2017年08月09日

冷凍みかん

氷で覆われたみかんです。

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みかんはりんごと並ぶ最もポピュラーな果物です。
清涼飲料水のプラッシーにしろファンタにしろミリンダにしろ、すべてみかん味のラインアップを持っています。しかしみかんは(りんごもそうですが)晩秋〜冬に収穫される果物で、真夏にみかんを食べることは昭和初期以前の人にとっては困難なことでした。

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冬から春頃にしか販売されていなかったみかんを夏場でも販売できる商品にしようという信念から、大洋漁業(現社名:マルハ)と鉄道弘済会の共同開発で生み出された商品が冷凍みかんです。
なぜ鉄道弘済会かというと、駅弁のお供のデザートとして、駅のキヨスクで販売するためです。
この商品が販売開始されたのは1955年(昭和30年)、小田原駅のキヨスクが最初だったそうです。

この当時の鉄道車両は、冷房設備は天井に設置された回転式の扇風機で、クーラーは完備されていませんでした。そんな夏の鉄道の旅を少しでも快適にするため、この冷凍みかんが考案されたのです。
単に自宅の冷蔵庫の冷凍庫にみかんを放り込んでおけば、冷凍みかんが製造できる、と考えるのは大間違いで、商品の冷凍みかんは一手間かけています。即ち「表面が氷で覆われている」のです。

氷に覆われたみかんは、みかんの水分が表皮を通じて外に漏れ出すことを防ぎ、瑞々しい味わいを保つことが出来るのです。単に冷凍庫で冷やしたみかんは、パサパサしていることを一度試してみることも、後学のためには良いかもしれません。

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湘南電車が「(冷凍)みかん電車」の愛称を持つほど普及した冷凍みかんですが、アイスクリームが販売され、加えて列車の冷房装置も向上し、「弱冷房車」まであるこの時代、売り上げは年々下降気味ですが、2006年に静岡県ローカルで「冷凍みかん」という曲がヒットし、同県内では売り上げが回復したそうです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☁| Comment(16) | 飲食物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
38度の予報となつた、甲府市内は灼熱地獄。
けふの「日和っ子」は、冷房をつけて、お愉しみ下さい。

サテ冷凍みかん。爺は、アイスやシャベーットのような、固い冷菓は、入れ歯に差障りがあるので、滅多に嗜みません。
Posted by 百足衆 at 2017年08月09日 05:51
冷凍みかんは旅愁を掻き立てるアイテムの一つです
THE国鉄ですね
Posted by 田舎帝王 at 2017年08月09日 05:56
昔は駅で必ず売っていた。
私は子供の頃半日以上駅にいて特急を眺めていて、帰りに弧の冷凍ミカンを買って帰るのが日課だった。
たまに郡山ー会津若松もしくは福島、黒磯間「いずれも片道1時間前後)を往復して、やはりミカンを食べた。今はもう売っていない
Posted by デハ at 2017年08月09日 06:59
このころ、冷暖房が完備されていた車両がある。それは郵便車だ。
郵便車は、ほかには特急用車両、グリーン車、寝台車にしかなかった冷房を完備しているだけでなく、暖房についても@機関車からの蒸気暖房A機関車から給電する電気暖房B自力で発電して電気暖房C小型温風暖房D特急型客車(自力で冷暖房していた)から給電なよる電気暖房と、あらゆる状況下で暖房が使え、さらにCについては他と併用できるようになっていた。
これは、郵便車が国鉄ではなく郵政省が所有していたためだった。 そこで国鉄は、郵便車の一部に申し訳程度の一般荷物室をつけた「スユニ」というものを造り、国鉄車掌を乗せて、冷房はつけさせなかった。これは主にローカル線で使われた。電車だとクモユニとなり、老師の地元の中央東線で使われていた。見た目は郵便車と全く同じで、窓がなく、上の方に小判型の明かり窓が並んでいた。
Posted by デハ at 2017年08月09日 07:05
レイトーウミ かん!管!
空き缶元総理。反原発!

