2017年06月04日

カーチス P-40

第二次世界大戦期のアメリカ陸軍の戦闘機です。

P-40_01.jpg

1970年に公開された日米合作映画「トラ・トラ・トラ!」は、真珠湾攻撃を題材にした映画です。
この映画の特別なところは、「米軍側が、完膚なきまでにやられるシーンを映像化した」という点です。

P-40_02.jpg

そして、この映画の中で、オアフ島のホイラー飛行場に列線に並べられ、零戦の機銃掃射になすがままに破壊される米国陸軍の戦闘機が、P-40ウォーホークなのでした。
また、日本軍に知られていない秘密の飛行場から飛び立ったP-40が97艦攻や零戦を空中戦で撃墜するシーンがあり、この部分はアメリカ人の溜飲を下げたことでしょう。

P-40は、1938年に正式採用された米国陸軍の水冷エンジンの戦闘機です。
太平洋戦争が勃発した時、P-40はハワイだけでなくフィリピン方面にも展開していましたが、開戦劈頭のマニラ空襲で多くが地上で破壊されました。

P-40_03.jpg

水冷エンジンのこの飛行機は、ラジエーターの部分に鮫の口(シャークマウス)の落書きをした機体が多く見られました。シェンノート将軍の率いる「フライング・タイガース」の機体もその好例です。

P-40_04.jpg

P-40は、1944年の南寧の空中戦で、飛行場攻撃を仕掛けた三亜空の零戦相手にワンサイドゲームを演じています。
「天才だけど稼働率の低い機体」よりも、「平凡だけど毎日飛行できる機体」の方が、米軍、および日本の会社では評価される傾向にあります。
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(13) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
この飛行機はすべての機体に顔が書いてあると思っていました。
アメリカ軍にはほかにも顔の描いた飛行機がありますが、必ずしも似合うとは思いません。
しかしこの飛行機は、初めから「顔を描くこと」を前提に設計されているとしか思えないほど顔が似合い、顔がないと締まらない気がします。
Posted by デハ at 2017年06月04日 08:30
シャークマウスはP39エアラコブラにもつけているものもあったし、英国に供与された
物にも付いているものもある。
北アフリカではBf109には分が悪かったものの、対爆撃機戦と500ポンド爆弾積んでの地上攻撃機的に使っていた。Bf110やJu87やドイツ軍各種爆撃機は格好のカモだった。
最終形のN型は540km近く出せるので初戦の初期型とかはカモでも末期はこれでやられる零戦等も多数。
Posted by マットマニア at 2017年06月04日 11:34
晴れとなつた甲府市内のお昼時。
現在、「風林火山」をBSにて、視聴中。

一番槍争いに、不覚を取った。無念。
しかしカーチス、鹵獲機を使って「加藤隼戦闘隊」が撮影されたことは、有名である。
Posted by 百足衆 at 2017年06月04日 12:36
これ、レベルのプラモデルで作ったことがあります(遠い昔)

アメリカ軍機は、日本機の繊細なラインに比べて随分無骨だなあと思った記憶があります。
Posted by ラー at 2017年06月04日 14:53
夕闇迫る、甲府市内の黄昏時。
けふの「女城主直虎」直虎(柴咲演)は、盗賊団を材木伐採作業に従事させるが、井伊の領民たちといざこざを起こす。

という、回でした。
サテラーさん。アメリカの飛行機は、図体が大きい操縦者のために、寸法も大きくなっていますナ。
Posted by 百足衆 at 2017年06月04日 18:51
ラーさんや老師の言う通り、米軍機は武骨で図体がでかい。
しかし唯一例外がある。それはP51で、非常に流麗な姿をしている。イタリア人が設計し、英国製エンジンを搭載した英伊混血アメリカ育ちの飛行機だった。
 最高速度はレシプロでは最速の703キロ、航続距離も武装も運動性も優れていた。
もちろん、大戦中世界最優秀戦闘機だった。
しかし、英米パイロットはこの機体をなぜか嫌った。
それは、小さいからで、アメリカ兵は単発ながら爆撃機か雷撃機なみの大きさのP47に乗り、英国兵はマルコム風防という拡大した風防に付け替えて乗っていた。
むしろ、日本人向けかもしれない。
P40同様、加藤隼戦闘隊では、分捕ったP51も使っていたと言います。
 実は敵の飛行機を分捕るのも得意だった加藤隼戦闘隊。
Posted by デハ at 2017年06月04日 22:05
今週の風林火山

板垣信方から義元宛てに密書が届いたことと、信虎が小県へ攻め込んだ話を伝兵衛から聞かされた勘助は、武田家中に漂う不穏な空気を感じながらも、真田幸隆の身を案じて駿府を発って小県へ向かう

