2019年03月21日

養老乃瀧

1938年創業、1956年から日本初の居酒屋チェーンという業態となった老舗居酒屋チェーンです。

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3月は異動の季節です。新年度を10日後に控えて、今日も職場の送別会、という人も多いことでしょう。12月の忘年会シーズンに次いで、飲食店は繁忙期だと思います。

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私が一番最初に「チェーン店の居酒屋」に入店したのは、大学生の時(注:成人していました)に、「村さ来」に入ったのが最初です。キャンパスの近くにあり、気軽に行ける東北の田舎家をイメージしたその店は、四人掛けのテーブルが半個室のような囲いで囲われた落ち着いたスペースでした。そこで「白身魚の炙り」というメニューを注文する際、「しらみうお」と読んでしまい、「シモンは虱を食べるのか」と失笑されたことを昨日のように覚えています。

社会人になった後、私は会社の大形コンピュータ工場のあった神奈川県秦野市に度々出張に行きました。80年代当時の秦野は、まさしく野原ばかりで何もなく、工場と小田急線の駅を往復する通勤上にあった飲食店は、「養老乃瀧」と、その斜向かいの二階にあった「サラリーマンスタンド」の二軒しかありませんでした。基本的にお酒は拒まない私は、主として水曜日の定時退勤日に、度々「養老乃瀧」に立ち寄ることとなりました。

「養老の滝」とは、谷汲線デロ一形さんがお住まいの岐阜県は養老町にある、落差32mの、名水として知られる滝です。
この滝には有名な伝説があり、鎌倉時代に成立した「古今著問集」に、「養老孝子伝説」という親孝行の伝説の中で、滝の水が不老長寿の酒となったと語られています。私だったら飲み過ぎて二日酔い、もしくは急性アルコール中毒になったかもしれません。

そんな名水伝説にちなんで、創業者の矢満田富勝さんが長野県松本市に「養老乃瀧」を創業したのは、戦前の1938年でした。一号店と言っても当時はチェーン店にする意図はなく、本当の一号店は、1956年12月に神奈川県横浜市に開店したのが最初です。1956年と言うと、安藤百福さんが日清チキンラーメンを発明した1958年よりも2年も先のことで、日本の食文化は昭和30年代初頭に大きく動き始めていたことがわかります。

秦野市に出張する際の数少ない娯楽だった私は、この「養老乃瀧」で、「養老ビール」というオリジナルブランドのビールを飲む機会が多くありました。オリジナルブランドと言っても、これはサッポロビールのラベル替えで、中身はサッポロビールでした。私の入社した会社はサッポロビールと取引関係があった為、会社の行事で飲むビールはほぼ毎回サッポロビールで、そういう意味では新規性はあまりありませんでした。

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居酒屋という業態は、日本人の外食の増加により市場は拡大しましたが、価格勝負の過当競争となり、昔からあった「養老乃瀧」「村さ来」「北の家族」「つぼ八」などの看板を目にする機会が、徐々に減っているように思えます。こういった店舗は、ノスタルジー路線を前面に出して、中高年層にターゲットを絞った方が利益率は改善するかもしれません。

(本文と写真は関係ありません)
posted by シモン at 05:00| 東京 ☀| Comment(61) | 生活 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
乾坤一擲、一番槍。
養老乃瀧は、甲斐の領地と、なれり。
Posted by 百足衆 at 2019年03月21日 05:27
キン肉マンの好物が吉野家の牛丼であるのに対し、ロビンマスクは養老乃瀧の牛丼に卵とみそ汁をつけて食べるのを好むことがわかっています。私はこの記事をもとに、ロビンマスクのようにありたいと考え養老乃瀧に行きましたが、牛丼はメニューにありませんでした。
Posted by デハ at 2019年03月21日 07:03
デハさん

おはようざいます
昨日は、海鮮丼の事を教えてくださってありがとうございました。
福島で一番美味い魚は、鮎ですか。もうじき塩焼きの季節ですね。

養老の滝に牛丼は、無いですよね。ロビンマスク、日本では餓死したことでしょう。ラーメンマンはラーさんなので大丈夫ですが。
Posted by シモン at 2019年03月21日 08:20
小雨模様となつた、甲府市内の朝。
けふの「満腹」入院中の鈴(松坂慶子演)の容態が、急変する。

