2017年07月30日

都こんぶ

中野物産から発売されている昆布菓子のロングセラーです。

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小学校時代、遠足に行くときに携帯するお菓子は、一人300円以内と校則で定められていました。別に合計金額が310円になっても処罰されたりしたわけはありませんが、当時放映されていたオリエンタル「がっちり買いまショー」の影響もあってか、予算金額内ぎりぎりに収めるために知恵を絞ってお菓子を選択したものです。

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そんな小学生の遠足用のお菓子の定番商品が、この「都こんぶ」です。
都こんぶの歴史は古く、1931年に当時の「中野商店」(現:中野物産)が、本来なら捨てられるはずの昆布の切れ端を黒蜜入りの酢に漬けた「酢昆布」として発売したものがその原型だったそうです。
後に「都こんぶ」と名前を変えた由来は、創業者の中野正一さんが京都市出身だったからで、こんぶ自体は京都産ではなく函館沿岸で養殖された昆布が使用されているそうです。

都こんぶは、駅の売店の経営母体である鉄道弘済会に売り込むことで、需要を拡大していきました。列車での旅のお供に欠かせないお菓子となったわけです。他のお菓子が甘みを使ったものが多かった分、都こんぶの酸味は旅の疲れを癒してくれたのでした。

都こんぶは、原料の函館産昆布を酢と調味液に漬けたのち、一定の長方形に切り分けられて白い粉がまぶされます。この白い粉の原料は企業秘密だそうで、どうしてもこの粉の正体が知りたい人は青酸カリでも舐めることのできる名探偵コナン君に鑑定を依頼するとよいでしょう。

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都こんぶはいまだに根強いファンが多く存在し、現在も1997年に大阪府貝塚市に完成した二色浜工場でフル稼働で生産が続いています。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(17) | TrackBack(0) | 飲食物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
未明に降った雨も上がった、甲府市内の夜明け前。
けふの「5分でわかる日和っ子」島谷にさようならをした日和っ子(有村演)は、雨の中沢村一樹に傘を差し出される。

という、一週間でした。
サテ都昆布。酢昆布のお菓子は、ビールの友にも佳いですナ。
Posted by 百足衆 at 2017年07月30日 05:10
百足衆殿

さすがに、はしょり過ぎなのでは?
Posted by 燈台森 at 2017年07月30日 06:51
ずっと「とこんぶ」と読んでました♪
Posted by ラー at 2017年07月30日 07:21
人生で、一度しか食べた事がない・・・・。
その一度も
「有名な商品だから体験してみようかな」
的な感じで、自らの嗜好で積極的に買い求めたものではなく、ガリガリ君と同じパターンか(笑)。
たぶん、もう縁が無いかも。
Posted by ヨット at 2017年07月30日 07:32
都昆布と冷凍ミカン それに、ポリ容器のお茶 旅のお供でしたね 自分は酸っぱいのが苦手なので都昆布はNGですが
Posted by 田舎帝王 at 2017年07月30日 08:53
ヨットさん

都こんぶはともかく、ガリガリ君、食べませんか?
Posted by シモン at 2017年07月30日 11:23
田舎帝王さん

私も、酸よりアルカリを好む人間なので、都こんぶはそんなに駅で買った記憶がないですね。

冷凍ミカンの赤いネットは、学校の水道の蛇口に石鹸格納用として吊り下げられていました。
Posted by シモン at 2017年07月30日 11:25
炎天下となつた、甲府市内の午後。
けふの「風林火山」由布姫の元へ、刺し違える覚悟で甘利虎泰が訪れ、自害を強要するも、勘助(内野演)によって、「御屋形様の命にそむきまするぞ」と云われ、退散する。勘助は、由布姫に、勘助は、恨みを重ねるより晴信の子を産んで、その子を好きなように育てればよいと、説く。

という、回でした。
サテヨットさん。好き嫌いはいかんゾ。何でも食べる子になりましょう。
サテ田舎帝王さん。やっぱり旅の友には、信玄餅ですナ。都こんぶより、美味しいです。ただ、日持ちがするのは、都こんぶの方かも知れません。
Posted by 百足衆 at 2017年07月30日 13:12
こんにちは〜

今日のお昼ごはんは、昨夜のバーベキューの残りです。好き嫌いを言わず、いただいております(笑)。

さて、遅くなりましたが、一昨日と昨日の「ひよっこ」まとめてです。みね子さんは、テレビCMに出演した話を、すずふり亭とあかね荘でします。あかね荘では、時子さんも小さな役ながらドラマ出演が決まったという話がありました。
そんな休日、あかね荘のみね子さんのところを尋ねて来た人がいました。女優の川本世津子さんです。「みね子さんに会わせたい人がいる」と。
世津子さんの家に行くと、その人物に会いました。行方不明になっていた実お父さんでした。
しかし、実お父さんは記憶を失くし、みね子さんのことが理解できませんでした。
あまりのことに、みね子さんは、土砂降りの雨の中、世津子さんの家を飛び出すのですが、そんなみね子さんに実お父さんは傘を差し出すのでした。

お父さんは見つかりましたが、この後が大変そうです。さあ、どうなりますか?
Posted by GATTO at 2017年07月30日 14:46
GATTOさん

>お父さんは見つかりましたが、この後が大変そうです。さあ、どうなりますか?

