2015年04月25日

駆潜艇

局地での対潜水艦の警備を担当する小艦艇です。

IJN_No14_Submarine_Chaser.jpg

駆潜艇の歴史は、第一次大戦のUボート対策として始まりました。
船体が大きいと、潜水艦の目標になりやすいため、最初はトロール漁船を改造したものが主流でした。兵器は爆雷と口径50mm程度の大砲と機銃1〜数丁程度で大西洋に出撃し、何隻かのUボートを撃沈しています。

駆潜艇の歴史の先駆者はアメリカでした。
トロール漁船に代わり、専用の対潜水艦用の艦艇は、自動車王ヘンリー・フォードによって生み出された「イーグル・ボート」で、第一次大戦末期の1918年に登場しています。

sub_chaser_us.jpg

日本海軍で最初の駆潜艇一号が建造されたのはイーグル・ボートに遅れること16年の昭和9年、1934年でした。この頃の日本海軍は、アメリカ海軍の潜水艦戦力を過小評価しており、対潜水艦用の艦艇の開発に興味を持たなかったことも事実のようです。実際には日本海軍は米航空兵力と同じぐらい米潜水艦によって被害を蒙る事になったのですが、この時点ではそのような展開は想定外でした。

sc_IJN43.jpg

第二次大戦中の日本海軍の駆潜艇は、昭和12年度のマルサン計画で整備された「駆潜艇第四号クラス」が基本になりました。
前マストは三脚式、後マストはなし、艦橋は前後に長い形状で一本煙突、というスタイルが、その後の日本の駆潜艇の定番スタイルとなりました。

sc_IJN28.jpg

駆潜艇第四号の次の型である第十三号駆潜艇は、構造をよりシンプルにした量産型です。
このクラスから初めて単装の三年式8cm高角砲が搭載されました。この砲には、対空戦闘の散弾よりも、対潜水艦攻撃用の徹甲弾が主に搭載されていたそうです。
日本海軍は、最終型の第五十一号型駆潜艇(同型艦3隻)まで、合計53隻の駆潜艇を建造しましたが、戦時中に沈めた敵の潜水艦は6隻にとどまりました。

sc_SDF.jpg

戦後、海上自衛隊が編成されると、引き続き「かり型」から始まる駆潜艇が配備されました。
しかし高性能化する潜水艦への対応が困難となり、1989年の「うみたか型」「みずとり型」の退役を以って、駆潜艇は姿を消しました。
posted by シモン at 05:00| 東京 ☔| Comment(15) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ピットロードの敵潜水艦のおまけに入っていました
Posted by デハ at 2015年04月25日 07:35
くせーん ていっ! 低!
低レベル放射線。 セシウム!

我が家にも 一隻欲しい 駆潜艇
菅原君を 爆雷攻撃

今日は俳句でなく、短歌でまとめてみました。
たんかっ かんたっ。
Posted by 藤原 at 2015年04月25日 08:10
雲一点もない、快晴となつた、甲府市内の朝。
今朝の「まれ」まれ(土屋大鵬演)は、かもめと会話し、少年(演者不詳)は、タイヤと話す。

という、回でした。
サテデハサン。我が駆潜艇が、敵艦のおまけとは、聞き捨てなりませんナ。
反対なら、よかろう。
Posted by 百足衆 at 2015年04月25日 09:21
商品名が「米ガトー級潜水艦」でした。潜水艦、駆潜挺、B24が2つづつ入って500円という得なキットでしたが倍以上に値上がりしました。潜水艦に爆雷を落とす駆潜挺に爆撃機が爆弾を落とす箱絵でした。同じシリーズに英国、ドイツ、アメリカの駆逐艦のキットがあり、ドイツ駆逐艦は英米より大型でしかも爆撃機と輸送機がおまけに入っていて得でした。しかし総数が少ないので英米の艦を多く買いました。フレッチャーは二隻五百円から後期型艦橋の部品が追加され、一隻八百円に値上がりしました。私は後期型として組み立て、一部の砲と魚雷を機銃に取り替え、自作複製した船体に前期型の艦橋と余った大砲、魚雷を移植して別の駆逐艦も造りました。
Posted by 老師 at 2015年04月25日 10:42
ちなみに、私が一番好きだったアーケードゲームが、「ディープインパクト」という、駆潜挺が爆雷で潜水艦をやっつけるゲームでした。爆雷の威力がパワーアップしました。ただ、爆雷を20発落とすと装填まて数秒かかり、その間に敵潜水艦にミサイルを打ち込まれると撃沈されてしまいます。ミサイルは爆雷で打ち消せます。しかし、サンバルカンに出てきたジャガーバルカンに酷似した潜水艦が口から吐き出す魚雷は避けることも打ち消すことも出来ず、そいつが現れる前に敵を撃滅しなくてはなりませんでした。
Posted by デハ at 2015年04月25日 10:48
デハさん