という、回でした。
サテデハサン。牛丼。爺は、もう食べられません。
ここ数日で、めっきり元気が、無い。生きる張りが、失われました。
もうお別れの日も、近い。
Posted by 百足衆 at 2019年03月21日 08:36
初期ドラえもん(登場人物の喜怒哀楽描写がはっきりしていた頃)のひみつ道具「ようろうおつまみ」が印象深いです。

秦野市は箱根駅伝のコースからはずれた位置にあるので、PR面で損をしているようです。
Posted by ヨット at 2019年03月21日 08:51
ヨットさん

ただの水をお酒に変えてくれるアイテムでしたね。ママの変貌振りが凄いです。

秦野は東名高速の渋滞箇所としてしか知らない人も多いかもしれません、
Posted by シモン at 2019年03月21日 09:40
秦野は、吉田栄作の出身地として有名です。ほかに有名な人がいないからです。
Posted by デハ at 2019年03月21日 10:02
おはようございます♪

デハ様、ZARDの坂井さんも秦野じゃないかと。
あと、ラーメンのなんつっ亭発祥の地ですね♪
Posted by ラー at 2019年03月21日 10:21
こんにちは〜

今、「ひよっこ」の総集編を見ています。いやあ、有村架純さんはもちろんですが、皆んな可愛いにゃあ。ちなみに、ヒロインの次に好きなのは、米屋の娘さん(伊藤沙莉さん演)です。
Posted by GATTO at 2019年03月21日 10:48
ところで、お巡りさん役で出ていた竜星涼さんって、西武ライオンズの秋山選手に似ていると思いませんか?
Posted by GATTO at 2019年03月21日 11:01
GATTOさん

日本社会の消費を支えているのは、40代〜60代なのだそうです。この辺の世代が可処分所得もあり、かつ購買に消極的ではないからだそうです。

有村さんや広瀬さんのようなタレントが売れているのも、実はこういった世代に愛されやすい顔をしているからなのでしょうね。
Posted by シモン at 2019年03月21日 11:32
雨となつた、甲府市内のお昼時。

GATTOさんはパスタ。
デハサンは焼肉。
デロサンは牛丼。
ラーサンはラーメン。
シモンさんは焼そば。
田舎帝王さんはハンバーグ。
燈台森さんはスパゲテー。
藤原さんはさわらの塩焼き。
菅原君は食パン。

と予想。
Posted by 百足衆 at 2019年03月21日 11:42
回転寿司でした。
Posted by デハ at 2019年03月21日 13:36
とりあえず、コロッケパンを食べました。
Posted by GATTO at 2019年03月21日 14:16
シモンさん、
昔、竹下景子さんが「息子の嫁にしたい女性No.1」と呼ばれていましたが、有村架純さんも若い男性よりも、中高年が、可愛いと思うタイプかも知れませんね。
Posted by GATTO at 2019年03月21日 14:21
百足衆さん

見事。焼そばでした。

GATTOさん

そうですね。同世代の男の子たちが彼女にしたいタイプとは若干異なるような。ただ、露骨に中年狙いでないところが良いところだと思います。
Posted by シモン at 2019年03月21日 15:02
百足衆さん

今日の昼食は、たこ焼きでした。
Posted by 菅原 at 2019年03月21日 15:14
百足衆様

今日はスタミナラーメンを頂きました♪
Posted by ラー at 2019年03月21日 15:49
我が人生同様、暗闇迫る甲府市内のタベ。
けふの結果。40%の的中率に、甘んじた。
Posted by 百足衆 at 2019年03月21日 17:14
私は陳美齢がこの世で一番女性らしい女性であると信じています。美しさは好みがあるでしょうが、女性ホルモンの分泌による効果がすべて反映されている肉体や、三人の子を産み育てた点などから、物理的に見て彼女の女性としてのスペックの高さは証明されていると思います。それなのに理系の藤原さんがそれを認めてくれません。還暦を過ぎてなお愛らしい容姿を保っているのをみるにつけ、もしかするといまだ閉経しておらず、新鮮な女性ホルモンを放出し続けているのではないかと思います。生まれ変わったらアグネスと結ばれたい。
Posted by デハ at 2019年03月21日 18:08
ラーさん
蒲池幸子さんは福岡の人だと聞いた。生まれは秦野なんですね。もっとも聖子ちゃんから見ると分家の分家のそのまた分家の末流らしいですが。日本で最も由緒正しいアイドルは、聖子ちゃんです。子供のころは容姿も歌い方もいわゆるぶりっ子という態度も好きではなかったのですが、芸能人の殆どが外国人や特定の宗教の者、あるいは劣悪な家庭の人間であると知った時、聖子ちゃんは私と同じ側の人間だ、と気づき、以来聖子ちゃんの大ファンになりました。「瑠璃色の地球」の「朝日が水平線から光の矢を放つ」という歌詞が特に好きで、半島に向かってざまみろと叫びたくなるフレーズです。そう、旭が水平線から光の矢を放つことは美しく素晴らしい者なのにそれを否定する奴らが世界にただ一つ存在するのです。
Posted by デハ at 2019年03月21日 18:13
蒲池幸子さんも村上幸子さんも、ばんばの言う通り不幸でした。
ユーミンは、飛び降り自殺した少女に対し「あの子は空を飛びたかっただけだ。なんで理解してあげられない?」という意味の歌を歌い、飛び降り自殺を助長しました。また中央フリーウェイのコースをなぞったらトンネルが崩れました。まちぶせを作って女ストーカーを量産し、真夏の夜の夢で男のストーカーの恐怖を拡散しました。
 私が成人して上京した時、もう山手のドルフィンはありませんでした。
 土手でトンボを採っても守ってくれなかったし、草野球でエラーしてもランチを届けてくれなかった。
 くちなしの香りのやさしさもくれなかった。それどころか高速道路と飛び降り自殺の犠牲者の死人に口なしと思っているかもしれない。
 ただ、私はどうしてもソーダ水の中を貨物船が通るのを再現したくて、発砲タイプの入浴剤と、かまぼこ板で作った貨物船の模型で風呂で遊びました。それが私にとって唯一のユーミンの良い思い出でした。
Posted by デハ at 2019年03月21日 18:19
菅原さんがわいてくる前に、「発砲」を「発泡」と訂正します。
Posted by デハ at 2019年03月21日 18:21
デハさん

私は涌くのですか。ワクワク。

ユーミンは、「守ってあげたい」で集団的自衛権を確立させた功績があります。
Posted by 菅原 at 2019年03月21日 18:37
菅原君 この、
だらくそ!だらくそ!ぱげ!ぱげ!かわずやまの、ジュゴンは辺野古工事の犠牲者だ!

「守ってあげたい」と、集団的自衛権には、関係性は、無い!
あれは、角川映画「狙われた学園」の、主題歌だ!

デハ様とムーミンに、

謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ

謝罪せよ!
Posted by 藤原 at 2019年03月21日 19:41
私は守ってもらえなかった
Posted by デハ at 2019年03月21日 20:35
「誰に」、「何から」守ってもらいたかったですか?
Posted by GATTO at 2019年03月21日 20:43
平将門に。
Posted by 燈台森 at 2019年03月21日 21:02
デハさん

秦野市には、大秦野と渋沢の2駅あり、工場があったのは渋沢の方でしたが、ZARDさんは渋沢の生まれだったそうです。
渋沢駅は、昔は北口がなく、工場に行くときは遠回りして行かなければならなかったです。
ラーさんが書かれているなんつっ亭というラーメン屋さんが出来たのは90年代後半頃で、養老乃瀧の近くだったように記憶しています。
Posted by シモン at 2019年03月21日 21:13
父親や児島先生(バスク大佐そっくりの体育教師)の暴力から誰も助けてくれなかった。また英才教育してもらえなかったので東大京大早慶上智ICUに入れなかった。藤原さんが勉強を教えてくれたらそのうちどれかには入れたと思う。
Posted by デハ at 2019年03月21日 21:34
デハさん、ありがとうございます。

私にとっても、父親というものには結構悩まされました。外面は良かったですが、内弁慶で、家では乱暴なところがありました。まあ、酒を飲まなかった分、助かりましたけどね。
最悪だったのは高校受験の時でした。私にも希望する高校がありましたが、父親の横槍で、私が行きたくなかった、父親の勤務地の高校を無理矢理受験させられました。息子の幸せよりも、自分のシャレの方が優先だったのです。結果、高校での3年間は悲惨なものとなりました。その3年間だけならまだしも、大学受験にも不利でしたし、中3の時には、ストレスで皮膚病にもなりました。「自分は父親のおもちゃなのか?」この時期は本気で考「生まれてこなければ良かった」とも思いました。

