2018年03月15日

唐物屋

江戸時代に長崎で仕入れた舶来品を商っていた店舗です。

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現在では一時期ほど外車ブームはありませんが、それでもメルセデスやBMWに代表されるドイツ車、ルノーやシトロエンに代表されるフランス車、アルファロメオやFIATに代表されるイタリア車に憧れる外車ファンは大勢います。
その精神の根本は、「舶来品信奉」で、古代の昔から日本人は国産品よりも外国からもたらされたものを有り難かるという傾向があります。

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日本の古代〜中世に、舶来品と言えば中国から来たものを意味していました。
現代の共産党が統治する中国はともかく、古来日本と最も交流のあった外国と言えば中国です。
「唐物」という言葉がありますが、必ずしも「唐代」の物品を指すのではなく、中国全般のものを「舶来品」として珍重していました。

「唐物屋(からものや、又は とうぶつや)」は、江戸時代に鎖国政策が行われ、海外との交易は長崎に於いてのみ行われるように貿易統制が行われていた頃に発生した商売です。
初期の唐物屋は、現代で言うところの「高級美術商」で、茶室で使う絵画や茶器などの名物を扱う商人のことでした。

しかし時代が下り、町人が台頭するのに比例して、高級武士の嗜みである茶道の道具だけでなく、ガラス器やラシャを用いた小間物のような舶来雑貨を扱う店が増えました。これは、現代では東南アジアやインドなどの民芸雑貨を売る店のような雰囲気だったことでしょう。現代と異なる点は、昔の方が遥かに品揃えが少なく、単価も高かった点です。

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唐物屋のエキゾチックな雰囲気は、日常生活では滅多に目にしない物品に触れる事で目利きを養う、という効果もあったことでしょう。雑多な商品の中から。「掘り出し物」を見つける楽しみは、普通の店舗やネットショップではなかなか味わえないものです。
現代では「唐物屋」は、「古物商」という言葉に置換えられて理解されることが多いそうです。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(45) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
一番槍
Posted by 田舎帝王 at 2018年03月15日 05:27
まじめに営む長崎屋は、元盗賊の西海屋に陥れられ抜け荷の罪で獄門になり、秘密を知る娘のおさきが命を狙われ、金さんに助けられる。
しかし、吉宗は助けない。おさきが殺されてから激怒し西海屋と長崎奉行を成敗する。
吉宗のゲストはみんな死ぬ。
金さんのゲストは死なない。
Posted by デハ at 2018年03月15日 06:55
こちらにも記事があるとは予想出来ませんでしたナ。
Posted by 百足衆 at 2018年03月16日 06:11
おはようございます。

私も、今気がついたばかりです。iPhone だと、TOP からでないと入れませんね。

何はともあれ、田舎帝王さん、1日で2回の一番槍おめでとうございます。
Posted by GATTO at 2018年03月16日 08:17
雨となつた、甲府市内のお昼時。
けふの昼食が、発表された。稲荷寿しだ。わさびもつく。

サテ恒例の昼食予報。
GATTOさんは愛妻弁当。
デハサン達はステーキ。
ラーサンはベジタリアンターリー。
シモンさんはコンビニおにぎり。
田舎帝王さんはボルシチにピロシキ。

と予想。
Posted by 百足衆 at 2018年03月16日 12:06
こんにちは〜

今日は、惣菜パンでした。今週は、二人とも毎日忙しくて、きちんと料理・おかずも作れない状態でした。週末はゆっくりしたいです。
Posted by GATTO at 2018年03月16日 12:25
今日のお昼はたれそばでした
Posted by 田舎帝王 at 2018年03月16日 15:23
野菜炒めを食べました♪
Posted by ラー at 2018年03月16日 17:24
生姜焼き定食

ステーキではないけど、肉を焼いた料理という事で50%
Posted by 谷汲線デロ一形 at 2018年03月16日 18:13
昼はラーメンでしたが、老師をイ19にするため夜ステーキ食べました。すなわち、ワスプには当たらなかったけど、時間をおいてノースカロライナに命中したのです
Posted by デハ at 2018年03月16日 20:06
デハさん

ノースキャロナイナに魚雷命中、ですか・・・
返す返すも、第三次ソロモン海戦で日本軍の酸素魚雷が波濤に過剰反応せず、戦艦ワシントンに命中していれば・・・
と悔やみます。

サウスダコタは「艦隊の疫病神」という役割が定着していたようですね。
それはそれで目出度い・・・わけないか・・・。
Posted by シモン at 2018年03月16日 23:12
@第三次ソロモン海戦で霧島の砲弾により第三砲塔が吹っ飛ぶ。
A南太平洋海戦で隼鷹機の爆撃で第三砲塔が吹っ飛ぶ。

ヤマトの第三艦橋とサウスダコタの第三砲塔には配属されたくないものです。
Posted by デハ at 2018年03月17日 07:10
デハ殿

ヤマトの第三艦橋は、破壊されても破壊されても翌週には修繕されてましたな。
Posted by 燈台森 at 2018年03月17日 11:04
あの艦底にある第三艦橋は、リサイクル可能なプラスチックごみを用いて作られています。
Posted by シモン at 2018年03月17日 15:41
今週の風林火山

「人の戦なら我らの負けじゃ」

「神の戦なら我らの勝ちじゃ」

永禄4年9月7日

決戦の初端を開く機会を窺い、武田、上杉両軍のにらみ合いが続いていた。

長期間に及ぶ睨み合いで兵糧が尽きかけてきている上杉勢の雑兵が乱捕を行うと、馬場春信は上杉方の行状に「政虎とてただの人」と自身を軍神毘沙門天に重ねる政虎を揶揄した。

「ただの人なれば疲弊し、すでに攻めかかっている」

馬場の言葉に反論する勘助。

二人のやり取りを聞いていた信玄は自ら戦端を開こうと決意したその時、原虎胤生存の知らせが届く。

知らせを受けた勘助は原のもとに走り、原を匿っていた農婦おふくから霧の話を聞き出す。

おふくの言葉に勘助は軍師として開戦の時機到来と戦の初端を開く判断を下す。

開戦の判断を下した勘助は信玄に対し、霧で視界が遮られるのを利用して手勢を二手に分け、一隊を上杉勢の籠る妻女山に登らせて上杉勢の背後を突き、妻女山から下りてきた上杉勢を武田本隊で迎え撃つ作戦を献策する。

勘助の策を聞いた馬場はキツツキが餌を取る行動に似ている事から、啄木鳥戦法と名付ける。

その頃、妻女山では宇佐美定満に面会を求める老婆の姿があった。

おふくである。

おふくから霧の情報を金で買い取った宇佐美は咄嗟に武田方の啄木鳥戦法を見破る。

敵の動きを見破った宇佐美は政虎に深い霧が立ち籠るのに乗じて武田の別動隊が攻め寄せる前に山から下りる策を献じる。

宇佐美の献策に対し直江実綱等は武田が思惑通り動くか懸念を示すが、政虎は海津城から炊飯の煙が多く立ち昇っているのを見て、宇佐美の思惑通り、武田方が決戦に挑む意思ありと喝破する。

すでに上杉方に自軍の動きを察知されている事も知らず、信玄は馬場、飯富、香坂、真田、相木の諸将らに一万二千の兵を与えこれを別動隊として妻女山を攻めさせ、残り八千を武田本隊として妻女山から追い落とされた上杉勢を迎え撃つ啄木鳥戦法を発動する。

決戦の日、9月10日。

決戦を前に腹ごしらえする武田方の将兵たち。

上杉と正面をきっての戦を前に真田と相木は勘助を囲み思い出話を肴に酒を酌み交わしていた。

信繁は信玄と差し向い合って、君臣の間ではなく、兄弟として盃を交わし合っていた。

信繁は倅信豊の為に九十九か条にも及ぶ訓戒状をしたためた事を話し、その第一条を主家に対して二心を抱かぬように記したと述べる。

信繁はわざわざ裏切りの事を書かずとも君臣の間に信義が貫かれる世の中の到来を待ち望んでいると信玄に語ると、信玄は信繁が理想とする世の中を弟自ら切り開くことを願った。

信玄は長年にわたる弟の忠節に謝意を示すように、亡母大井夫人の衣に手ずから法華経の陀羅尼をしたため信繁に手渡す。

これは、戦場を駆け巡る弟の身を案じた兄信玄の祈りの籠った衣あった。

10日未明、別動隊は妻女山に向けて出発した。

別動隊が発って程なく霧が立ち昇った。

この立ち昇った霧に紛れて上杉勢は山を下り、千曲川を渡河していた。

鞭声粛粛夜河を過るの一文は、江戸時代後期の儒学者頼山陽が川中島の戦いを思い描いて詠んだ詩の一偏である。

一方、武田本隊も上杉勢を迎え撃つべく八幡原に本陣を置いた。

その頃、妻女山では山中の異変に気付きながらも深い霧の為に別動隊の動きが鈍っていた。

八幡原に本陣を置いた武田の本体八千は鶴翼の陣を敷く。

霧が立ち籠り、目視による状況の把握が出来ない上に鬨の声も本陣に届いていなかった。

霧により作戦遂行に遅れが出ている。

状況判断が困難な中、焦りを隠す様に楽観的観測を述べる勘助であったが、

果たして、この霧が味方に利するものであろうか?

