2016年03月28日

一杯のかけそば

1989年に日本中で話題となった童話です。

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2015年度も今週で終わり。金曜日からは、新しい2016年度が始まります。

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年末にしろ年度末にしろ、肩の荷物を下ろすような安心感が漂うのは誰しも共通のことと思います。
そんな年末の大晦日のそば屋を舞台にした童話が、栗良平さんによって80年代の日本に紹介されるとたちまち感涙の物語となり、渡瀬恒彦・市毛良枝・泉ピン子といった面々により映画化もされました。

ではあらすじを簡単にご紹介しましょう。wikipediaから引用します。

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あらすじ

1972年の大晦日の晩、札幌の時計台横丁(架空の地名)にある「北海亭」という蕎麦屋に子供を2人連れた貧相な女性が現れる。閉店間際だと店主が母子に告げるが、どうしても蕎麦が食べたいと母親が言い、店主は仕方なく母子を店内に入れる。
店内に入ると母親が「かけそば(つゆが入った器に茹でた麺を入れただけの、種を入れていない蕎麦)を1杯頂きたい(3人で1杯食べる)」と言ったが、主人は母子を思い、内緒で1.5人前の蕎麦を茹でた。そして母子は出された1杯(1杯半)のかけそばをおいしそうに分け合って食べた。
この母子は事故で父親を亡くし、大晦日の日に父親の好きだった「北海亭」のかけそばを食べに来ることが年に一回だけの贅沢だったのだ。翌年の大晦日も1杯、翌々年の大晦日は2杯、母子はかけそばを頼みにきた。「北海亭」の主人夫婦はいつしか、毎年大晦日にかけそばを注文する母子が来るのが楽しみになった。
しかし、ある年から母子は来なくなってしまった。それでも主人夫婦は母子を待ち続け、そして十数年後のある日、母とすっかり大きくなった息子2人が再び「北海亭」に現れる。子供たちは就職してすっかり立派な大人となり、母子3人でかけそばを3杯頼んだ。

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実話に基づくという、支え合って生きる貧しい母子と、愛情を持って見守るそば屋夫妻のこの物語は日本中のブームになりました。

しかし、このブームに疑問を呈したのはタモリでした。そもそも、店でそばを注文すると一杯150円したとして、そのお金でなら十分にスーパーで三玉入りの蕎麦が買えたはずだ、という訳です。インスタントラーメンも当時65円ぐらいで売られていましたから、わざわざそば屋で高いかけそばを注文するのはおかしい、と。

時を同じくして、著者の栗良平さんにスキャンダルが持ち上がりました。この美談の作者は、実は寸借詐欺の常習者だったのです。そう考えてみると、この「一杯のかけそば」も、寸借詐欺がよく使う「お涙頂戴話」の筋を踏襲している、と言えなくもありません。まさしく「一杯食わされた」というところでしょうか。

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日本ではすっかり廃れてしまった「一杯のかけそば」ですが、同様の話が中国や台湾、韓国にも語られ、人々の感動を呼んでいるそうです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☁| Comment(21) | TrackBack(0) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
鬼平外伝正月四日の客を思い浮かんでしまいました。
あれは、ねずみ大根の真田そばにまつわるエピソードでしたね
Posted by 田舎帝王 at 2016年03月28日 05:33
作家と作品は別物でね、作品は名作でも作家は屑ってのはなんぼでもアルのよ。でもな、この作品が火が点いた切っ掛けは、当時の国会の予算委員会で公明党の議員が此を朗読したことやねんな。
「こんなに苦しい中で頑張ってる庶民もいる…」
ぐらいな感じでね。で、後からボロが出たって…
まあ、文芸作品ってのはあくまで
「お話」
て事ですワwww司馬遼の「竜馬が行く」や山荘の「徳川家康」で真剣に人世を語ると恥を掻く事がアル…って事やネ。昔の上司で上記の「家康」を
「ボロボロになるまで読んだ。お前は読書家だが浅いワwww」
みたいなこと言うのが居てね。田舎帝王さんじゃないが
「コイツは“タワケ”だな」
と思ったね。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月28日 05:58
曇りとなつた、甲府市内の夜明け。
一番乗り。と思ったら、もうお二方も書き込みを、されていましたか。爺も耄碌しました。

サテ、昨日の景勝と直江が蕎麦屋であったなら、こういう家族が駆け込んできた時、直江はのれんを降ろそうとし、景勝は店内に案内したことであろうナ。
Posted by 百足衆 at 2016年03月28日 06:08
いぱーい かけ!そば!
おかわり。食い逃げ!

