2017年02月24日

宝暦治水事件

江戸時代中期の宝暦年間(1754-55年)に起きた治水事業にまつわる事件です。

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「巨大公共事業のプロジェクトを受注する」ということは、受注者にとって手放しで喜べることとは限りません。金額に比例してリスクも高くなるからです。途中で仕様変更が何度も繰り返された挙句、その変更分はすべて受注者側が負担させられ、終わってみると収支は大幅に赤字だった、等という話は日常茶飯事です。

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江戸時代中期の宝暦年間。
長良川・木曽川・揖斐川で構成される、通称「木曽三川」は複雑な地形で知られ、台風等の際に度々河川が氾濫し、地域に大きな被害をもたらしていました。

この地域の治水事業は何度も行われ、1747年には二本松藩が手伝普請として工事を命じられています。しかし年々土砂が堆積し、被害も大きくなったため、宝暦3年(1753年)幕府は薩摩藩に対し、幕府の指揮監督の下、薩摩藩が資金を準備し人足の動員や資材の手配をする形での普請を命じます。

宝暦3年といえば、時の将軍は第9代家重の時代。この頃になると、幕府を含め、大名諸家はどこも財政が苦しくなっていました。それでも、ご公儀の命令に背くことは謀反を意味しますから、断るわけにはいきません。
翌年1月、薩摩藩は家老の平田靱負を総奉行に、藩士947名を現地に派遣して工事を開始します。開発計画と設計は幕府が担当し、実作業の工事を薩摩藩が実施するという分担でした。

しかし実際に工事を始めてみると、何度も設計変更が必要になることがわかってきました。そこで幕府の役人は、一度作り上げた堤を破壊します。しかし薩摩側にとってみればこれは幕府の嫌がらせであると解釈され、抗議のために次々と自害する者が現れます。
幕府側は、経費節約のためか嫌がらせのためか、重労働にも拘らず食事を一汁一菜と規制します。その夏には赤痢が流行し、体力の弱っていた多くの人間が病に斃れます。

こうして、難工事の上に多くの労働力を失い、費用も予想を遥かに超える40万両にも達したため、薩摩藩は奄美群島のサトウキビを強制徴収して大坂の商人から借りた22万両余りの借入金に充てます。サトウキビの栽培と収奪を強要された奄美の住人からは、「黒糖地獄」として禍根を残します。

宝暦5年(1755年)5月、漸く工事は完成を見ます。総奉行の平田靱負はその旨を国許に報告した後、自害します。
この工事は一定の成果を上げ、木曽三川下流域の村は水害の被害を免れることが出来ました。しかし上流域ではむしろ以前よりも洪水が増加するという問題が生じました。結局、根本的な解決は明治時代の近代土木技術によるお雇い外人:ヨハニス・デ・レーケによる治水工事まで待たなければならなかったのです。

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鹿児島県と岐阜県は、この事件をきっかけに1971年姉妹県盟約を締結させ、人材の交流が行われているそうです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(42) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
やや寒の温む、甲府市内の夜明け前。
けふの「別嬪さん」8時台に、詳報いたします。

サテ宝暦治水事業。薩摩藩が大打撃を受け、砂糖黍栽培が搾取された事件ですナ。
この事件が、薩摩藩の疲弊を招き、天保通宝を薩摩で密鋳することのきっかけになつたかもしれません。
尤も、天保銭の密鋳自体は、水戸藩や福岡藩でも行われていました。
Posted by 百足衆 at 2017年02月24日 05:11
関ヶ原より此方の方が薩摩の倒幕の要因やね。

みなもと太郎の「風雲児たち」では外伝として大きく取り上げてました。アレでの解釈では矢張“嫌がらせ”としてましたね。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2017年02月24日 07:59
薄曇となつた、甲府市内の一番槍の朝。
けふの「別嬪さん」別嬪は、さくらと一緒に働ける事を喜ぶ。

という、回でした。
サテ総帥さんが、二番槍のようですナ。意外や意外、濃尾平野の近くにお住まいの田舎帝王さんか、薩摩好きのデハサンがライバルかと思っていました。
総帥さんが言及されている倒幕運動が、この治水事業を元に火が付いた。と云う考えは、爺も賛成派です。
Posted by 百足衆 at 2017年02月24日 08:06
むかーで シュッ!シュッ!
ポッポ!きかんしゃトーマス!