冷凍みかん、冷凍ミカン、冷凍🍊、

クゥーーうー、
食べたい!
Posted by 藤原 at 2017年08月09日 08:03
酷暑となつた、甲府市内の朝。

けふの「日和っ子」暑過ぎて、記憶せず。
GATTOさんの日和っ子日記を、どうぞお楽しみに。
Posted by 百足衆 at 2017年08月09日 08:48
駅弁に付けて売るのに、なんか他の夏の果物かお菓子はなかったんでしょうかね。
Posted by 片山 at 2017年08月09日 10:27
片山様、60年代までは夏の果物って夏ミカンしかなかったかもしれません。。
Posted by ラー at 2017年08月09日 11:28
菅原君、この、
だらくそ!だらくそ!ぱげ!ぱげ!かわずやまの、東大寺ハングル落書き犯人!

夏ミカンだけでは、ない!
すいかだって、ある!とうもろこしもだ!もももだ!

もっとも、菅原家には、酸っぱい夏ミカンしかなかったことは、容易に想像できる。

ほげらっ ほげらっ。
Posted by 藤原 at 2017年08月09日 12:11
酷暑となつた、甲府市内のお昼時。
けふの昼食は、梅御飯だった。めかぶも、ついた。

サテ藤原さん。甲州特産の、巨峰やデラウエアを、忘れてはイカンゾ。
Posted by 藤原 at 2017年08月09日 12:23
きょほーっ きょほっ きょほっ
巨砲。46 cm砲。大和!

百足衆様、百足衆様、
スグに、
巨峰を贈って下さい
巨峰を、贈って欲しいのです私


贈ってさえ頂ければ、甲斐の土地は、安堵です。安藤です、

ほげらっ ほげらっ、ほげらっ ほげらっ、ほげらっ ほげらっ。
Posted by 藤原 at 2017年08月09日 20:50
こんばんは〜

いやぁ、ここ3日忙しかったです。「ひよっこ」、月・火・水、3日分まとめてです。

奥茨城母の会が緊急招集されました。重い話題のはずが、何だか楽しい井戸端会議になってしまいました。
みね子さんのところに、世津子さんから実お父さんの記憶喪失についての手紙が届きました。また、お父さんが見つかったことについて、みね子さんが綿引さんに手紙を出したところ、すぐに喜びの返事がありました。

みね子さんは、実お父さんの記憶の助けのため、ほっぺたグリグリを自分からやりましたが、見ていて羨ましかったです(笑)。田植えの季節でもあり、実お父さんは、奥茨城に帰ってみたいと言い出すが、みね子さんは、すずふり亭が忙しいため、鈴子さんたちに相談したところ、快くOKが出ました。親子は、奥茨城に向かうのでした。

奥茨城で最初に出会ったのは、バスの車掌・次郎さんと、運転手・小太郎さんでした。バスのワンマン化のため、次郎さんの仕事は今年限り、だから、実さんとみね子さんを乗せることができてうれしい、と次郎さんは言います。
そして、奥茨城の家で、実さんはついに家族と再会しました。記憶は戻っていませんが、家族は大喜びでした。

・・・というお話でした。明日は、いよいよ田植えかな?

Posted by GATTO at 2017年08月09日 22:32
空白む、甲府市内の夜明け前。
けふの「日和っ子」日和っ子(有村演)の田植え風景が、見られるゾ。乞う、ご期待。

サテGATTOさん。日日、大変ですナ。しかし貴殿の「日和っ子日記」を読んでいると、読んでいる爺の心まで、温かくなります。ただ、昨今は非常に暑いゆゑ、涼しくなる方が、佳いかナ。
Posted by 百足衆 at 2017年08月10日 04:57
おはようございます
今日から一足早い夏休み・・・です♪

藤原様!菅原様ではなく、それ私です!
夏の果物といえば、スイカでしたね。昔の方が、種が多かったような・・
Posted by ラー at 2017年08月10日 07:46
ラー殿

>昔の方が、種が多かったような・・

自然界も、同じですね。少子化でしょう。
Posted by とおりすがりのバーバパパ at 2017年08月10日 09:13
昨今のスイカの種が少ないのは品種改良のせいであって、
自然界は関係ありません!

はい!論破されました!
Posted by 通りすがりの軍事オタク at 2017年08月10日 10:47
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