2017年09月11日

blog更新中断のお知らせ

出張不在のため、一週間ほどblogの更新を中断します。

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posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(44) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
空白む、甲府市内の夜明け。
けふも一番槍、されど、更新はなし。
ぎゃふん。
Posted by 百足衆 at 2017年09月11日 05:46
曇天となつた、甲府市内の朝。
けふの「日和っ子」富ちゃんが、静かに息をひきとる。

という、回でした。
Posted by 百足衆 at 2017年09月11日 08:02
ほほほほ〜

今週は、藤原さんと菅原さんが遠くから山形にお越しね〜

美味しいモノ食べてってね〜。

直虎の方は、「百姓になった」というナレ聞いて、5年前の傑作「シエ」を思い出したわ〜
あれでは、シエが秀忠を将軍に成らずに百姓やろうって誘ってたわね〜
シエの言うこと聞かなくて正解だったわね〜上野シエや向井秀忠に農業は無理だわ〜小池百合子に都知事が出来ないのと同じくらい!
Posted by おんな城主 at 2017年09月11日 11:09
ヤマーン がたっ ガタッ
画太郎。漫!

山形大学に来ています。来ているのです。
生憎、菅原君も一緒です。ストーカーか君は!

小石川キャンパスの、二階のカフェテリア「テール」で、牛テールカレーを、朗々と食べる!

嗚呼!菅原君さえいなければ!

ぎゅうたんっ ぎゅうたんっ。
Posted by 藤原 at 2017年09月11日 12:17
藤原さん
ちょっと抜けて郡山来れませんか?たまには菅原さん抜きで私と美味いものたらふく食べましょう
Posted by デハ at 2017年09月11日 12:46
デハ様、デハ様、

ありがとうございます。
ご馳走様でございます。

うほっ うまそうじゃ、うまそうじゃ。
郡山で、デハ様の奢りで、円盤餃子だ美味そうじゃ。

では不肖藤原は、交通費のみ負担して、お伺い致します。
致します。

ひぎゃっ ひぎゃっ。
Posted by 藤原 at 2017年09月11日 14:53
デハさん

ネギ蕎麦で、割り勘にしてあげて下さい。
Posted by 菅原 at 2017年09月11日 18:42
藤原さん 円盤餃子は福島市にしかありません。
明日の午後7時に郡山駅に来てくださいますか(・・?
Posted by デハ at 2017年09月11日 19:36
漆黒の闇の中、甲府市内の夜明け前。
けふの「日和っ子」和久井映見と菅野美穂の、プロレスシーンが見られますゾ。お愉しみに。

サテデハサン。郡山の名物料理は、何ですかナ。円盤餃子とは、通常の櫛形ではなく、平たいホツトケーキのような餃子ですかナ。
Posted by 百足衆 at 2017年09月12日 04:20
老師
丸い大皿に放射状に盛られた餃子です。丸いフライパンで焼き、焼き上がりにそのまま大皿に移すのです。
餃子自体が丸いわけではありません。
浜松、福島では主流ですすが宇都宮では四角い皿に大きめの餃子が並ぶスタイルです
Posted by デハ at 2017年09月12日 07:09
がビョーン パッパっ
昼休み!

今日も、山形大のテールで菅原君と真向かいで昼食だ。鯖の味噌煮定食だ。

デハ様、デハ様、ラマサバクダニ。
残念です、残念です。懇親会があって、7時に郡山には、行けないのです。
池ないのです。

円盤餃子以外の福島料理が食べたかったです。うう、無念。
Posted by 藤原 at 2017年09月12日 12:05
驟雨となつた、甲府市内の昼。
けふの「日和っ子」ツイギーコンテストに出場する時子を励まそうと、見送りの人々が千人針を渡して日の丸の旗を振って万歳を三唱する。

という、回でした。
サテデハサン。円盤の様な餃子が、食べたいです。多分この機会を逃すと、爺は一生円盤の餃子を食べずに終わってしまいます。どうか掛け合って、円盤状の餃子を作る様にお店の人に頼んで下さい。
Posted by 百足衆 at 2017年09月12日 12:14
浜松餃子と言えば、今年の春先に浜松へ行った折、浜松餃子元祖の店に入りました

流石人気店だけあって美味しかったですよ

Posted by 田舎帝王 at 2017年09月12日 15:22
田舎帝王様、
石松餃子ですね♪

私も夏に行きました。
Posted by ラー at 2017年09月12日 16:07
田舎帝王様、田舎帝王様、

味噌カツにすりゴマを掛けて、食べてみたいです。食べたいです。

うほっ うまそうじゃ、うまそうじゃ。
名古屋の赤味噌メニューは、どれも大好きです。大好きなのです。

デハ様デハ様、これから懇親会なのです。申し訳、ありません。ありません。
またの機会に、お待ちしております。

ほげらっ ほげらっ。
Posted by 藤原 at 2017年09月12日 17:45
藤原さん

名古屋は、赤味噌ではなく八丁味噌です。
Posted by 菅原 at 2017年09月12日 17:47
今週の風林火山

戦の混乱の最中、山本勘助を父の敵と思う福島彦十郎に狙撃され倒れる。

戦場で倒れた勘助は真田幸隆に匿われ、事なきを得る。

十日間うなされた末に目覚めた勘助は幸隆と対面し、勘助の勧めに応じて武田に下る事を受け入れるものの、幸隆の妻忍芽は真田が武田に下る事に不満を漏らす。

晴信は四郎を出産したばかりの由布姫に面会し、勘助に対する想いを尋ねる。

晴信に請われるまま勘助への想いを口にする由布姫であったが、「勘助がいなければ今の御屋形様は居ない」と、勘助を持ち上げる由布姫の言葉に嫉妬の念を抱く晴信であった。

その頃、武田に下る決意を固めた幸隆は主君長野業正に暇願いに出る。

関東管領の家老として真田の旧領を回復させる事が出来なった不甲斐なさを詫びる業正は旧領の復帰を望む幸隆の想いをくみ取り「戦場で会えば敵同士。その覚悟をもって武田に下るがよい」と餞別の言葉を投げかける。

幸隆が武田に下るを良しとしない親戚衆は武田に下る幸隆を「裏切り者」と大いに罵る。

幸隆の義兄であり、妻忍芽の兄でもある河原隆正は武田に下るなら忍芽を離縁するように迫るが、忍芽は真田の領主として雌伏の時を過ごしてきた夫幸隆を庇い、離縁を拒絶する。

その夜、勘助と酒を酌み交わす幸隆は武田の信濃攻略について勘助に訊ねる。

勘助は幸隆に信濃攻略のプランを語るが、幸隆は「信濃と国境を接する越後の守護代長尾春景の舎弟、長尾景虎の存在が武田家に立ちはだかる事になる」と蠢動する越後の動きを懸念を口にする。

勘助への嫉妬にかられた晴信は武田に反旗を翻す大井貞清の籠る内山城を囲んでいた。

大井定清の腹を切らせて戦を終わらせようとする甘利に対して撫で斬りを下知する晴信。

教来石景政の働きにより内山城の水脈が断たれると、板垣信方は降伏の使者を送るように晴信に進言するが、晴信は信方の進言を退け、撫で斬りの下知を取り下げようとはしなかった。

軍議の最中、武田陣中に勘助存命の知らせが届くが、晴信は複雑な表情を浮かべるのであった。

武田の総攻めにより内山城は落城。

城内の者は悉く殺され、大井定清とその嫡男のみが生け捕りとなり、甲府へ送られることとなった。

内山城攻めの論功行賞で城の水手を断つ働きをした教来石政景は新たに五十騎が与えられ、重臣の席に就くことが許され、更に絶家した甲斐の名家馬場家の名跡を継ぎ、名を馬場民部少輔信治に改める。

一命を取り止めた勘助は幸隆を連れて甲府に戻る。

拝謁したばかりの幸隆に対して晴信は、知行200貫を与え、知行地を真田郷とし、更に松尾城の城主に任じる。

旧領復帰と城持ちといういきなりの破格な待遇に驚きを隠せぬ幸隆。

一方、勘助には当分の間、軍議の場から離れ、由布姫と四郎の守役を務める様に言い渡す。

晴信の表情と口ぶりに不穏なものを感じ取る勘助は戸惑いを感じるのであった。

松尾城の城主に復帰した幸隆の下に真田の旧臣達が集う。

旧臣達の前に六文銭を広げて見せる。

六文銭は、上州から出立した折、長年にわたり世話となった長源寺の住職伝為晃運より餞別として与えられたものであった。

地獄への渡し賃である六文銭を象った旗は、以後、真田の軍旗となる。

諏訪に入り、勘助は信方と対面する。

信方は対面の場で「お館様に変わったところはなかったか?」と勘助に訊ねる。

勘助は「いかばかりか自信がついたように見える」と信方に答える。

勘助の答えに頷くと、晴信の慢心を危惧し、晴信の行く末を勘助に託す。

信方との面会を終えた勘助は由布姫と再会を果たし、生まれたばかりの四郎を抱き、四郎に自らの野望を託し、その生きがいとするのであった。
Posted by 田舎帝王 at 2017年09月12日 21:01
藤原の宗匠
是非とも名古屋にお越しください
Posted by 田舎帝王 at 2017年09月12日 21:02
田舎帝王様