「パリの散歩道」の音楽を聞かせれば、自分が以前セクスィー部長だったという過去を思い出すかもしれません。
Posted by シモン at 2017年07月30日 14:56
夜の帳が降りた、甲府市内の夜。
けふの「女城主直虎」今川は、井伊を取り潰すべく、方久に罠を仕掛け、徳政令を発布させようとする。
関口の泊まる神社で、「徳政令はいらんにー。」と、デモ隊となってシュプレヒコールをする山本學たち百姓衆。
これを見て、政次は直虎の首に刀を当て、「音羽、俺を信じろ」と、云う。

という、回でした。
サテGATTOさん。来週は、記憶喪失になった沢村一樹の踊りが、見られるよ。
Posted by 百足衆 at 2017年07月30日 20:19
まだ漆黒の闇に包まれた、甲府市内の夜明け前。
けふの「日和っ子」記憶喪失の父との再会、これからどうなっていくんでせう。GATTOさんの「日和っ子日記」と、併せてご期待ください。

サテ昨日の女城主はなかなか佳かった。
小野但馬守が、特に佳い。
Posted by 百足衆 at 2017年07月31日 04:17
晴れとなつた、甲府市内の朝。
けふの「日和っ子」日和っ子(有村演)に傘を差し出す沢村一樹だが、どうしても記憶が戻らない。

という、回でした。
サテGATTOさん。沢村一樹の踊りを見られると書きましたが、誤報だったようです。
Posted by 百足衆 at 2017年07月31日 08:02
晴れになった、水戸市内のお昼時。
今日の昼食は、水戸プラザホテルにある四川飯店で汁無し坦々麺です(^^)
Posted by ラー at 2017年07月31日 12:21
籠池夫妻ついに逮捕。
愛国教育は偽りの姿だったのだろうか。残念
Posted by デハ at 2017年07月31日 22:03
今週の風林火山

諏訪の掌握に成功した晴信は、諏訪大社の諸事を守矢頼真、諏訪満隣の両名に託して甲府に帰陣する

躑躅ヶ崎館に戻った晴信を待ち受けていたのは、病床についた妹禰々の姿であった。

我が子を政局の渦中に巻き込みたくない禰々は寅王丸を諏訪の地に置かず、由布姫に託す様に哀願する。

晴信の命で諏訪の地から甲府へ護送された由布姫の身柄は板垣信方の屋敷にとどめ置かれる事となった。

重臣が会した評定の席上で晴信は由布姫を側室に置くことを所望するが重臣たちはそれに反発する。

由布姫の処遇を巡り評定が紛糾する中、勘助は「武田と諏訪の血を引き継いだ和子こそが諏訪を治めるのに相応しい」と由布姫の輿入れを強く推すが、武田への恨みと勘助の裏切りに心を閉ざした由布姫を側室に迎え入れる事は難しく、勘助は由布姫の説得に手こずっていた。

由布姫を口説き落とせぬ勘助に晴信は由布姫あての和歌を託す。

明けて天正12年、この年、病床についていた禰々と晴信の三男がこの世を去った。

雨が降りしきる中、甘利虎泰が由布姫のもとを訪れる。

由布姫を快く思っていない甘利の来訪に不穏を感じた勘助は由布姫の下へ駆けつけると、自害もせず、かといって頑な態度で晴信になびこうとせぬ由布姫に対して自害を迫る甘利と甘利が差し出した脇差で喉元を突こうとする由布姫の姿があった
 
静かでいて、それでいて激しく対峙する甘利と由布姫の間に割って入る勘助。

勘助の姿を認めた由布姫は抜いた刀身を鞘に納め脇差を甘利に返す。

「自害は出来ませぬ」

これが由布姫の答えだった。

甘利は何も言わず由布姫のもとを去るが、その去り際に由布姫の凛とした姿に感じ入り「聡明な姫君」と漏らす。

ひとまずの危機を脱して安堵する勘助であったが、由布姫は甘利が来訪した真の目的を読み取っていた。

甘利は由布姫に自害を強要しに来たのではなく、由布姫の手で刺される事によって由布姫と武田との距離を置こうと家の大事を思っての行動だったのだ。

甘利が去ったあと、勘助は武田に仕えるに至る経緯を話すと、由布姫は妻を殺された恨みを捨てさせ武田に仕えさせる晴信という男に興味を抱く。

甘利が去ったあと、三条夫人が由布姫のもとを訪れ、生き恥をさらす由布姫に蔑みとも哀れみともとれる言葉を投げかけるが、この時、三条夫人は床柱に飾ってある晴信の和歌が目に入り心を乱す。

甘利と三条夫人。

二人とも由布姫と会うことにより、自ら斬られに来たのだ。

甘利と三条夫人の覚悟を前に自分の運命を見定めた由布姫は晴信のもとへ嫁ぐ決意を固めたのである。
Posted by 田舎帝王 at 2017年07月31日 22:29
雨となつた、甲府市内の夜明け前。
けふの「日和っ子」昨日は、登場人物が3人しかいなかつたが、けふはもう少し、登場するだろう。

サテラーサン。ホテルで昼食とは、リッチですナ。汁が無いのではラーメンにならないのではないかナ。
サテデハサン。籠池夫妻は、詐欺師であって、愛国者ではない。
サテ百足衆さん。風林火山、解説見事なり。三条夫人は嫌味を云いに来たのに、晴信の短冊で斬られた訳ですナ。その解釈や見事也。
Posted by 百足衆 at 2017年08月01日 04:13
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