2016年12月20日

フリードリヒ2世

18世紀プロイセンの君主です。

friedrichII.jpg

バッハに「音楽の捧げもの」という作品集があります。この曲集は、バッハが1747年にある人物から曲想を提示され、それを元に変奏曲を書いたものです。この主題を与えた人物が、当時のプロイセン国王:フリードリヒ2世でした。

dec217.jpg

1740年、フリードリヒ・ヴィルヘルム1世の崩御とともに即位したのが息子のフリードリヒ2世です。厳格な父親と違い、文化人であい芸術家肌のフリードリヒ2世は、父親とはあまり仲が良くなかったそうですが、即位するや啓蒙主義の改革を進め、拷問や検閲の廃止、オペラ劇場の建設などを進めます。王立アカデミーを復興し、有名な数学者、レオンハルト・オイラーをはじめ著名な学者たちを首都ベルリンに集めました。

しかしこの王様は、単なる啓蒙君主だけに留まりませんでした。神聖ローマ皇帝カール6世の崩御に乗じてシュレージエンに侵攻し、オーストリア継承戦争の発端となる第一次シュレージエン戦争を開始します。
二次に亘るシュレージエン戦争の最中に建築されたサンスーシ宮殿は、代表的なロココ建築として世界遺産に指定されています。
フリードリヒ2世にとって、戦争は賠償金を稼ぐための「平日の仕事」で、芸術や文化は「休暇の趣味」という使い分けだったのかもしれません。

しかし周辺諸国は、フリードリヒ2世の趣味の生活を安閑とさせてくれません。オーストリアの女帝、マリア・テレジアがシュレージエン奪回を狙ってフランスとヴェルサイユ同盟を結びます。プロイセンはオーストリアにフランス、さらにロシアの包囲網にさらされます。危機を察したフリードリヒはザクセンに先制攻撃を仕掛けます。
ここに七年戦争の幕が切って落とされました。

七年戦争は、プロイセンにとって苦戦の連続でした。同盟国イギリスはフランス軍にあっさり敗れ、プラハを包囲していたプロイセン軍はオーストリア軍に敗れ、敗走します。ロシア軍は東から侵攻し、東プロイセンを占領します。位相幾何学の初歩問題として有名な「ケーニヒスベルクの橋渡り」で知られるケーニヒスベルクも、この時ロシアに併合されます。四面楚歌、フリードリヒ2世は自決を覚悟しますが、奇跡的にもロシアのエリザヴェータ女帝が急死し、跡を襲ったピョートル3世が熱烈なフリードリヒ2世のファンだったため、プロイセンはロシアと即時講和します。こうしてフリードリヒ2世はシュレージエンを確保したのでした。

フリードリヒはまた、プロイセンにジャガイモの栽培を奨励した君主としても知られています。当時ジャガイモは外見から「悪魔の芋」として民衆に忌み嫌われていましたが、自ら率先して食べ、ジャガイモ畑を民衆に興味を持たせるために軍隊に警備させたりするなど様々な手段を使って振興したのです。ドイツの料理では、ジャガイモを使った料理が必須のメニューに数えられる今日、フリードリヒ2世は「ドイツ料理の祖」でもあるわけです。

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フリードリヒ2世は1786年8月17日、サンスーシ宮殿で崩御します。晩年を一緒に過ごした愛犬の近くに埋めて欲しいという願いは当初適わず、ポツダムの教会に葬られた後、遺骸は第二次世界大戦中に各地を転々とさせられますが、1991年の東西ドイツの統一でサンスーシ宮殿の芝生に改葬され、漸く希望通り愛犬の近くで眠ることが出来ました。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(43) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
フリードリヒ大王である♪
Posted by ラー at 2016年12月20日 06:02
やや寒さの緩む、甲府市内の朝。
けふの「別嬪さん」別嬪(芳根演)は、仕事をやめようとしたが、やはり働きたいと願う。

という、回でした。
サテフリードリヒ2世。サンスーシ宮殿は、無憂宮とも呼ばれた壮麗な宮殿ですナ。
爺もそんな処で読書三昧の晩年を送りたいものです。
Posted by 百足衆 at 2016年12月20日 08:01
山川の教科書にフレデリック2世と書かれがっかりした。なんか英語だと安っぽく感じ、フランス語ドイツ語だと高貴に感じるのは何故だろう?
Posted by デハ at 2016年12月20日 09:43
ヤマーん 川っ 川っ
山川静夫。アナウンサー!

