2016年11月27日

帰雲城

「きうんじょう」または「かえりくもじょう」と読みます。

kaerikumo.jpg

先週は火曜、木曜と朝から地震が相次ぎました。木曜日は積雪も加わって、通勤の足が乱れましたね。今回は火曜日に津波も発生しましたが、大事に至らず良かったです。

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地震大国日本の歴史の中で、中世から近世にかけての城郭建築で地震の被害を蒙った例は枚挙に暇がありません。直近の例では、今年4月の熊本大地震での熊本城が記憶に新しいと思います。
しかし、地震で城が一度に亡失した事例は、天正地震での「帰雲城」の例ぐらいでしょう。

天正地震とは、天正13年11月29日(1586年1月18日)に起きた巨大地震です。
被害範囲が広範囲に及んだため、震源地もマグニチュードも定かなことは判明していません。
伊勢湾や若狭湾に及ぶこの大地震で、大垣城や近江長浜城、長島城などが全壊焼失し、多数の死者が出たことが「多門院日記」などに記録されています。

帰雲城は、飛騨の武将・内ヶ島氏の居城でした。
寛政年間(1462年頃)に帰雲山(かえりくもやま)付近に築城されたと推定されています。
天正地震発生時は、たまたま城内で祝宴が行なわれていて、出先にいた4人を除いてほぼ全員が城内にいました。地震で帰雲山の山崩れが発生し、城は崩壊と共に土砂の中に埋まりました。一気に500人余りの人命が失われたそうです。城主の内ヶ島氏理をはじめ一族は一瞬にして滅亡したのでした。

nov318.jpg

1958年、ダム建設に伴い、ダムの底に沈む予定の家屋や田畑などを移転して出来た「保木脇集落」という村があります。そこで採石業を営んでいた建設会社の社長の夢枕に帰雲城の武将が現れたことから、保木脇集落に史跡公園として整備し、城趾の碑を立てたのですが、実際のところ正確な城の位置について定かなことは判明していないそうです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(30) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
雨となつた、甲府市内の日曜の朝。
けふの「5分でわかる別嬪さん」
別嬪(芳根演)の行方不明だった夫、紀夫(永山演)は復員した。キアリスと云う名の、子供服の店を創業する。

という、回でした。
サテ帰雲城。宴の城、一夜にして地割れに呑み込まれる。正に凄惨な光景だったに相違ない。
歴史は文書を頼りに復元できるが、城下毎地震に消えた集落のことは、知るよすがもない。
Posted by 百足衆 at 2016年11月27日 07:04
きうーん しろっ しろっ
白焼き。鰻!

総帥様、総帥様、
11月中の、お歳暮の早割り期限が、
迫ってまいりました。
迫ってきたのです。

そろそろ、国産鰻の蒲焼白焼セットをお贈りくださる、
ご準備はよろしいでしょうか。宜しいでしょうか。

鰻を食べながら、戦国時代の鯰に思いを馳せるのも、良いかと存じます。
菅原君は近畿大学の鯰にし給え。
Posted by 藤原 at 2016年11月27日 07:40
おはようさんです。

地震てのはどうも、ある年代に固まって起こる性質があるようやね。20世紀末からは94年にロサンゼルス、95年に神戸(コレは私が直撃を受けた)、この辺でバブルは完全に、終わった。その後も国内だけでも新潟、東北、熊本、更にこないだのやつとかね。戦国のこの時期も地震の活発期やったんちゃうかね。

お題の地震は中央政界にも影響したのよ。秀吉は
「今度こそ!」
て感じで単独になった対家康戦を準備してたのにコレで前線が崩壊して(徳川方被害は軽微)、講和になったのよ。実施されてたら、もう家康切腹か小大名転落は間違いなかったやろね。今度は単独で対抗せんならんからね。この辺描いた「太閤記」ちゅうか「家康」は無いのが残念やな。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年11月27日 08:12
総帥さん