素晴らしい!
>晴信の表情と口ぶりに不穏なものを感じ取る勘助は戸惑いを感じるのであった

これが、後の上田原の戦いの敗戦に繋がるのですね。。
Posted by ラー at 2017年09月12日 21:18
上田原の戦いでの信方無双が楽しみです

あのシーンで息切れを起こした千葉真一は引退を決意したんですよね

Posted by 田舎帝王 at 2017年09月12日 21:38
藤原さん
10月13日〜15日、京都・大阪に滞在します。
14日に阪堺電車貸し切り、15日に鉄道博物館訪問予定です。
阪堺の集合時間の都合で、郡山からは間に合わないため前泊しますが、たしか金曜日は藤原さんの公休日。もし、都合がつけば夕食でもともにしましょう。
宿は寝屋川のアパホテルです。(一番安かった…)
まだ1月以上ありますので、考えておいてください。とりあえずままどおる持参で推参します。
Posted by デハ at 2017年09月12日 21:43
晴れとなつた、甲府市内の午前中。
けふの「日和っ子」日和っ子(有村演)の友人時子が、ミニスカートでツイギーコンテストに出場する。

という、回でした。
サテデハサン。爺には、本当の円盤餃子を手土産に、甲府にお越し下さい。
Posted by 百足衆 at 2017年09月13日 10:19
晴れとなつた、甲府市内のお昼時。
けふの昼食が、発表された。
イカリングフライだ。御飯も、つく。
日和っ子の再放送を見ながら、ウホウホと食べよう思う。

サテ田舎帝王さん。風林火山、越後の龍の回、活写見事也。
上田原の戦いは、千葉真一の最後の立ち回りと、「あーまーりー。」と云う晴信の顔が、見所ですナ。
Posted by 百足衆 at 2017年09月13日 12:13
ヤマーん がたっ がたっ
クララがたった。ハイジ!

今日も三連続で、菅原君を正面に見ながら、「テール」でチキンランチだ。

デハ様、デハ様、前向きに、考えておきます。おきます。美味しいものを、ご馳走して下さい。ぼてじゅうのお好み焼きでもいいです。

ほげらっ ほげらっ。
Posted by 藤原 at 2017年09月13日 12:24
田舎帝王様、田舎帝王様、ラマサバクダニ。

名古屋で、きしめんをご馳走になりに、伺います。伺うのです。京都から40分で行けるので、名古屋は我が近所なのです。ほげらっ ほげらっら。
Posted by 藤原 at 2017年09月13日 12:27
京壬生にある根付美術館に行きたいですね
かなり前に嵐電に乗って太秦広隆寺へ行く途中で壬生に降りてたまたま立ち寄って気に入ってしまいました
今は通年営業なので昔に比べて行きやすくなりました
Posted by 田舎帝王 at 2017年09月13日 23:10
壬生にある根付美術館に行きたいですね
かなり前に嵐電に乗って太秦広隆寺へ行く途中で壬生に降りてたまたま立ち寄って気に入ってしまいました
今は通年営業なので昔に比べて行きやすくなりました
Posted by 田舎帝王 at 2017年09月13日 23:10
朝まだき、甲府市内の夜明け前。
サテ田舎帝王さん。根津美術館のことですかナ。爺も十年前に、行きました。
「大事な事は、二度云う」是は重要な事です。一度では、誤射かもしれない。
Posted by 百足衆 at 2017年09月14日 05:01
おはようございます。

さて、「ひよっこ」ですが、「ツィッギーを探せ」コンテストが男子禁制で行われましたが、そこには、米屋さんの娘・さおりさんも呼ばれました。
時子さんが登場するまでは雑談していましたが、福田さん夫婦は養子をとることを発表しました。
一方、漫画家見習いコンビの描いた自分の絵に不満な元治さん(実際、かなり人間離れした悪党面に描かれていました)は、その絵を描き直していました。
そして、時子さんのスピーチが行われましたが、なかなか堂々としたものでした。
しかし、富さんの病状が気になります・・・

・・・というお話でした。
Posted by GATTO at 2017年09月14日 07:44
晴れとなつた、甲府市内の朝。
サテGATTOさん。富さんは、死なない。
「死んだ筈だよ お富さん」なのですゾ。
Posted by 百足衆 at 2017年09月14日 08:45
晴れとなつた、山形大学キャンパス。
今日も、菅原君の顔を見ながら、昼食をする、という憂き目に遭っている!

山形名物の、冷やしラーメンを食べる事となった。菅原君!スープは、音を立てて飲まないこと!
Posted by 藤原 at 2017年09月14日 12:10
漆黒の闇となつた、甲府市内の夜。
サテ藤原さん。美味しい冷やし中華が食べられて、佳かったですナ。
爺も、食べたかったです。円盤餃子も、です。
GATTOさんの昼食や、如何に。
総菜パンではなく、かけ蕎麦と、予想しておきましょう。
Posted by 百足衆 at 2017年09月14日 19:17
今週の女城主

直虎の手厚い介抱により龍雲丸の傷は回復する

直虎は脚に大けがを負った近藤康用の身を案じる。

その頃、大名の地位を失った氏真は妻の実家である相模の北条氏康の庇護に入る。

甲駿相三国同盟の瓦解により敵対関係に入った北条は武田の側面を狙い、背には越後の上杉があり、その正面を徳川が塞ぐ。

武田包囲網の青写真を描き、悦に入る家康の元に正室の瀬名が現れる。

瀬名は井伊を見捨てた家康に詰め寄るが、姑の於大が間に入り瀬名を嗜める。

直虎は康用を介抱し、直虎の手厚い介抱が奏して康用の脚が治る。

再び歩けるまでに回復した康用は、井伊の遺児たちを家臣として引き受けると直虎に申し出る。

康用の申し出を南渓和尚等に相談する直虎。

傑山は康用の姦計を疑い、昊天は井伊家再興の思いを直虎に訊ねる。

昊天から井伊家再興について問われ、考えあぐねる直虎のもとに松下常慶が訪ね、井伊家を窮地に陥らせた己の不手際を詫び、書状を差し出す。

松下家に嫁いだしのからの書状には、虎松を松下家の養子として迎えたいという内容であった。

「虎松を松下によこせと言う事か」

強い口調で常慶に問う直虎に対し「松下の家を虎松様に差し出す」と答える常慶。

常慶の言葉に困惑する直虎は即答できず、常慶に対し猶予を願い出る。

虎松に松下家の家督を継がせるべきか?

直虎から相談を持ち掛けられた龍雲丸は「母親と一緒に暮らせる上に継がせる家が出来る」と常慶の申し出に賛同を示すが、井伊家再興の夢と井伊家再興の為に再び多くの血が流れる事を憂慮する直虎は答えを出す事が出来なかった。

井伊家再興の望みを捨てきれぬ直虎の悩みは尽きない。

懊悩する直虎に龍雲丸は「好きにやればいい」とアドバイスを送るのであった。

南渓とサシで酒を酌み交わす龍雲丸は南渓から直虎の生い立ちを聞かされ、竜宮小僧として人の為に生きる人生を歩み続けてきた直虎の半生に思いを募らせるのであった。

井伊の古井戸で一人思い悩む直虎。

南渓は井伊の古井戸の前で憂える直虎に井伊家再興を諦める様に説き「全ての責は己が引き受ける」と直虎の労をねぎらう。

井伊の隠れ里に出向き、井伊の者たちに井伊家再興の断念を伝える直虎。

直虎の言葉に「一生ついていくつもりであった」と反発する中野直之。

次いで、虎松の籠る鳳来寺に出向き、虎松の守役・奥山六左衛門に井伊家再興の断念を伝え、六左衛門もそれを受け入れる。

直虎の来訪に虎松が挨拶に現れ井伊家再興に期待を寄せるが「松下の家に入るか鳳来寺の僧侶として生きるか」選択を迫る直虎に対し虎松は「あきらめては全ては終わりだ。そう教えてくれたのは嘘だったのか」と鋭く迫った。