その父親は、私が高3の時に病気で亡くなりました。まだ18歳になっていませんでしたので、短い期間母子家庭という扱いも形の上ありました。

もし、高校受験の時に、父親の横槍がなかったら、どうなっていたのだろうか?今も思います。まあ、その後は幸運にも恵まれて、今の生活を送っていますが、失ったものは大きかったと思っています。父親が亡くなってからの人生は、失ったものを少しでも回収してやろう、そんな気持ちですね。
Posted by GATTO at 2019年03月21日 22:01
イチローが引退する、と聞いて驚愕の、甲府市内の夜明け前。
けふの「満腹」遂に松坂慶子も、今日が最後のアットバットとなりますやら。
お愉しみに。

サテGATTOさん。父上のお陰、と感謝できる時が、きっと来ます。その反骨精神を育て、イタリア語マスターに貴殿を仕向けたのは、冥界の父上かもしれませんゾ。
サテデハサン。ムーミンは、名前と歌は知っているが、話の内容に詳しくないので、適切な助言ができるかわかりませんが、スナフキンのように、孤独で放浪を愛する大人になってはいかんゾ。
Posted by 百足衆 at 2019年03月22日 05:33
晴れとなつた、甲府市内の夜明け。
桜の開花も、あと僅かと、なつた。

サテイチロー。長年、大リーグで佳く頑張った。その功績を、褒め称えたい。
あと2を足して、サブローになっていたら、こんなに偉大になるどころか、ボウフラになっていた。
人生、紙一重也。そう考えれば、GATTOさんもデハサンも、佳き人生を、送っておられる思う。
Posted by 百足衆 at 2019年03月22日 06:37
百足衆様、皆様

おはようございます♪
今日は袖ヶ浦に仕事に行きますので、念願のホワイトガウラーメンを頂く予定です♪


「ホワイトガウ」って何?ドイツの「ラインガウ」みたいな名前?と思ってたんですが、「ガウラ=(袖)ヶ浦」のことだったんですね!
Posted by ラー at 2019年03月22日 07:01
老師
武田氏の祖は新羅『三郎』義光です。
Posted by デハ at 2019年03月22日 08:17
晴れとなつた、甲府市内の朝。
松坂慶子は腸捻転だか何だかの病気で、緊急手術し、3週間の入院と、なった。
一方で、ぺー(長谷川演)は、就寝中に、眩暈に襲われる。

という、回でした。
サテラーサン。重要なヒントを、有難う。
サテデハサン。まさに其の事が、後の武田家の、災いに、なつた。更に悪い事に、四郎勝頼公が、武田家を滅ぼす事と、なつた。

数字は、多ければ多い程、悪い。
Posted by 百足衆 at 2019年03月22日 08:47
百足の旦那、「数字は、多ければ多い程、悪い。」、ほんとそうだね、百が一等悪いね。
Posted by ファンタジスタ・サブロー at 2019年03月22日 08:50
ファンタジスタ・サブローさん

百足は、英語でセンティピードと発音しますので、千です。
Posted by 菅原 at 2019年03月22日 10:02
菅原君 この、
だらくそ!だらくそ!ぱげ!ぱげ!かわずやまの、イチロー記者会見くだらない質問リピート記者達!

なあにが、「百足は、英語でセンティピードと発音しますので、千です」だ!?
君は千尋か!神隠しに、遭うぞ!

その言い方では、GATTO様に至っては、G=ギガ=10億倍の、愚か者ということに、なってしまう!
そんな事は、あり得ない!

百足衆様とGATTO様に、

謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ
謝罪せよ!はっ

謝罪せよ!

百足衆様、GATTO様、
エリエリラマサバクダニ。
不逞者の、菅原君には、このように対処しております、どうかどうか、

お許し下さい。
お許し下さい、

謝罪の印に、百足衆様は甲州アワビを、GATTO様は房州鰯を、私宛に、

送ってください。
送って下さい。

今日の昼食は、ほっけの焼魚でございます。
ほけらっ ほけらっ。
Posted by 藤原 at 2019年03月22日 10:15
晴れとなつた、甲府市内のお昼前。
「5分でミュージックライン」をFMで視聴しながら、恒例の、昼食予報。

GATTOさんは餃子。
デハサンは焼肉丼。
デロサンはあんかけ蕎麦。
ラーサンはホワイトガワラーメン。
シモンさんはコンビニサンドイッチ。
田舎帝王さんは数寄屋。
燈台森さんはフレオフィッシュ。
藤原さんはほっけの焼魚。
菅原君はイワシの和風膳。

