2017年07月02日

煎り酒

室町時代から江戸中期にかけて用いられた液体調味料です。

irizake.jpg

2017年も後半に入りました。まずは梅雨時を乗り切り、その後に続く猛暑にも体調を崩さないよう食事も健康的なものにしたいと思います。そういえば、今日は都議会議員選挙の投票日。都知事選の時のように「うっかり1票 がっかり4年」といった結果をもたらさないように、慎重に投票いたしましょう。

johoku001.jpg

日本を代表する液体調味料と言えば、誰でも真っ先に思い浮かべるのが醤油です。刺身や寿司は基本的にこれにつけて食されます。他にも天麩羅や蕎麦、鰻の蒲焼などのつけ汁やタレは濃口醤油をベースに作られており、いわば江戸期の日本食は醤油によって完成されたとも言えるでしょう。

しかし、江戸時代を通して庶民は醤油だけを液体調味料として使っていた、というのは間違いです。
醤油が普及したのは江戸中期からで、それまでは室町時代末期から普及していた「煎り酒」という液体調味料が広く用いられていました。

「煎り酒」という名前から酒の一種を想像する人もいるかもしれません。ですがこれは日本酒に鰹節や梅干しを入れて煮詰めたもので、アルコール分は飛んでいますので酒ではありません。豆腐、刺身、玉子ご飯のどれにかけてもよく合います。出し汁をベースにし、梅干の酸味が加わったその味は、味の強い醤油よりも素材の味を活かすことが出来るのです。
楽器に例えると、醤油はグランドピアノで煎り酒はチェンバロ、といったところでしょうか。デリケートな味が楽しめる煎り酒が醤油に主流を譲った理由の一つは、「醤油ほど保存がきかないこと」だそうです。

私の事務所から徒歩圏内の銀座8丁目に、「銀座三河屋」という江戸時代のスローフードを扱った店があります。ここには、煎り酒の他に八丁味噌をベースにした「煮ぬき汁」という麺つゆや、江戸元禄時代の原酒を再現したお酒、きゃらぶきやあみの佃煮といった伝統食が販売されています。

johoku003.jpg

投票後、開票速報を見ながら「江戸元禄の酒」を熱燗で、焼き昆布をつまみに一杯やろうと思います。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 🌁| Comment(14) | TrackBack(0) | 飲食物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
霧模様となつた、甲府市内の夜明け。
けふの「5分でわかる日和っ子」日和っ子(有村演)の働くすずふり亭に、警官の綿引が飛び込んできて、沢村一樹の顛末を話す。コックはにんじんを剥きながら、「辛い事が有る時は、目の前のことに集中せよ」と、諭す。アパートに帰ると、母木村佳乃から電話がかかって来る。数日後、奥茨木村の日和っ子の叔父でビートルズヘアの小祝宗雄が、突如上京して日和っ子のアパートを訪れ、住人たちと星に向かって叫ぶ。

という、一週間でした。GATTOさんのように、上手く書けていれば佳いのですが。
サテ煎り酒。やはり日本酒は、熱燗が佳いですナ。煎った隠元や落花生は、酒のつまみに手頃です。
Posted by 百足衆 at 2017年07月02日 05:29
いりーざ けっ! ケッ!
ケッテンクラート。耕運機!

百足衆様、百足衆様。
4日ぶりの、一番槍、

おめでとうございます。
おめでとう御座います。

皆の衆、今宵は寿ごうぞ、
百足衆様の一番槍を、入り酒で。

ことほぎじゃ、ことほぎじゃ、
ことっ ほぎゃっ!
ことっ ほぎゃっ!

ことっ ほぎゃっ!

ことっ ほぎゃっ!

ことっ ほぎゃっ!

ことっ ほぎゃっ!
ことっ ほぎゃっ!
ことっ ほぎゃっ!
ことっ ほぎゃっ!
ことっ ほぎゃっ!

ことっ ほぎゃっ!
ことっ ほぎゃっ!


