2017年11月12日

稲荷寿司

油揚げの中に酢飯を詰めた寿司です。

inarisushi.jpg

「寿司」という言葉で、江戸前のにぎり寿司を連想する人は多い事でしょう。
酢飯のシャリ玉に、主として海産物の寿司種を載せて供せられるこの食べ物は、海外では「日本の寿司」とは即ち「握り寿司」の事と認識されています。

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回転しない高級寿司店に入り、
「何握りやしょう」
と聞かれて、
「稲荷寿司をお願いします」
と答えると、
「旦那、入る店を間違えてませんか?」
と聞き返されることが多いはずです。多くの高級寿司店では、稲荷寿司はお品書きに載っていないのです。

稲荷寿司は、味付けした油揚げの袋に酢飯を詰めたものです。関西では、普通の酢飯だけ詰められることは稀で、たいがい人参や椎茸などの具材が煮込まれて酢飯の中に入っています。稲荷寿司には、江戸前の握り寿司の持つ「粋」な風情は殆どなく、かんぴょう巻同様に「腹を膨らませるための実用的な食べ物」と多くの人に認知されています。

江戸時代、日本食には油を使った料理は殆どなく、油揚げがほとんど唯一の油料理でした。油揚げがしばしば狐の食べ物として登場するのも、その色が狐の毛皮に似ているからでもありますが、狐よりもむしろ油を欲する猫によって食べられたと想像されます。油揚げにありつくことが出来なかった猫は行灯の油を舐め、化け猫になりました。

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私は出社前にオフィスの近くにあるセブンイレブンで昼食を買っていくことが多いのですが、ここで売られている稲荷寿司は多くの客向けに生産される汎用食品のレベルを超え、相当に美味しいです。
私と同じ考えを持つお客さんが多いのか、最近は売り切れていることが多いのが少し残念です。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(21) | 飲食物 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まだほの暗き、甲府市内の夜明け前。
けふの「わろ天下」わろと松坂大輔の活躍に、ご期待下さい。

という、一週間でした。
サテ稲荷寿司は、熱田神宮に祀られる狐が発祥で、お稲荷さんは伏見稲荷が発祥と云う。
田舎帝王さんが、この歴史の最大の物知りと思う。
Posted by 百足衆 at 2017年11月12日 05:35
いなーり すし!寿司!
あうんさん・すーしーさん。ろひんぎゃ!

シモン様、シモン様。
昨日は、久びりにお会いできて、

愉しかったです。
楽しかったのです。
ほげらっ ほげらっ。

百足衆様、百足衆様、
二回連続の一番槍、

おめでとうございます。
おめでとうございます。

ことっほぎゃっ!

ことっほぎゃっ!
ことっほぎゃっ!
ことっほぎゃっ!
ことっほぎゃっ!
ことっほぎゃっ!


ことっほぎゃっ!
ことっほぎゃっ!
Posted by 藤原 at 2017年11月12日 06:40
シモンさん昨日はありがとうございました。

百足衆さん
熱田神宮でも伏見稲荷でもなく、豊川稲荷です。
Posted by 菅原 at 2017年11月12日 06:55
自分の周囲では「おいなりさん」「おいなり」といった名称で呼ばれていたので、寿司カテゴリーの印象は極めて薄いですね。

セブンイレブンは久しぶりに減益を記録してしまったようですが、取扱い食品の品質はコンビニ業界の中では高いとされています。
Posted by ヨット at 2017年11月12日 08:43
晴れとなつた、甲府市内の昼下がり。
けふの「風林火山」
道安(内野演)は緒形拳と酒を酌み交わしながら「いつ勘助と気づいたか」と問うと、「とっくに気づいていた」と、答える。
晴信(亀五郎演)の嫡子、義信は、傳役の飯富虎昌と共に、三条夫人達から祝福を受けながら元服する。(此の場面にも、先週の女城主直虎で、万千代が家督を継がねば元服できない、と云った事がおかしいと判る。)
すると、大井夫人(風吹演)が、病に倒れ、勘助を救う様に、晴信に伝える。
期限までに鉄砲百丁を用意できなかった勘助は、長尾景虎(学徒演)に処刑されそうになるが、間一髪で吉田鋼太郎が百丁の鉄砲を持って到着し、難を逃れる。

という、回でした。
サテ、田舎帝王さんの、解説を迎え撃つ。
Posted by 百足衆 at 2017年11月12日 15:01
夜となつた、甲府市内の夜。
けふの「女城主直虎」
家康(阿部演)に秀忠(赤子演)が生まれる。
眉を顰める瀬名(七尾演)は、信康に側室を勧める。
すると、織田信長(信成演)は徳川家の謀反を疑う。
釈明に走る酒井忠次。御代の方(栗原演)は、家康に、信康を斬るように、勧める。
岡崎に瀬名を尋ねてきたおとわ(柴咲演)。その眼前で、信康捕物帳の幕が、斬って落とされた。

という、回でした。
サテ田舎帝王さん。爺の渾身の解説を、凌駕して見よ。
Posted by 百足衆 at 2017年11月12日 19:30
私はシャリだけの方がいいので関東風の方が好きです。シイタケやゴボウは要りません。
Posted by デハ at 2017年11月12日 19:43
皆さんが大河のレビューをしているので金八黄門のレビューをしてみたいと思います。(駆け足で)
1話 南部藩の内紛を知らせた若侍は黄門の目の前で殺される。南部藩の悪者は柳沢が操っていた。南部藩を救うために黄門一行は旅立つが、柳沢も刺客を追わせる。
というところから始まるのですが、
・黄門は説教口調で偉そう。
・格さんはまじめな人格者で黄門から全幅の信頼を得ている。
・助さんは黄門の世話が嫌で嫌で仕方なく、美人だけ助ける。人間的に未熟で、格さんのフォローがないとまともに生活できないクズ。だが、剣術は強く、イケメンでもてる。
・弥七は神出鬼没だが、中谷さんほどの存在感はない。

矛盾点
・福島なのにラストで助けられた子供たちが会津磐梯山を歌う。(4話)
・水戸ーいわきー相馬ときて、なぜか内陸に寄って福島ー白石と回り、先代はスルーして6話は志津川。ルート的には亘理ー仙台城下なのではないか?
・仙台藩には勘定奉行という役職はない。(仙台藩では奉行=家老のため。)
また、この時代すでに原田家は改易されているが、悪奉行は原田。ただ、これは現存する家を悪く書かないために滅びたものを悪者に仕立てたいという意味もあるかもしれません。

Posted by デハ at 2017年11月12日 19:55
夜の帳の降りた、甲府市内の秋の夜。
サテデハサン。金八先生による水戸黄門、見事なる解説なり。
中谷一郎さんの弥七は、佳かった。空気抵抗にもかかわらず、手裏剣に風車をつけて手裏剣を投げるのは、中谷さんしかあるまい。
お新さんは、出ていませんか。
Posted by 百足衆 at 2017年11月12日 20:20
老師
私は弥七が好きだったのに田原坂で新田義貞を操って南洲を亡き者にしようとしたので腹が立ちました
Posted by デハ at 2017年11月12日 20:52
家康は信康の側近から刺客を出したことへの示しをつけるべく、岡崎衆に対して城下町への居住を認めぬと厳しい処断を下す。

家康からの厳しい処断を前に岡崎衆は家康への不満をあらわにするが、信康は戦働きを持って汚名を雪ぎ、家康の勘気を解こうとする。

岡崎衆の目覚ましい働きは家康を満足させるに値するものであったが、康政は岡崎衆への処断を解くのに反対の立場を崩さなかった。

その頃、家康の側室に子が生まれる。

長丸と名付けられたこの赤子は、後の二代将軍となる徳川秀忠である。

長丸の守役の話が持ち上がる中、自分が守役に抜擢されるものと勘違いして舞い上がる万千代に与えられた任務は長丸の誕生を岡崎へ伝える役目であった。

長丸の誕生の知らせに築山は不機嫌となる。

まだ、子の無い信康の後を長丸が継ぐのを恐れた築山は、信康に側室をあてがう事を提案する。

舅である信長の気持ちを忖度した信康は側室を娶る事に難色を示すが、側室に生まれた子を徳姫の子として育てれば織田の顔も立つと瀬名の説得を受け入れて室候補を探す事となった。

瀬名より側室の当てを尋ねる書状が直虎のもとに送られるが、お家騒動の匂いを感じ取った直虎はこれを黙殺する。

徳姫から父信長へ側室に関する書状が届けられるが、信長はこれを面白がらず、静かに怒りを示す。

信長は信康に使者を送り、信康に箔をつける為に従五位下の叙任の口添えを申し出るが、浜松との火種を恐れる信康は任官の話を丁重に断る。

その頃、岡崎との関係修復を模索していた家康は自身が岡崎に入り、信康を浜松へ入れる腹案を家臣達に示す。

お家の為、岡崎と織田と両方に気を配る家康の姿を見た万千代は、かつて、今川の圧力に耐え忍び続けてきた井伊の姿を重ねていた。

安土城落成の祝辞を述べに信長のもとへ酒井忠次が派遣されたが、信長は忠次に対して信康の側室の件と武田との内通の疑惑を持ち出してこれを糾弾する。

忠次は謀反の嫌疑を否定するものの、かつて、家康が武田に付こうとした一件を持ち出し、返答に窮した忠次は信長の言葉を持ち帰る。

謀反の嫌疑を掛けられ、岡崎のみならず、徳川家そのものの危機を前に打開策を講じるものの、すでに武田の旧臣から側室を得ていた信康を庇いきれないと判断した忠次は、信康の首一つで事を収める案を進言する。

忠次の提案に怒りを露にする家康であったが、母於代から武家の宿命としてこれを受け入れ、お家の存続を図るべきであると説き伏せられる。

かつて、徳川家の為に家臣達が汚れ仕事をこなしてきたが、母の説得を受け入れた家康は、家名存続の為に自らの手を汚す決意を固めるのであった。

瀬名の招きに応じて直虎は瀬名の元を訪れる。

瀬名との対面の場で悲劇が起きる。

瀬名と直虎の目前で信康捕縛劇が展開されたのだ。

我が子の無実を訴える瀬名は乱心者として捕らえられる。

信康助命の為に守役の平岩親吉は我が首を持って潔白の証にしてほしいと家康に訴えるが、信康は父の処断を甘んじて受ける覚悟を示す。

信康捕縛の知らせは松下常慶を介して今川氏真の元に知らされる。

家康は信康の窮地を救うべく、氏真の伝手を使い信康の助命の働きかけを請うたのであった。

家康の要請を快諾した氏真は、今川の面子に掛けて信康助命に立ち上がったのであった。

つづく
Posted by 田舎帝王 at 2017年11月13日 00:05
これほど氏真を格好良く描いたドラマはあったであろうか?

真田丸では秀次と光成の名誉が回復されたが、今年の大河で氏真公の汚名が雪がれた

Posted by 田舎帝王 at 2017年11月13日 00:18
未だ暗闇の、甲府市内の夜明け前。
今週も、「わろ天下」わろ(葵演)の活躍に、ご期待ください。

サテ田舎帝王さん。女城主直虎の活写、見事なり。
信康事件を描いた回。近年の研究では、信長に命じられたと云うより、浜松と岡崎の反目が原因と見る向きも、多い。だが本作のように、信長を前面に出した脚本は、人口に膾炙する。
今川氏真、武田家に滅ぼされた後の動向があまり伝わっていなかったが、今回氏真を演じた尾上松也の好演も光り、新たな歴史のスポットが、当たった。
Posted by 百足衆 at 2017年11月13日 04:14
おはようございます。

里帰りしていた妻が今日帰って来ます。昨日は、彼女を迎える準備で大変でした・・・というか、まだ終わっていません(苦笑)。
昨夜までに全ての部屋の床をきれいにし、ワックスをかけたのですが・・・昨夜はあまりねていません。さて、彼女を喜ばせることはできますでしょうか(笑)?
Posted by GATTO at 2017年11月13日 08:03
武田家に仕える隻眼の軍師の存在は越後にも知れ渡っていた。

勘助は長尾景虎と面会したその瞬間から武田の間者であることを見抜かれていたのだ。

景虎は武田の間者である事を見抜いたうえで宇佐美定満に勘助を預け、晴信が越後へ野心を向ける前に越後の統一を急ぐべきとのメッセージを送ったのだ。

勘助は景虎に利用されたのであった。

定満は勘助に越後に下るように説得を試みるが、勘助は根来の僧侶とうそぶいて定満の誘いを聞き流す。

景虎は三度定満の元を訪れる。

定満は三顧の礼に応えるべく、景虎に午王宝印に誓詞をしたため、景虎の配下につく事を誓う。

定満の取り込みに成功した景虎は越後を二分する長尾政景征伐の意思を固め、勘助に対して鉄砲百丁を急がせる。

砥石崩れにより信濃の情勢が緊迫する中、武田晴信の嫡子太郎は義信と名を改め元服を果たす。

大井夫人と三条の方は義信の守役として長年にわたって仕えてきた飯富兵部の労をねぎらう。

晴信の舎弟信繁と諸角虎定がいまだ囚われの身となっている勘助の身柄について話し合う中、大井夫人が倒れた知らせが舞い込む。

母の身を案じる晴信であったが、逆に勘助の身を案じ、村上義清に二度も大敗した事を教訓にして信濃攻略を諦める様に言い含められるが、晴信は甲斐を守るために戦をせねばならぬと信濃攻略の決意を崩すことはなかった。

定満に従い春日山城に入った勘助であったが、鉄砲の納入遅延を理由に牢へ監禁されてしまう。

定満を味方に引き込んだ景虎は軍議の席で政景討伐の軍令を下すが定満が異を唱える。

景虎の姉を政景の元に嫁がせたうえで和議を結ぶ案を進言するが景虎にその意思がなく、代案として政景側から人質を差し出す様に要求する事を提案する。

例え人質の要求を拒絶したとしても、政景方に圧力を加え続ける事で政景の戦意を挫く策に柿崎景家は賛同する。

人質要求の書状が政景の元に届けられると政景は激昂して景虎に兵を向ける決意を固める。

一方、景虎も雪解けを待って政景に対して宣戦布告するものの、政景は景虎の重圧に屈する形で和議を申し入れた。

景虎は政景の降伏を持って姉を政景の元へ嫁がせる決意を固める。

景虎は春日山城へ詫びを入れる政景の首に菖蒲の葉でこしらえた刃を振り下ろし、政景に姉を嫁がせることを伝えると、政景は敗者にそぐわぬ態度で遇してくれた景虎に忠誠を誓う。

政景の降伏を持って越後統一を果たした景虎は、鉄砲百丁の履行不届き理由に勘助の処断を下す。

景虎は越後に下る事を条件に助命しようとしたが勘助はこれを拒絶。

自らの処刑を前にしても景虎を挑発する勘助。

景虎は勘助を木に縛り付け、その頭上に風林火山の文言をしたためた紙を打ち付けると鉄砲を所望する。

景虎は神仏を信じよと勘助に因果を含めるが、勘助は銃殺が目前に迫る中でも神仏ではなく晴信を信じ、人の心を信じていた。

景虎が鉄砲を構えたちょうどその時、津田監物が景虎に面会を申し込んだ。

監物は鉄砲百丁を持参して春日山城に罷り越したのである。

勘助の祈りは通じた。

鉄砲百丁の履行を持って勘助の命は救われたのだ。

縄を解かれた勘助は信濃の地で景虎と相まみえる運命を感じ取ったのであった。
Posted by 田舎帝王 at 2017年11月13日 08:06
夕闇となつた、甲府市内の夕方。
サテ田舎帝王さん。
「風林火山」渾身の解説、見事なり、見事なり。

次週は、また諏訪の姫様の回のようですナ。一回休みのような、回でいいかナ。
Posted by 百足衆 at 2017年11月13日 16:41
夜となつた、甲府市内の夜。
サテGATTOさん。久々に奥様と再会出来る日、祝福致しますゾ。
浜松の夜のお菓子、鰻パイを食べて、仲睦まじくお過ごしくださいナ。
信玄餅でも、佳い。
Posted by 百足衆 at 2017年11月13日 18:12
こんばんは。

百足衆先生、メッセージありがとうございます。今、成田空港で彼女を待っているところです。もう、飛行機は到着しています。後はロビーに出てくるのを待つだけです。あたたかなメッセージ、本当にありがとうございます。

それと今日は、うれしいことがもう一つありました。地質に「千葉時代」というのができるらしいです。郷土を愛する者として、最高にうれしいです!
Posted by GATTO at 2017年11月13日 20:28
そう、「チバニアン」ですね。
Posted by GATTO at 2017年11月13日 20:34
あっ、彼女が出てきました! とりあえず、今日は失礼します。ありがとうございました。
Posted by GATTO at 2017年11月13日 20:40
未明となつた、甲府市内の夜明け前。
けふの「わろ天下」愈々、寄席がスタートです。

サテGATTOさん。奥様の無事のご帰国、何よりです。
実況中継をして呉れて、有難う。生憎その時刻、爺は床に就いて居ました。
千葉時代の到来ですナ。森田健作も、青春を取り戻せるか。
Posted by 百足衆 at 2017年11月14日 04:13
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