デハ様、デハ様、
私の名も、藤原ではなく、
ドイツ風にフォン・フジワライヒとか、
フランス風にムッシュー・フジワラピエールというように、
呼んでください、これからは。
呼んで下さい、これからも。

菅原君は中国語というかベトナム風に、クヮングェンとかで、良いです。良いのです。
Posted by 藤原 at 2016年12月20日 12:23
おんな城主直虎のポスターキター😍
凛々しい🙂
Posted by おんな城主 at 2016年12月20日 13:27
ウンコさんしよーっと。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年12月20日 15:07
💩する前にウジがわいているとは、これいかに?
Posted by GATTO at 2016年12月20日 15:13
晴れとなつた、甲府市内の昼下がり。

サテ総帥さん、GATTOさん。
鉛筆、鉛筆。剣呑、剣呑。
Posted by 百足衆 at 2016年12月20日 15:21
私は、「おんな城主直虎」のポスターを見て、ますますこの作品が嫌になりました。
それは、主人公の髪型が、鳩山幸と同じだったからです。
Posted by デハ at 2016年12月20日 19:52
デハ様

実は私も同じです。
多分、視聴率は鳩山内閣支持率と変わらないのでは...
Posted by 無名X at 2016年12月20日 20:05
無名Xさん
同志よ・・・・・。
ちなみに私は広瀬すずも同じ理由で嫌いでした。
Posted by デハ at 2016年12月20日 20:20
関係ありませんが民進党のゆるキャラ候補4体がすべて青・白・赤の南朝鮮国旗カラー.お里がバレバレですね
Posted by デハ at 2016年12月20日 20:37
民進党は、朝鮮半党ですな!
Posted by A2Z at 2016年12月20日 21:20
デハさん
教科書は基本的には現地読みに近い発音で書かれるものですが、フレデリック2世では味気ないですね


Posted by 田舎帝王 at 2016年12月20日 21:45
こんばんは。

藤原さん、イタリア風に スィニョール・フジワリー二(イタリア式表記はローマ字とは少し異なり、Sigor Fugiwarini となると思います)何ていかがですか?


ちなみに、いつものおねだりは

"Signor Comandante, un'anguilla, per favore!!"

になります。
Posted by GATTO at 2016年12月20日 22:25
失礼しました。綴りを間違えました。

Signor Fujiwarini

になりますね。

matita, matita
Posted by GATTO at 2016年12月20日 22:41
未だ日は昇らぬ、甲府市内の夜明け前。
けふの「別嬪さん」後程、詳報いたします。

サテGATTOさん。イタリア語が達者ですナ。百足衆は、イタリア語で何と言うのですかナ。教えて頂ければ、幸甚です。
人生、死ぬまで勉強です。
Posted by 百足衆 at 2016年12月21日 05:00
しにょーる ふじっ わらっ
トレビアン。メルシー僕!

GATTO様、GATTO様、
ありがとう、ありがとう。
ごさいます、ございます。

これで私も、高貴な欧州の名前を、
持つことができました。
持つことができたのです。

嬉しいので、百足衆様に、
答えてあげましょう。

百足はCentipedeです。
衆はmasseです。
なので百足衆様は、センティペー・ド・マッセ伯なのです。末世なのです。

マセラッ マセラッ。
Posted by Signor Fujiwarini at 2016年12月21日 05:09
ほうっ、センチピード(英語)てムカデの事やったんや。
私ルアーフィッシングやっててね、センチピードって言うギザギザのついた棒みたいなワーム(ソフトウェアルアー)を一時よく使ってたんやけど、アレは“ムカデ”って意味やったんや…
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年12月21日 05:25
いやあ、ひさしぶりの感じの休みやねん。風邪引いたから飯と薬だけやって余計な事せんつもりやけど…
ドイツの土地ってのは痩せている上に寒冷な気候やから、ソレへの対応として農民にジャガイモを奨めた分けやね。日本も室町後期から幕末期辺り迄、プチ氷河期みたいなもんやったから南国系のサツマイモやなくてジャガイモが普及していたら(白土三平によるとジャガの方が日本に伝わったのは早いらしい)、東国と西国の力関係は変わってたかもね。吉宗なり青木昆陽はお膝元の気候を考えたら此方に気がつくべきやったかな。江戸期は殆どの藩が横ばいやったのに、薩摩だけが人口増加してたのはカロリーが確保されてたからやからね。

因みにこのフリードリヒ大王の本当の好物は鰻やね。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年12月21日 05:50
Buongiorno!! (おはようございます)

Signor Fugiwarini. 喜んでいただき、私もうれしいです。
Grazie a Lei. (こちらこそ、ありがとうございます)


百足衆先生、以前にお書きしましたように、百足 は "centopiedi " です。衆 は 本来複数形にすべきでしょうから "signori " で良いと思いますが、一人の方にそう呼びかけるのも(イタリア語では)おかしなところがありますから、このさい 衆 の字は諦め、百足先生 ということで、
" Prossor Mukade " というお名前はいかがでしょうか?


総帥さん、腹が減っては戦はできませんねえ。
Posted by GATTO at 2016年12月21日 07:59
百足衆先生、失礼しました。また間違えました。

"Professor Mukade" でした。


なお、signor, professor ともに元々の形は signore, professore なのですが、後に名前が着くことで e が取れて

signor, professor になります。
Posted by GATTO at 2016年12月21日 08:11
猫殿

因みにこのアレか?私のハンネからすれば“総帥”てのはやはりドーチェか?
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年12月21日 08:13
総帥さん、コマンダトーレ( comandatore ) などいかがですか?エンツォ・フェラーリもそう呼ばれていましたよ。
Posted by GATTO at 2016年12月21日 08:36
成る程ね。太平洋戦記物で、指揮官を“コマンド”とか“コマンドル”と説明するのが在ったがソレと同じだな。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年12月21日 08:55
そう、ムッソリーニよりフェラーリの方が格好いいでしょう。
Posted by GATTO at 2016年12月21日 10:14
ドーチェ様、ドーチェ様、

ウナゴーニャ!ウナゴーニャ!
私の前世は、フリードリヒ2世だったのです。なのです。

朕は、鰻が食べたい!鰻が食べたい!
ウナゴーニャ!う名古屋!
Posted by Fujiwaradorf at 2016年12月21日 10:53
君がナデナデしてるのは、私の大ジャガイモだ。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年12月21日 11:33
ドーチェで思い出したが、野球で嘗て“マ・ン・コ・ビ・ッ・チ”と言う助っ人が居たのは有名だが、ロッテには“ジャック・ドウティー”と言う助っ人も居たのだよ。やはり“ドウティー”はマズイと思ったのだろう、ファーストネームの“ジャック”が登録名になったが。因みに彼はホームランを一本も打てず“ホームラン童貞”のまま帰国したのだよ。
しかしなんだな名前なのに規制掛けるんじゃねえよクソSeesaaが。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年12月21日 11:59
藤原さん
フリャードリヒ三世と名乗り、エビフライを食べられてはいかがでしょうか。

あと、昨晩の串八の代金私が立て替えていますので、年内にお支払い願います。
Posted by 菅原 at 2016年12月21日 12:13
セコい大王様やなwww
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年12月21日 12:23
そういえば、昔オートバイのレースでフランコ・ウンチーニなんてライダーがいましたね。いや、彼自身はかなりのイケメンでしたが。

イタリア人の苗字は、例外もありますが、" i " で終わるものが多いようです。〜イーニ( " -ini ") や 〜ベッティ( " -betti ") のような形ですね。
私の想像に過ぎませんが、イタリア語の単語で男性名詞の複数形の多くが " i " で終わることと関係があるのかも知れません。
日本人の苗字でも、高橋さんや鈴木さんのように " i " で終わるものは、Takahashini や Suzukini みたいにイタリア風に変えやすいです。渡辺さんだったら Watanabetti ですね。
それでは、菅原さんは、フェラーリ風に Sugawarari スガワラーリ というのはいかがでしょうか?
Posted by GATTO at 2016年12月21日 12:52
百足衆先生、朝慌てて書いたもので失礼しました。

Professor Centopiedi

ですね(汗)。
Posted by GATTO at 2016年12月21日 13:26
菅原君この
だらくそ!だらくそ!ぱげ!ぱげ!かわずやまの、大使射殺犯!