総帥様、総帥様、
同感です。
太田同感です。

かけそばでなく、国産鰻ですよね、やはり。

三杯送ってください、クール宅急便でお願いいたします。いたします。
Posted by 藤原 at 2016年03月28日 06:14
藤原さん

ワシントン条約で、うなぎは保護しないとダメだと今NHKでやってますよ。
Posted by 菅原 at 2016年03月28日 06:19
おはようございます。
一杯の掛けそば、私は初めから怪しいと思っていたのとピンコが出てたので無視していました。案の定でした。
また、私はそれ以前に、こういう貧しさを自慢したり、貧しい中からハングリー精神でのし上がった者、またはそういう話が恐ろしく、大嫌いなのでした。
 昔からそうです。そういう野生の力、雑草の力、野犬の力が怖いのです。生理的に受け付けません。
 秀吉や角栄、小沢、小泉が苦手なのもそのためです。

 ところで浜名湖のウナギは明治時代に養殖が始まり、当時はすっぽんが名物だったそうです。詰めが甘いですね。

 それにしても景勝公の内面の弱さや苦悩をも描いたうえで、なおも正義の味方として貫かせる描写だけは感心です。
 なおあいつの出番が少なかったのもよかったですね。
ところがhttp://mimikoro1983.com/1786.html
こんなむかつく太鼓持ち記事が・・・。
誰がこんなこと言ったんですかね。
許せません
Posted by デハ at 2016年03月28日 08:02
デハさん梶原一騎とか嫌い?ハングリーでのしあがるってのは痛快よ。上に居るものはバカでもチョンでもずっと安泰なんて読み物としては退屈よ。下の者はずっと下なんて夢も無いし、ヤッパ退屈よ。
ただ、コレは“胡散臭さ”がイヤだったんだよね。ボランティアみたいなのは黙ってやるから格好良いのであってね、人情物ってのは“自然”に表現出来るから泣けるのであってね、コレはタモリの言ってる部分が胡散臭くて、不自然だから泣けないのよ。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月28日 12:16
デハ様は身分制度が身分を保障されている事を望まれていますもんね。確かに私も、「日本しね」なんて意見に政策が振り回されるのはどうかと思います。

総帥様が言うように、安定だけでは世の中面白みに欠けますね。
どうせなら角栄ぐらいだと尊敬しますが、中途半端に貧乏な人や国が自分の取り分を最大化しようとするのは浅ましいと思います。
Posted by ラー at 2016年03月28日 12:23
私はね角栄て好きやないんやワ。アイツが戦後の政治を汚れた元凶や。でもね言うてる事は面白いし納得出来る事も多い。例えば
「兄弟が5人いるとする『お菓子を平等に分けるのが共産主義。小さい方の子供に沢山あげましょう』てのが自由主義だ」
なんて名言ですよ。出自は良くないが少なくとも角さんは自分より弱い者に対する「情け」や「愛」は有ったのよ。そして昔の殿様は其を持ち続けてたのよ。
だから江戸時代的な“モノ”が続いていても、まだ何とかなったん違うかな?とは思う。でも完全に壊れたでしょう?細川のジジイも胡散臭いし、伊達の当主てゼニゲバやんけ?あんなんに関係無い場所なら兎も角自分の住んでる場所で上流面されたくはないネ。
だから復古はゴメンやね。信用出来んワ。そういう処から見ると、デハさんは“甘い”ワ。バカにしてるんやないよ。上手い表現が出来ないから敢えてこんな表現してるだけですから。私よりは育ちが良いんでしょうな…私は人間不信がキツいからねwww
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月28日 15:56
同じ作者による「ケン坊とサンタクロース」という作品もありましたな。
こちらは難病もの。
お涙頂戴話は幾らでも作れますな
Posted by 燈台森 at 2016年03月28日 17:03
デハさん

