2017年09月15日

小学生の心理

昭和の著名な心理学者:波多野完治さんの奥さんで、自らも心理学者の波多野勤子さんのベストセラーです。

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昭和時代に小学生を過ごされた方なら、小学館の学習誌「小学一年生」〜「小学六年生」を知らない人はいないと思います。川崎のぼるさんの漫画作品「てんとう虫の歌」は、小学館の学年誌に掲載され、小学六年生(月美)・五年生(火児)・四年生(水男)・三年生(木介)・二年生(金太郎)・一年生(土丸)・未就学児(ひよこ)の七人の言動が、昭和時代の一般的な小学各学年生+未就学児のリアルな行動とシンクロナイズしていた名作でした。

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「小学生」の定義は、成長盛んな幼少期の、六年間という長いスパンを無理矢理一つのカテゴリーに集約したものですから、「JS」というような一括りで語ってしまうことは乱暴で、学年別に個別の考察を行う方が理に適っています。

そんな視点で、「小学生の、学年別の心理」を分析し、挿絵には学年別の児童による絵画を挿入することにより。学年別の子供にどう付き合っていくかを詳述した、波多野勤子さんの著作「小学生の心理」(光文社カッパブックス)はベストセラーになりました。

1954年に出版されたこの本のタイトルは、「あなたのお子さんはすばらしくなる」でした。裏を返すと、子供というものは放っておくと「ろくでもなくなる」わけで、現に北朝鮮の世襲制の三男坊はそれを体現しています。

この本は、「てんとう虫の歌」同様、未就学児・一年生・(中略)・六年生の七編から構成されていて、それぞれの学年の段階で子供はこのような我儘を言ってくるのでこう対処せよ、ということが語られています。人間というものは基本的に我儘な存在なので、その個性を尊重しつつ、言うべきところはきちんと言って社会性を身につけないと「あなたのお子さんは、ろくでもなくなる」と警告しているのです。

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慧眼であった波多野勤子さんには申し訳ありませんが、同じ「イソ子」のファーストネームを持つ、ろくでもない東京新聞社会部の記者がいることをご存知の方も多いのではないでしょうか。この人の両親は、同じ「イソ子」という名前を子供に命名するのであれば、波多野さんの著作を読んでおくべきでしたね。手遅れですが。
この人のやっていることは、基本「やりたい事、やったもん勝ち」という論理で、北朝鮮の指導者となんら変わりありません。
でも「やったもん勝ち」が、1年以上認められるはずはないと思います。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(13) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まさかの一番槍
Posted by 田舎帝王 at 2017年09月15日 16:08
一番槍
Posted by 田舎帝王 at 2017年09月15日 16:22
おめでとうございます、田舎帝王さん。

昼過ぎに帰宅して記事を書きました。
Posted by シモン at 2017年09月15日 17:07
私は子供の頃に「てんとう虫の歌」のアニメを見て、
「7人目が生まれるまで7人きょうだいだとわからないのに、なんで曜日にちなんだ命名を試みたのだろう?」
と疑問に思っていました。
6人や8人になる可能性もあったわけです。

「一発寛太くん」はこの問題を一応クリアしているわけですが・・・・。
Posted by ヨット at 2017年09月15日 20:21
シモン様
>でも「やったもん勝ち」が、1年以上認められるはずはないと思います
→はたしてそうでしょうか?もしそうなら、民進党や朝日新聞、毎日新聞、TBS、東京新聞、総連、民団、日教組、中核派、自治労、道新などはとっくに消えてなければならないはずです。
Posted by デハ at 2017年09月15日 22:01
初めての投稿をさせていただきます。
平成元年に小学校入学した私はその学習帳を存じ上げませんが
楽しそうですので是非見て見たいものです。

「中道」という表現が正しいかは分かりませんが子供は思想的に
あまり偏りのない人間に育って欲しいものです。
そのためにはある程度の厳しさは必要だと考えます。

しかし昨今街へ出てみると放任主義の親が多く見受けられます。
これは私の視野が狭いのでしょうか?喫茶店やレストランで
我が子が席でじっとしていられなくても放っておいてスマホに夢中。
それが「子供の意思を尊重する」という考えに基づくのであれば
他人を気遣う心が欠如した子供や我慢の出来ない子供になるし、
「注意したら虐待と思われる」と考えているのあればマスコミなど
による支配者層からの洗脳ということになるでしょうね。

昨今義務教育で目に余る事は不登校児に対する対応が非常に甘いと
思っております。初等教育の段階で社会的に挫折してしまっては
それから先はコンピュータなどの機械を相手に対人関係なしで
生きてゆくしかなくなってしまうと思います。私はそういう人を
大勢見てきました。しかし社会に引き戻そうとすると止められました。
勿論私の方法が悪かったのかもしれません。
しかし世の中には本当に学校が合わない人もいると思います。
しかしそういう人はごくわずかでしょう。
年々不登校の生徒が増えている昨今、そして体力的にも軟弱な
生徒が増えている今、支配者層の息の掛かった意図的で過剰な
防犯教育によって地域社会との交流も形骸化してしまった今、
面識のない大人の男性から挨拶をされただけで異常事態で
不審者扱いをし集団登下校をするような昨今、
10年、20年後の少年少女たちはどんなだろう。

挨拶は家庭と学校内だけの行為になる時代がもうすぐ来る。
子供ばかりでなく我々大人も路上での挨拶や声掛けが逮捕に繋がる
時代が来るかもしれない。人と人が分断工作されていく。
そして人口減少が進み超高齢化社会となる。
もっともその前に食糧難が訪れるかもしれない。

確かに悪意を持った者もいる事は確かであるがそれは
マイノリティーであり善人がマジョリティーであると信じたい。

と一種の取り越し苦労のような感情を持ったので投稿させて
頂いた次第です。長文失礼しました。
Posted by 近藤博 at 2017年09月16日 01:22
訂正です。

>子供ばかりでなく我々大人も路上での挨拶や声掛けが逮捕に
繋がる時代が来るかもしれない。
路上においての子供と大人の挨拶ばかりでなく大人同士の挨拶
や声掛けも不審者として扱われ逮捕に結びつく時代が必ず来る。

でした。
Posted by 近藤博 at 2017年09月16日 01:31
ヨットさん

マンガならではの「予定調和」的命名法ですよね。
現実世界でそれを真似たら、火曜日ぐらいで挫折しそうです。
Posted by シモン at 2017年09月16日 04:26
デハさん

組織とか国とかの単位ではなかなかなくなりませんが、個人レベルでは1年経たずになくなってほしいものです。

とは言え、小池知事は1年経ってしまいましたね。
Posted by シモン at 2017年09月16日 04:28
近藤博さん
コメントありがとうございます。

公共の空間での子供放任の親、というのはもう10年以上蔓延してますね。家族とか社会よりも自分個人が一番大事、という考えが浸透したからでしょう。その根源が「個性尊重教育」にあるのかもしれません。

尊重されすぎた子供は、大人になったら尊大・増長する傾向にあります。その頃になって社会的な制裁を受けるよりは、子供の頃から社会性を身につけていたほうが本人の為なんですが。
Posted by シモン at 2017年09月16日 04:33
バカッターとかバカチューバーなんてものは個性尊重教育の欠陥品の見本市みたいなものですね

個人主義を通り越して利己主義ですよ
Posted by 田舎帝王 at 2017年09月16日 08:12
雨となつた、甲府市内の午後。
けふの「日和っ子」二回分、放送された。

という、回でした。
サテシモンさん。お人が悪い。爺の一番槍を阻止せんと、イレギューラな時間に投稿するとは。
爺の連続一番槍が途切れ、捲土重来を胸に秘め、けふも生きよう思います。
Posted by 百足衆 at 2017年09月16日 13:32
ムカデの旦那、それこそ個人主義を通り越して利己主義ですぞ〜!
Posted by ファンタジスタ・サブロー at 2017年09月16日 14:53
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