普段より 多く寿ぐ 今日は文月。
Posted by 藤原 at 2017年07月02日 06:44
初めて知りました。
なにやら美味しそうですね♪
醤油ラーメンも好きですが、煎り酒ラーメンなんてのも乙かも。。
Posted by ラー at 2017年07月02日 10:20
おほほほ〜

風林火山がBSで始まるわ〜🏯

田舎帝王さんのレビューも楽しみね〜👍👍👍👍👍
Posted by おんな城主 at 2017年07月02日 12:01
目玉焼きには醤油一択。
他の物を試してみようという気が起きない。
Posted by ヨット at 2017年07月02日 17:46
こんばんは。

百足衆先生、はい、素晴らしい解説です。私も頑張らねば。

そんなわけで、「ひよっこ」のお話です。金曜日と土曜日分、まとめていきますが、その方がわかりやすいかもしれません。ビートルズのチケットの当選発表日、みね子さんは朝から落ち着かない様子です。すずふり亭の皆さんから、あかね荘に戻って、確かめるように言われます。結果は全て落選でした。がっかりするみね子さん、すずふり亭の皆さんも同様です。
その夜、あかね荘に宗男おじさんが来ました。管理人の富さんは、宗男おじさんのことを気に入らなかったようでしたが、お土産が効いたのか、ビートルズ滞在中に泊まることを認めてもらいました。
その後、あかね荘の住人たちに簡単に挨拶した後、実お父さんの目撃情報のあった商店街に二人で行きました。そこで、宗男おじさんは「兄貴!」と叫びます。みね子さんも「お父さん!」と。そこにいた人たちは、二人をじろじろと見ていました。
あかね荘に戻った後、宗男おじさんとみね子さんは、住人たちに挨拶し、またビートルズの話をします。最後に彼らは、東京の夜空に向かって「ビートルズ待ってるぞ!」と叫ぶのでした、というお話。
いやぁ、主題歌も流れ、そのまま最終回にしても良さそうな雰囲気でした。もちろん、ここで終わって欲しくないですけどね(笑)。
Posted by GATTO at 2017年07月02日 22:11
おほほほ〜
東京都民の頭は8年前に逆戻りのようね〜
空白と徒労の4年間が始まるわ〜
都民の皆さん御愁傷様🎵
Posted by おんな城主 at 2017年07月02日 22:38
空が白らみ始めた、甲府市内の夜明け前。
昨日の「風林火山」
諏訪頼重が、佐久を我が手にせんと兵を起こす。
武田晴信は、妹が頼重に嫁いでいる為、諏訪勢を攻めることを逡巡するも、勘助(内野演)の献策で、孫子の旗の下、諏訪攻めに乗り出す。

という、回でした。
昨夜の「女城主直虎」
直虎(柴咲演)の納めた材木で、気賀に今川の城が築かれることとなった。何故か、今川にではなく井伊に文句を言いに来る竜雲丸。気賀の町衆も、城誘致派と城反対派のまっぷたつに分かれる。そこで直虎は、城は築くが商売の自由を保障してもらえと折衷案を出す。しかし竜雲丸はまたしても反発し、気賀を去る。

という、回でした。
サテ、田舎帝王さんの、投稿や如何に。
Posted by 百足衆 at 2017年07月03日 04:38
晴れとなつた、甲府市内の朝。
けふの「百足っ子」日和っ子(有村演)は、遂にビトールズ来日の日を迎えることとなつた。柏木(三宅演)は、ビトールズ警備員の為の弁当作りを安易に受注し、途方に暮れる。

という、回でした。
サテ昨日の都議会議員選挙。都民ファーストの、圧勝でしたナ。其の内、「日本ファースト党」と称し、小池百合子さんが日本の初代女性総理大臣になる日も近い、と睨んでいます。
Posted by 百足衆 at 2017年07月03日 08:32
東京都・・・大変ですね♪

築地と豊洲に両方、市場が出来ちゃいそうですね。。
Posted by ラー at 2017年07月03日 08:56
それどころじゃなく、
中国の軍艦が津軽海峡の領海侵入して突破しました!
軍艦が領海侵入です!民間船と違います!
Posted by 通りすがりの軍事オタク at 2017年07月03日 13:25
今週の風林火山