大地震が歴史に及ぼした影響は大きいのに、意外とその側面から記述した書物はないですね。

幕末の一連の安政大地震が幕府の財政を圧迫して倒幕につながった、という見方や昭和19年の東南海地震による軍需工場の倒壊が終戦を早めた、という視点で歴史小説を書いてみたら、地震頻発期の昨今売れるかもしれません。
Posted by シモン at 2016年11月27日 08:25
その日、内ケ島氏は飛騨侵攻を押し進める金森長近との和睦が成立した祝宴を居城である帰雲城で開いていた
不運なことに、この祝宴に内ケ島氏の一族が集まってしまったので、一族は帰雲山の土石流に飲み込まれてしまい、内ケ島氏の一族は滅亡してしまった
この内ケ島氏にも黄金伝説があって、飛騨国は国全体で3万石という耕作するには不向きな土地でありながら、森林資源や鉱物資源が豊富で、内ケ島もこれらの天然資源の上りで内情は豊かであったといわれています

この帰雲城のある保木脇から北上すると飛騨白川の合掌集落に行けます
また、せせらぎ街道に合流して南に進めば名水の町と知られる郡上八幡へ行けますし、せせらぎ街道を北上すると飛騨の小京都高山へ足を運べます





Posted by 田舎帝王 at 2016年11月27日 08:48
さすが、中部の雄・田舎帝王さんの解説は
私の駄文などよりずっと有益ですね。
Posted by シモン at 2016年11月27日 09:43
ご無沙汰しました。

郡上八幡は実は私の実家がありまして、
先日も紅葉を見ながら帰省してきました。
「天守炎上」という、城主にとっては有難くない呼び名も観光客にとっては情趣溢れる光景でしたよ。

観光資源の少ない中京地方の中で、長良川や木曽川に沿った観光地は露天風呂などで楽しめますが、反面火山帯で地震と生活が切り離せないことも意味しています。
Posted by FYI at 2016年11月27日 10:31
まあ、この手の失われた素、家等の埋蔵金伝説ってのは大概嘘やね。特に徳川と武田は無いね。この2つの政権は要するに
「お金が無いから」
滅びた政権やからね。お金が有ったら誰も手を出せないワ。
何時ぞや紹介した坂口安吾の「狂人遺書」の秀吉がソレを解ってる(安吾の歴史観やろね)から
トテツモナイ財産を作れば誰も豊臣家に反抗出来ない。➡だから日明貿易をしよう➡朝貢?出来るか、んなもん。チョイと力を見せるか。➡アレ戦争するまでは行くつもりなかったのに…
て感じでアレヨアレヨと泥沼に入る話。
まあああいう突然滅びた大名は埋蔵金と言うより、使ってないお金が在ったかもしれんが、掘り起こすのは無理やな。

いや、今日出勤前にコンビニで財布を拾ったんやワ。邪心が湧いたがカメラだらけだから、店に預けたんやワ。道端だったらどうだったかな…
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年11月27日 18:23
地震でなくなった武家時代の人物としては、山内一豊の娘、さらに前の時代には安達義景(景盛の息子で泰盛の父)夫妻などがいます。

それにしても、犬Hkがプッシュする戦国時代の女性って結局子孫っていないんですよね。
前田利家もまつが産んだ長男の後を妾の産んだ三男が継いでいるし、一豊と千代は前述のとおり一人娘が死んだので2代目はいきなり養子です。徳川も紀伊を経て最終的には水戸(現在は会津)の血統で、家康の子孫ではあっても秀忠公やシエの子孫ではない。
 そう考えると虚しいですよね。
犬Hkは取り上げていないけど細川様も忠興公の子孫ではあってもガラシャの子孫ではない。
 井伊直虎や八重さんはそもそも子供いないし。