おめでとうございまふ。
おめでとうございます。
今宵は、言祝ぎの、プレミアム百足フライデーと、なりましたな。
もうじき、GATTO様からも、言祝ぎのメッセージが、ムール貝と共に届く予定です。予定です。

今日は嬉しい、菅原君を見なくて済む日ですが、明日明後日は一日中、出勤なのです。なのです。

じゅふえ、じゅふえ!
Posted by 藤原 at 2017年02月24日 08:17
〉この治水事業を元に火が付いた。と云う考え

そう。関ヶ原は競馬やパチンコで大負けしたようなもんや。バカじゃなかったら諦めたら良い。島津は削られてないからね。けど、コレは無理やり
「借金の保証人にさせられた」
ようなもんやからね。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2017年02月24日 08:22
百足衆先生、今朝も一番槍おめでとうございます。やはり先生が一番槍だと雰囲気が明るいです。

藤原さん、ムール貝ではなく、「ムール貝もどき」です。
Posted by GATTO at 2017年02月24日 08:24
今日の昼食が、発表に、なった!
パエリヤだ。バナメイエビ、パセリ、パプリカ、チキン腿肉、玉ねぎ、ムール貝も、つく。

家内が、パエリヤ鍋ならぬフライパンで、作って、いる!

うほっ うまそうじゃじ美味そうじゃ!
Posted by 藤原 at 2017年02月24日 12:13
藤原さん、こんにちは。

ををっ、早速のムール貝ですか!美味しいものを召し上がって、週末のお仕事に向け、英気を養ってください。

良かったね、良かったね。
Posted by GATTO at 2017年02月24日 13:16
でも、そのムール貝、「わらわは・・・じゃ」なんてほざいていませんでしたかwww
Posted by GATTO at 2017年02月24日 16:11
いやー、アワビじゃね?www
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2017年02月24日 16:52
日没の近付いた、甲府市内のタベ。

サテ藤原さん。いつも、美味しい物を召し上がっておられますナ。
佳い、佳い。爺は、けふは一番槍だったから美味しい物を食べさせろと、細君に言ったが、理解して貰えず、無視でした。昼は結局、ご飯に納豆、おみおつけだけ、ぎゃふん。
Posted by 百足衆 at 2017年02月24日 17:19
今はどうだかわかりませんが、小学3年か4年生になると木曽三川の堤防改修の勉強をしますよ

小学4年生の時に千本松原へ社会見学に行きました

今は木曽三川というと長島スパーランドとなばなの里ですね

岐阜県の鹿児島県は宝暦治水の縁で防災協定を結んでます

宝暦治水の精神は形を変えて続いているといっても過言ではないですね

宝暦治水が討幕の遠因になったという説も面白いですが、宝暦治水当時の薩摩藩主島津重豪は幕府との強いパイプを築き幕府との関係は良好だったし、薩摩藩が倒幕に傾くのは薩長同盟を結んだ後なので、宝暦治水が討幕の遠因になった説は小説のネタとしては面白いですが説得力に欠けると思います
Posted by 田舎帝王 at 2017年02月24日 18:30
お待たせいたしました。
「二本松藩」「薩摩」「阿蘭陀人技師」と3つ揃ったからにはまさしく私の出番です。

要は我が二本松の尻拭いを薩摩にしてもらったみたいで・・・。

実は今、郡山市では、「日本遺産」に認定された安積疎水をPRするため、疎水を推進した大久保利通と、オランダ人技師のファン・ドールンを顕彰する運動をしています。
 宝暦治水も最終的には阿蘭陀人が完成させたということで、なにか縁を感じるものがあります。

