2016年03月08日

大本営が震えた日

1968年に新潮社から刊行された、吉村昭さんの歴史小説です。

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最近、通勤の電車内で本を読む人をめっきり見かけなくなりました。言うまでもなく、スマホを弄っている人が圧倒的に増えたからです。
そんな少数派となった読書派の私が、先週の通勤途上に読んだ本は吉村昭著「大本営が震えた日」です。

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物語は昭和16年12月1日、消息不明となった中華航空機「上海号」の捜索命令を受けた第三直協飛行隊から始まります。台湾を飛び立ち、広東飛行場に到着予定の旅客機の捜索が何故「重大任務」なのかをいぶかしがりながら捜索に飛び立つ飛行隊は、やがて三日目に、敵地の山岳地帯に墜落している上海号を発見します。

上海号が運んでいたのは、12月8日の開戦要領を記載した極秘指令書でした。これが開戦前に敵の手に渡ると、中国方面だけでなくマレー、真珠湾に亘る国運を賭した一大奇襲作戦が水泡に帰するのです。
中国側の通信を傍受していた日本軍は、敵が上海号が墜落していることを探知したことを知ります。回収が困難と悟った日本軍は、直協機や軽爆撃機に「上海号」爆破破壊を命じます。

しかし、この重要書類は、奇跡的に墜落時に生存していた総司令部参謀本部付の杉坂少佐によって焼却処分されていました。杉坂少佐はその後中国軍に包囲され、斬首されます。
杉坂少佐以外の数少ない生存者は、友軍による爆撃を逃れながら、包囲する中国軍の目を掻い潜り、救援に来た友軍大隊に救出されたり、自力で味方陣地まで辿りついたりと、決死の逃避行を繰り広げています。

後半部は、開戦意図をカモフラージュするために横浜を出航する引揚船竜田丸の航海、タイ・マレー方面に向かう大船団の隠密行動、タイ軍と戦闘状態に入った日本軍のタイ進駐、択捉島の単冠湾に入港する南雲機動部隊の情報秘匿、開戦直前のハワイ情報収集、と開戦前夜のスリリングな模様が、当時の人々の視線で具体的に語られています。

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著者の吉村昭氏は、「戦艦武蔵」を書き上げた際に、当時の古村艦長をはじめ長崎造船所の関係者、長崎の漁師、シブヤン海の戦闘での生き残りの乗組員などに仔細に取材し、多くの歴史的な証言を引き出しています。
この「大本営が震えた日」も、歴史を俯瞰的に眺めるだけでなく、当時の多くの関係者の証言を聞き取る姿が行間に浮かび上がり、リアルなノンフィクションドラマを作り上げています。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 🌁| Comment(32) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
だいーん ほんえ!ほんえ!
ホンオフエ。アンモニア!

開戦というと、

海鮮丼が、食べたいです。
やつめ鰻の蒲焼きが、食べたいです。

田舎帝王様が、送ってくださる国産やつめ鰻。

うひょっ、うまそうじゃ、うまそうじゃ!!
Posted by 藤原 at 2016年03月08日 05:43
霧となつた、甲府市内の朝。
けふの「朝が来た」朝は、あと一息で、女子大創設に漕ぎ着ける。

という、回でした。
サテ吉村昭、緻密な取材と、確かな描写力で、私も「戦艦武蔵」「海の墓標」などを愛読しました。
「闇にひらめく」は、映画になり、「鰻」という題になりました。総帥さん、待ってますゾ。
Posted by 百足衆 at 2016年03月08日 08:30
まあ開戦前からツキに見放されてたんやね…
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月08日 11:44
やつめうなぎと申します。

百足衆様の「あさが来た」のレビュー、放送内容と違っていませんか?

私の見ている「あさが来た」とは別の番組ナノかな?
Posted by やつめうなぎ at 2016年03月08日 12:09
やつめうなぎさん

百足衆さんが見ているのは甲府ケーブルテレビ局が放送している「朝が来た」で、NHKの「あさが来た」とは別番組です。
Posted by 菅原 at 2016年03月08日 12:19
百足衆さん

「海の墓標」の著者は水上勉さんです。
Posted by 菅原 at 2016年03月08日 12:44
吉村昭さんは、戦記物をいくつも書いてますね。

戦艦武蔵、陸奥爆沈、こういう作品を書いた時代は、まだ太平洋戦争の生き証人がいた頃ですね。

今後は吉村昭のような作品は生まれないことでしょう。
Posted by ラー at 2016年03月08日 13:29
菅原君。この、
だらくそ!だらくそ!ぱげ!ぱげ!かわずやまの、シャラポワ!

何を得意げに、揚げ足取りを、しているんだ!

やつめうなぎ様と百足衆様に、

謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ! はっ
謝罪せよ!
Posted by 藤原 at 2016年03月08日 17:06
25年ぐらい昔のことじゃ。当時私は今は無き島根県の平田市(今は合併で出雲市平田町)に居っての…で、当時会社で販売コンテストをしたのじゃ。で、当時チョイとしたブームであった競馬をモチーフにしてのぅ、各店各々店名を馬名じみた名にして登録したのじゃ。私?私ン所は勝ち目が端から無くてのぅ、やる前からヤル気なぞ無かった。
「こんな出店自体失敗や。決定したヤツは責任取れ」
とまで思っておった。で、登録名は
「ショートヒラタ」
にした。少なくともデハさんなら解るネタじゃな。もう投げヤリよwww
で、友達(時々ネタにする名古屋のヤツや)の呉店から電話が在った
呉「おい、呉って大和だっけ?武蔵だっけ?」
私「大和が呉やったけど、なんや其に因むんけ?」
呉「うんそう。何かカッコいいの出来んかな?」
私「止めとけ。ミリオタ(当時そんな言葉は多分無かったが)の発想なんて滑るの確定や。『ウンコタレゾウ』にしとけ。笑いは取れるゾwww」
呉「舐めとんのか!『呉』とも『広島』とも無いやないか!真面目に考えてくれ」
私「今、吉村昭さんの小説読んでんねん。良いのあるゾ。諸に呉やし戦艦や。インパクト抜群やゾ!『ムツバクチン』てのはどうやwww」
怒って電話切りよったwww
ただそれだけやけどな…
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月08日 17:58
総帥さん

ギャグを優先して、ご自身の人生をないがしろにするような選択は避けて下さい。
Posted by 菅原 at 2016年03月08日 18:41
ん?まあな。解ってはいるんですがね…曾てデハさんが
「しにたい」
なんてボヤキいれてシモンさん怒らせた事在ったけど、多分本質的には私、同質の人間やね。何に付け実はどうしようも無い悲観論者やしね。仕方無いから自分自身を指差して笑って誤魔化してるようなもんでねwwwまあまだ笑ってるだけ余裕が有るかな?フハハハハハwww…
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月08日 19:07
総帥さん

同質の人間だからこそ、「しにたい」なんて言われると怒るんです。
みんな、笑って生きましょうよ。
「しにたい」は「生きたい」のぼやき的同義語だと、「聖ロザリンド」の作者は喝破していたわけで(主人公:ロザリンドは真逆の理解だったけどwww
Posted by シモン at 2016年03月08日 19:41
ちなみに
総帥さんも私も
「しにたい」
と平仮名表記なのは、(漢字交じりでないのは)
理由があります。

嘘だと思ったら投稿してみるとすぐわかりますwww
Posted by シモン at 2016年03月08日 19:43
www解ってる解ってるwww最初漢字混じりでやったもん。
「アレ?」
と思ってね。もう一度”あの時“の事を思い出してね。
「ああ成る程ね」
と理解した分けだなwwwまだその辺を笑える余裕は有る分けだな。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月08日 20:14
総帥さん

ってことは、年度変わったらオフ会せんといかんやろね?
Posted by シモン at 2016年03月08日 20:25
総帥様

ショート平田・・・阪神ファンなら知ってまっせ。
Posted by A2Z at 2016年03月08日 20:37
A2Zさんもそうかな?
そう虎ファンなら解るが、微妙な選手やったからね。ゴールデングラブ4回は凄いが”手堅い“守りの人やったから、他のファンなら忘れてるかもね…と。


管理人殿

因みに11日に人事発動で、22日に東京出張(しかし其処は時間的余裕無しのトンボ返り)ですのでそれ以降なら。すり合わせましょう。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月08日 21:12
カツオさんですよね>平田遊撃手

4月に入ってからの方が都合いいです。
積もり積もった話を、出来ればデハさんもご一緒に。(富士宮でw
Posted by シモン at 2016年03月08日 21:25
おばんです。

さて、以前Dボウイで洋楽盛り上がったけど今回は文学論するベエ。9日は休みやから長文書くベエ。ま、正直吉村昭さん沢山は読んではいないんやけど、似て非なる存在として司馬遼太郎と比べるベエ。

この二人に共通してるのは徹底的に資料を集める事と取材をする事やね。特に吉村さんは現代史、近代史やから当事者及び関係者に徹底的に当たるんやね。この二人の決定的な違いは司馬さんはエンターテイメント路線で吉村さんは其を徹底的に排除した処やね。で、此処が大切で吉村さんはある意味読者に対して全く“サービス精神”みたいなのは無いんやけど、その徹底的に余分な物を削ぎ落とした処の“現実”を感じさせてくれるんやね。吉村さんの作品人物はあまり主観を出ささないから読者が作品の中に当事者として入ってまうんやね。そのせいやろね「三陸海岸大津波」なんか再評価されとるやろ?
対して司馬さんは逆にエンターテイメントの塊で、資料の中のエピソードをてんこ盛りにするやろ?色々楽しいんやけど、其が為に時々出展不明なエピ…と言うより“でっち上げ話”を捩じ込んできてさも事実かのように語る。読者が私達のように割りきった人間なら兎も角、中には学者迄が事実のようにこの捏造を語る。私は司馬ファンでは在るが司馬信者みたいなのは嫌いだ。