信虎と晴信の両方から書状を受け取った義元と雪斎は「若輩の晴信の方が御しやすい」と意見の一致をみる

義元の後ろ盾を得た晴信は父信虎の追放へ動き出す

着々と進む晴信の謀反など露ほども知らず、小県を制した信虎は更なる信濃への野心を胸に抱きながら揚々として甲府に凱旋する

一方、武田に同調して兵をあげた村上勢に城を囲まれた幸隆は家臣たちに「巻土重来」を約束して上州へ落ち延びる

上州へ落ち延びる道中、勘助の見送り受ける

幸隆は再会を約束して勘助と別れる

幸隆との一瞥の別れを済ませ駿府に戻った勘助は、大叔父・庵原忠胤から追放される信虎の駿府への護送役の話を持ち掛けられる

謀反を知った信虎が逆上したとき、斬り殺されても構わない人物として雪斎が勘助を指名したのだ

捨て駒とも言える役割だったが、小県で信虎追放の話を偶然耳にしていた勘助は信虎への恨みを捨てて護送の役目を受けると忠胤の申し出を承諾する

晴信謀反のお膳立てが整う中、小県から凱旋した信虎は義元の招きに応じて駿府へ向かう

信虎の留守の中、躑躅ヶ崎館では信虎追放の密議が執り行われようとしていた 

続く





Posted by 田舎帝王 at 2017年06月04日 23:02
こんばんは〜

日曜日は、休みではありましたが、仕事の日より忙しかったです。疲れました。

さて、金曜日の「ひよっこ」は、豊子さんが工場に鍵をかけてこもりましたが、説得に応じ、出てくる、というお話でした。

土曜日は、仲間が一人、また一人去っていく、お話でした。

丁寧に書けなくて、ごめんなさい!
Posted by GATTO at 2017年06月05日 01:56
夜のしらじら明け来る、甲府市内の夜明け前。
けふの「日和っ子」後程、詳報致します。

サテ田舎帝王さん。
いつもながら、雄大な筆致、見事なり。まさに風林火山の主題曲に、相応しい。

サテGATTOさん。お忙しい、ようですナ。
簡潔な筆致、まさに日和っ子の主題曲に、相応しい。
Posted by 百足衆 at 2017年06月05日 04:37
おほほほほほほ〜

昨日のおんな城主直虎、歴史に掠りもしない話で、詰まらなかったわ〜わ〜👎👎

一昨年の小河ドラマがやりたかった「学園ドラマ」だったわね〜💀
Posted by おんな城主 at 2017年06月05日 09:47
晴れとなつた、甲府市内のお昼時。
けふの昼食が発表された。
わかめご飯だそうだ。味噌汁も、つく。
ラジオ第一放送の「昼の憩い」を聴きながら、朗々と食べる。
けふの「日和っ子」は、日和っ子(有村演)の再就職が、おじゃんになった。
という、回でした。
Posted by 百足衆 at 2017年06月05日 12:19
P-40は、P−47よりもエコです!

はい!論破されました!
Posted by 通りすがりの軍事オタク at 2017年06月05日 15:19
今週の女城主

旅の男こと龍雲丸は直虎の招きに応じて木材伐採の仕事を請け負うが、井伊家中は盗賊団を受け入れることに戸惑いと反発が起きる

龍雲丸たちの仕事ぶりを視察に来た直虎は龍雲丸のスキンシップに胸をときめかす

直虎が戦国ラブコメディーを演じている最中、武田と対峙する事となった今川氏真は松平元康に和議を申し出るが松平はそれを一蹴する

井伊に出向してきた目付三人衆は井伊が材木商いに手を出した話で盛り上がるが、その木材伐採を請け負っているのがあの盗賊一味であるという噂を聞き、領内の木材を奪われた近藤康用は井伊に対して疑念を抱く

ならず者を受け入れた井伊領内にも騒動が起きる

博打や盗難、婦女暴行未遂事件が多発して、龍雲丸一党にその疑いの目がかけられる

龍雲丸たちの技術を盗み、追放すれば丸く収まると小野但馬守

珍しく、但馬守に賛同を示す中野直之

ならず者たちの為に盛り場を作ればいいと瀬戸方久

家中の反発に抗しきれず、一旦は追放に心が傾いた直虎であったが、犯罪に手を染めた仲間に対して鉄拳制裁を食らわす龍雲丸の義侠心に直虎の心は定まり、一計を講じる

直虎の策が講じて龍雲丸たちへの疑いが晴れ、晴れて井伊に向かい入れられる龍雲丸たち

宴の席で酒が入り上機嫌な直虎は悪酔いして龍雲丸に絡む

そんな直虎の姿を見て自己嫌悪に陥る但馬守

龍雲丸一党の一件が落着するかに見えたが、井伊に対して疑念を抱いた近藤康用が推参する

続く


Posted by 田舎帝王 at 2017年06月05日 23:01
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック