2016年10月03日

甲府買物独案内

「こうふかいものひとりあんない」と読みます。

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スマホが流通し、どこでもいつでもタウン情報が閲覧できる世の中が来る以前は、「ぴあ」のようなタウン誌がその役割を担っていました。

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別にその街で飲み食いしなくても、眺めているだけで楽しいタウン誌が出来たのは江戸時代が最初で、文政二年(1819年)に大坂で「商人買物独案内」が成立したのが日本初です。

江戸は大坂に遅れること5年、文政七年(1924年)の「江戸買物独案内」、京都ではさらに8年後の天保二年(1832年)の「京都買物独案内」が刊行されました。ちょうど東京発祥の「ぴあ」が、地方都市版を順次発行していくようなものです。

甲斐国の甲府の城下町のタウン情報を集録した「甲府買物独案内」が刊行されたのは嘉永七年(1854年)のことです。江戸時代、甲府には甲府藩が設置され、豊臣期に羽柴秀勝をはじめ代々の領主が築城を重ねた甲府城の天守閣が聳えていました。残念ながら享保年間の1727年、甲府城の大火で天守閣は焼失してしまいますが、甲州街道を通じて江戸から文物が往来し、金山を背景にした当時の甲府は政治・経済の中核都市でした。

そのような都市・甲府のタウンガイドとして成立した本書には、甲府城下町の諸職種・商種の一覧が掲載され、「甲府繁盛之図」と題した城下町の遠景を描いた図版が載っており、当時の甲府城下町の賑わいを示す史料になっています。

出版した人物は伊勢屋宗助という甲州商人で、その序文に「甲府城下町の諸職種をいろは順に一覧化し、商売の利便性を確保するために出版した」と目的が述べられています。まさに合理的な甲州商人の気質がこの本を世に送り出したのでしょう。

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甲府買物独案内、略称「甲買」には、初版の嘉永七年本と、明治期になって発行された明治五年本の二種類があり、両者を比較すると機械化による産業構造の推移がよくわかります。
明治本には、新たに興った生糸産業が多く紹介され、また料理屋や書物商が江戸期よりも増加する一方で、機械化のために印章業などの職人技の商売は衰退する傾向が見られる等、時代の移り変わりが映し出されています。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(14) | TrackBack(0) | 古典 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
未だ明けやらぬ、甲府市内の空。
けふから「別嬪さん」の報告を、していきます。

サテ、甲府買物独案内。これは甲府の繁栄を物語る貴重書ですナ。
当時は煮鮑などの大店が軒を連ねていました。
今も石油店として知られる吉字屋本店も、この書籍に「塩屋・吉字屋孫左衛門」、「灯油・吉字屋孫左衛門」と記載されており、吉字屋で塩と共に菜種油や行灯油の油を扱っていたことが、記されています。
Posted by 百足衆 at 2016年10月03日 05:14
老師
コミヤマという会社は健在ですか
Posted by デハ at 2016年10月03日 20:23
甲府は江戸防衛の最前線に当たるのに、甲府勤番という不良旗本の流刑地と言った感じで、江戸防衛の最前線と言う割にはあまり重視されていないイメージですね 
そんな事だから、新政府軍に先を越されて甲府城を抑えられちゃうんですよ
それを言っちゃうと、江戸防衛の最前線である尾張藩が真っ先に新政府軍に恭順して、江戸までの道のりの露払いをしてしまったのがそもそもの原因なんですけどね……
Posted by 田舎帝王 at 2016年10月04日 17:03
百足衆さん

いつも朝のドラマのレビューをありがとうございます。
「べっぴんさん」は、あまり面白くなさそうなので、無理なさらなくと良いですよ。

流石、地元の郷土史にお詳しい百足衆さんならではの解説をありがとうございました。
Posted by シモン at 2016年10月04日 19:25
デハさん

真空管で有名な、コミヤマエレクトロンのことですか?
Posted by シモン at 2016年10月04日 19:27
田舎帝王さん

武田家の遺臣を抱えて天下を取った家康としては、甲府は重要な拠点だったんでしょうね。

むろん、徳川御三家中の筆頭・尾張藩に敵う藩はありませんが・・・。
Posted by シモン at 2016年10月04日 19:29
こおー シュッ! シュッ!
修羅の道。極道!