昨日は君がご馳走してくれたと認識している!
Posted by フジワラ・フジワラヤンニ at 2016年12月21日 14:48
藤原さん

昨日は藤原さんが奢ると言ったのに、お勘定の段階で持ち合わせがないとおっしゃったので立て替えています。

割り勘で良いので、払って下さい。
Posted by 菅原 at 2016年12月21日 16:27
飲み会怖いおwww
10年位前かな?私の歓迎と別の社員の送別を兼ねた宴が在ってね、一次会が飲み会で二次会がボーリングだった。8人位居たかな?一次会はまあ無難に終わって二次会のボーリングになった。まあこれもゲームは何事もなく終わって、勘定になった。¥6500円くらいやったかな?支払いの割合どうするか?てなった時に、まあ主客やから知らんぷりしてても良かったんやけど、前日に毎度の“臨時収入”がタップリ在ったし、お開きもモタモタせんとサラッとしたかったかる幹事が計算してる間に私が纏めて払って
「はい、終り。皆帰ろう」
てやった分けよ。学生含む皆が
「えっ!其は悪いです」
なんてやってた時に
「終り。明日仕事もあるやん。帰ろ」
て(正直見栄張りもありました)やったら

「エエねんエエねん。総帥君は昨日臨時収入が在ったんやから。任しといたらエエねん」

て口だしたのが、当時のその職場の店長や。ニュアンス解るかな?まるで自分か自分の手下が払うような口調でね。ソレに味をしめたのか?何かと私に金を払わせようとしよるんよね。
ソレ以来私は目下の者との時はほぼ私が一手に、友達とはほぼ割り勘、目上が居りゃ余程の人やないかぎり退散(本気で私がリスペクトをしてる人っちゅう意味。偉いさんやない。偉すぎる人なら益々退散www)て決めてますワ。
「意外と気むずかしい」
てレッテルは貼られたけどなwww
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2016年12月21日 17:08
そ、総帥さん、職場では店長さんに、ここでは藤原さんに・・・

(=ToT=)
Posted by GATTO at 2016年12月21日 19:20
GATTOさん

イタリア語の知識は、旅行でイタリアを訪れる時は必須ですよね。
私若いときにフィレンツェに一人で行った時、意気投合したイタリア人に「サンタ・クローチェ教会はサンタクロースを祀った教会だ」と言われ、ずいぶん長い間信じていたのですが、実は全然関係なく、「聖十字架教会」の意味だと知ったのはほんの数年前のことです。
Posted by シモン at 2016年12月21日 19:43
総帥さん

日本語で発音するとこっ恥ずかしい名前は世界中に存在します。
バリ島のキンタムアーニ山とかその一例ですね(総帥さんの鰻山と言えばよいのかな)

逆に日本語も外国語で聞くと噴出すような言葉もあるそうです。ノモンハン事件の時、ノモンハンの北方にある標高721mの高地を「フイ高地」と日本軍は呼んでいたのですが(21=フイね)、ロシア語で「フイ」の発音に相当する単語は「○○ぽ」だったそうです。
Posted by シモン at 2016年12月21日 19:49
デハさん

見事に、大極旗のカラーリングをもじったゆるキャラ候補とか、来年の糞大河の髪型が髪ってる件とか、日本の政界やメディアにはあちらの国の人が跳梁跋扈しているのがわかります。

百済系なら許せますけど、新羅系はチョット・・・ですね。
Posted by シモン at 2016年12月21日 19:52
藤原さん菅原さん

羨ましい!
百万遍の串八、行きたいです。先日同窓会の時は学祭と重なってたので、満員で入れませんでした。

年明けに京都にお邪魔しますので、その時に串八でご一緒できれば幸甚です。
Posted by シモン at 2016年12月21日 19:54
シモンさん、こんばんは。

きっと、そのイタリアの方は英語が上手だったことでしょう。イタリアでは、あまり クリスマスとかサンタ・クロースという言葉は使わず、"ナターレ(Natale)" とか "バッボ・ナターレ(Babbo Natale / サンタ・クロースよりもクリスマス・ファーザーに近い表現です)" と言いますからね。

でも、その方の冗談、私は結構好きです。ちょっとした風情を感じます。
Posted by GATTO at 2016年12月21日 20:17
藤原さんのことは、「フジワライヒ・デア・グローセ」と呼ぶことにします
Posted by デハ at 2016年12月22日 07:06
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