2017年06月10日

トムヤムクン

世界三大スープの一つに数えられるタイ料理です。

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梅雨の季節は、鬱陶しいですね。
通院電車の中にしろ、事務所にしろ、湿度の高さがストレスも比例して持ち上げているように感じる今日この頃です。

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「トムヤムクン」の名前を最初に知ったのは、80年代後半、私が入社した国分寺にある研究所にほど近い場所にタイ料理店が出来た時です。
入社当時の私の上司がタイのファンで、休暇の旅にタイに旅行していたのですが、日本ではまだタイ料理店は滅多に見ることができませんでした。

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そんなタイ料理店の看板メニューが、「トムヤムクン」というスープでした。
当時、私が「トムヤムクンを食べに行こう」と同僚を誘っても、
「友山君?誰それ」
と反応されていました(真実です)。

上司に誘われるがままに、タイ料理店に行ってメニューを渡され、「とりあえず辛いものばかりでもアレだから、マンゴーのサラダでも頼むか!」と注文したマンゴーサラダが、実は一番辛かった。という失敗も経験しました。

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そして肝心の「トムヤムクン」はというと、赤茶色の素焼きの壷に入った、エビのスープでした。エビだけではなく、レモングラスやパクチーといった(当時の日本人にとっては)雑草が入っていました。

近年、パクチーというヘッピリ虫のにおいのする香草を好きな日本人が増え、彼らを「パクチスト」と呼ぶそうですが、そんな現代の若者はトムヤムクンも普通の味噌汁同様、すんなり受け入れてしまうのでしょう。
posted by シモン at 05:00| 東京 ☁| Comment(16) | TrackBack(0) | 飲食物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
パクチーが好きなんて言う人の味覚が信じられない
平安時代に日本に入ってきたそうだが、あの独特な風味が嫌われて
平安貴族からそっぽを向かれたそうでさね
Posted by 田舎帝王 at 2017年06月10日 07:05
田舎帝王さん

あの匂い(臭い)は、日本人の文化とは相容れない臭いですよね。

平安時代というと、遣唐使が持ち込んだのでしょうか。
Posted by シモン at 2017年06月10日 08:20
泰料理は辛い。
越南料理は甘酸っぱい。
しかし、同じ味がする。
カメムシ草のせい。
Posted by デハ at 2017年06月10日 10:48
田舎帝王さん
>平安貴族からそっぽを向かれたそうでさね
藤原さん・菅原さんに確認をとりましょう。
Posted by デハ at 2017年06月10日 10:50
デハさん

>藤原さん・菅原さんに確認をとりましょう

菅原さんが遣唐使やめたのはパクチー流入を止めるためだったかもしれませんね。
Posted by シモン at 2017年06月10日 13:27
シモンさん

白紙に戻す 遣唐使

ではなく、

パクチーで戻す 遣唐使

かもしれませんね(船酔い)。
Posted by 菅原 at 2017年06月10日 16:29
菅原君 この、
だらくそ!だらくそ!ぱげ!ぱげ!かわずやまの、中央分離帯飛び越えバス衝突自動車運転手!

なあにが、パクチに戻す、遣唐使、だ!
君の先祖が、日中友好の架け橋を、断ち切ったのか!
それが今の、尖閣問題の根本的な原因となっている、と考えて差し支えない!

君が、責任を以って、パクチを食べなさい!
私は、その代わり、国産鰻を食べながら、遣唐使再開を、真摯に検討することと、する!

遣唐使だけに、検討しよう!菅原君を除く!
Posted by 藤原 at 2017年06月10日 16:44
スープはともかくカップラーメンまであるほどトムヤムクンがスープで
ラーメンになってるのまである。
カップヌードルのトムヤム味は激辛酸っぱさがある。
Posted by マットマニア at 2017年06月10日 23:12
私はトムヤムクンは世界三大スープと聞いて期待して食べたのですが、思った以上に辛くて悶絶したことがあります。
一度のみですけど…。
Posted by 国重 at 2017年06月11日 00:12
マットマニアさん

トムヤムラーメン、一時期好んで食べていましたが最近はご無沙汰です。
カップヌードルのは食べたことがありませんでした。ご教示多謝です。
Posted by シモン at 2017年06月11日 05:32
国重さん