甲州ワインが、飲みたいです。飲みたいです。
百足衆様、素敵な藤原詩を送って下さい。
甲州ワインと引き換えに、免状をお送り致します。
Posted by 藤原 at 2016年10月04日 21:37
宗匠殿
尾崎豊を彷彿とさせるぐらい尖ったポエムですね
尖ったナイフが修羅シュッシュ!!
Posted by 田舎帝王 at 2016年10月04日 21:59
シュー、シュー言うたらジョン・レノンやろ。彼もミュージシャン言うよりは詩人やから。只、「カム・トゥゲザー」の“シュー”は“shu”なのか?“shoot”なのか?日本人には解らんな。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年10月04日 22:12
総帥さん

あれは、オナヌイの音です。
Posted by 菅原 at 2016年10月04日 23:04
ハハハハハハwwwつまりチンチンしゅっしゅかwww
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年10月04日 23:09
はじめまして。私、中学生時の鼻もげの担任だった国語教師の金多満と申します。因みに紛らわしいですが代々の日本人です。「キンタ・ミツル」と読みます。

鼻もげが、最近コチラに多大なご迷惑をおかけしておるようで「学生 鼻もげ」の最後の担任として全くもって不徳の致す処で本人に成り代わって深くお詫び申し上げます。

学生時代の彼女は有り体に言えば学業は苦手で、悪い娘でもないのですが何を考えてるのかよく解らない娘でした。

秋のソフトボール大会の時の事です。初回に先発の平君が打ち込まれ3点を先行されたもののリリーフの八重さんは後を抑え、黒田君の活躍で3回には1点差になったものの続いて打席に立った彼女はいきなり見逃しの三振。ところが彼女は
「無し!今のは無しよ!だって私、よく見てなかったもん。今の球は無しね」
といきなりまるでオヤジの縁台将棋のようなセリフを吐く始末。敵ピッチャー処か審判も相手にする分けありません。すると彼女は
「私が投げる!」
と八重さんを追い出し勝手にマウンドに上がりました。仕方ないからそのまま投げさせると、番場蛮が如く死球だけで押し出しで却って傷口を広げる始末。
「今年は終わったな…」
と伊達君や武田君とぼやいてたら
「監督もげよ!」
と勝手に采配を振るいだし始めました。コレが又酷くて秀才の山本君や黒田君、直江君は唖然とし、特に同じ町内の大村君は怒り出す始末。終盤はキャッチャーの香取君は喫茶店にしけこんでしまって試合になりませんでした。
で、本当の問題は学業の方で平均が12点で10点以下も度々…
もげ「真田くんは5〜6点だからもげの方が勉強出来るもん!」
金多「彼のは英単語や漢字の書き取りだろ?君は定期試験だろ?比べる対象が違う!実際に君は書き取り1〜2だったじゃないか!それどころか模擬試験では一学年下の秀才のととちゃんにまで負けてたじゃないか!もっと現実を見るんだ!」
と、言っても分が悪くなると
「こまけぇ事は良いんだよ」
と逃げてばかり。こんな事では受験も成功するはずもなく、ご両親が大金を寄付した“ぬまっき高校”にも名前も正確に書けなかったとかで入れず。とうとう自宅に引き籠ってしまいました。私の妻の満子(ミツコです。余計な事は考えないで下さい)も非常に心配し、世話をしている劇団に連れ出したりして漸く少しは明るさを取り戻しました。しかし理由は満子が差し入れに(「満子 差し入れ」ってワクワクするね…って変態みたいな事を言ってはイカンのだよ!)持って行った「おにぎり」なんです。もげも手伝うのは良いのですが…当然我が家は白米で玄米も雑穀も混ぜてないのに何故か?彼女の握るおにぎりは茶色い巨大な汚物のようなんです。皆もげの握ったおにぎりを嫌がったのですがソレだけ残すと又引き籠ってしまうのは見えています…
「俺は家で食うよ」
と気の効いた劇団員が一つ二つと持ち帰ってくれて、事なきを得たのですがどうしてそういう日は稽古場のトイレが詰まったのでしょうか?
ミーティングの時にある団員の発言
「芝居の方に入れたら差し入れは無くなるじゃん!」
で彼女も団員に入れたのですが、其を本人以上にご両親が喜び多額の寄付と“口出し”により彼女を主役にせざるを得なくなり…まああの世界は素質も大した経験も無ければ露骨に結果が出るもので…もげは又もや壊れてしまい強制的に病院に入れられました。しかし其処を脱走し行方知れずながらも此方に出入りしているとか…

此方には元教師の方も居られるので理解頂けるかと思いますが、あんな娘でも元の担任としては放って置けないのです。私は妻の満子と一緒に必ず彼女を正常に戻します。だからこちらの皆さま方も今しばらくのご辛抱お願いします。もげが来ても暖かく迎えてあげて下さい。

藤原様、もげに詩を教えて少しは教養を付けてあげて下さい。
総帥閣下、あまりもげを虐めないで下さい。
菅原様、いつも優しく彼女と遊んでくれて有り難うございます。是非デハ様との仲を取り持って下さい。

デハ様、彼女とお幸せに。
あなかしこ。


鼻もげの担任金多満 満子


Posted by 鼻もげの at 2016年10月09日 23:49
はじめまして。私、中学生時の鼻もげの担任だった国語教師の金多満と申します。因みに紛らわしいですが代々の日本人です。「キンタ・ミツル」と読みます。

鼻もげが、最近コチラに多大なご迷惑をおかけしておるようで「学生 鼻もげ」の最後の担任として全くもって不徳の致す処で本人に成り代わって深くお詫び申し上げます。

学生時代の彼女は有り体に言えば学業は苦手で、悪い娘でもないのですが何を考えてるのかよく解らない娘でした。

秋のソフトボール大会の時の事です。初回に先発の平君が打ち込まれ3点を先行されたもののリリーフの八重さんは後を抑え、黒田君の活躍で3回には1点差になったものの続いて打席に立った彼女はいきなり見逃しの三振。ところが彼女は
「無し!今のは無しよ!だって私、よく見てなかったもん。今の球は無しね」
といきなりまるでオヤジの縁台将棋のようなセリフを吐く始末。敵ピッチャー処か審判も相手にする分けありません。すると彼女は
「私が投げる!」
と八重さんを追い出し勝手にマウンドに上がりました。仕方ないからそのまま投げさせると、番場蛮が如く死球だけで押し出しで却って傷口を広げる始末。
「今年は終わったな…」
と伊達君や武田君とぼやいてたら
「監督もげよ!」
と勝手に采配を振るいだし始めました。コレが又酷くて秀才の山本君や黒田君、直江君は唖然とし、特に同じ町内の大村君は怒り出す始末。終盤はキャッチャーの香取君は喫茶店にしけこんでしまって試合になりませんでした。
で、本当の問題は学業の方で平均が12点で10点以下も度々…
もげ「真田くんは5〜6点だからもげの方が勉強出来るもん!」
金多「彼のは英単語や漢字の書き取りだろ?君は定期試験だろ?比べる対象が違う!実際に君は書き取り1〜2だったじゃないか!それどころか模擬試験では一学年下の秀才のととちゃんにまで負けてたじゃないか!もっと現実を見るんだ!」
と、言っても分が悪くなると
「こまけぇ事は良いんだよ」
と逃げてばかり。こんな事では受験も成功するはずもなく、ご両親が大金を寄付した“ぬまっき高校”にも名前も正確に書けなかったとかで入れず。とうとう自宅に引き籠ってしまいました。私の妻の満子(ミツコです。余計な事は考えないで下さい)も非常に心配し、世話をしている劇団に連れ出したりして漸く少しは明るさを取り戻しました。しかし理由は満子が差し入れに(「満子 差し入れ」ってワクワクするね…って変態みたいな事を言ってはイカンのだよ!)持って行った「おにぎり」なんです。もげも手伝うのは良いのですが…当然我が家は白米で玄米も雑穀も混ぜてないのに何故か?彼女の握るおにぎりは茶色い巨大な汚物のようなんです。皆もげの握ったおにぎりを嫌がったのですがソレだけ残すと又引き籠ってしまうのは見えています…
「俺は家で食うよ」
と気の効いた劇団員が一つ二つと持ち帰ってくれて、事なきを得たのですがどうしてそういう日は稽古場のトイレが詰まったのでしょうか?
ミーティングの時にある団員の発言
「芝居の方に入れたら差し入れは無くなるじゃん!」
で彼女も団員に入れたのですが、其を本人以上にご両親が喜び多額の寄付と“口出し”により彼女を主役にせざるを得なくなり…まああの世界は素質も大した経験も無ければ露骨に結果が出るもので…もげは又もや壊れてしまい強制的に病院に入れられました。しかし其処を脱走し行方知れずながらも此方に出入りしているとか…

此方には元教師の方も居られるので理解頂けるかと思いますが、あんな娘でも元の担任としては放って置けないのです。私は妻の満子と一緒に必ず彼女を正常に戻します。だからこちらの皆さま方も今しばらくのご辛抱お願いします。もげが来ても暖かく迎えてあげて下さい。

藤原様、もげに詩を教えて少しは教養を付けてあげて下さい。
総帥閣下、あまりもげを虐めないで下さい。
菅原様、いつも優しく彼女と遊んでくれて有り難うございます。是非デハ様との仲を取り持って下さい。

デハ様、彼女とお幸せに。
あなかしこ。


鼻もげの担任金多満 満子


Posted by 鼻もげの元担任国語教師 金多満 at 2016年10月09日 23:50
管理人様

書くところを間違えました。お帰りになられたら、私の此方に書き込んだ物を消して下さい。このカキコも一緒に…
Posted by 鼻もげの元担任国語教師 金多満 at 2016年10月10日 00:26
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