いや、偶然最近「神々の沈黙」(心臓移植のお話ね)を読んだもんやから。芥川賞欲しかったやろなぁあ吉村先生
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月09日 02:51
おはようございます(^^)
今日は超早番なので、もうじき出社します♪

吉村昭のご先祖は、静岡県富士市なんですよね。「戦艦武蔵の最期」を書いた渡辺清も富士市ですし、何か因縁めいたものを感じます。
Posted by Captured at 2016年03月09日 04:59
総帥さん

そうそう、司馬遼太郎は小瀬甫庵、吉村昭は太田牛一なんですよね。

小学生の頃「戦艦武蔵ノート」を読んで(=別に文学少年だったのではなく、「戦艦武蔵」の文字に惹かれたから)、取材の過程にリアリティを感じました。
戦艦武蔵の進水式を隠すために周辺の民家は雨戸を閉めて外を見ないように命令されていたのです。
取材された漁師は「島の両側から船体が飛び出していた」と証言したので、吉村さんが「見たんですね」と念を押したら、その漁師は警察に通報されると思って口をつぐんでしまった・・・とか、まだ戦争の記憶が生々しい時代の雰囲気が感じられて、とても面白かったです。
Posted by シモン at 2016年03月09日 05:15
曇り空となつた、甲府市内の朝。
けふの「朝が来た」病院で寝ている雁助の手を、友近と朝(パラ演)が、握る。

という、回でした。
サテ総帥さん。長文、拝読しました。まさに是は比較文学論に値する、秀逸な内容、朝から感動しましたゾ。
Posted by 百足衆 at 2016年03月09日 08:35
総帥様

吉村昭は、奥さんが受賞した芥川賞は欲しかったようですが、司馬遼太郎賞は「読んだことがないから」と辞退されましたね。
Posted by 無名X at 2016年03月09日 08:55
「空白の戦記」で、水雷艇友鶴転覆事故の生存者の話は読んでる私まで窒素しそうなリアリティでした。
Posted by ラー at 2016年03月09日 10:23
ああ、司馬遼太郎賞ねwwwアレもどうかなぁ、選考委員メンバーが“軽い”ワ…
それと、夜中の文で
「似て非なる…」
て書いたけど、言葉のあやで本質は違うもんな。一言で言えば膨大な資料の中の事実っていう“素材”に語らせるのが吉村さんで、資料の中の多々のエピソード着飾らしたのが司馬さんやからね(良い悪いちゃうよ)。司馬さんの友達の池波正太郎とは仲良かったみたいやし、誰かとの対談で
「司馬遼太郎の歴史は面白いのが問題なんだよな…」
てあるのを読んだ記憶が有るんで
「読んだ事無い…」
ってのも“言葉のあや”やと思うんやけどな。上記の理由で
「歴史を語る者として」
あんまり“姿勢”が好きやなかったんちゃうかな?
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月09日 11:00
司馬さんも吉村さんも膨大な資料集めするから、そこから“零れ落ちる物”が面白い。司馬さんは長編を書く前にプロトタイプ的な短編を書く事がある。「花神」の「鬼謀の人」、「峠」の「英雄児」とか。更に二人とも力作書いた後の取材ノート的な物も面白いのよね。本読むの嫌がる子供にはこの辺から読ませりゃ抵抗は少ないかも知れんがね。吉村さんなんか小説は非常に硬質な、あまりユーモア感覚は少ない人やけど、エッセイなんかじゃ感情も豊かで違った面白さも有るんやけどね。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月09日 11:22
吉村昭作品を大河ドラマにしてほしいです。あのリアリティは映像化されるべき
Posted by 燈台森 at 2016年03月09日 12:37
「ふぉん・しーほるとの娘」「桜田門外の変」「ポーツマスの旗」辺りが妥当でしょうか。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月09日 12:49
総帥殿
シーボルトの娘を長澤まさみがやって、おにぎり握ってたりすると最悪です。。
Posted by ジョニー at 2016年03月09日 13:07
デハ
井上まおだったらもっといや
Posted by デハ at 2016年03月09日 19:54
綾瀬はるかなら大丈夫です。
Posted by ラー at 2016年03月09日 20:19
吉村さんは、緻密な描写でありながら、簡潔に作品を完結させるのも特徴ですね。
ぐだぐだ「後日譚」なんて書かない。
おそらく、取材して聞き取った話のなかで、作品に載せられる部分は厳選された何割かなんでしょうね。
それが作品の密度を高くしています。
Posted by シモン at 2016年03月10日 05:17
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