
人は何故日記を書くのでしょうか。
日記によって、自分の行動を後世の人間に伝えたい、という願望がある人はあまりいないのではないかと思われます。むしろ「日々の生活のガス抜き」として、口に出して言えない事を文字の形で感情をぶちまけるはけ口のような意味合いが強いのではないでしょうか。その点、カトリックの「告解」に通じるものがあるとも考えられます。

「ピープス氏の秘められた日記」の著者、サミュエル・ピープスは17世紀イギリスの官僚で、海軍大臣に相当する役職のアドミラルティ書記官となった人物です。所謂「高級官僚」です。ロンドンの仕立て屋の息子という一平民の身から、奨学金でケンブリッジ大学を卒業し、大蔵省の役人で遠縁のエドワード・モンタギューに雇われます。王政復古の時流に乗ったモンタギューがチャールズ2世をオランダから連れ帰って出世し、初代サンドウィッチ伯爵になると、部下のピープスもモンタギューの推薦を受け、海軍の要職に就任します。単に運だけでなく、ピープス自身も有能な官僚だったようで、海軍の士官制度等の海軍規定を整備し、英国海軍近代化の礎を築いています。
このように有能な高級官僚だったピープスが、1660年から1669年にかけて日記を遺しました。
この日記は「奇書」として知られていますが、何故「奇書」と呼ばれるかというと、その高級官僚という肩書きとは裏腹の、赤裸々な生活の実態、つまり「他人に読まれたら恥ずかしい出来事」が書かれているからです。本書は、膨大なピープスの日記からエピソードを抜粋して紹介しています。
本書に掲載されているエピソードは、教会で美人の女性を見つめていたとか、女中に手を出したとか、イベントに参加したとか些細なお金の計算が合わないとか、賄賂をうまく受け取った話などです。さすがに奥さんに見られた場合に備えて、性的な描写には暗号としてラテン語やフランス語などを使って誤魔化しています。
もちろんそういった私的な話に加え、当時のロンドンを襲ったペストの流行とロンドン大火という事件にも触れており、当時の一市民から見たロンドンの生活史としても貴重な史料になっていますが、現代の我々が読んでいて面白いのは、一市民の立場として書かれた私的なエピソードでしょう。翻訳者の臼田昭さんによって書かれた注釈が、現代の私たち読者にそのおかしさを丁寧に説明してくれています。

現代のblogやtwitter等も、匿名で書かれた「私的な日記」のようなものでしょう。一方、FACEBOOKのような実名ではなかなかこういった赤裸々な記述をする人は少ないと思われます。
(本文と写真は関係ありません)
サミュエルピープスは、甲斐の武者が討ち取ったり。
乾パン。菅原君の常食!
田舎帝王様、田舎帝王様、
それは我が先祖、藤原道長が書いた、
日記ですね。
日記ですな。
ここに私が投稿した、数多くの
・詩
・菅原君への諫言
・食物紀行
を集成し、「平成の御堂関白記」として、
出版してください、シモン様。
出版してください、シモン様。
今宵は、出版記念と、百足衆様の一番槍を祝って、
ことっほぎゃ!
ことっほぎゃ!
ことっほぎゃ!
ことっほぎゃ!
ことっほぎゃ!
はっ!
「新潮45」に掲載されては如何でしょうか。
だらくそ!堕落僧!ぱげ!P禿!かわずやまの、半分青い!
新潮45は、休刊が決まっている!実質、廃刊だ!
言論を弾圧してどうする!どうせなら朝ドラの方を打ち切りにせよ!もっともあと4回で打ち切りか!酷い朝ドラだった!
視聴者の皆さんに、
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
はっ!
>特異な文体となっており、文の意味が不明だったり、文法的な誤りが多い
藤原殿の文章そのものwww
けふの「半分青い」裕子(清野演)が、遺体で発見される。
という、回でした。
サテ田舎帝王さん。中中、目の付け所が、佳いですナ。功成り遂げた人物の、自慢話は見たくもないが、その恥ずかしい小物感溢れる日記は、呼んでみたくなる、と云う物。
洋の東西、時代を問いませんナ。
呼んでみたくなるではなく、読んでみたくなるです。
けふの昼食が、発表された。
鰤の大根煮だ。ごはんも、つく。
気分の悪い「半分青い」再放送は見ずに、食べる。
サテ恒例の、昼食予報。
GATTOさんは愛妻弁当。
デハサン達はカツ重。
ラーサンはラーメン。
シモンさんはコンビニおにぎり。
田舎帝王さんは安定のコンビニおにぎり。
燈台森さんはポトフ。
藤原さん達は王将の焼餃子と炒飯。
と、予報。
サテ菅原君、揚げ足ばかり取っていると、藤原さんに寝首を掻かれますゾ。
サテA2Zさん。覗き見はいかんゾ、インターネットで我慢しなさい。
天津飯でした。
御堂関白記は人に読まれる事を前提としていない為、誤字脱字(当時は誤字脱字は今ほど重要視されておらず、意味が通じていれば問題視されなかった)が多い上に字が汚くて意味不明の単語も書き記していて、全文を解明するに至っていない謎の多い怪文書である
道長当人は人に読まれることを嫌がっていたのにも関わらず、道長の子孫達に父祖伝来の家宝として受け継がれ、藤原北家九条流が近衛、九条両家に分離した際には二家に引き継がれて一族繁栄の象徴として受け継がれて行くだけでは飽き足らず、数年前には世界記録遺産に登録され、恥ずかしい日記の存在を世界中の人達に知られる事となった
きっと、道長公も草葉の陰で赤面しているに違いない
田舎帝王さん
誰にも読まれたくないのなら、最初から書かなければ良いのに、と思うのはメディアやデバイスが氾濫している現代人だから思うことで、当時は筆のすさびというか備忘録を書きたくて書きたくて仕方がなかったんでしょうね。
ある意味その時代の人間の方が幸せな一面もあります
サテけふの、戦果発表。まさかの0%と、なつた。
やはり、前々回、猫を討ち取ったのが、祟ったようだ。
サテ田舎帝王さん。道長もだが、アンネの日記のアンネも、赤面しているのではないかナ。
世に残る書物を書こうとしても、多くの人々が果たせずに居るのに、意に反して世に残ってしまった書物の著者となるのも、中中気苦労がありますナ。
平安時代の宮中儀式は変わらないことが前提として執り行われます
繰り返される日毎の儀式を寸分違わぬ様に取り計らえるように次の世代に向けて書き記したのが平安時代の日記です。
子孫達が宮中に参内したとき、父祖が書き記した日記を参考に儀式に挑むのです
そうなってくると、高い地位に長く居続けてきた一族や一門にノウハウが蓄積され続けるので、自然と重要な役目を仰せつかる事が増えてきます。
これを家格と言います。
平安時代から鎌倉初期になると、摂関家、清華家、大臣家、羽林家、名家、半家、地下人と別れていくことになります。
また、家によっては専門性が高まり、独占的な地位や特権を得ていきます。
これを家業といい、有名なところでは、藤原定家の嫡孫が冷泉家を名乗り、歌道の家柄として現在にその血脈を残しています。
また、地下の家柄で雅楽師の東儀家も雅楽を家業とした一族として宮中に仕えていました。
昨日より今日
今日より明日と進化し続ける事に重きを置く現代社会とは違い、平安貴族たちは変化を求めず、昨日も今日もそして明日も寸分変わらぬ日常を繰り返すことに重きを置いていました
そんな時代ですから、現代人ではさほど気にも留めないようなことでも、普段では起こらないような出来事が身に降りかかれば凶事として恐れおののき、僧侶や陰陽師を呼んで物忌みを行いました。
成る程、宮中の門外不出の式次第なんですね。
私的な日記と公文書の中間に位置するような存在だった訳ですか。
分かりやすい解説をありがとうございます。
サテ田舎帝王さん。家の格は、作法を知っていると云うことに尽きるやうですナ。正しく、平安時代の藤原家そのものです。
一方で、菅原君。揚げ足を、取ってばかりでは、家格を落としてしまいますゾ。
剣呑、剣呑。
けふの「半分青い」震災で亡くなった裕子(清野演)の葬儀は、果たして営まれるでしょうか。
お愉しみに。
サテ史上最悪の朝のドラマとなつた本作も、残すところあと3話。今年は、セゴドンといい、ドラマは残念な作品ばかりでしたナ。
むしろ、歴史に残る日記を、そのままドラマ化する訳には、いかないでしょうか。例、土佐日記。
本日は昭和醤油ラーメンの予定です♪
ただ、熱を出してしまい今日は休みです
けふの昼食が、発表された。
がんもどきだ。味噌汁とご飯も、つく。
今日はさら飯を見ながら、朗々と食べる。半分青いは、見ない。
サテデハサン。其れは、大変ですナ。どうかお大事に。お粥を食べるのが、佳い。
サテ恒例の、昼食予報。
GATTOさんは愛妻弁当。
デハサンはお粥。
デロサンはカツ重。
ラーサンは昭和醤油ラーメン。
シモンさんはコンビニおにぎり。
田舎帝王さんは鉄火巻。
燈台森さんはミートスパゲテー。
藤原さん達はオーガニックチキン。
と、予報。
遅くなりましたが、「栄光のル・マン」の記事、読ませて頂きました。
懐かしい映画ですね。感想が遅れました。
谷汲線デロ一形様に便乗してすいません。ル・マンの記事、改めて読み直してます。カッコよいです!
紀州梅
日高昆布
でした。
気候の変わりが激しいので、疲れが出たのでしょう。
熱が下がって良かったです。
筋肉痛は辛いですね。腰はこれからも痛くなるかもしれませんので、コルセット買われたら如何でしょうか。
デハ殿
出来ればあと1日休養を。お大事に
今日は遅くなる予定でしたので朝申告していた通り昭和醤油ラーメンを頂きました♪