コンビニでトイレ待ちの間立ち読みした井伊直虎のガイドブックに「井伊直虎は男であり、次郎法師とは別人」との説が載ってました。明日買おうかな
Posted by デハ at 2016年11月27日 18:26
関係ありませんか、在韓豪州大使の発言です。「犬は人類の友だが、韓国人は友達ではない」、「糞に劣る存在」
よく言った、と褒めてあげたい。
また、朴大統領打倒デモの暴徒どもは、ついに大統領の従兄を殺害するに至ったそうです。

アラブの独裁国や北朝鮮や南米・アフリカの未開国にも劣る野蛮性ですよね。
なぜ青瓦台やソウル市内が帰雲城のように地震に飲み込まれないのでしょう。
 あの国こそ半島ごと地割れに飲み込まれて滅びる国だとつくづく思いますね。
Posted by デハ at 2016年11月27日 18:34
雨の降り続く、甲府市内の夜。
けふの「真田丸」大坂方と徳川方の間に和議が締結され、堀は埋められ、真田丸は破却となる。

という、回でした。
サテ総帥さん。拾った財布に、カメラが沢山入っていたのですかナ。現金はなかったという事でしょう。危うく、窃盗犯とならずに済んで、何よりですナ。

サテデハサン。井伊直虎は、男だったという説は、上杉謙信が、女であった、という八切止夫的な、仰天学説と、云えましょう。
Posted by 百足衆 at 2016年11月27日 19:17
今日の真田丸、
「女の浅知恵」をテーマにしてましたね♪
Posted by ラー at 2016年11月27日 21:58
こんばんは。

地震がおきた時、出先にいた人が4人いたのですね。実は、東日本大震災の時、私も職場で唯一出先におりました。気になりまして、その4人のことを調べてみたくなりました。おそらく、死ぬより辛い思いをしたのかと。

幸い、2011年の地震の時は、職場に人的被害はありませんでしたが、もし出先にいた自分だけが生き残ったとしたら、死ぬよりはマシですが、さぞ大変なことだったろうと今でも思います。
Posted by GATTO at 2016年11月27日 22:38
いちど、帰雲山の崩落あとを見てみたいですね
高速を使えば3時間ぐらいで行けると思うので、来年の雪解けシーズンを待って見に行こうかな
Posted by 田舎帝王 at 2016年11月27日 22:45
雨の止んだ、甲府市内の夜明け前。

サテGATTOさん。たとい同僚が死のうとも、彼らの分まで生きるのが、残された者の努めであり、供養でもある。
力強く、生きなさい。

サテ田舎帝王さん。報告を、待っています。爺が来春まで存命であればの話ですがナ。(苦笑い。)
Posted by 百足衆 at 2016年11月28日 05:45
おはようございます。

サテ、百足衆先生、お言葉ありがとうございます。そして、先生こそ、100歳越え目指して力強く生きてくだされ。
Posted by GATTO at 2016年11月28日 07:41
百足殿の期待に応えたいと思いますので、百足殿も長生きしてくだされ
 
天正の大地震で家康の息の根を止められず、慶長の大地震では豊臣の権威を失墜させる切っ掛けのひとつになった
さらに言えば、慶長地震で倒壊した方広寺の再建が豊臣秀頼の息の根を止める要因となるとは、豊臣政権は地震に泣かされ続けた政権ですね
Posted by 田舎帝王 at 2016年11月28日 08:52
ほほほほ😏
Posted by 花・・・もゆ💐 at 2016年11月28日 10:53
内ヶ島の初代は大久保長安みたいな人で、金鉱を見つけたりして実際お金持ちやったみたいやけど、地震の時の当代は欲の皮の突っ張った人でお寺の金仏を強奪したり、御神木を伐って薪にしたりして、その
「祟りや」
て話も有る。それにしちゃ地震の範囲がデカ過ぎるけどな。