と、予報。
サテGATTOさんの方が、爺よりも、下でしたか。
年齢だけかと、思っていた。(笑い。)
Posted by 百足衆 at 2019年03月22日 10:57
百足の旦那、

GATTOさんに謝罪!どかーん!
Posted by ファンタジスタ・サブロー at 2019年03月22日 11:42
豚カツです
Posted by デハ at 2019年03月22日 11:51
百足衆様、

ホワイトガウラーメンを頂いてま〜す♪
Posted by ラー at 2019年03月22日 12:31
曇天となつた、甲府市内の午後。
ボーフラの意見とて、これだけは聞き入れねば、なるまい。

GATTOさんに謝罪します。
つい筆が滑り、GATTOさんを爺より下だと、云ってしまった。
謹んで、謝罪致します。
Posted by 百足衆 at 2019年03月22日 13:20
今日はマーボー丼でした。

百足衆さん
ペンネームの数字とアホ度が比例する、なんて嘘ですよ。
私は一形ですが、旧式で役に立ちません
Posted by 谷汲線デロ一形 at 2019年03月22日 13:57
こんにちは〜

遅くなりましたが、今日のお昼は、スーパーのパックのお寿司でした。

また、夜に書きますね。
Posted by GATTO at 2019年03月22日 16:12
百足衆先生、
>感謝できる時が、きっと来ます。
まあ、他のことなら感謝していることもないわけでもないのですよ。ただ、10代後半という、まさに「青春」というかけがえのない時代を、くだらない理由で台無しにされたことは、感謝どころか、今だに許せない気持ちですね。まあ、自分が死んで、あの世で父親に再会したら、変わってくるかも知れません。
Posted by GATTO at 2019年03月22日 16:53
今日はジューシーハムサンドでした。

GATTOさん

うーん。何とコメントして良いのか。体験は、人それぞれなので、迂闊なコメントは控えますね。
Posted by シモン at 2019年03月22日 17:41
ガットさん
私は父への恨みを母への感謝へ変換して耐えています。
暴力に加え、私が安積高校に行けなかったことからも言葉の暴力を受け、母からもバカなんだからせめて嫁は安女卒を貰えなどと言われ辛かったです。
母も憎みました。
 しかし母もまた父の暴力を受けていましたし、私は父に頭が陥没するほど殴られても、学校で児島に殴られても、交通事故にあっても、建物の2階から飛び降りても、死んだことがありません。というか入院したことすらないです。
 運がいいというより、通常同じ状況なら死ぬか重傷になる打撃を受けても、軽傷で済んでいるのです。
 昨今暴力事件等の報道を耳にするたび、不謹慎ですが「その程度で死ぬのか。私はもっと殴られた」(殴られた回数、痣、犯人である親と私の父の体格差などを見て)、この程度の事故で死ぬのか、または障碍者になったり入院したりするのか、と思ううち、人並みはずれて頑強な肉体に産んでくれた母への感謝の気持ちが強まっていったのです。少なくとも私はメガネをかけた痩せた男に殴られて死んだり大けがするとは考えたことが一度もありません。
 父は小柄ながらも筋骨隆々、児島先生はデブで長身で頭が小さくハゲで小さい帽子をかぶりサングラスをかけた、Zガンダムの悪役バスク大佐そのものの容姿の体育教師でした。その二人から毎日殴られてもあざを作ったり打ち身にはなったものの、骨折したり内臓に打撃があったことは一度もありません。交通事故には4回、プールの飛び込み事故1回、電車とホームの間に挟まれたこと1回ありますが、一度たりとも入院したことはありませんでした。シモン様は私と会ったことがあるのでわかるとは思うのですが、私はまさに不死身の肉体を持っています。私は外傷で死ぬと考えたことは一度もないです。そんな体に産んでくれた母に感謝又感謝なのです。
Posted by デハ at 2019年03月22日 18:29
夜となつた、甲府市内の夜。
けふの戦果発表。50%の高的中率を、確保した。

サテGATTOさん、デハサン。
Posted by 百足衆 at 2019年03月22日 18:34
こんばんは。

GATTOさん、そしてデハさんが、そのような苛烈な父親体験をされているとは存じませんでした。
私にとっても、父親とは厳格で恐い存在でしたが、上に姉がいて、親子の相克はすべて姉が一通り済ませてくれたので私は親子喧嘩をした記憶がありません。

デハさんは、まさしく「不死身の男」です。通勤電車で混雑しているホームを歩く場合、デハさんの後ろを歩けばサクサク進むことが出来るでしょう。
いずれにせよ、ご両親がいなければお二人も私もこの世に生を受けていない訳で、そういう意味からすれば私を生んでくれてお二人とも交流する機会を持てたことを両親に感謝しております。

Posted by シモン at 2019年03月22日 19:45
シモン様
私の学歴コンプレックスも、上記のような青少年時の体験に由来するのです。
Posted by デハ at 2019年03月22日 21:55
デハさん

人間は、蛇が脱皮するように、不要になった過去は脱ぎ捨てなければいけないと考えてます。
私も、学歴という過去は脱ぎ捨てて、一から新しい勉強で習得しないといけない事を自覚していますが、なかなかうまくいかないことが多いです。
Posted by シモン at 2019年03月22日 22:48
こんばんは。

デハさん、シモンさん、百足衆先生、
本当は、デハさんを励まそうと思って書いていたのですが、自分の方がはまってしまったようです(苦笑)。とはいえ、聞いて(読んで)いただいて、スッキリしたことも事実です。もう少しだけお付き合いください。書きたいだけ書けば、以後もう触れずに済むと思いますので。

今は、失った分もある程度取り返したかな?少なくとも(生まれてこなければ良かった)とは思ってはいません。しかし、その頃は本気でそう思っていました。

以前、「埼玉県が嫌い」と書いて皆さんからたしなめられたことがありましたが、正確には、東武野田線の南桜井〜大宮間です。「嫌い」なだけでなく、「恐い」です。行って誰かに遭う(意識的にこの文字を使っています)のが「恐い」です。春日部に我が家のお墓がありますが、お墓参りや法事で行くだけでも苦痛でした。これから、お墓が千葉県内に移転するのでホッとしています。

父親には、恨んでいるだけでなく、感謝していることも、可哀想に思っていることもあります。父親は私に輪をかけて小心で気弱でした。だからこそ、もっと弱い立場にある者(主に私)に辛くあたったのかも知れません。ある大きな会社に勤めていましたが、もし勤務先が埼玉でなく、千葉県内であったら、もっとリラックスして生きていられたのではないか?と思うこともあります。

進学率の低い学校に無理矢理入れられたので、大学受験は本当に不利でした。父親以外の家族からも、よくよその子と比べられ、傷つき、悲しい思いをしました。「生まれてこなければ良かった」と思いました。だからデハさんのお気持ちはよくわかります。

しかも、私が通った高校のある町は、本当に嫌なところでした(もう40年足を踏み入れていないので、今はどうなっているか分かりません。その意味での過去形です)。電車に乗る人々は、降りる人を待つことができず、こちらが降りようとしているのに乗り込んできました。もちろん座席に座りたいからです。脇から隙間を狙って、なんて生やさしいものではありません。何と中央突破してくるのです。その3年間で何度も学生服のボタンがちぎれました。駅から学校まで道には、いつも酔っ払いが吐いたものが落ちていました。本当に汚かったです。道を歩く小学生は、メガネをかけた私を見て「仲本 工事!」と叫びました。本当に腹がたちました。それ以降、ドリフターズは大嫌いになりました。彼らに責任はありませんけどね。

そんなわけで、今だに埼玉県に足を踏み入れることは苦痛です。もちろん、クラス会など出ません。もう連絡も取れないと思います。どうせ出れば、「金貸せ」、「飯食わせろ」、「連帯保証人になれ」など言われることが目に見えています。

父親には感謝していることもありますが、亡くなる頃の3〜4年は本気で憎んでいました。彼が死ななければ血を見たかも知れません。

そんなわけで、デハさんのお気持ちはよくわかります。私には、傷ついた心を癒し、自信を与えてくれる妻がいますが、デハさんにもそんな人が現れることを本気で願っております。
Posted by GATTO at 2019年03月22日 23:35
変なことばかり書いて申し訳ないです。こんなことを書けるのも皆さんが信頼できるからこそです。気持ちもスッキリしましたので、以後もう書かずに済むと思います。

