2017年12月04日

大正漢方胃腸薬

鷲のマークの大正製薬の胃薬です。

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師走に入ると、俄然飲み会の機会が増えてきます。忘年会に送別会、日頃の仕事のストレス発散のために、飲み過ぎや食べ過ぎもよくあることです。

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結果としてもたらされる、胃の重さやもたれ感、胃痛、胸やけや胸つかえ、吐き気、げっぷ、胃酸過多に食欲不振、お腹の膨満感。そんな疲れた胃腸のために、胃腸薬を愛用している人も多い事でしょう。
私が90年代頃から常備しているのは、大正漢方胃腸薬です。

この薬は、キャベジンのような西洋医学の薬ではなく、安中散と芍薬甘草湯という漢方薬が配合された漢方薬です。その中に含まれる桂皮、つまりシナモンの香りはなかなか味わい深く、この漢方薬を薬としてでなく調味料として愛用している人もいるそうです。実際私の会社の人で、シナモンティーの代わりに大正漢方胃腸薬を紅茶に入れて飲んでいる人もいます。

ただ、この薬はあまり日常的に服用し続けるのは良くないそうです。
成分に含まれる甘草(カンゾウ)を摂り続けると、血液中のナトリウム濃度が上がり、カリウム濃度が下がることがあり、身体のだるさやむくみ、血圧上昇、手足のしびれや痛みといった症状があらわれるそうです。

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西洋医学にせよ東洋医学にせよ、薬に頼ってまで飲食を重ねるという行為の方が愚かな事です。
「医食同源」の言葉通り、食べ過ぎも薬の飲みすぎも体に良くありません。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☁| Comment(22) | 医薬品 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
酷寒となつた、甲府市内の夜明け前。
けふの「わろ天下」わろ達は、寄席の経営を立て直すことが出来るか。ご期待ください。

サテ胃腸薬。爺は、キャべジンです。パンパン、パンシロン。を飲んでいた同僚は、胃癌で、逝去しました。
Posted by 百足衆 at 2017年12月04日 05:21
どこかわすれましたが、「顆粒⤴」と語尾が上がる胃腸薬があった気がします。
キャベジンはキャベツの芯を粉末にしたものだと思っていましたが西洋医学でしたか。
Posted by デハ at 2017年12月04日 07:19
デハさん

新三共胃腸薬です。
Posted by 菅原 at 2017年12月04日 09:18
菅原君 この、
だらくそ!だらくそ!ぱげ!ぱげ!かわずやまの、松前小島窃盗北朝鮮船!

デハ様は、キャベジンの事を、仰っている!
それを新三共胃腸薬とは、どういう了見だ!
キャベジンコーワに、

謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!
Posted by 藤原 at 2017年12月04日 10:20
晴れとなつた、甲府市内のお昼時。
けふの昼食が、発表された。
焼き肉だ。エバラ黄金の垂れをつけて、食べる。
肉は、ミノ、ホルモン、そしてコブクロだ。

ホルモンと云えば、昔「ごちそうさん」という朝のドラマで、近藤正臣が、ほおるもん爺さんの役名で、登場した事があった。
ホルモンは!健康的で、ヘルシーな食べ物だ。

Posted by 百足衆 at 2017年12月04日 11:44
私は、この薬とパブロン風邪薬を常にバッグに入れて持ち歩いています。
Posted by 無名X at 2017年12月04日 12:36
大正漢方胃腸薬、上司に怒られたりした時に飲むのにピッタリですね♪

飲み過ぎに注意。。
Posted by ラー at 2017年12月04日 16:54
藤原さん
いや私が知りたかったのは新三共胃腸薬です。
ですから今回も菅原さんが正解なのです。

ところで太田胃酸は「王退散」と聞こえ、阪神タイガースの投手、特に故・村山監督が愛用してそうですね。
Posted by デハ at 2017年12月04日 17:13
デハさん
キャベジンはキャベツの芯ではないですが、キャベツの中に含まれるメチルメチオニンの事をキャベジンと言います
メチルメチオニンの効能はそのままキャベジンの効能と一緒です
Posted by 田舎帝王 at 2017年12月04日 17:24
シモンさん