虎松の嘘紛れのない言葉を黙殺し、六左衛門に淡々と今後の段取りを話す直虎と、事の成り行きを見届ける南渓。

「後は儂がなんとかする」

そう申し出る南渓に後事を託し、直虎は鳳来寺を下りる。

御家断絶に悔し涙を流す虎松に南渓は「あれはもう井伊の殿ではない。殿でないものの言葉に従う必要はない」南渓は不敵な笑みを浮かべぐずる虎松をあやすのであった。

龍潭寺に戻った直虎は、母・裕椿尼と共に井伊の遺児たちの身の振り方について話し合う。

直虎は南渓から虎松は松下家に入る事を聞かされ、安堵と共に井伊の家名が失われる寂しさに襲われるのであった。

松下の家に入る決意を固めた虎松は晴れやかな顔で養父松下源太郎と対面し、源太郎は虎松の利発さを大いに気に入る。

全てが終わり、井伊の古井戸に報告をする直虎の前に龍雲丸が会いに来る。

「何かやりたいことはないのか?」

龍雲丸に訊ねる直虎。

「一緒になりたい女がいる」

答える龍雲丸。

龍雲丸の言葉に動揺する直虎。

龍雲丸の想い人は直虎その人であった。

龍雲丸の想いを受け入れたとわは、井伊の名を捨て、一人の農婦として新たな人生を歩もうとしていた。

しかし、井伊谷を取り巻く情勢は風雲急を告げる。

北条家の実質の当主であった氏康が死んだのだ。

氏康の死が伝わり、喜び浮かれる信玄。

一方、居城を岡崎から曳馬に移し、浜松と新たなに名を改めた家康のもとに氏真が落ち延びる。

氏康の子氏政は外交戦略を転換し、対立関係にあった武田と結んだのだ。

氏政による外交政策の転換により行き場を失った氏真は家康の庇護を受けに浜松に落ち延びたのである。

氏真の突然の来訪に困惑する家康。

氏政の外交方針の転換により、武田の矛先が徳川に向けられることを恐れた家康は、氏真の身柄を武田に引き渡して武田と誼を通じようと考える。

元亀三年。

後手後手に回る家康をあざ笑うかのように、信玄は遠江攻略の為に兵を挙げようとしていた。

続く

Posted by 田舎帝王 at 2017年09月14日 21:31
田舎帝王様、
いつも凄い解説を有難うございます♪

本編のドラマではいまいち表現できていない歴史の大局的な流れがよくわかりました>直虎
Posted by ラー at 2017年09月14日 21:44
ある人のツィッターからの転載
あなたと私が井伊の国
森の小さな井戸端で
結婚式をあげました
照れてるあなたにご初代が
口づけせよと囃し立て
そっとあなたはくれました
猩々緋色の衣装をつけた
信玄公がしゃしゃり出て
サンバに合わせて踊りだす

・・・。
Posted by デハ at 2017年09月14日 22:03
デハ殿

マツケンサンバですな。

BSで見てると、その後の伝七での遠山の金さんとギャップが凄い!
Posted by 燈台森 at 2017年09月14日 22:06
老師
山形の冷やしラーメンは、冷やし中華ではありません。見た目は普通のラーメンで、スープが冷たいのです。
Posted by デハ at 2017年09月14日 22:17
燈台森さん
直虎のナレーションは初代伝七の子息でしたね。祖父は中共の手下
Posted by デハ at 2017年09月14日 22:18
こんばんは〜

百足衆先生、残念ながらどちらでもありませんでした。玉子焼きと野菜サラダを中心にしたお弁当でした。でも、明日はまた惣菜パンかな・・・?

木曜日の「ひよっこ」、「ツィッギー」コンテストで時子さんが優勝しました。三男君は、うれしさとさびしさの混じった気持ちで帰り道を歩く、というお話でした。
Posted by GATTO at 2017年09月15日 00:31
軽やかにダンスを踊った信玄公が病で倒れるとは思えない
このまま天下を取りに行きそうな勢いだ

今年の大河は家康信長を蹴散らして信玄公が天下をとるやもしれぬ
Posted by 田舎帝王 at 2017年09月15日 08:42
曇天となつた、甲府市内の午前中。
けふの「日和っ子」北朝鮮に邪魔されて、放映中止となった。

という、回でした。
サテGATTOさん。佳い佳い。たまには、惣菜パンも佳いが、バランスのとれた昼食を心がけて、欲しいですゾ。
サテ田舎帝王さん。信玄公の天下こそ、我が希望する事也。サンバを踊りながら、長良川を越え、織田信長を打ち破って欲しいですナ。
Posted by 百足衆 at 2017年09月15日 10:17
初のJアラートで目覚めた、山形最終日の朝。
今日も、残念ながら菅原君の顔を真向かいに見ながら、昼食することと、なった!これでは、京都での月木とさっぱり変わらない!否むしろそれよりも苦痛だ!折角山形まで来て、菅原君の顔を見ながら昼食をするという憂き目に、金曜日まで遭わねばならないとは!

今日の昼食は、キャンパスを出て、竹田家手打ラーメン店という店で手打ちラーメンを、食べている。
竹田家だけに、武田信玄に、菅原君を手討にしてほしい気持ちで、一杯です。

ほげらっ ほげらっ。
Posted by 藤原 at 2017年09月15日 12:00
氏真公が将軍になれば良いのに
Posted by デハ at 2017年09月15日 12:33
デハ様、

いそことやまおを冥界にお導きください^^
Posted by とおりすがり at 2017年09月15日 13:24
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