「世界三大xx」
という形容詞がついた対象物は、当たり外れが大きいですね。
Posted by シモン at 2017年06月11日 05:34
晴れとなつた、甲府市内の夜明け。
けふの「5分でわかる日和っ子」日和っ子の工場が倒産し、日和っ子は乙女寮で最後の食事を摂る一方、すずふり亭に、職を得る。

という、一週間でした。
サテ昨日は、ウッカリ投稿を忘れていました。「日和っ子」詳報を期待していた皆さん、申し訳ありませんでした。
昨日の午後、スタジオパークからこんにちはという番組に、日和っ子の友人、時子、豊子、澄子の三人組が、出演していた。普段眼鏡の澄子が、眼鏡をしていないと、意外にも美人であった。衝撃であつた。
Posted by 百足衆 at 2017年06月11日 05:59
信虎の追放劇が動き出す中、相模国でも世代交代が起きようとしていた

病床にあった北条氏綱は嫡子氏康に遺言となる訓戒状を渡す

甲斐の国へ帰国する信虎は甲駿国境の関所が閉められ、弓矢と槍の先が自分に向けられているのを見て激昂する

対峙する股肱の家臣達に「うつけ晴信を成敗せよ」と声高に叫ぶ信虎だったが、信虎から偏諱を頂いた家臣たちは信虎の意に従おうとはしなかった

信虎と晴信が睨みあうする中、今川の使者として勘助が現れる

追放の身となったのは倅晴信ではなく、自分自身だった事に落胆する信虎は、勘助の言葉に従って駿府へ踵を戻す

駿府に戻る信虎の背を見て勘助は、身だしなみを整えよと義元から与えられた眼帯を投げ捨て、ミツに編んでもらった藁の眼帯に付け替える

駿府へ戻る道中、背中に勘助の殺気を覚えた信虎は馬を走らせ原っぱに出る

信虎を追い馬を走らせる勘助

馬上で刃を交わす信虎と勘助

斬りあいの最中、二人が間合いを取った隙をついて青木大善は刀で信虎の額を斬る

大善に額を斬られ落馬する信虎は息子晴信への想いを吐露する

それは、逞しく成長した晴信への賛美の言葉であった

かくして、武田信虎劇の幕は閉じる

続く
Posted by 田舎帝王 at 2017年06月11日 19:49
田舎帝王様、
いつもながらお見事な解説、ありがとうございます!
歴史の躍動感が伝わって来ます。
Posted by ラー at 2017年06月11日 21:18
こんばんは〜

田舎帝王さんに比べたら、お恥ずかしいのですが、9日と10日の「ひよっこ」です。

まずは9日から、再就職も決まり、安心したみね子さんは、愛子さんと年末年始を過ごすことを決めました。一緒に紅白を見て、一緒の部屋で寝ました。そして、みね子さんは「お母さん」と寝言を。それを聞いた愛子さん「付き合わせてごめんなさい」。
翌朝、みね子さんが起きると、愛子さんがいません。やがて帰ってきた愛子さんから、みね子さんはお年玉をもらいます。中身は茨城への電車の切符でした。みね子さんは、茨城の我が家に向かうのでした。

続けて、10日の「ひよっこ」です。茨城の我が家に帰ったみね子さんは、東京での話を家族にします。
翌朝、みね子さんが起きてきません。疲れ切っているのです。おなじみのメンバーがお年始に来ましたが、皆、みね子さんを気遣い、静かに過ごすのでした。



百足衆先生、澄子さん役の松本さん、番組の中で眼鏡をかけても澄子さんの顔になりませんでした。澄子さんと違って、松本さんは目がパッチリしているんですね。澄子さんの顔もとても可愛いですが。
Posted by GATTO at 2017年06月11日 22:26
パクチー。ニラとか山椒みたいなもんですがな。
山椒を食べたアゲハチョウの幼虫は強い山椒の臭いを出しますが
山椒を添えた料理を虫の臭いだ言ってと嫌いはせんでしょうに。
どちらも、盛って食べるような物ではないと思いますが。
Posted by 片山 at 2017年06月11日 22:28
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