最近の記事は、昔ほどウィットがありませんね。

その分、田舎帝王さんやデハさん、GATTOさんに百足衆さん他のみなさんが頑張って下さっています。
Posted by 菅原 at 2017年12月04日 19:34
背後に写っているのは、もしかしたら外国人学校の建物でしょうか?
Posted by 明石の蛸 at 2017年12月04日 21:36
明治・大正・昭和と違って平成は、企業名として掲げられにくい感じがする。
Posted by ヨット at 2017年12月04日 22:10
駿河を手に入れた家康は宴席を開く。

この宴の席で万千代は織田家への不満をぶちまける。

宴が盛り上がり、徳川家中の興が乗った頃、信長の使者が家康の元に遣わされた。

また信長から無理難題を押し付けられるのか?

家臣達が戦々恐々となる中、使者の言上は武田攻めの戦後処理が終わり、安土へ帰還する途上で徳川領の名所を見学したいと言うものであった。

信長をもてなす事となった徳川家臣団は持て成しの準備を整える。

信長が浜松に入ると今川氏真が武田攻略の祝賀の口上を述べ、美丈夫達による御前相撲を披露する。

相撲を楽しんだ信長は長年にわたる徳川家の奉公に感謝し、家康に対して全幅の信頼を寄せた。

そのころ、井伊谷ではある事件が起きていた。

井伊の古井戸の前に幼子が捨てられていたのだ。

直虎は、井戸の前に捨てられた子供が後に共保と名乗り、井伊家を興した由緒に倣い、これも何かの縁と思い、子を預かる事になった。

浜松城では信長が安土に戻り徳川家中は安堵で胸を撫で下ろしていた、ホッと息をつけたのものもつかの間。

再び信長の使者が遣わされ、今度は信長が家康をもてなしたいと言上したのだ。

信長は徳川家中の主力となる家臣を引き連れての上洛を望んだのだ。

武田が滅亡したとはいえ、徳川領の周囲に静謐が訪れたわけではない。

甲斐には織田と武田家再興を目論む穴山氏がおり、東には関東の雄北条氏が睨みを利かせていた。

その様な状況下で重臣たちを引き連れて上洛すれば背後を脅かされる恐れもあるし、織田の本拠地に足を踏み入れれば袋のネズミとなり、家康達は信長の手により誅殺される危険性も考えられる。

ギリギリの対応に迫られる家康に対して氏真は信長の招きに応じる様に助言し、家康に耳打ちをする。

家康の屋敷を後にした氏真は昊天の手によって捕らえられる。

昊天は直虎の命により古井戸に捨てられていた子供について探りを入れてて、たどり着いた先が氏真であった。

直虎と対面する事になった氏真は、井戸の捨て子は光秀の子・自然である事を伝え、信長の陰謀を打ち明ける。

氏真は浪々の身となった時、京に上り光秀と面識を持っていた。

信長の徳川領の見学は徳川領内の視察が目的であり、家康のもてなしを受けた信長がその返礼として家康を上洛させ、都に於いて家臣もろとも誅殺するのが信長の考えた策であった。

その家康暗殺の実行を任されていたのが光秀であった。

光秀から謀略を持ち掛けられていた氏真は、信長への口上に格好つけて浜松城に入り、光秀と謀議を重ねていたのだった。

光秀は家康ではなく、主君信長に対して刃を向けようとしていた。

その共謀の相手に氏真を選び、その証人として預けたのが光秀の子供であった。

光秀から証人を得た氏真は捨て子の体を整え、井伊にその身柄を託したのだ。

氏真の口から信長暗殺の謀議を聞かされた直虎は本多正信を介して家康宛てに書状を送った。

家康と対面した直虎は光秀の謀略を信長に密告すると言い放つ。

家康は信長に誅される前に先手を打ちたいと思っていた。

だが、信長を討った後、武勇知略で鳴らした織田の重臣たちや信長の子息たちによる血みどろの内部分裂が待っている。

そうなれば、信長の手により収まり掛けていた天下の安寧が崩れ去り、再び天下大乱の世に逆戻りとなる。

直虎の願いは天下の安寧である。

家康もまた、戦による解決ではなく、戦に頼らぬ政治体制の構築を考えていた。

直虎は家康が戦に頼らぬ世の中を築くなら微力ながら力添えをしたいと申し出る。

直虎と面会した家康の腹は決まった。

一か八かの賭けに出よとする家康と、気勢を上げてそれに応える家臣達。

歴史の針は新たな時代を指そうとしていた…

続く
Posted by 田舎帝王 at 2017年12月04日 22:22
漆黒の闇に包まれた、甲府市内の夜明け前。
けふの「わろ天下」一万円を巡って、松坂桃李と、藤井隆たちの、戦いの火蓋が切って落とされる。お愉しみに。

サテ田舎帝王さん。「女城主直虎」の活写、見事なり。お見事、の一言に尽きる。
直虎の虎の眼光に、射すくめられた氏真の顔が、めらめらと爺の瞼に、浮かんできましたゾ。
Posted by 百足衆 at 2017年12月05日 04:17
ほほほほ〜🏯

田舎帝王さんの解説は、五臓六腑に沁みるわ〜

お酒を飲みながら読むと最高ね〜🍷

本編は、無理矢理直虎を本能寺の変に絡ませちゃったけど、都知事が国政に口出すよりマシかしら?👎👎👎👎👎
Posted by おんな城主 at 2017年12月05日 08:17
直虎さんは伊賀越えの最中に病没するのですが、今のところ健康そうですね

信長による家康誅殺は荒唐無稽な話ではなく、光秀が京都へ向かった時、家康の寝所を急襲するものだと思っていたと本能寺の変に参加した足軽たちの言葉として記録に残されています

足軽たちが家康暗殺を口にしたのは、家康と信長との間に抜き差しならぬものが存在していたことを、当時の下々の人たちにも薄々感じていた証でしょうか?

Posted by 田舎帝王 at 2017年12月05日 08:46
晴れとなつた、甲府市内の午前中。
けふの「わろ天下」わろ(葵演)達は、専属の落語家と雇用しようとする松坂桃李の姿勢に異議を唱える。

という、回でした。
サテ田舎帝王さん。明智軍が本能寺で本当に討つ相手は、信長ではなく家康だった、と云う説がありますナ。
本能寺の変431年の真実と云う本に書いてありました。
Posted by 百足衆 at 2017年12月05日 10:16
田舎帝王さん、今回もまた素晴らしい解説をありがとうございます♪

今日はラーメンではなく回鍋肉で早めのランチです。
Posted by ラー at 2017年12月05日 11:13
晴れとなつた、甲府市内のお昼時。
けふの昼食が、発表された。焼豚炒飯だ。中華スープも、つく。
GATTOさんの昼食に、思いを馳せつつ、食べる。
GATTOさんも、ラーサンに習い、定食を召し上がられては如何かナ。トンカツ定食、ロースカツを、お勧めしよう。
或いは、テンダーロインステーキ和膳も、お勧めですゾ。
Posted by 百足衆 at 2017年12月05日 12:16
田舎帝王さんのレビューを読んで、
脚本上の違和感が感じられるのは、やはり「直虎が本能寺の変の前に、企みを知っていた」という点ですね。
主人公補正にしても、ちょっと無理があります。

ドラマとして面白ければ、良いのでしょうけど。
ここ何週間も、直虎パートはつまらないです。
Posted by 無名X at 2017年12月05日 19:49
田舎帝王
ということはキャベツをたくさん食べればキャベジンを飲む必要はないということですね。
スルメの白い粉を舐めればリポビタンDを飲む必要がないのと同じです。
ところで1000mgってすごいぽったくった上げ底感のある単位だと思いませんか。たった1グラムですよ。
それこそするめを1枚食べるか表面の粉を全部舐めれば1グラム以上のタウリンは摂取できるはず。
500グラムぐらい摂りたいです。

ただ、スルメを何枚食べても死なないと思いますが、ジンクピリチオンとかグリチルリチン酸2カリウムとかはなんとなく危険そうです。
Posted by デハ at 2017年12月05日 19:52
菅原君 この、

だらくそ!だらくそ!ぱげ!ぱげ!かわずやまの、羽生永世七冠!

人は、キャベツだけで生きるのではない!
パンも必要だ!
スルメよりも、リポビタンDの方が、安い!第一、君はタウリン取得のためだけに、スルメを食べる訳では、なかろう!日本酒の、つまみに食べたいだけだろうが!

そんなこんなで、デハ様と百足衆様に、

謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
所在せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!
Posted by 藤原 at 2017年12月05日 20:38
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