 なお、薩摩藩の窮乏はこのお手伝い普請だけではなく、重豪老公の浪費(これも阿蘭陀と関係)の方がより多かったのです。
 そこで調所は大阪の悪徳商人と結託したり、奄美島民の奴隷化を図って解決しました。
 甲南高校出身の偉大な歴史学者の原口泉先生は、
「私たち薩摩隼人は、奄美と会津、二つのAに対する十字架を背負っている」と著書で述べています。
 原口先生の著書で一番良かったのは、小松帯刀の伝記でした。豚肉を食べるために毎日薩摩藩邸に来る慶喜公をもてなすのが大変だったと書いてあります。薩摩隼人以外でここまで豚肉を好むものがいるとは信じられなかったそうです。豚公方と言われていたとか。
 さすがはラーメンの元祖黄門様の子孫です。惜しむらくは慶喜公がチャーシューメンを食べたという記録がないことですね。
 ちなみにノーベル賞の赤崎教授も甲南高校卒です。
Posted by デハ at 2017年02月24日 19:08
田舎帝王さん

今回の記事は、前回の徳川義直公の記事やその前の田舎小僧の記事同様、貴殿を想定して書いたものです。

普請にあたった薩摩藩サイドから見た記述は多いのですが、長年水難に苦しんだ木曽三川サイドから見てどのような評価だったのか、知りたかったのです。

ちなみに、水難に遭っても木曽三川付近の住人の方々、知的レベルが極めて高いのは何故でしょう。この点も謎です。
Posted by シモン at 2017年02月24日 19:54
デハさん

そうです。二本松藩を引き合いに出したのは、デハさんを意識して書いています。

でも「尻拭い」というのは如何なものでしょう。二本松藩の普請で、部分的には救われた住民も多かったそうです。当時の技術やプロジェクト管理では、精一杯の事業だったと想像いたします。
Posted by シモン at 2017年02月24日 19:57
GATTOさん藤原さん

私、実はムール貝(と、その一種であるパーナ貝」って、貝類として、あまり好きではないんです。

やはり初手は蛤、赤貝は夜中。って、小津安二郎の映画「秋日和」にも出てきますしね。
その辺は、動物の生態学に詳しい総帥さんに解説をお譲り致します。
Posted by シモン at 2017年02月24日 20:00
シモン様、お気遣いありがとうございます。
いや、結果的に完成できなかったのは残念です。
もちろん先人たちの努力は誇らしいです。

私の地元と薩摩と阿蘭陀の不思議な縁を感じました。

余談ですが、市で活躍する阿蘭陀人青年と地元中学生が万国旗を持って微笑む市広報誌表紙。
 オランダはもちろん、英米仏独の旗とともに、中華民国の青天白日旗やパラオ・バングラデシュの日の丸もある中、中共のと南鮮のが映っていないのを見て感動しました。(市の広報がそこまで意識したとは思えませんが、結果的に両国を排除) 最もよく見ると南鮮は女の子の肩に隠れてちらっと写っていましたが。
 あとGATTOさんには残念なことに、イタリアの旗も写っていませんでした。
Posted by デハ at 2017年02月24日 20:03
小学校の社会の教科書で輪中の暮らしとして紹介されていましたが、江戸時代の治水事業や犠牲については書いてなかった記憶があります。

ところで私は、来月の5日に三岐鉄道に行くため、この付近に行きます。
Posted by デハ at 2017年02月24日 20:05
デハさん

広報誌担当、GJですね。

あそこの人たちは、「皆見る者が 汚ながる」の言葉通り、南も北も、醜い連中の集まりですので、表紙にそのようなものを連想させる図柄を持ってこなかったのは慧眼と言えますね。
Posted by シモン at 2017年02月24日 21:22
こんばんは。

シモンさん、ムール貝お嫌いですか・・・でも大丈夫、ベルギーには、まだまだ美味しいものがたくさんありますよ。

デハさん、イタリア国旗が無かったのは残念ですが、デハさんの文章全体には全然ガッカリしていません。といいますのは、オランダやオランダ人技師にも結構縁があるんですね。実家のある流山市には、オランダ人技師ムルデルの作った利根運河があるんですよ。
Posted by GATTO at 2017年02月24日 21:38
GATTOさん
郡山では市を挙げてオランダをよいしょしています。ブルメン市と姉妹都市になっています。
 市に派遣されている阿蘭陀人のJさんは昭和64年生まれですが、長崎の出島の復元作業に従事の後、郡山に来ました。
 世界名作劇場「私のあしながおじさん」の主人公・ジャービス・ペンデルトンにそっくりな、金髪碧眼・長身痩躯のイケメン外人です。
 しかし、身長が180センチもあるのに本国ではチビ扱い(阿蘭陀人の平均身長186センチ)で、彼の父親は2メートル超でベットから脚がはみ出すそうです。
 オランダではどうも、男王に代わってから親日度が増した感があります。女性指導者の国はなぜか(英国・台湾は別ですが)反日傾向が強まるようです。(兄弟国のベルギー・ルクセンブルクが親日なのと対照的でした)
 クネ、メルケル、(落選しましたがヒラリー)、ベアトリクス女王などです。
 ただ、来日当初反日であったキャロライン大使はおもてなしパワーによりすっかり親日に生まれ変わって惜しまれながら去っていきました。
 そんなこともあって「おんな城主」と言う存在がどうも好きになれそうにありません。
Posted by デハ at 2017年02月24日 21:52
ムール貝と田んぼに転がっている烏貝の区別がつきません。
 菅原さん、くれぐれも烏貝をムール貝と偽って藤原さんに食べさせてはなりませんよ。
Posted by デハ at 2017年02月24日 21:54
デハさん

手遅れです。
Posted by 菅原 at 2017年02月24日 22:27
デハ様

>クネ、メルケル、(落選しましたがヒラリー)、ベアトリクス女王

こういった反日のおんな城主たち、いずれも哀れな末路を辿っていますね。(メルケルはもうじき)

女性は感情でしかモノを考えられない傾向があるせいか、朝日やニューヨークタイムズのようなフェイクニュースに騙されやすいようです。
Posted by 無名X at 2017年02月24日 22:31
ベアトリクス女王は惨めではない気がしますが・・・。
クネとメルケルと蓮舫とミズポには最大限の転落と破滅を期待しています。
あと久美子社長も。
「おんな城主」って最悪ですよね。
Posted by デハ at 2017年02月24日 22:35
男女平等だからって、
猿やいちゃもんつけるだけの女性を
飛行機の操縦席に座らせたらマズイっしょ。
Posted by 燈台森 at 2017年02月24日 22:50
愛知県では木曽三川の歴史や地理で輪中の暮らし、海抜0メートル地帯と並んで宝暦治水を学びますね
宝暦治水は薩摩藩士の多大な犠牲の上に行われた事もしっかりと学びましたよ
薩摩藩の現場責任者として切腹して果てた平田靭負は神様として祭られています

木曽三川や輪中のある岐阜県海津市には尾張藩の支藩である高須藩が置かれ、幕末に活躍する尾張慶勝、会津容保、桑名定敬の高須三兄弟を輩出しました

Posted by 田舎帝王 at 2017年02月24日 22:59
おばんです

さて

〉…宝暦治水が討幕の遠因になった説は小説のネタとしては面白いですが説得力に欠けると思います。

殿様は兎も角、実務を受け持った藩士一同そうだったか?は解らんがね、
「貴人情を知らず」
でしからね。只、たしかに小説臭い“お話し”ではありますがね。

“小説臭い”って話じゃ、実は平田家老の切腹(じゃなく病死じゃないか?とも言われてますが)に関しては
「この時の借金の責任取って」
て事になってますが、更に借用書の名前がただ
「平田…」
となっていて
「“薩摩藩家老”たる…」
となってなかったので後々の“藩”に
「負債は及ばなかった…」
となった。更にこの借用書を見た時に借金の申し込みを受けた富商は
「ピン!」
と来たものの黙って金を出し、切腹後番頭さんが慌てたものの
「そういうこっちゃ。エエ勉強なったやろ。」
と平然としていた…という天野屋利兵衛か白石正一郎まがいの話も付いてきます。(続く)
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2017年02月25日 02:55
現代・現在にも生きる話で、後藤田正晴さんが初めての衆院選の直前にダグラスだったかの汚職に関わったか?のような発言をした当時の防衛庁の某官僚に詫び証文を長官立ち会いの元に書かせた時に

「何やコレは!肩書きが書いてないやろ!『防衛庁○×課長某』と書かんかい!『某』とだけじゃ何処の馬の骨か牛の骨か解らんやろ!」

と、更に捩じ込んだ…てのはこの手の話が頭に在ったんやろね。

平田家老のお話しはデハさんなんか好きそうな“お話し”やけど、私みたいに性格の捻曲がった私からみたら
「なんや借金踏み倒しかいなwww島津のお家芸やないかwww」
ともなりますワナ。
大名家なんか島津も毛利も細川も鍋島も山内も同じやけどねwww

忠義話なんて単純に読んだら感動もの、人情ものだけど、この場合は家老の“忠義”よりコレを感づきながら承けた富商の
「粋」
「太っ腹」
の方が感動ものやね。冷静にみたら家老の行動は只の経済活動やけど、富商の方が「文化的」には高いワナ?
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2017年02月25日 03:20
晴れとなつた、甲府市内の朝。
けふの「別嬪さん」さくらが、一度宿題をさぼったが、後に親子のエプロンを作る。

という、回でした。
サテ総帥さん。後藤田正晴と云えば、真っ直ぐな人格で、警視庁長官に相応しい人物でしたナ。
最近は、ああいう人物が、居なくなった為、二重国籍蓮舫やガソリン山尾などが、放置されてのさばるようになった。
Posted by 百足衆 at 2017年02月25日 10:16
こんにちは。

デハさん、無名Xさん、ベアトリクス女王はそんなに反日でしたでしょうか?勉強不足で申し訳ありません。

ところで、オランダとの縁ですが、まだまだありまして、うちからも近い佐倉市は、オランダの一つの街と姉妹都市になるレベルではなく、オランダの国まるごとと交流しています。江戸時代の蘭学の流れですが、印旛沼のほとりにはオランダ風車があり、毎年春には「チューリップ祭」を開催しています。
Posted by GATTO at 2017年02月25日 14:17
>菅原さん、くれぐれも烏貝をムール貝と偽って藤原さんに食べさせてはなりませんよ。

菅原さんだったら、せいぜいこのくらいでしょう。しかし、おんな城主なら、ムール貝と間違えて共喰いをすることでしょう。
Posted by GATTO at 2017年02月25日 15:30
ムール貝よりアワビの方が好きだなwwwオーホッホッホッホッwww

又変態と誤解されかねない事を言ってしまったなwww
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2017年02月25日 17:11
一枚目、南洲墓地にそっくりだけど、薩摩ではリーダーの墓の周りに子分の墓石を束ねるのが習いなのかな?
Posted by デハ at 2017年02月25日 17:31
総帥さん

変態ですね。
Posted by 菅原 at 2017年02月25日 17:41
菅原さん

誤解?
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2017年02月25日 20:30
誤解では、ありません。
誤解では、ないのです。

藤原さんの物真似。。
Posted by ラー at 2017年02月25日 21:07
菅原君この、
だらくそ!だらくそ!ぱげ!ぱげ!かわずやまの、沖縄の女性宅に許しもなく訪問したしばき隊の野間め!

何が変態だ!しばき隊も女性の家に行ったのと同じだ!男がアワビや赤貝を好きなのは当たり前じゃないか!それとも君は(藤原さんの)マツタケの方が好きなのか?ソッチの方が変態じゃないか!



Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2017年02月25日 22:11
総帥さん

とても良い詩ですね。
Posted by 菅原 at 2017年02月26日 02:36
ありがとう、ありがとう。
誉めてくれてありがとう。
でも、コレは詩ではないのです。詩ではないのだよ。
私の魂の叫びです。魂の叫びなのです。
でも誉めてくれてありがとう。
お礼に百万円の保証人にしてあげましょう。
百万円の保証人になるのです。
さあ、書類を送るから保証人欄に印鑑を。
印鑑を押して下さい。
ほげらほげら。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2017年02月26日 03:20
ありがとう、ありがとう。
誉めてくれてありがとう。
でも、コレは詩ではないのです。詩ではないのだよ。
私の魂の叫びです。魂の叫びなのです。
でも誉めてくれてありがとう。
お礼に百万円の保証人にしてあげましょう。
百万円の保証人になるのです。
さあ、書類を送るから保証人欄に印鑑を。
印鑑を押して下さい。
ほげらっ、ほげらっ。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2017年02月26日 03:26
あっ!ごめんなさい。
大切な事なので二度も送ってしまいました。
ほげらっ、ほげらっ。
Posted by 愛國赤旗党総帥 at 2017年02月26日 03:27
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