総帥様が、御理解されているように、
マークソのママを、
おちょくって、いるのです。
おちゃらけて、いるのです。
だあれが、花の湯のような、
下らない大河ドラマを見たいとは、思いません。
あれは大河ドラマではなく、どぶ川ドラマです。

ブギョーン メッ めっ。
Posted by 藤原 at 2015年03月09日 21:33
シルビアは「白い稲妻」なのに黒が多く、ブルーバードなのに赤で、しかもSSS(スーパースポーツセダン)なのに2ドアバードトップなのは気に入りませんでした。また、王冠をつけたクラウンよりトヨタマークのセルシオの方が高いのが気に入らなかった。皇室や華族より豊田家が偉いみたいで許せなかった。
Posted by デハ at 2015年03月10日 13:03
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