2017年12月20日

怪傑ライオン丸

1972年にフジテレビ系列で放映された子供向け時代劇です。

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今年も、残すところあと11日となりました。
と言っても、最近は年末年始の特別さがあまり実感がないというか、三が日過ぎればまた普通に日常生活が戻ってくるので、特にどうということのないとお考えの方も多いのではないでしょうか。

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70年代の子供たちにとっては年末年始というのは学校に行かずにテレビを見て過ごせる、冬休みという特別なシーズンでした。正月にはお年玉といった形で現金収入もありましたが、なによりこの頃の娯楽といえばテレビでしたので、「テレビっ子」などという単語も(今では死語ですが)ありました。

70年代の子供番組の中で、戦国時代を舞台にした異色の作品が「怪傑ライオン丸」でした。
ではその概要を簡単にご紹介しましょう。

ヒラヤマ山中で妖術を身につけた大魔王ゴースンは、チベットで修行した果心居士をライバル視し、刺客を放っていた。それに立ち向かうべく、果心居士の弟子・獅子丸と、沙織という女忍者、小助という子供忍者たちが立ち上がる。

という、ストーリーでした。では次に、登場人物を簡単にご紹介しましょう。

獅子丸:主人公。両親を戦乱で失い、果心居士に育てられる。「風よ、光よ」と唱えると、刀が光り、「忍法獅子変化!」と叫ぶ事で、ライオン丸に変身する。得意技は「ライオン飛行斬り」。地上を走る動物のライオンが何故飛べるかはドラマの中では明らかにされていない。

沙織:女忍者。16歳。戦国時代には珍しかったミニスカートを着用してゴースンの手下の注意を逸らし、退治する術が得意。よく進んで敵の人質になる。

小助:子供忍者。7歳。だが火薬の使い手でもある。笛を吹くと、ライオン丸が騎乗する天馬ヒカリ丸を呼ぶことが出来る。沙織同様、よく進んで敵の人質になる。

果心居士:室町時代末期に登場した幻術師。七宝行者とも呼ばれる。織田信長、豊臣秀吉、明智光秀、松永久秀らの前で幻術を披露したと記録されている。

虎錠之介:ゴースンの配下の忍者。獅子丸のライバル。この人は、変身して「タイガージョー」と名乗る。得意技はタイガー霞返し。魔法瓶を用いる剣術である。

大魔王ゴースン:大魔王。くしゃみをすると、壷の中から煙と共に参上する。欠伸ばかりしている一人娘がいる。

このような人物たちが、戦国時代の日本を舞台に、日夜血みどろの戦いを繰り広げていました。

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この番組が放映された当時、「戦国時代にライオンとかタイガーなんて」と、眉を顰める人がいました。しかし実際は南蛮交易をきっかけに、比較的多数の英国人も来日していたそうです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(28) | TVと映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
寒冷酷寒暗闇の中の甲府市内。
けふの「わろ天下」おたのしみに。

サテ田舎帝王さん。「女城主直虎」の解説、見事に完走、オメデトウ。天晴れでしたゾ。

サテデハサン。ありがとう。おかげで、爺はいまだ50%の的中率を、保つことが出来ました。
Posted by 百足衆 at 2017年12月20日 05:10
酷寒となつた、甲府市内の朝。
けふの「わろ天下」わろ(葵演)は、芸人の妻に貸した金を回収する為に、一計を案じる。

という、回でした。
サテライオン丸。野球選手に、そういった渾名の選手が居たと記憶しております。

GATTOさん、早く良くなりますやうに。
Posted by 百足衆 at 2017年12月20日 08:11
ほほほほ〜

田舎帝王さん、「おんな城主直虎」レビューありがとうございます😊

素敵だったわ〜👍👍👍👍👍

デハさんが言う通り、信玄はベタだったけど、それ以外はあまりスポットを浴びない人々を魅力的に描いていた佳作だったわね〜🏯
Posted by おんな城主 at 2017年12月20日 11:43
晴れとなつた、甲府市内のお昼時。
サテ恒例の昼食予報。

GATTOさんは、まい泉のカツサンド。
デハサン達は、麻婆豆腐定食。
ラーサンは、コンビニ弁当。

と、予測。

尚爺のっ昼食は、ニラ玉でした。ご飯も、ついた。
Posted by 百足衆 at 2017年12月20日 12:27
コンビニで買ったサンドイッチでした♪


ならば、百足衆様、大正解です!
Posted by ラー at 2017年12月20日 15:40
焼き魚定食。
でも冷奴も付いてた筈。
Posted by 谷汲線デロ一形 at 2017年12月20日 15:48
日没となつた、甲府市内の夜。

サテラーサン、ありがとう。100%。
サテデロサン。50%。
現在のところ、75%。四捨五入して、80%。

なかなかの、高成績である。
Posted by 百足衆 at 2017年12月20日 17:47
遅くなりましたけど、田舎帝王様、最後の直虎レビューありがとうございます!