ただ、デハさんには、身近にご自分と似た境遇の者もおりますことを知っていただきたいです。どうか、失ったものを少しでも取り戻されますように願っております。
Posted by GATTO at 2019年03月22日 23:48
ガットさん
私はガットさんほど悲惨な人生ではありませんでした。
ただ、現在の境遇はあまり恵まれていないと思います。職場で干されたことと、配偶者が得られなかったことは大きいです。
あとは収入が乏しいことでしょうか。
来年度は財政再建年間とする予定です。
ボーナス3回分何も使わなければ再建できる計画を立てました。
模型と遠出を抑える予定です。
 もっとも、最近は遠出する暇がなく、県内での活動が増えています。
 私が配偶者・こどもにこだわるのは、私の使命が二本松の歴史の継承にあるからで、子孫が絶えることは歴史の断絶になってしまい、私個人の問題ではないからなのですが、難しいものです。
 私自身、女性から拒まれること、職場で干されていることから、実は魅力が全くない人物なのかもしれません。皆さんはネット上での断片的な情報しか知らないので、よく見える人もいるのかもしれません。
私自身も老師や藤原さんを偉大な教育者、大学者だと信じていますし、ラーさんとガットさんは善人だと思っています。しかしそれはこのブログ上での情報のみからの推測に好きないのです。
その点シモン様はお会いしてその人柄と博識、聞き上手なことなどを知ることができました。とうてい私の叶う人物ではない人格者だと思い知らされました。
Posted by デハ at 2019年03月23日 01:07
ガットさんとの違いは親と教師以外からの暴力や嫌がらせは受けなかったことです。
教師からは暴力のほか、教師だった祖父が厳しかったことから、報復を受けていました。
私だけでなく、弟も、父も、叔母もでした。伯母は超優等生だったのでそうではなかった。
自分がだらしないのを棚に上げ先輩、教頭、あるいは校長であった祖父からの仕打ちをねちねちと言われ続け辛かったです。 とても教師になろうとは思えなかった。採用されたころ彼らが校長教頭学年主任だと思うと無理でした。
 しかし別の就職をしても今度は祖父に殴られた連中が幹部、市長や有力議員や知事もそうで、針の筵でした。田舎に帰るべきではなかったのかもしれません。
 昔は教師や親の暴力、先輩から後輩への暴力が肯定されていて、その報復は弱い立場の者に向けられていたのです。
 今の子供や若者は親や教師や先輩に殴られなくて羨ましい。殴れば一発アウトの社会ですからね。
Posted by デハ at 2019年03月23日 01:20
意外に他業態の系列店を持っているグループでもある。
「養老乃瀧」・・言わずと知れた居酒屋チェーン
「だんまや水産」・・養老乃瀧グループの海鮮居酒屋
「一軒め酒場」・・同じく養老乃瀧グループで、安心・低価格・速さがモットーの一軒目のお店として立ち寄ってほしいコンセプトの居酒屋。チョイ飲みにも適している
バラエティー厨房「和囲」・・石焼ピザ・そば・ラーメンまで食べれる居酒屋。メニューが600品目もあって居酒屋からお食事まで楽しめる。
『ROBOT KICHI(ロボキチ)- Robot Animation SAKABA-』・・バンダイとコラボレーションした全く新しいコンセプトの居酒屋
超合金魂などのロボットフィギュアやガンプラが展示されていて、リーズナブルに美味しいお酒と食事が気軽に楽しめる酒場。
Posted by マットマニア at 2019年03月23日 21:10
マットマニアさん

「ROBOT KICHI」は面白そうですね。
シンガポールにロボットが店員をするレストラン「Rong Heng Seafood Restaurant」が出来たのが2016年。そして3年後、日本でもロボットが「店員」ですが、遊び相手として働いてくれる、というところが日本的ですね。
意外と外国人に受けるのではないでしょうか。
Posted by シモン at 2019年03月24日 06:14
シモンさん

「ROBOT KICHI」は秋葉原とかあるんじゃないかと思えるお店ですが、今のところ池袋の1店舗だけです。
(養老乃瀧のホームページから飛べます)
ロボットレストランは新宿歌舞伎町にあるのですが、お食事とドリンク飲み放題にショーがついて8000円は高い!。
Posted by マットマニア at 2019年03月24日 16:10
マットマニアさん

いやー、面白い情報をありがとうございました。養老乃瀧も、日々進化してるんですね。

池袋だと中国人のお客さんが多いかな。2号店はアキバのUDXあたりに是非。
新宿のロボットレストランも外国人狙いのようですね
Posted by シモン at 2019年03月24日 16:17
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