上杉憲政が武田討伐の兵を挙げ信濃に進軍する

武田と同盟を結ぶ諏訪頼重は晴信に図ることなく武田の信濃覇権の橋頭保である佐久に兵を進め占拠する

諏訪の裏切りに報復を訴える家臣達

晴信は姉の嫁ぎ先である同盟者である諏訪への報復は時期尚早としてこれを退け、諏訪家中に不和を生じさせ、それに乗ずる形で諏訪を乗っ取ろうとする勘助の策を採る

武田の古参たちは新参者である勘助を重用する晴信に不満を抱く中、晴信は勘助を連れて湯治にでかける

そこで、勘助は孫子の一篇を諳んじる

湯治から戻った勘助は伊那の領主であり諏訪の支族である高遠氏に接近して本家である諏訪氏との分断工作を謀る為に、晴信の命により教来石景政と共に伊那に下る

高遠調略の首尾を整えた勘助達は諏訪本家に対しても調略の手を伸ばすべく、諏訪の地に向かう

諏訪の地に入った勘助は諏訪家の家臣である矢沢家に仕える平蔵と再会を果たす

平蔵の縁を頼りに教来石は諏訪家中に紛れ込む。

勘助達が諏訪調略に取り掛かっている中、晴信は治水工事に着手する

それは釜無川の流れを変えるという大掛かりの河川改修工事であって

その策を献じた春日源五郎はその才を見抜き、晴信に登用される


諏訪調略に一定の見切りをつけた勘助は甲斐に戻る

甲斐に戻った勘助は風に靡く「風林火山」の軍旗を感慨深げに見上げるのである

風林火山は、湯治の時、晴信に対して諳んじた孫子の一篇がそれであった。

続く





Posted by 田舎帝王 at 2017年07月03日 19:47
今週の女城主

雲龍丸達の暗躍によリ謀反の疑いの晴れた井伊であったが一難去ってまた一難

今度は取り戻した井伊の材木を用いて気賀に城を立てる話が持ち上がる

塩止めに逆らい武田領へ塩を流す気賀商人たちへのけん制が築城の目的であった

中村屋より築城の話を聞いた雲龍丸は井伊館に乗り込む

気賀築城の話は井伊の与り知らぬ話であり、井伊に抗議する雲龍丸の訴えはお門違いの話ではあるが、雲龍党に思入れのある直虎は築城の件で気に病む

築城を巡って気賀は受け入れ派と反対派とで激しく対立する

反対派の急先鋒である雲龍党は気賀の統治を任されることとなる大沢基胤に対して付け火を行い、木材を焼き払ってしまう

木材を焼失させた大沢家の家臣が井伊に対して新たに木材の納入を要求する

またもや、今川と気賀と雲龍丸の板挟みに陥る直虎

これ以上、雲龍丸達に深入りせぬよう忠告する但馬守であったが、気賀と雲龍丸達を助けるべく、行動に移す直虎

気賀に入った直虎は中村屋に命じて気賀の有力商人たちを招集させる

中村屋に集まった商人の中に雲龍丸の姿もあった

気賀の商人たちが資材を投じて城を築く代わりに今まで通り、商売の自由の確約が取れるように交渉する直虎の案に商人たちが賛同する中、雲龍丸は席を立つ

「城があるから戦に巻き込まれる」

籠城戦で討ち死にした父親の最期の姿を思い出しながら直虎に無防備平和主義を訴える無防備マン雲龍丸に対して直虎は「城があればこそ守れる命がある。城を守り通せるかは城主の力量次第」と反論する直虎

直虎の反論に納得できない雲龍丸は「気賀を出る」と言い放つ

直虎は「自分の望む世界は誰も与えてはくれぬ。自ら勝ち取るものだ」と説得するが不調に終わる

釈然とせぬまま井伊館に戻った直虎だったが、金の匂いを嗅ぎつけた瀬戸方久は「直虎様に気賀の城主になればいい」と提言する

続く

Posted by 田舎帝王 at 2017年07月03日 21:08
田舎帝王様

風林火山とおんな城主の解説ありがとうございます♪

観ていても、こんなに素晴らしいレビューは私には書けません。。
デュワ!
Posted by ラー at 2017年07月03日 22:01
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック