2017年09月17日

ジャイアントコーン

Giant Cornと呼んでも、海外では通用しません。

giant_corn.jpg

「ジャイアントコーン」という名前を聞いて、どんな食べ物を連想するでしょうか。

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夏の暑い盛りであれば、グリコのアイスクリームを連想する人も多いことでしょう。もう一つは、今日の主題の「大きな粒のトウモロコシ」ですが、両者の綴りは違います。
トウモロコシの方は'corn'ですが、アイスの方は'cone'(錐)です。横から見ると、三角錐の形をしているからです。

では「giant corn」が英語の正しい綴りかというと、それも違います。
英語圏では「Peruvian corn」とか「Cuzco corn」などと呼ばれています。元々南米原産の巨大トウモロコシなので、ペルーとかクスコとかそのあたりの地名で呼んでいるのです。ちなみに南米では「choclo」(チョクロ)と呼ばれているそうです。

日本名ジャイアントコーンは、一粒の直径が2cmくらいの巨大なトウモロコシです。ただ、茹でて食べてもあまり美味しい代物ではなく、ボソボソとした食感に甘味もない素っ気無い味だそうです。
日本では、油で揚げて塩味をつけたものが一般的です。ビールや洋酒のおつまみにもってこいですが、勿論酒なしで単品で食べる人も多くいます。

「ナッツ詰合せ」の袋に、カシューナッツやクルミ、アーモンドにピスタチオ等と一緒に梱包されていると、まず最初にジャイアントコーンから無くなる、という人もいるのではないでしょうか。我が家でもナッツ詰合せを食べ始めると、じきにカシューナッツとアーモンドだけになります。なので最近は詰合せではなく、最初からジャイアントコーンだけの袋を買ってくることが多いのです。

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ジャイアントコーンの粒は大きいので、そのトウモロコシ一本はさぞ普通のトウモロコシの数倍はあるだろうと期待する人もいるかもしれませんが、トウモロコシとしての大きさは普通サイズと殆ど変わらず、粒だけが大きいのだそうです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☁| Comment(23) | 植物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
台風到来前の、小康状態となつた、甲府市内の夜明け前。
けふの「日和っ子」日曜日なので、有りません。

サテジャイアントコーンと云えば、ジャイアンツ。ジャイアント馬場。を、連想します。それと、ドラエモンに登場する人物、ジャイアント。

Posted by 百足衆 at 2017年09月17日 05:13
ムカデの旦那、
田んぼの様子を見に行く。
とか言ってのこのこ出て行かないように!
Posted by ファンタジスタ・サブロー at 2017年09月17日 06:38
グリコの三角錐型のアイスだと思っていました。これの冷たくないやつがジャイアントカプリコです。
私の幼少時代、ジャイアントカプリコは80円で、シールも入っていて、さらにジャイアント馬場さんがCМをしていて、まさにジャイアントで、しかもリーズナブルでした。
ところが、平成に入って値上げしたうえ一回り小さくなりシールも入らなくなって馬場さんも亡くなったため、ものすごく損した気分でした。
 どこがジャイアントだと。
しかし、問い合わせてみたことろ、300円で12本入っているコーン菓子が「グリコカプリコ」で、それと比較してジャイアントなので、昭和時代より一回り小さくなったとしても、やはりジャイアントカプリコなんだそうです。
ちなみに昭和のジャイアントカプリコはジャイアントコーンと同じ大きさでしたが、今は明らかにジャイアントコーンより小さいです。

余談ですが、一口サイズの円錐形アイスの「グリココーン」は存在しないです。ジャイアントコーンだけがあるようてす。
Posted by デハ at 2017年09月17日 07:15
三郎さん
老師は教員であって農民ではない。よって貴殿の指摘は破たんしている。
Posted by デハ at 2017年09月17日 07:16
70年代は、商品名の「ジャンボ」「ジャイアント」「ビッグ」に(多少)夢があったかもしれません。
少し後の「ワイド」もそんな感じ。
Posted by ヨット at 2017年09月17日 07:26
カプーリ コン!紺!
紺野まひる。宝塚!

山形での苦難の一週間を終え、京都に戻ってきました。戻って参りました。山形の芋煮会に、行けなくて残念です。
なお、菅原君は芋と一緒に煮られています。

ジャンボというディスコが、祇園にありました。80年代当時、既にださい名前に、なっておりました。

ほげらっ ほげらっ。
Posted by 藤原 at 2017年09月17日 08:56
ジャイアントロボです!

マ゛。
Posted by ラー at 2017年09月17日 11:17
私はアーモンドやカシューナッツから先になくなり、ジャイアントコーンやクルミが残り、最後に殻をむくのが面倒なピスタチオが残りますね。
はじめからアーモンドだけ、もしくは小魚と一緒のを食べています。
ジャイアントコーンは歯につまるので。
ところでハウスのとんがりコーンのコーンはどちらなのでしょうか?トウモロコシでできた三角錐なのでどちらの意味なのかが分かりません。
Posted by デハ at 2017年09月17日 13:37
一時的に雨の上った、甲府市内の午後。
けふの「風林火山」由布姫に四郎が産まれた為、諏訪の正嫡である寅王丸を出家させるべく奔走する勘助。雪斎の元へ預けんと、今川家を訪問するが勘助を蛇蝎のように嫌う義元に、そのような誼を喜ぶほどわが領国の政は卑しくはござらんと云われ、眼帯をちんちんされる。
甲斐に戻り、剣術の稽古をする太郎義信を覗き見していると飯富虎昌に見咎められ、其処に天敵2号の三条夫人と浅田美代子が現れ、嫌味を云う。さらに、天敵3号の甘利虎泰に「それもこれも皆勘助が悪い」と云われ、大井夫人にも「勘助などどうでもよい」と云われた挙句、馬場信春に第四の郭の提案をすると、背後から現れた板垣千葉真一に「お主は四郎様の傅役ではない」と釘を刺される勘助。矢張り謀ばかり巡らしているので、皆に嫌われる。
そんな中、小野但馬守ならぬ駒井政武は、春日源五郎と共に甲州法度次第を完成させる。

という、回でした。
サテけふは久々に、田舎帝王さんに匹敵すべく解説に励んでみました。気力充実、横溢。
田舎帝王さんはじめ、皆の感想を、待っていますゾ。
Posted by 百足衆 at 2017年09月17日 13:39
台風が接近する、甲府市内の夜。
けふの「女城主直虎」直虎は、井伊谷で、農夫となって頭と一緒に平和に暮らしていた。
その頃、武田勢は遠江に侵攻し、家康は武田と和議を結ぼうと提案するも、折悪しく織田家の援軍、佐久間信盛が到着し、三方が原で武田勢を迎え撃つことを余儀なくされ、脱糞しながら浜松に帰城する。
そんな折も折、間者であった高瀬が近藤に毒を盛るも、近藤は箸をつける前に武田の軍勢接近の報を聞き、毒を口にせずに命拾いする。そんな中、荷駄に隠れて直虎が井伊谷城に出現し、ここは武田と戦わず逃げる様に諭す。近藤は了解しつつも、城に火を放ち、高瀬と頭が火事に巻き込まれそうになるが、直虎の活躍で脱出する。

という、回でした。
サテけふは、爺は早々と、風林火山、女城主直虎の渾身の解説を、上梓しましたゾ。
田舎帝王さんを迎え撃つ。いつでも、どんと来い、ですゾ。
Posted by 百足衆 at 2017年09月17日 19:59
勅使が晴信を訪ね、お金を無心する。

晴信は勅使に献金した上で、更なる献金の上乗せを約束した上で信濃領有の黙認を得ようとする。

公家好みに染まる夫晴信の振る舞いに苦言を呈する三条夫人であったが、晴信は三条の言葉に耳を傾けることはなかった。

晴信は由布姫との間に生まれた諏訪四郎のお宮参りにも姿を見せず、勘助を遣わして代参させる。

晴信が来ぬことに不満をあらわにする由布姫は「諏訪家の跡目を父頼重と禰々との間に生まれた寅王丸に継がせるのが筋目」と勘助に説く。

先代の子である寅王丸よりも愛着のある諏訪四郎を諏訪の当主に就けたいと願う勘助は由布姫の願いを拒むものの「寅王丸をないがしろにする気か」由布姫は勘助を一喝する。

諏訪の跡目については諏訪家臣の間で意見が分かれ、諏訪の地を預かる板垣信方を悩ましていた。

「四郎様が諏訪の跡を継ぐべき」と主張する勘助は頼重の叔父にあたる諏訪満隣に半ば脅すように意見を求める。

武田の勢力下に置かれた諏訪家は武田家の意向に従うほかはなく、満隣は勘助の意見に賛同を示すしかなかった。

もし、諏訪四郎を諏訪の当主に就ければ寅王丸が反発しかねない。

含みを持った顔で懸念を示す満隣。

諏訪の将来の禍根を断つべく、勘助は策を弄する。

晴信に面会した勘助は駿河の雪斎禅師に寅王丸の身柄を預け、仏門に入れる事を進言したのだ。

勘助の提言を採択した晴信は勘助を使者に遣わす。


晴信の命を受けて甲斐を発った勘助は義元と面会し、寅王丸の受け入れを要請する。

三分割画面で寅王丸の身柄について話し合う、義元、勘助、雪斎、寿桂尼の四人たち。

義元は寅王丸の受け入れを突っぱねようとするが、寿桂尼はそれを押し止め「寅王丸を武田からの証人として受け入れる。武田に不義があった場合は寅王丸を諏訪の正式な後継者として旗頭に祭り上げ、武田を攻める」と勘助の策に乗り、雪斎も受け入れる。

勘助に嫌悪感を抱く義元は勘助を重用し過ぎる寿桂尼に「信用しすぎるな」と苦言を呈し、勘助には「自分の野心を主君の忠義に隠す小賢しい男」と辛らつな言葉を投げかける。

寅王丸の処遇を晴信から聞かされた大井夫人は晴信に対して、父として国主としての慈愛を持つ事の大切さを懇々と説くが、晴信の耳には母の切実な言葉は届かなった。

武田太郎に対しお館の庭先で剣術の稽古をつける飯富虎昌。

その様子を物陰から見つめる勘助とそれを見咎める虎昌。

寅王丸の一件で出過ぎた真似をする勘助をいかがわしく思う虎昌は勘助をそしる。

飯富虎昌と勘助とのやり取りを偶然耳にした三条夫人は寅王丸が出家する事を知る。

三条夫人は「あくまでも御屋形様の為」と悪びれる様子を見せない勘助を厳しく咎める。

寅王丸の一件で重々しい空気が漂う中、駒井政武と春日源五郎の両名は武田家法度の草案作りに勤しんでいた。

曰く「子供同士の喧嘩は咎め立てせぬが、双方の親が出てきて騒動が大きくなればその親に咎がある」

「子供の喧嘩に親が出てくると碌なことはない」

諏訪四郎の問題が重くのしかかっている事を知ってか知らずが、駒井の言葉に納得した様子で賛意を示す源五郎であった。

一方、高遠城の縄張りについて話し合う馬場信春と勘助。

本曲輪の守りとなる二の丸曲輪を延長し、本丸曲輪を囲むように新たに西曲輪を付け加える勘助の案に興味を示す信春に対し「将来、諏訪を継いだ四郎様が伊那郡代を兼任した際、守りを固める為」と説明する勘助。

二人のやり取りを廊下で聞き耳を立てていた信方は諏訪四郎に対して過剰なまでの深入りをする勘助に守役気取りで出過ぎた真似をする勘助に釘を刺したうえで、守役としての心構えを語る。

信方は己の野心を四郎に押し付けようとする勘助の心を見透かしていたのだ。

義元や信方に己の心根の醜さ看破された勘助は雨の降りしきる中、太吉に対して四郎への思い入れを語り、諏訪のみならず、武田の当主として天下に号令をかける姿を夢見るのであった。

三条夫人は晴信に寅王丸の出家について苦言を呈する。

三条夫人は武田太郎が継ぐべき武田の跡目を諏訪四郎に継がせるのではないかと憂慮していたのである。

武田の跡目を太郎に継がせると迫る三条夫人と三条夫人の言葉に目元を引きつらせる晴信。

「家督の事は儂の胸先三寸じゃ」

跡目相続に口を挟もうとする三条夫人に怒りを露にする晴信。

事の成り行きを見守る事しかできない大井夫人は慈愛の心を見失う我が子の姿に心を痛めるばかりである

諏訪四郎と四郎に肩入れする勘助の存在が武田家中に暗い影を落とす中、駒井政武は法度の草案を晴信に差し出す。

草案を手にした晴信は駒井と春日源五郎の労をねぎらう。

後は、晴信の正式な裁可を待つのみである。

草案を手にした晴信が退席しようとしたその時、駒井は条文の最後にもう一条を付け加える事を申し出る。

駒井が付け加えようとした最後の条文は、「当主である晴信の言動もまた法度に規制されるものであり、もし、晴信自身が法度に背いた場合は法度に従い断罪を受ける」というものであった。

駒井の提案を受け入れた晴信は駒井を大いに褒める。

治外法権的な扱いになる当主もまた規制の対象となるというのは、当時としては革新的な分国法である。

相木市兵衛は真田幸隆と北信濃攻略について密儀を重ねていた。

北信濃における反武田の気運は高く、凋落したとは言え関東管領の影響も無視できず、北信濃の情勢は不安定さが増すばかりである。

続く
Posted by 田舎帝王 at 2017年09月17日 21:34
台風一過となつた、甲府市内の夜明け前。

サテ田舎帝王さん。風林火山の活写、見事なり。益々輝きを増すその解説の前に、爺も奮戦空しく、脱帽せざるを得ない。
「家督の事は儂の胸先三寸じゃ」是は、第三話で、武田信虎(仲代達也演)が語った場面と、全く同じであつた。

そして風雲急を告げる、北信濃。次号予告には、長尾景虎(学徒演)の姿も、見受けられた。

今回の風林火山紀行は、駒井政武ゆかりの韮崎ではなく、そのアシスタントをした高坂弾正の石和を紹介したのは、少し意外であつた。
Posted by 百足衆 at 2017年09月18日 05:20
おはようございます♪
幸い、台風の被害はありませんでした。。

田舎帝王様、さすがです!読んでいて、昔見た記憶のシーンを思い出しました!あの時の駒井が、今年の但馬だったんですね!

百足衆様の解説も、遜色ありません!眼帯をチンチンつついたシーンも、思い出しました♪
Posted by ラー at 2017年09月18日 05:52
毎週月曜日は、田舎帝王さんの大河解説を拝読するのが楽しみです。

百足衆さんの大河&朝ドラ解説も日々の糧です。
Posted by シモン at 2017年09月18日 06:16
田舎帝王様、

堪能させていただきました

おんな城主の解説も、気長にお待ちします。
Posted by 無名X at 2017年09月18日 07:16
百足衆さん田舎帝王さん
解説お疲れ様です^^

この時、寅王丸を出家させたことが後々萩乃(演:浅田美代子)の死に繋がるんですよね。萩乃に憎まれてた勘助の意趣返しだったのか・・・

ホントこのドラマは、伏線が深い・・・
Posted by A2Z at 2017年09月18日 07:27
おほほ〜

戦国時代の武田信玄なら
「家督の事は儂の胸先三寸じゃ!」
はアリだと思うけど〜

「都政の事は儂の胸先三寸じゃ」
は辞めてね〜小池おばさん〜!?
Posted by おんな城主 at 2017年09月18日 07:34
熱中症となつた、甲府市内の午後。
けふの「日和っ子」月時計でだらだらと女性たちがつまらない世間話を交わす。

という、回でした。
サテ女城主さん。解散総選挙ですナ。小池さんが国政に打って出ると云われていますが、そもそも自分の持ち場の東京都でキチット仕事をして欲しいものです。
Posted by 百足衆 at 2017年09月18日 14:56
自民党の議席が減って憲法改正できなくなるのではと不安です。東北・北海道・愛知・沖縄では自民党は弱い。それらの道県では民進党が当選してしまう。
Posted by デハ at 2017年09月18日 20:28
今週の女城主

井伊家を解散させたおとわは農婦となり、瀬戸村で悠々自適な生活を送っていた。

そんなおとわの前に南渓がやってくる。

南渓の口から瀬戸方久が井伊家の重臣新野家の長女あやめを娶る話を聞かされ、おとわは喜ぶ。

あやめの刺繍を見た方久が銭の香りを嗅ぎつけたのが縁談の顛末であった。

おとわは龍雲丸にあやめの縁談話をするが、龍雲丸はうわの空。

そんなある日、龍雲丸のもとに一人の女性が訪ねてきた。

女性の名はたまきといい、少女時代、龍雲党で寝食を共にしていた龍雲丸の仲間であった。

たまきは堺に居る中村与太夫からの書状を携えていた。

「堺に来い」

書状は与太夫からの誘いの手紙であった。

「共に来ないか」

「われは井伊に残る」

龍雲丸の誘いにおとわは井伊に残る選択をする。

井伊家を解散させたとは言え、井伊の家に未練を残すおとわであった。

龍雲丸の堺行きの話でおとわの周囲は騒がしくなる中、近藤屋敷に行商人が訪れ、奉公に上がっていた高瀬に武田の遠州侵攻が間近に迫っている事を伝え、武田攻めの騒動に紛れて康用を暗殺するように強要する。

高瀬が康用暗殺を強要されたその頃、裕椿尼はおとわを訪ね「孫の顔が見たい」と堺行きを渋るおとわの背中を押すのであった。

堺行きを渋るおとわの態度に堺行きを断念しようとしていた龍雲丸ではあったが、母から背中を押されたおとわは井伊への未練を断ち切って龍雲丸と共に堺へ行くことを決意する。

