2016年02月05日

チャンピオンベースボール

1983年にアルファ電子開発が開発した野球のアーケードゲームです。

champion_baseball.jpg

1983年というと、甲子園球場で行われた阪神-巨人戦で、バース・掛布・岡田の三連続バックスクリーンホームランが飛び出す2年前に相当します。
この頃プロ野球は熱かったのですが、同様にゲームセンターで行われるテレビゲームも熱かった時代でした。

jan511.jpg

しかし、80年代初期の野球ゲームは、単に投げる→打つ→ヒット。やった!というだけのカタルシスに欠けたものでした。
そんな時に画期的な野球ゲームが登場しました。アルファ電子開発(後にセガ)が開発した「チャンピオンベースボール」です。

何が画期的だったかというと、
・選手が当時のプロ野球12球団に在籍した選手(4桁ローマ字表記、右投げ左打ちとかは選手そのまま)でチームになっていた
・打率や防御率などのデータが個人別に揃っており、選手交代をすることで、より確率の高い攻撃(守備)にチェンジできた
・「アウト」「セーフ」「ストライク」などの審判の声が出た
・9回までコンピューター相手に攻守をして、リードを守りきれた回まで進み、リードされた時点でゲームオーバー
という、よりリアルな野球がブラウン管の平面上で体験できたことです。

打つときは、ボールに近すぎたところでバットを振ると詰まった当たりになりやすかったようです。やや体をボールから離しながら打つと大飛球が飛び、時々ホームランになりました。
しかし、打った後のバッターが1塁に走る速度は非常に遅いため、「レフトゴロ」のようなケースも多々ありました(その割に、ダッグアウトに戻るスピードは速い)。
コンピューター側は終盤になるとどんどん強くなって、何を投げてもヒットをメタ打ちされるようにプログラミングされていたようです。

jan513.jpg

現在のリアルなコンピューターゲームに比べれば描画もモーションも原始的ですが、この時代のプロ野球同様シンプルながらも多くのゲームファンの支持を集めていました。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 趣味 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
晴れとなつた、甲府市内の朝。地震は、感じず。
今朝の「朝が来た」朝(パル演)はゎはしごを外される。

という、回でした。
サテベースボール。麻薬を常用していた有名ベースポーラーが、いましたナ。
ドーピング検査で、分からなかったのが、不思議です。
Posted by 百足衆 at 2016年02月05日 08:41
最後は、どんな糞ボールを投げてもホームラン連打されましたね。
Posted by 燈台森 at 2016年02月05日 11:04
チャンー ピオン!ピョン!
ピョン吉君。ど根性!

今日の夕食が、発表に、なった。
焼き鳥盛り合わせだ。サラダも、つく。
スーパーの焼き鳥なので、串八より味は劣るが、清貧に暮らす我が家では、珍しい、肉料理だ。

うほっ 宇甫っ、
うまそうじゃうまそうじゃうまそうじゃ。
Posted by 藤原 at 2016年02月05日 12:19
コイツはよくやったな。一回だけ一試合勝った事が有るような…大概4回〜6回で終わったな。4回過ぎると打っても玉飛ばねえし、コンピューター側は打球が鋭くなるしね。で、最後のハイスコアで自棄になって、イニシャル打つ時に全部 S・E・Xて打ち込んでスコアの1位〜5位まで全部S・E・Xを並べた15(もう少し行ってたかな?)の夜♪
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年02月05日 12:50
如何に前半に大量得点するかで決まったような記憶があります。
Posted by ラー at 2016年02月05日 15:28
必勝法があったので、負ける気がしませんでした。
Posted by 菅原 at 2016年02月05日 20:18
菅原君

笑止!必勝法など、ない!
だらくそ!だらくそ!ぱげ!ぱげ!かわずやまの、三代目!

今、「大岡越前」をBSで観ています、観ています。
面白いぞ、私が越前で、菅原君が、下っ引き(名前、失念!)
Posted by 藤原 at 2016年02月05日 20:28
対戦モードで、藤原さんを相手にプレイする。
これが必勝法100%です。
Posted by 菅原 at 2016年02月06日 08:55
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