信玄は勘助の焦りを見透かした言葉を投げかける。

信玄の言葉に思わず床几から立ち上がる勘助。

霧が晴れると、武田本陣の眼前には押し寄せる上杉勢の陣営が迫っていた。

本陣の危機を伝える鉄砲が撃ち鳴らされると、本陣の危機を救うべく別動隊が妻女山を駆け降りる。

武田本陣を捕捉した上杉勢は柿崎景家を先方に武田本隊に対し斬り込みをかけた。

大熊朝秀、飯富政景の両将がそれを迎え撃つ。

次々に新手を送り込ませる上杉方の車懸りの陣を前に苦戦を強いる武田勢。

勘助は地にひれ伏し己の失策を詫びると、信玄は武田の軍師としての責務を果たす様に狼狽える勘助に檄を飛ばした。

月影となって御屋形様を照らし続けよ。

甲斐の国の真の軍師になれ

信玄からの叱咤を受けた勘助は、若き日に受けた板垣信方からの訓戒を思い出していた。

陣に乱れが生じれば数と勢いに勝る上杉勢を抑え切ることは出来ない。

「陣を固めよ。鶴翼を乱すな」

信玄と板垣の言葉に気を取り直した勘助は侍る百足衆に下知を飛ばした。

しかし、勘助の思惑とは裏腹に、波状攻撃に晒された武田勢は次第に陣形を乱し始めていた。

戦を有利に進めている上杉勢ではあるが、武田方の別動隊が戻れば形勢は逆転する。

宇佐美は政虎に対し、別動隊が到着する前に戦が決せねば退却するように具申するが、政虎は何も答えず、口元に笑みを浮かべただけであった。

戦線崩壊の兆しが見える中、信繁は母衣に仕立てた陀羅尼の衣を背負い、信玄に出陣の許しを請うた。

信玄から出陣の許しを得た信繁は手勢を率いて敵陣へ向かった。

敵陣へ向かう途上、信繁は「頸を取られるのは惜しくないが母衣を取られるのは口惜しい」と言い、近習の春日源之丞を呼びつけ、金文字法華陀羅尼の母衣を嫡子信豊に渡す様に源之丞にこれを託した。

後年、武田信豊は亡父信繁から譲渡された母衣を纏い、長篠の戦に挑んだと伝えられている。

「我は武田信玄が弟、武田典厩信繁。わが頸を取って手柄とせよ」

敵陣に乗り込んだ信繁は名乗りを上げると群がる兵を相手に奮戦するが衆寡敵せず、武運拙く敵兵に討ち取られたのである。

信繁の守役諸角虎定もまた、信繁に殉じて戦場の露と消えたのである。

信繁、虎定両将の死が信玄のもとに伝えられると、実弟と重臣の死に接し、信玄は黙して両将の死を弔ったのであった。

続く
Posted by 田舎帝王 at 2018年03月17日 21:29
薄曇となつた、甲府市内の夜明け。
昨日は、腹を下し気味で、昼食予報も、わろ天下解説も、投稿できませんでした。
愉しみにしていた皆さんに、お詫びします。

サテ田舎帝王さん。
「風林火山」の活写、圧巻なり。圧巻なり。
井上靖の原作に迫る書きっぷり、爺は脱帽しましたゾ。
Posted by 百足衆 at 2018年03月18日 06:33
田舎帝王様、素晴らしい文章芸術!

いよいよ今日は最終回。一生懸命に観ます!
Posted by ラー at 2018年03月18日 07:45
田舎帝王さん

まさしく、短編小説に匹敵する見事な描写力。

投稿ありがとうございます。
Posted by シモン at 2018年03月18日 08:54
今回は会心のレビューと自画自賛しています
時間にして二時間三十分掛けてのレビューを書き上げました

この戦で舎弟典厩信繁が討ち取られたことが武田家に深い陰を落としたと言われています

もし、この時信繁が討ち取られずに生き延びていたら、義信事件も別の形で決着を見たかもしれもせんし、勝頼が跡を継いだとしても、武田家滅亡の遠因ともなった無理な拡張政策に歯止めを掛けて歴史の流れも変わっていたかもしれません

もし、歴史を動かす何らかの意思が介在するならば、後の徳川政権樹立の為に信繁が歴史の舞台から排除されたのではないかと思ったりもします
Posted by 田舎帝王 at 2018年03月18日 11:26
今朝は更新はなかった
Posted by 田舎帝王 at 2018年03月19日 05:02
晴れとなつた、甲府市内の夜明け。
昨日の「セゴどん」セゴ(鈴木演)は斉彬(渡辺演)に折檻される。

という、回でした。
サテ田舎帝王さん。何度読み返しても素晴らしい。目頭が熱くなりましたゾ。
Posted by 百足衆 at 2018年03月19日 06:12
曇天となつた、甲府市内のお昼時。
けふの昼食が、発表された。カニかまぼこのマヨネーズ和えだ。ご飯も、つく。

サテ恒例の昼食予報。
GATTOさんは惣菜パン。
デハサン達は餃子定食。
ラーサンはラーメン。
シモンさんはコンビニおにぎり。
田舎帝王さんはチキンマックナゲットとチーズバーガー。

と予想。
Posted by 百足衆 at 2018年03月19日 12:11
こんにちは。チキン・ステーキをいただいております。
Posted by GATTO at 2018年03月19日 12:28
今日は食欲がなかったので、きつねうどんでした。
Posted by ラー at 2018年03月19日 18:12
今日はデイリーヤマザキのカツカレーでした
Posted by 田舎帝王 at 2018年03月19日 19:01
ほほほほ〜

田舎帝王さん素晴らしいわ!素晴らしい文章作品だわ!

正直、本編は笑いどころが散見されるのよね〜
GACKT謙信(この頃は政虎)が、内野勘助と緒形宇佐美の間を華麗に白馬で駆け抜けるシーンとか、笑っちゃったわ〜。

でも田舎帝王さんの解説は、そんな本編観た視聴者も感動させるレビューだわ〜

感動の大団円を、ありがとう!
Posted by おんな城主 at 2018年03月19日 19:06
今日はハンバーグ定食を食べました
Posted by 谷汲線デロ一形 at 2018年03月19日 19:16
田舎帝王様のお陰で、
私の頭の中で「風林火山」は「成仏」しました。

有難うございます。
Posted by 無名X at 2018年03月19日 20:03
おんな城主さん、無名Xさん

ちょっと不安になったのでコメントしますが、田舎帝王さんのレビューは最終回の一回前の川中島前編ですよ。

白馬の騎士が駆け抜ける後編のレビューはこれからで、「刮目して待て!」なのです。

田舎帝王さん

私も楽しみにしています。信繁という名前は、不幸になり易い名前なのかもしれませんね。。
Posted by シモン at 2018年03月19日 20:11
レビューに力が入りすぎて、最終回と勘違いしてしまったようですね

Posted by 田舎帝王 at 2018年03月19日 21:58
100円セールなのでコンビニおにぎりでした
Posted by デハ at 2018年03月19日 23:31
セールは今日までなので今日もコンビニおにぎりの予定です。仮に他の物を食べたとしても1つは食べます
Posted by デハ at 2018年03月20日 06:40
雨となつた、甲府市内のお昼時。
サテ恒例の昼食予報。
GACKTさんは惣菜パン。
デハサン達はコンビニおにぎり。
ラーサンはラーメン。
シモンさんはコンビニおにぎり。
田舎帝王さんは煮込みハンバーグランチ。

と予想。
Posted by 百足衆 at 2018年03月20日 11:47
今日は油そばを頂きました♪
Posted by ラー at 2018年03月20日 12:12
こんにちは〜

今日は、鷄しおラーメンでした。いつぞやここにも書きました美人の上司と二人でした。いやぁ、最高の気分です。
Posted by GATTO at 2018年03月20日 13:07
ポークカツレツでした
Posted by 谷汲線デロ一形 at 2018年03月20日 13:33
あらら、百足衆先生、私の名前が GACKT になっています。残念ながら、私はあんなに格好良くないです。名前の音は似ていますが、一方はイケメンのタレント。こっちはただのオッサンでございます(笑)。
Posted by GATTO at 2018年03月20日 14:41
今日はクリームパスタでした
Posted by 田舎帝王 at 2018年03月20日 14:57
百足衆さん

安定のコンビニおにぎりでした。100円。
Posted by シモン at 2018年03月20日 18:13
夜となつた、甲府市内の夜。

サテけふの戦果。
ラーサンとシモンさんだけ正解。33パーセントの低率となつた。

サテシモンさん。更新が、途絶えて居ますゾ。明日は是非とも,爺に一番槍のチャンスを与えて下さいナ。
Posted by 百足衆 at 2018年03月20日 19:12
4月からの大河ドラマのアンコール放送は軍師黒田官兵衛のようだ
Posted by 田舎帝王 at 2018年03月20日 21:54
田舎帝王殿

うーむ、それがし的には、軍師官兵衛はいまいちでござった
Posted by 燈台森 at 2018年03月20日 22:20
拙者も軍師勘兵衛はいまいちで御座った
Posted by 田舎帝王 at 2018年03月20日 22:52
私の分は
Posted by デハ at 2018年03月21日 00:38
想定外の更新なし
Posted by 田舎帝王 at 2018年03月21日 05:03
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