帝王様

豊臣派の私でも、ノブ➡秀吉➡ヤス、のリレーは良い流れだったんじゃないかな?とは思う。けど、何も根こそぎ滅ぼしたり、秀吉の墓を暴く(コレは家光だっけ?)までするんかな?とは思うけどな。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年11月28日 10:54
5.3%。😝😝😝
Posted by 花・・・もゆ💐 at 2016年11月28日 11:21
曇りとなつた、甲府市内の昼。
サテGATTOさん、田舎帝王さん。
確かに、人には「生きなさい」云いながら、自分は「生きられない」では、話が矛盾しますナ。では、長生きする事に致しましょう。

サテ花もゆさん。真田丸を見てない人の割合ですかナ。花燃えるの視聴率にしては、高過ぎる。
Posted by 百足衆 at 2016年11月28日 12:19
某サイトの記事をそのまま貼らせていただきました。

 (真田丸について)BSの視聴率は「3%台で健闘、4%台で異例」とされる中、驚異的な数字を叩き出している。



鼻もげさん、これは今回の真田丸のBSの視聴率ですね。いやあ、立派なものですね!教えてくれてありがとうございます‼



百足衆先生、ありがとうございます。うれしいです!
Posted by GATTO at 2016年11月28日 13:01
お礼に、花燃ゆの視聴率ですね。年平均12.0パーセント(笑)、BS は年平均 2.6パーセント(爆死!)。真田丸の今回分にあたる47回が11.1パーセントとのことです(笑)。
Posted by GATTO at 2016年11月28日 13:46
耐震建築だったら持ち堪えただろうに。

真田丸の大坂城、鯱鉾が落ちたままだ。
Posted by リー将軍 at 2016年11月28日 16:22
どみゃっ どみゃっ。

藤原さまご無沙汰してます!
藤原詩のファンです。

また来ますね遊びに!

どみゃっ。
Posted by 藤原ファン at 2016年11月28日 20:32
おばんです。

あたしゃ、老師にも猫殿にも或いは菅原さんにも
「もうあんなの放っとけよ。」
と、言いたいのだが1つ気がついたんだワ。コレは私の仕事柄ってのもあるんだが、そういう意味では経験有りそうな猫殿やコレから出す例えでラーさんが一番共感してもらえると思う。何で鼻もげは嫌われるのか?そりゃ馬鹿だとかデリカシーが無いとか有るが、コイツはラーメン屋や飲み屋で一番嫌われて、出入り禁止食らうタイプなんよ。

実際にラーメン屋のオヤジに聞いた話なんよ。
味の良し悪し好みはどう批評しようが構わんらしいのよ。
「もう少し濃いのが良い。薄いのが良い。魚系は臭いが…味噌味はないの?」
とかは良いんだってさ。俺も多少気分害しても流しますワ。でもな、ソレに続いて
「そうすりゃ客数が増えるよ。」
「これでは今の若い子のニーズに応えてるとは言えないね。」
みたいなコンサル擬きの奴は無茶苦茶腹が立つ分けよ(コンサルタント自体私ら現場組は「ホナお前がやれよ」て感じで嫌いです)。

視聴率を始めとする数字なんか私ら観てる人間には関係無いのよ。面白いかどうか?だけでね。ソコをアノ気違いは数字だけ並べて(ソレも頓珍漢な)脈絡も無しに時分の都合だけで割り込んで来とる。如何にもチョンコらしいのよ。

と、言う能書きを垂れる私はヤッパ
「天才じゃないかな?」
と思うんだが、菅原さんはどう思うお?




Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年11月28日 20:58
どみゃっどみゃっ様、
とても良い藤原詩です。
Posted by 藤原 at 2016年11月28日 23:00
総帥さんって天才じゃない!
Posted by 菅原 at 2016年11月28日 23:03
天才を越えた変態と言って欲しかったものだ。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年11月28日 23:22
天才を超えた変態って、こまわり君だったりして(爆)。
Posted by GATTO at 2016年11月29日 01:02
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