感動しました!
Posted by ラー at 2017年12月20日 18:35
シモンさん

「眉を潜める」は、「顰める」の誤記ですね。
Posted by 菅原 at 2017年12月20日 18:39
菅原さん

ご指摘多謝。修正致しました。
Posted by シモン at 2017年12月20日 20:00
女城主は領地経営にスポットを当てて面白かったですね
皆さんの反応を励みに書き続けてきましたが、風林火山はまだまだ続きます
こちらも頑張って完走したいと思っています
Posted by 田舎帝王 at 2017年12月20日 22:50
老師
私がカツサンドでした。
Posted by デハ at 2017年12月21日 00:12
酷寒、漆黒の闇に包まれた儘の、甲府市内の夜明け前。
けふの「わろ天下」サラリーマンとなつた、芸人たちの、月給はこれからも支払われるのでしょうか。お愉しみに。

サテ田舎帝王さん。是までの、両輪の渾身の執筆、有難うございましたゾ。あとは、川中島目指して、一直線ですナ。

サテデハサン、有難う、100%。昨日の80%と平均を取ると、見事に90%達成。是も、デハサンのお陰ですゾ、
Posted by 百足衆 at 2017年12月21日 04:15
おはようございます。

百足衆先生、あたたかなお言葉ありがとうございます。今日からまともな昼食がとれそうです。
過去3日間は食べていませんでしたので、なかったことにして、今日からまた昼食クイズに参加させていただきたいと思います。
Posted by GATTO at 2017年12月21日 07:39
ところで、写真は タイガージョー ですな。何だか可愛いです。



シピンも、巨人なんかに移籍しなければ良かった(ボソッ)
Posted by GATTO at 2017年12月21日 07:58
GATTO殿、

お体治って良かったですね。おいらも医療の現場にいるので、快癒したと聞くと嬉しいですね。

タイガージョーの役者さんは、放映途中で不慮の死を遂げたんじゃなかったかな?確か。
Posted by 燈台森 at 2017年12月21日 08:18
晴れとなつた、甲府市内の朝。
けふの「わろ天下」わろ(葵演)が始めた月俸制度が、波紋を呼ぶ。

という、回でした。
サテGATTOさん。体調回復されて、佳かった佳かった。
けふは昼食予報、的中させますゾ。御覚悟召されい。(笑い)
Posted by 百足衆 at 2017年12月21日 08:22
晴れとなつた、甲府市内のお昼前。

サテ恒例の、昼食予報。
回復されたGATTOさんは、惣菜パン。
デハサン達は、中華料理。
ラーサンは意表を突かず、ラーメン。
菅原君は、コンビニ弁当。

と、予報。
爺の昼食は、未だ発表になって居ないが、焼きそばらしい。
Posted by 百足衆 at 2017年12月21日 11:39
百足衆様、お見事!

今、豚骨ラーメン食べています。餃子も食べてます^_^
Posted by ラー at 2017年12月21日 12:09
パスタでした 
Posted by デハ at 2017年12月21日 12:14
こんにちは。

百足衆先生、お見事! 正解です‼ 自分の体調が良くなったのもうれしいですが、同じ日に先生の正解が見られて、最高の気分です。
ところで、明後日ですが、お昼はまだ決まっていませんが、夜にイタリアン・レストランに行く予定です。2食続けてイタリアンはないと思いますので、それ以外で考えてみてください。良いヒントでしょ?


燈台森さん、あたたかなメッセージありがとうございます。週明けの3日間は結構苦しかったです。まともに食事できる喜びを味わっております。感謝感謝です。
Posted by GATTO at 2017年12月21日 12:48
再び、燈台森さん。

そうなんです。たしか、旅館のお風呂で転んで、ガラスで腹部を切り、出血多量だったとか・・・

・・・本当に悲しいですよね。
Posted by GATTO at 2017年12月21日 12:52
百足衆さん

餃子の王将で八宝菜食べました。
Posted by 菅原 at 2017年12月21日 14:30
漆黒の闇に包まれた、甲府市内の夜。

サテGATTOさん。ありがとう。佳い佳い。爺は、GATTOさんの昼食を的中させた事より、GATTOさんが元気になった事の方が、余程嬉しいですゾ。

菅原君 の中華料理も的中させ、デハサンは惜しかったが、元々パスタやスパゲティは、中華麺が欧州に伝播した事を考えると、90%の的中率と見て、妥当だと思いますが、如何ですかナ。
Posted by 百足衆 at 2017年12月21日 18:42
百足の旦那、

どう見ても的中率10%未満。
ラー殿は、どう見ても迎合してるだけ。本当は別のもの食べてると思うぜ。

あんまし、若い人を困らすじゃないよ。
Posted by ファンタジスタ・サブロー at 2017年12月21日 19:39
ライーっ オン!おん!
オンブラマイフ。ソプラノ!

帰国しました、帰国しました。
海外は、菅原君の顔を見ずに、
Posted by 藤原 at 2017年12月21日 19:53
大井夫人の葬儀の場で晴信は軍議を開き、村上攻めを決断する。

その軍議の席上、太郎義信の守役飯富兵部は密かに進み始めている北条との婚儀の話に難色を示し、村上を下し、信濃を領有したのちに今川との婚儀を取り計らうように進言するが、勘助は飯富の意見に真っ向から反対し、今川との結びつきを背景にいまだに去就を明らかにせぬ信濃の国衆を味方に引き入れる策を献じる。

晴信は勘助の策を採ると、今度は馬場民部が調略による信濃攻略に憂いを表す。

村上との決戦を避けた結果、村上が越後へ逃げこめば、いずれは長尾景虎と戦を挑まなければならない。

晴信は越後との戦はひとまず考慮に入れず、義信の婚儀と村上攻めを当面の課題とする判断を下す。

軍議が終わり、飯富は廊下を歩く勘助を呼び止めると武田家の跡目について念押しをする。

飯富は我が子を武田の跡目にと願う由布姫の意向に従う勘助の動きに警戒をしていた。

諸角と二人きりとなった馬場は最近の武田の戦の在り方について不満を漏らす。

調略によって降伏した国衆の所領を安堵し続ける事で、武田家譜代の家臣達に新領は与えられずにいた。

昇給が無ければ武田家中のモチベーションが下がり、武田の屋台骨が崩れるやもしれない。

馬場の不満は将来の武田家への憂慮でもあった。

村上討伐の前哨戦として、馬場は安曇一帯を押さえる小岩嶽城を猛攻の末落城させた。

これにより武田は村上に対して優勢は揺るぎないものになった。

その頃、飯富兵部の弟飯富昌影が新たに武田の家中に加わり侍大将に遇され、小姓として仕えていた春日源五郎も春日虎綱として家臣団に組み込まれた。

また、今川家より嫁を迎え入れた太郎義信の婚儀も滞りなく執り行われた。

婚儀の夜、中座して屋敷に籠っていた勘助のもとに原美濃守の娘リツが押し掛けて告白をする。

リツ告白に戸惑いの表情を浮かべ困惑する。

その頃、越後に逃れた上杉憲政は遊興に耽っていた。

その憲政のもとに景虎が訪ねる。

関東出兵をせかす憲政に対して景虎は上洛の意向を示す。

村上攻めを前に、春日虎綱は勘助に会い、村上攻めの策について意見を求める。

虎綱も勘助も村上義清の頸を取らず、越後へ逃亡させる事を上策として考えていたのだった。

度重なる調略により、信濃の国衆の多くは武田に与するところとなり、義清の勢いはそがれていた。

信濃の国衆が武田になびく事により、晴信は越後との境となる川中島への道が開けたのであった。

劣勢に立たされた義清は城を捨て越後へ逃れる決断をする。

越後への逃亡を予測していた勘助は、晴信に義清を越後へ逃す様に進言する。

義清を討ち取ればそれを口実に越後勢が前面となって信濃へ兵を進めるが、義清を逃亡させれば、義清の旧領を回復させるための援軍として出兵してくる。

同じ信濃出兵でも、信濃の領土を賭けての戦と義清の援軍としての戦とでは意味が異なってくる。

援軍として出兵した越後勢と戦をして、あまつさえ景虎の頸を取れば越後への道も開ける。

勘助の策を採った晴信は、義清の手勢が虎綱の守る陣に向かわせる逃げ道を作る。

一方、義清との決戦を挑む馬場民部もまた兵を動かす。

虎綱の兵が川の浅瀬を渡る村上勢を発見するが、虎綱はこれを黙殺する。

義清と別行動をとった義清の奥方は舟を使い渡河したが、渡った先には馬場の手勢が構えていた。

「女には手出しはせぬ」馬場の制止にも関わらず、義清の奥方と侍女たちは自刃する。

共に行動していた矢崎平蔵の妻ヒサも短刀を喉にあてるが、寸前のところで馬場に制される。

武田への恨みを募らせるヒサは、ヒサの命とその腹の中にいる赤子の命を助けようとする馬場の頬に唾を吐きかける。

「これほど心のこもった矢を受けたのは初めてじゃ」

唾を吐きかけながらもヒサの恨みを受け止める馬場はヒサの心の強さに感銘を受けたのであった。

越後に落ち延びた義清と対面した景虎は武田への危機感を募らせる。

義清の要請に対し景虎は信濃出兵の下知を下す。

越後の援軍を引き連れた義清は信濃に入り旧領を回復するものの、武田の反抗攻勢により再び越後へ逃れる事となった。

義清の敗退に景虎は自ら兵を率いて信濃へ出兵の決意をする。

ここに第一次川中島の戦いの火ぶたが切って落とされたのである。
Posted by 田舎帝王 at 2017年12月21日 22:47
すいませんね、細かい事ですが、写真の方は怪傑でなく風雲の方のライオン丸ですね。しかもたてがみが見えないということで後に兜を割られる前の人気のない姿です。
Posted by A・2001 at 2017年12月27日 09:48
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