長澤きりは、去年の大河主人公の千倍ぐらい好きですけどね。個人的には。
Posted by シモン at 2016年03月28日 20:30
シモン様
あれと比べるのは反則です
Posted by デハ at 2016年03月29日 00:58
長澤まさみは、天地人で「真田幸村の妹(後に姉と訂正w)」の忍者の役で出てきた時の方がウザかったです。
妻夫木でなく、今回の兼続だったら
「・・・斬る!」
で出番終了だったはずですが、最終回までネチネチ出てきてウザかった・・・。

まあ、天地人とかシエとか鼻の湯とかに比べるのは反則ですけどね。
Posted by シモン at 2016年03月29日 05:24
快晴となつた、甲府市内の朝。

サテ田舎帝王さん。池波小説には、昔の味が屡登場しますナ。
ねずみ大根は信州の名物です。
真田蕎麦は先日、上田に出掛けて食べました。池波の云うような「舌がひんまがるような辛いつゆで、そばの味もなにもあったもんじゃない」どころか、少しも辛くありませんでした。
Posted by 百足衆 at 2016年03月29日 06:07
かけーん そっ ばっ!
かけーん、そっばっ!

角栄、桂三枝()、掛布雅之、かで始まる名前は一味違い有り!
Posted by 藤原 at 2016年03月29日 08:13
藤原殿
どうしてもかけたかったら、卵かけご飯にしときなはれ
Posted by 燈台森 at 2016年03月29日 12:00
卵かけご飯は、西郷隆盛の好物です。「翔ぶが如く」の中で、明治維新の後に、質素な暮らしをする西郷隆盛が1日三食、卵かけご飯を食べた、とあります。
Posted by 薩摩っ子 at 2016年03月29日 12:25
初めまして

このブログは、プロのライターみたいに、
手慣れた文章ですね
Posted by 山田一雄 at 2016年03月29日 13:33
薩摩っ子さん

それは司馬遼太郎の創作で、実際は薩摩芋を食べていました。

ですよね総帥さん。
Posted by 菅原 at 2016年03月29日 15:24
山田一雄様

はじめまして。チラシの裏のblogを書いています。
ここは、記事本文よりもコメント欄のカオスを楽しんでいただけたら幸甚です。
Posted by シモン at 2016年03月29日 21:35
おばんです。

菅原さん
どうなんやろね。最近その辺の知識に自信無くしてね。卵て戦後のかなりの後迄(変な言葉やけど)貴重品扱いやったて言うしね。エピソード的には
@戦後間も無い時期に井上成美が茹で卵を大事に大事に食べてた…
A略同じ時期に吉田茂が或重要法案を通す為に 骨を折ってくれた或野党議員に感謝の記しとしての贈り物が小さな箱に大事に入れた卵二個だった。その野党議員は大喜びだった。
B「必殺仕事人」(化政年間が舞台)で中村主水が病気の友達に見舞いに卵を一個か二個を持って行った。其が又、小さな其れ専用な箱(如何にも高級品を扱う為みたいなケース)でショックを与えないように短めの紐にぶら下げて持っていた。「必殺シリーズ」て歴史に関して描写がいい加減で有名ですが、実は前段階の考証は大河ドラマ並に徹底的に調べ挙げてるんですよ。プロデューサー曰く
「知らんで“やってる”のはアカン。バカがバレるよ。でも解っててやるのは構わん」
て事らしい。

て、事を考えると基本的には質素な西郷さんがそんな“贅沢”をしたのか?其れ以前に出来たのか?とも思えるんですが、ルイス・フロイスだったか(当然遥か以前の戦国期)の書簡か何かで
「日本人は肉は殆ど食わないが卵をフルーツのように頻繁に食す…」
て、書いてあるのよ。頻繁に食せるなら入手も楽やしな。て、事でそのシーンは単なる何らかの演出で深い意味は考えない方が良いかもね。長い割にはあんまり意味の無い文章で堪忍なwww

…て言うかホンマに菅原さんは鹿児島出身なのに西郷さんに冷静と言うか冷淡ですらありますなwww
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年03月30日 00:50
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