「ディープインパクト」
覚えてます。
画面手前側の敵に向かって戦いを挑むところに特徴があるゲームでしたね。
Posted by シモン at 2015年04月25日 11:33
敵潜が打ち上げるのは、ミサイルと機雷があり、ミサイルは早い代わりに避ければ海面から飛び去るのに対し機雷は浮遊するのが異なります。機雷は爆雷で消せますがコツが要ります。爆雷は船体一つ分離れた場所に放物線を描いて投射されるので機雷を消せます。しかしジャガーバルカンは爆雷が海面に落ちるより早いので、出てきたらおしまいです。
Posted by デハ at 2015年04月26日 08:20
快晴となつた、甲府市内。

サテデハサン。潜水艦は、魚雷は装備して居ますが、機雷は発射しません。爆雷は苦手です。
Posted by 百足衆 at 2015年04月26日 08:25
百足衆殿、デハ殿の話はゲームの話です。
B−52も空母から堂々発艦するそうです。
Posted by 燈台森 at 2015年04月26日 09:31
実在の潜水艦も機雷を発射出来ます。日本とドイツには専門の潜水艦がありました。伊121型がそれで、第一次大戦の戦利艦としてドイツから入手、同型艦を増備したものです。ポートダーウィン封鎖が殊勲でした。
Posted by デハ at 2015年04月26日 09:51
灯台森さん
「1943」では、傾いたヨークタウンからP38が発着し、機銃だけで駆逐艦軽巡洋艦を轟沈出来、戦艦と重巡洋艦は機銃だけでは撃沈出来ないものの、機銃だけで砲塔、艦橋、煙突を破壊できます。しかもタイトルが1943なのにサブタイトルがミッドウェー海戦でした。ところで以前このブログで話題になりましたが、最大の空母であってもB52の脚の幅に足りず、また長さがB52の離陸距離に満たないため、現存する空母からB52が発進することは、物理的に不可能であることが証明されています。全幅が百メートル、全長が二千メートルぐらいの空母が出来れば、可能性はあります。氷山空母なら。
Posted by デハ at 2015年04月26日 10:01
何故か、名前が正しく、入力されない!
ウインドーズの、問題のようだ。或いは菅原君の、企みか?
このまま満を持して、投稿することと、する!

デハ様、デハ様。

イ-121の名前は、「121=11×11」
から来たことは、

ほぼ間違いないでしょう。
ほぼ相違ありません。

2本の魚雷発射口と、2本の機雷発射口。
11×11は、それぞれ2本合計4本の筒に、見えるではありませんか、ありませんか。

菅原君、もし私の仮説が間違っていれば、反証を示したまえ。
そもそも、最近私の投稿から、逃げ回っていて、返事がないように、見受けられる!

正々堂々と、反論せよ。
Posted by ふ字わら at 2015年04月26日 11:29
藤原さん、(ですよね?)
菅原さんを苛めすぎたのではないでしょうか?
現れませんね。
Posted by ラー at 2015年04月26日 13:54
菅原特派員は人知れずまーくんのママと戦っている。そのうち打ち取って凱旋してくる。
Posted by デハ at 2015年04月26日 15:07
デハ様
なるほど。

おととい「寄生獣」特別編をTVで見ましたが、
・まーくんのママ=パラサイトに体を乗っ取られた新一の母
・新一=藤原さん
・ミギー=菅原さん

なんですね。
Posted by ラー at 2015年04月26日 15:24
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