堺行きを決意したおとわは、龍潭寺のお堂で浮かぬ顔をした高瀬を見かけ声を掛ける。

イマイチ歯切れの悪い高瀬の態度に不穏なものを感じ取るが、それを打ち消す大事を中野直之が告げる。

武田の遠江侵攻である。

隣接する駿河、信濃の領国から二面攻撃に晒される徳川勢。

武田の遠州侵攻で混乱する徳川陣営。

混乱する徳川陣営で淡々と情勢を報告する松下常慶。

突如の武田侵攻により同盟者である織田の援軍も望めず、家康は窮地に陥る。

武田侵攻の一報に接して、南渓は龍雲丸におとわを託し、早々に井伊谷から立ち退く様におとわに迫る。

南渓の催促を拒否するおとわ。

龍雲丸もおとわに同調する。

龍雲丸は武田の戦火から井伊の民を守る決意を固める。

近藤康用が武田に下る以外に井伊の民を救う道はない。

おとわたちが策を講じる最中、武田の勢いは留まるところを知らず、遠江の要を次々と攻略していった。

劣勢を伝える常慶の報告に家康は遠州割譲を条件に和睦の道を探ろうとする。

家康は武田と組んで織田包囲網の一角を担う戦略を立てるが、織田の援軍が着陣する。

織田の援軍佐久間信盛の着陣により、家康は否応なしに武田と対峙する羽目となった。

三方ヶ原の戦いである。

この戦で手痛い大敗北を喫した家康は命辛々浜松城に引き上げる。

家康から漂う怪しい臭い。

恐怖のあまり脱糞した家康は訝しむ家臣たちに「焼き味噌じゃ」と強がりを言う。

徳川・織田連合軍を蹴散らした武田勢は浜松に接する井伊谷領に迫りつつあった。

徳川勢の敗北に康用は玉砕の覚悟を固める。

一方、龍雲丸は井伊谷の民を逃散させ、龍潭寺の僧侶たちは戦支度を整える。

井伊谷の民が逃散した事を知った康用は糾弾しに龍潭寺に乗り込むが、逆に南渓から武田に下る事を勧められる。

井伊谷の民が隠し里へ逃げこむが、その中に高瀬の姿は無かった。

高瀬はたった一人、井伊谷城に入り康用の湯漬けに毒を盛る。

高瀬が湯漬けを届けると康用は謝意を伝え城から落ち延びる様に勧める。

康用の心遣いに心が揺れる高瀬。

椀を手にした康用は湯漬けに口をつけようとしたその時、武田の兵が城の目前まで迫り、軍の指揮を執るべく座を離れる。

康用は寸前のところで命拾いし、高瀬は康用を手に掛けずに済み安堵する。

武田に対し玉砕覚悟の康用だったが、康用の前に兵装したおとわが詰め寄り、武田への帰順を迫る。

康用は城を放棄する決断はするものの、大人しく城を明け渡すことを潔しとはせず、城中に火を掛けて退城の下知を下す。

城兵たちが城に火を掛けると、おとわは直之に後事を託し、火の手の上がる城中に立ち入り、行方の分からぬ高瀬と龍雲丸を探し求める。

火の手が回る城内で高瀬と龍雲丸は鉢合わせ、そこにおとわが合流する。

火にまかれ井伊谷城は落ちる。

だが、誰一人死ぬものは居なかったという。

西進を続ける武田勢。

井伊の苦難の道は続く

来週につづく
Posted by 田舎帝王 at 2017年09月18日 22:02
今週は時間があったので早く仕上げる事が出来ました

武田侵攻と同様に何の前触れもなく衆院の解散が報じられました

愛知7区の選挙区民としては、パコリーヌが落選するのを願います。




Posted by 田舎帝王 at 2017年09月18日 22:07
田舎帝王さん
しかし何故か民進党の有名議員って当選してしまうんですよね
Posted by デハ at 2017年09月18日 23:04
夜猶暗き、甲府市内の夜明け前。
けふはごみ捨てに行き、仕事を為し終えた。

サテ田舎帝王さん。見事な、女城主直虎解説也。
細部に亘る描写、真に写実描写の妙と、云える。

爺にとつて、最後の衆院選挙かも知れません。民進党に投票する人は、もり蕎麦かけ蕎麦が余程好きな人達なんでしょうナ。
Posted by 百足衆 at 2017年09月19日 04:13
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